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1980年松本スケッチ ~元・信大生の追懐録~  作者: こまくさ
第1章 1980年松本スケッチ
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下宿(5) ~極寒の・・・~

 あの頃の松本の冬は寒かった。


 1月の半ばになると気温が氷点下になるのは日常茶飯事で、深夜過ぎにはマイナス10℃を下回る日もあった。

 それでも、衣類をはじめとした防寒装備は、今とは段違いに貧相なものしかなく、下宿に暖房器具といえるものがこたつしかなかった。多くの下宿は火災防止という理由で石油ストーブが禁止されていたためだ。

 そんな環境で、よく耐えられたのは若かったからかと思ったが、松本には当然ながら様々な年齢の人が暮らしているので、一概に若さだけではなかったのだろう。

 今は一年を通して、冷暖房や高機能衣類のおかげで、身体が随分甘やかされているのだろう。

 


 厳冬期の松本ではいろんなところでいろんなものがが凍りついた。



 銭湯の帰り、ドライヤーをかけずに湿ったままの髪は、下宿に帰りつく頃には水分が凍ってしまって、パリパリになった。

 バイクで銭湯へ行った帰りは、濡れた髪のヘルメットからはみ出した部分だけが凍った。

 凍った髪を玄関前で梳くと、シャラシャラと、キラキラと細かな氷が舞った。


 深夜にコンビニに買い物に出掛けたら、あまりに寒すぎて涙が出た。涙は睫毛を濡らし、濡れた睫毛が凍って白くなった。


 

 バイクのシートも結露した水分が凍った。雨や結露で濡れているとタオルで拭かないとダメだが、凍っているうちに剥がしてしまえばほんのお湿り程度の濡れ具合で済んだ。

 そういえば、雪の日は傘を差さなくても、肩に積もった雪はパンパンとはたけば落とすことができた。


 車のフロントガラスはそういうわけにはいかなかった。氷がガラスに完全に固着してしまい、ワイパーでなでるくらいでは全く歯が立たず、プラスチック製のスクレイパーを両手で持ってガリガリと掻き落とさないといけなかった。

 ウォッシャー液は、フロントガラスに当たるやいなや次々と凍った。

 凍った車にお湯でかけるのは、蒸気がパーツの細部に入り込んで凍るらしく、寒冷地ではご法度だった。


 

 大抵の下宿は断熱機能が脆弱だったので、室内でもいろいろ凍った。


 明け方に下宿に戻ると、室内は完全に冷え切り、こたつ布団でさえ冷たく、飲み残した水はコップの中で凍っていた。


 大阪では、気温が下がる日の夜は、水道の蛇口を少し開いてチョロチョロと一晩中水を流すことが推奨されたが、そんな温暖な地方の常識は通用しなかった。

 水道管にはヒーターが巻かれていて、余程のことがないと凍結しなかったが、チョロチョロと流した水は排水管の中で徐々に凍りついて、ついには排水管の内側を完全に塞いでしまった。

 水が流れていかず、シンクに水が溜まってしまったが、時すでに遅く、2日も経つと放置した食器もろとも氷漬けになってしまった。

 業者を呼んで貰い、高圧電流を排水管に流して排水管自体を発熱させて融かしてもらった。



 友人が暮らしていた、窓枠がアルミサッシのちょっとよさげなアパートでは、滴り落ちた結露が幾重にも凍り付き、サッシのレール部分をガッチリと固めてしまった。貧相な暖房では融けることはなく、春まで『開かずの窓』になってしまったそうだ。



 同期の女子は、下宿の棚の上にガラスの一輪挿しを置いていたそうだ。帰宅したときは変化には気付かなかったが、部屋が温まると棚からぽたぽたと水滴が落ちてきたらしい。

 一輪挿しの中の水が凍り、ガラスを割っていたそうだ。中で凍っていた水が、あたたまるにつれて融け、割れたガラスの隙間から浸み出したらしい。


 

 良いこともあった。

 外が寒いので下宿で集まってよく呑んだ。独りのときより、数人が集まって過ごすほうが部屋は暖まる。しかし、遅れてやってくるヤツがいると、その身に纏った冷気によってようやく暖まり始めた部屋の温度がみるみる下がってしまった。

 集まって呑むのはサントリーWhiteウヰスキーの水割りがメインで、氷はコンビニのロックアイスを買ってくるのが常だった。氷は一袋200円の貴重品だが、夏場はあっという間に融けてしまうので、その都度冷蔵庫に仕舞わなくてはならず、面倒だった。

 冬季は室内に放置してあってもさほど融けなかったので、冷蔵庫への往復回数が節約できた。

 

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― 新着の感想 ―
[一言] 髪は凍りましたね(笑)。 浅間温泉は、冬期は温度がぬるくなるっていう話がありましたし(笑)。
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