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1980年松本スケッチ ~元・信大生の追懐録~  作者: こまくさ
第1章 1980年松本スケッチ
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マサムラのチーズケーキ

 酒も呑むが、甘いものも好きだ。


 これは祖父からの遺伝だろう。祖父は羊羹やカステラや大福なども日本酒のアテにしていた。もちろん甘味ではない一般的なアテで呑むことが多かったのだろうが、甘味で呑むようすは親戚の間でよく話題にされていた。


 入学して松本に来るまではおおっぴらに酒を飲むことはなかったから、自分の適性についてもわからないままだった。最初のうちは1人で呑むことはなかったので、アテもごく一般的なものばかりだった。

 ある日、1人で下宿で過ごしていた夜、少し前にうちに集まって飲んだときの日本酒が残っていたことを思い出した。アテになるものを探すと、まともな食べ物はイチゴジャムしかなかったので、ジャムを舐めながら呑んだが、酒に合わないとも思わなかった。

 その翌日、先輩と同期2人の4人でうちの下宿で呑むことになったのだが、出しっぱなしのジャムを舐めようとしてドン引きされた。気持ち悪いとまで言われた。

 結局、自分は祖父と同じ側の人間だったとわかった。なので、クッキーでもシュークリームでもアンパンでもアテにできてしまう。但し、優先的に甘味を選択するわけではない。

 現在、日本酒のアテとして一番好きなのはヘシコなので、一応主張しておく。



 めったに行かなかった松本駅前だが、とある打ち合わせのために出かけ、めったに入らない喫茶店に入った。

 駅前通りを東に向かってすぐ、100mもいかない距離だったと思う。とあるビルの1階の小さな喫茶室で、店名はすっかり忘れてしまったが(もしかしたらジョフランとかそんな名前だったかもしれない)、ロシアンティーの専門店だった。

 ロシアンティーは、小さな器で添えられたジャムを紅茶に溶かして飲む。現在でもロシアンティーの店には出会わないので、とてもレアだと思うが、40年も前の松本にこんなおしゃれな店があったのだ。


 この店のメニューには、黒すぐりやラズベリーやアプリコットなどの見慣れない名前のジャムが書かれ、ジャムの味や特徴などのコメントが添えられていた。

 何もわからないまま黒すぐりのジャムを選んだ。さらにケーキセットを勧められ、言われるがままにチーズケーキを頼んだ。ロシアンティーも初めてなら、チーズケーキもここで食べたのが初めてだった。

 そもそもチーズケーキを知らなかった。そのときも「チーズ」と「ケーキ」が脳内で結びつかず、味や食感が想像できなかったので、強力に勧められなければ頼まなかったと思う。

 出てきたのはスフレタイプのチーズケーキで、艶のある茶色い表面。中は白い細かなスポンジ状で、口の中で溶けるような滑らかな食感と、ショートケーキとは全く違う風味に衝撃を受けた。ロシアンティーよりチーズケーキのほうが印象に残った。


 チーズケーキの下に敷かれた紙には“マサムラ”と書かれていた。ケーキを作った店の名前だと思ったが、その店についての情報を得る手段は、当時はなかった。今なら、スマホでちょちょいとググって調べられるのに。

 

 

 チーズケーキを作ったと思われる店の名前を手帳にメモっていたおかげで、しばらくしてあのチーズケーキに再会することができた。

 実は有名店だったらしく、地元民の女の子たちはよく知っていた。店の場所も教えてもらった。店は上土と緑町の間にあった。まさに“マサムラ”の看板がかかっていた。


 アタリでパチンコして、ちょっと景気が好くなった日にはチーズケーキを買って帰るようになった。


松本ツーリストホテルに宿泊したとき、すぐ近くにマサムラのお店があったので、迷わずチーズケーキを楽しみました。

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― 新着の感想 ―
[一言] 夏目漱石は苺ジャムが好きだったそうですよ。 舐めていたらしいです(笑)。 「吾輩は猫である」に苦沙弥先生が、ジャムを舐める話が出てきますが、あれは漱石本人が舐めていたかららしいです。 マサ…
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