酒処
もう時効だ。
今のご時世、大学生でも未成年は厳格に飲酒NGだが、かつては学生になれば酒デビュー、煙草デビューは当たり前だった。
いや、法律上はいけなかったので、自分だけじゃなくてまわりの多くの学生を含めて時効だということだ。
数人で飲むときはたいてい誰かの下宿に集まって飲んでいた。
店で飲むのはサークルのコンパや、学部の先輩が松本に来たときなど。
松本で馴染みにしていた店の述懐。
--------------------------------------------------------------------------------
松本で最初に行った店は、裏町の“まつば”。サークルの新入生歓迎コンパとの名目で、歓迎される側として参加した。
間口のせまい木造2階建て。お世辞にもきれいな店とはいえず、小洒落てもいなければ、風情もない。個人経営の、居酒屋というより小料理屋で、1階はカウンター、2階は座敷。
伝統的にサークルのコンパはこの店をメインで使っているが、そもそものきっかけはなんだったのか。学生が惹かれる店では決してない。
駅前は遠いから裏町という選択だったと思うんだが、チェーン居酒屋もなかったから、行きつくのは必然だったか。
--------------------------------------------------------------------------------
追分の交差点の“串松”という串焼き屋。
提灯、暖簾、ガラガラと戸を開けるとコの字のカウンター。
メニューは串焼き。ホルモン焼きと焼酎の店。
このころ下宿での飲み会では、宝焼酎「純」とか、ウォッカの「樹氷」などがウケていて、酎ハイにして飲んでいたが、本格的な焼酎はこの店で覚えた。はじめてホッピーを知ったのもここ。
1985年に、阪神タイガース、バース・掛布・岡田 伝説のバックスクリーン3連発を見たのはこの店のテレビだった。
--------------------------------------------------------------------------------
浅間橋から浅間温泉に向かって進んだ温泉街のはずれにある“赤いピアノ”というパブ。
先輩のお気に入りの店で、1人で行くことはなく、必ずその先輩と一緒に行く店だった。
ポテト&ウインナーとか、レーズンバターとか、洋風の料理をつまみながらウイスキーを嗜む。
ウイスキーは水割りで。ボトルキープはホワイトだったか、角だったか。オールドは高級酒だった。
下宿に集まって飲むときは持ち手のついたでっかいホワイトのボトルとロックアイスを買ってきていたが、あんなでっかいボトルをコンビニで売ってたのだろうか。
--------------------------------------------------------------------------------
裏町でもう1軒。
「鯛萬の井戸」の近くにあった“阿以”。サークルのコンパの2次会は必ずここだった。
手相を見てくれる“あいちゃん”が1人で切り盛りされてる小料理屋。7、8人が座れるカウンターと奥に小さな座敷。ここも、ふつうは学生は来ないだろうという雰囲気のお店。
たくさんで押しかけると女子メンバーがカウンターに入ってお手伝いすることもあった。フランクな関係だった。
クラシックギターを借りて、夜中だというのにみんなで声を上げて歌ったりもした。
この店だけは1人で訪れることもあり、他の常連さんとも何人か知り合いができた。
常連さんは当然学生ではなく、社会人だったり、自由人だったり。
学生とは違う視点でいろいろと話をして盛り上がったり、学生目線ではない一般常識を勉強させてもらったり。
--------------------------------------------------------------------------------
最近の学生はお酒を飲まなくなったとか。
あの日、酒を飲みながら、笑い合い、個性を競い、主義主張を戦わせ、想いを吐露した。
酒の席だからこそ本音で話せる…… なんていうのは、もはや時代に取り残された者の言い分なのだろうか。
“赤いピアノ”は今も営業されているようです。
残念ながら、他のお店はもうありません。
あいちゃんは、卒業後30才になったころに同窓会で集まったときにお邪魔したのが最後でした。




