阻止する
もう解散という空気になったにも関わらず、なぜか誰も帰らずにダラダラと喋っていた。
華湖はあまりの楽しさに、もはやここが仮想空間であることを忘れていた。みなが精巧な本人アバターであったこともあるし、現実でも叔母が用意してくれたケーキを堪能していたからだ。こんなに楽しいクリスマスは生まれて初めてだった。
華湖の脳裏には過去の記憶がよみがえっていた。いつだったか母は一度だけケーキを買ってきてくれたことがあった。いや、ひょっとしたら誰かから貰っただけなのかもしれない。今となっては知りようがないが、とにかくそういうことがあった。あれは一体なんの気まぐれだったのだろうか。
華湖は嬉しい気持ちと恐怖が半々だった。経験からいって、良いことがあれば悪いことがあるものだ。ひょっとしたらこれは最後の慈悲なのではないか、これを食べてしまったら自分はどこかに捨てられるのではないか、そんな良くない想像をしてしまった。そのせいで泣きながらケーキを食べてしまい、母からはせっかくケーキを食べさせてやっているのに何で泣いているのかと気味悪がられたのだった。
そんなわけで、あの時のケーキはほとんど味がしなかったのだが、今日のケーキは格別だった。こんなに美味しいものが世の中にはあるんだと華湖は思った。別にこのケーキが特別なものなわけではない。同じものでも一人で食べたらこんなに美味しくは感じないだろう。これはみんながいるおかげだ。それを実感した華湖はあのときとは違う理由でまた泣きそうになってしまった。
Saton:《結局、この一年、彼氏できなかったなぁ》
Ai:《あんた、まだそんなこと言ってんだ…》
感傷にひたっていた華湖だったが、そんな里美の一言で一気に現実に戻された。
Saton:《アタシってぶっちゃけカワイイじゃん?なのに、なんでかなぁ》
KAKO:《いやーそれ自分で言う?》
華湖はあきれ顔で行った。ただ、言うだけあって確かに里美は可愛い顔をしていた。目は大きいし、まつげは長くてクルンと綺麗なカーブを描いている、そしてシミもソバカスもない透き通るような白い肌。これで口を開かなければ絶対モテるはずだ。
Ai:《あれじゃない?黒髪が重いんじゃない?少し染めるとかさぁ》
Saton:《愛、わかってないねぇ。一番男ウケが良いのはコレ!黒髪ロングですから!》
そういって自分の髪を指差す。といってもそれはアバターの髪なのだが。
華湖はリアルの姿も知っているので、里美のことを思い浮かべてみた。言われれば確かに綺麗な黒髪ロングだ。あれはそうとう手入れをしているに違いない。
KAKO:《あ、それなら私も黒髪ロングだよ》
Saton:《いやそうだけどさ、アンタは前髪をいい加減に切りなさいよ》
KAKO:《ひぃーそれだけはご勘弁を!》
RERU:《だめだよー華湖ちゃんはー対人恐怖症なんだからー》
Ai:《いやでも、さすがにそろそろ治さないとね。社会人になったら、そんな髪、注意されるよ》
KAKO:《う…確かに。それはガンバリマス》
Ai:《そのアバターを見る限り、目を出した方が絶対カワイイと思うよ》
華湖は自分のアバターを作る時、前髪を上げさせられたということをすっかり忘れていた。今更ながらなんだか気恥ずかしくなってしまった。
Saton:《確かに。華湖が目を出したら、正直アタシの次にカワイイかも》
Ai:《里美の次なのね…玲流だってカワイイでしょ?》
Saton:《玲流も正直カワイイ、ただ背が高い!何センチあるの?》
RERU:《私はー166センチだよー》
Saton:《あー残念。160超えたらモテなくなるんだなぁ。アタシは155センチ!これが一番モテる身長ですから!》
RERU:《そうなんだー?お姉ちゃんはー145センチしかないのになー》
Saton:《髪の毛もショートだし。ま、ショート派もいるけどさ》
Ai:《へー、そうなんだ。で、私は?》
Saton:《愛も身長が微妙なのよね。何センチ?》
Ai:《私は160センチだよ》
Saton:《ギリギリね…髪型はミディアムボブなのはいい感じだけど色が明るすぎかな。あとちょっと痩せすぎだから!ガリガリじゃないの!胸がないとモテないわよ!》
Ai:《う、うるさいなぁ。胸はしょうがないじゃない!》
KAKO:《てかさ、里美はどこでそんな情報集めてるの?》
Saton:《そりゃファッション誌よ。アタシは『ギャンギャン』購読してるからね。みんなは?》
KAKO:《読んでない》
Ai:《私も》
RERU:《私もー》
Saton:《ウソでしょ…》
里美は絶句してしまった。確かにみんな洒落っ気がないなぁ、とは思っていたが、年頃の女子がファッション誌も読まないとは信じられなかった。これだからゲーマーは…と内心であきれつつ、どうにかそういう方面にも興味を持たせないと、と勝手に決意するのだった。
RERU:《ごめんー親がーそろそろ寝なさいってー》
Saton:《あ、もうこんな時間か》
KAKO:《私も寝るねー》
Ai:《うん。じゃあまたねー》
華湖はそのままベッドに横になったが、興奮してなかなか寝付けなかった。
(あー楽しかったぁ!来年もまたみんなで集まりたいなぁ。そのためには、なんとしても里美に彼氏ができるのを阻止しなければ…)
華湖はそんな決心を固めたのだが、当の里美はもちろん知るよしもなかった。




