カレー屋
あの頃の日々の『食』についての話
「手軽に」というのは、店に入るハードルが低いとか、シチュエーションを問わないとか。
「気楽に」というのは、財布にやさしいとか、財布にやさしいとか。
手軽に、気楽に、食べられるメニューとして一般に挙げられるのは、うどん・そば、カレー、ラーメン、丼物といったところだろうか。しかし、本当に手軽に気楽に食べられるのはカレーだけだと思う。
異論を唱えることから始めよう。
まず、うどん。
大学生協の食堂では簡単なうどんを安価で食べられたが、生協以外でうどんを食べた試しがない。定食屋で汁物の代わりにミニうどんなどがついてくることもあるが、それは手軽にうどんを食べるという趣旨から外れる。
今でこそ讃岐系のセルフ店ができたが、それ以外のうどん屋は高級指向だ。
そして、そば。
信州でのそばは位置づけが異なる。信州そばは高級品だ。駅の立ち食いそばはともかく、いわゆるそば屋は学生には敷居が高かった。“女鳥羽そば”や“こばやし”などの有名店は、観光客は喜ぶだろうが普段遣いの店ではなかった。
ラーメンと言えば自分で作るインスタントラーメン。普段自炊していなければ鍋で煮るのも面倒なので、お湯を沸かすだけのカップ麺がいいところだ。
ラーメン屋は当時はメジャーではなかった。国道沿いの“ラーメン大学”や“どさん子(娘)”以外のラーメン屋は即座に思いつかない。ドライブインやスキー場の食堂では定番のメニューだったが、日々の暮らしの中ではお手軽お気楽ではなかった。
丼物に至っては食堂でも頼まず、自分でも作らず、遠い存在だった。
ラーメン同様、スキー場での昼食アイテムだった。今では牛丼のみならずカツ丼、天丼、親子丼などの専門店があるが、当時の松本市内に吉野家はあったのだろうか。
さて、カレーだ。
カレーは間違いがないのがうれしい。安くてもそれなりに美味しい。まずいカレーに出会ったことがない(ことはないが、ほぼない)。しかも飽きが来ないから毎日でも許せるメニューだ。
昼食で食べる普段づかいのカレーは大学近辺で済ませられた。
生協の食堂でも、旭会館でもカレーは安価でお手軽お気楽、急いでいるときは『カレーは飲み物です』と言わんばかりにかきこむこともできた。
大学北門前の“柳屋”でもカレーはスピードメニューだったし、北門すぐの丁字路を西に入ったところにあった“上田屋”では、やけにねっちょりとしたドライカレーがクセになった。
松本市にはおいしいカレー店が揃っていたが、こだわりのカレーはなんといっても“キッチン南海”だったから、その他の街中の店にはそんなには行っていない。惜しいことをした。
名店の誉れ高き“たくま”も食べに行ったのは通算で2回か3回。おいしかったが、やや値が張った。当時は地下の店だったが、いつの間にか駅前に移転していた。移転先の土蔵を改装したお店は最近まで営業されていたようだ。
土蔵といえば中町の“デリー”も2、3回行ったっきりだ。“デリー”のカレーは本場を感じさせるスパイシー系。カレー以外にもコロッケライスも美味しかった。
松本を離れて2年ほど経過したころ、“上田屋”に向かう角を曲がってすぐのところに“ひまわり亭”というカレーの専門店がオープンした。ご夫婦で経営されていたお店で、カツカレーが450円。ルーは固形の具が少ないサラサラ系で、“たくま”と似た感じだった。食べ進めていると奥さんが鍋を片手にルーの追加を持ってきてくれたのがうれしかった。サークルのイベントで松本に来るたびに“ひまわり亭”で食事をした。
先日、ストリートビューを見たら、“上田屋”は“Mark”というレストランになり、そのならびにタイ風・インド風のカレーを出す“メーヤウ”という店ができている。追分(美須々)の交差点にはアジア料理店もある。
今やカレーも多様化して、お手軽お気楽から本格派まで、いろいろ楽しめるようだ。
大学を卒業してすぐ、名古屋へ遊びに行ったときに、美味しいカレー屋を見つけたと“CoCo壱番屋”に連れていかれた。小さい割にはイケてるカレー屋だったが、まさか世界的に拡大するとは思わなかった。
蟻ケ崎高校前の“カレーのモーリ”は1980年当時からあったのだろうか。




