高石ともやとザ・ナターシャーセブン
6月ごろだったか、松本市民会館に“高石ともやとザ・ナターシャーセブン”がやって来た。
諸先輩方が行くというので、一緒に観に行った。
高石ともやさんは高校のときから知っていたが、認識は「受験生ブルースの人」「フォークの黎明期の人」っていうくらいで、ザ・ナターシャーセブンとしての活動はまるで知らなかった。
我々のサークルは、今で言う軽音楽サークル。活動内容(音楽嗜好)は、世間の流れから少し遅れ、フォークソングからニューミュージックへ移ろう時期だった。以前はメッセージ性の強いフォークソングなどを中心に活動した時期があったことは過去の活動記録から見て取れた。
“高石ともやとザ・ナターシャ―セブン”は、自サークルと、交流があった近隣の大学・短大のサークルの間ではメジャーな存在で、いろいろなイベントでみんなで歌う曲として取り上げられることが多かった。フォークソングの原点ともいえるアメリカントラディショナルや、フィールドフォークと言われたジャンルで支持されていた。
8月。「中津川フォークジャンボリー」の流れを汲む「いこまいか・椛の湖ピクニックコンサート」に参加した。長野県の県境近く、岐阜県中津川市坂下の椛の湖畔で開催された野外コンサート。夏フェスをはじめとした野外コンサートはまだまだメジャーではなかった頃、楽しみ方も型にはまらず自由だったと思う。
食材や飲み物が入った重い荷物をかついで椛の湖まで歩いて登り、ステージ設営が進む広場の後方の木立の中にテントを張って夕食の準備をしながら開演を待つ。
出演は、ナターシャーセブンをはじめ、あがた森魚、遠藤賢司、なぎら健壱、杉田二郎、その他は覚えていないが、何組もの出演者が入れ替わり立ち替わり、ユニットを変えながらのステージはただただ楽しかった。和気藹々な雰囲気で大いに盛り上がって、そのままテントで就寝。翌朝はともやさんや他の出演者と椛の湖のまわりをジョギングして、そのうちに自由解散。初の野外ライブは強く心に残った。
高石ともやとザ・ナターシャ―セブンの最大の偉業は『107 SONGBOOK』の製作だろう。手書きの楽譜集と11枚(特典盤を含めて12枚)のLPアルバムは卒業後に購入し、今も手元にある。
カーターファミリー、ブルーグラス、アメリカントラディショナル、マザーグース、フィールドフォーク、民謡、世界のうた、オリジナル曲など。アルバムごとにテーマがあり、独特の世界が具現化されていた。
学生当時は、レコードを買ってもステレオ(レコードプレーヤー)がなかったので、11枚のLPを持っている先輩にレコードを借りて、ステレオを持っている同期の下宿に押しかけて、10日間ほどをかけてカセットテープに録音させてもらった。毎日1枚ずつ、レコードからカセットテープへのダビングは録音時間=演奏時間なので、毎日1時間ほど。クラシックが趣味な彼にとっては、フォークやブルーグラスは完全に範囲外の音楽だったろうに、よくつきあってくれたものだ。
サークルに入ったときからギターの練習をしていたが、107ソングブックの録音が終わったのを機に、練習にも熱が入るようになった。
バンド活動の第一歩を踏み出した。




