スキー(2) ~用具事情~
何かしらのスポーツやアクティビティーには用具が必要になる。
経験からの実例。
子どもの頃、野球のグローブを買ってもらって、空き地で草野球をした。ため池を埋め立てたばかりの広大な“うめたてち”は整地とは無縁だったが、土曜の午後になると子ども用のレプリカユニホームを着た子どもが集まった。黒とオレンジ色のラインが入ったユニホームの背番号が「1」と「3」ばかりだったのは時代の成り行きだ。
東京ボンバーズが人気の“ローラーゲーム”が流行したときに、ローラースケートを買ってもらった。ローラースケートは台車部分だけで、靴部分は普段の運動靴だ。サンダルのように、スケートについたベルトで爪先部分と踵・足首部分を固定して装着するタイプだった。アスファルトの質が悪かったので、摩擦音がガァーガァーと相当うるさかった。
高校でラグビー部に入ったときにスパイクシューズを買った。中学時代の部活動は何となくやってる部が多く、試合や大会など無関係だったが、高校はさすがに本格的になり、スパイクを履くのは最低条件だった。
卓球のラケットは卓球場のを借りたし、ボーリングのシューズもボールもハウスレンタルだった。スポーツに関する用具を個人で所有するのは、本腰を入れて取り組むときか、友だちと日常的に使う遊び道具か、そんなものだろう。
そう考えると、ウインタースポーツに触れる機会が1年に1回あるかないかの大阪では、スキーやスケートの用具を個人で所有することはなかった。
場所が変われば前提が変わる。ウインタースポーツのメッカである信州は、冬になれば身近なところでスキーやスケートができる。
松本市街では実感できないが、各地ではスキーやスケートが冬の生活の一部になっているところがほとんどだと聞いた。
諏訪や岡谷では、学校のグラウンドが石垣で囲まれていて、冬には消火栓を使ってグラウンドに水を溜めておくと、2、3日で凍ってスケートリンクになるらしい。なので、諏訪エリアの子ども達は、男子はスピードスケート、女子はフィギュアスケートのマイ・スケート靴を持っていて、成長に合わせて買い替えるらしい。
飯山は豪雪地帯で、冬は田畑も含めてほぼすべてが雪に埋もれるので、地元の小中学生はノルディック用のスキーを履いて登下校する。
雪国では、赤ちゃんは自分の足で立てるようになる前からソリに乗せられて移動し、一人立ちができると歩けるようになる前からスキーで滑るらしい。
そういえば、青木湖スキー場で、両手両足を踏ん張って、直滑降でまっすぐに降りてくる2、3才の子がいた。
白馬方面の学校では、学校の裏山に小さなジャンプ台が作られて、滑り台で遊ぶように子どもたちがスキージャンプをするという話を聞いたが、これはすべての学校というわけではなかったようだ。
松本市などの都市部でも、大阪とは比べものにならないレベルでスキーもスケートも身近であり、冬になれば『ちょっとスキーに行ってくるね』という感覚で楽しめるようだ。
ということは、当然用具も自前で持っていることになる。
信濃町出身の同期の女子は中学時代から使っているというスキーをはいていた。スキー板にマジックで書かれた中学校名と氏名がかすれている様子がなんともリアルだった。
青木湖スキー場でスキーの楽しさに目覚めたことを話したら、1シーズンで最低でも5、6回は行くことになるらしい。自分の用具があると上達も早いと手を引かれ、一冬で元が取れると背中を押された。そういうことで、長野県で冬を楽しむために、スキーセットを調達するほうが良いことに結論付けられた。
寒い季節になると測量のバイトも短時間ですむ市街部の案件が増え、給料も多くは見込めなくなる中、学費の穴埋めまであと少しというタイミング。費用の算段を考えつつも市民会館前の佐山スポーツというスキー用具店を訪ねることになった。




