相談する
それからの数日、華湖はの頭にはあのメッセージが何度も繰り返し流れていた。
《…早く…こっちへ…》
(こっち、とはプロの世界ということなの?)
(早くプロになれ、ということなの?)
(サリーを使ってみせたのも、私の力なら通じるっていう意味?)
(でも、まだ私なんかがプロになんて…)
(まだ使えるカリスマも少ないし…)
考えたところで答えの出ない問いを何度も繰り返す。
「おい、華湖!どうした?」
肩をポンと叩かれた。見ると楼瑠が心配顔で華湖の顔を覗き込んでいる。
PC席を確保していた華湖だったが、そのまま何もせずいたため、楼瑠が異変を感じ取ったのだ。
「あっ!スミマセン。ボーッとしちゃって」
「なんか、そういうの、最近多いぞ」
「ハ、ハイ」
「いや、いいんだけどさ。なんか悩んでるのか?」
「悩み…そうかもしれません」
「どうした?ウチに話せるか?」
「部長は、プロになりたいんですよね?」
「うん」
「怖くないですか?」
「ああ、進路の悩みか。長くなりそうだから、ちょっと席を移るか」
「ハイ」
限られたPC席を独占するわけにもいかないし、あまり他人に聞かれたくないこともあるだろう。2人は部室の隣にある空き教室へ移動した。ここは特に使用者がいないため、MOBA部員たちは会議などで使うことが多かった。
ちょうど誰も居なかったため、楼瑠は華湖を適当な席に座らせ、自分はその隣に座った。
「華湖もプロになりたいんだよね?不安なのか?」
「ハイ…」華湖はうなずく。
「ウチももちろん怖いよ。何の保障もない世界だからな。勝たなきゃいけないけど、全員が勝てるわけもないし」
「ハイ」
「ウチはさ、BoCが好きで盛り上げたいって思ってる。だからプロになりたいんだ。華湖はどうしてプロになりたいんだ?」
そう聞かれ、改めて考えてみる。だが、やはり答えは決まっていた。
「私は、それくらいしかできることがないので…っていうんじゃダメですかね?」
「いや、ダメってことはないよ。なんであれ、なりたいって気持ちがどれだけ強いか、ってことだよ」
気持ちの強さ、そんなことを考えたことはなかった。
華湖は自分に目標をくれ、生きる支えになってくれたゲームを人一倍、愛していた。ゲームがなかったらどうなっていただろうと想像するとゾッとする。自分の動機は不純なのではないか、消極的ではないか、という思いがあったが、そう考えると自分と同じ様にゲームが人生の一部になっている人たちに希望を与えられるのではないか、と思えてきた。
「私は、プロになって人を感動させたいです」
「うん。それは良いことだね」
「でも、私なんかが、って思うんです」
しかし、当然だれもがプロになれるわけではない。仮になれたとしても勝てなければチームから戦力外とみなされてしまう。
「他にやりたいことがないんであれば、まずはがむしゃらにやってみるべきだと思うんだ」
「ハイ」
「無責任なことを言うわけじゃないんだけど、ムリだったら、なんてことを考えるくらいならやるだけやったほうがいい。ダメだったらそれはその時考えればいいじゃん」
「部長は、ダメだったらって考えないんですか?」
「もちろん、考えないわけじゃないよ。ゲーマーとしてダメだったからコーチになるとか、アナリスト、解説者、実況、っていう道に進む方法もある」
「けど、それもみんながなれるわけじゃないですよね。私はこれ以上、叔父夫婦に迷惑をかけたくないので、失敗はできないんです…」
賞金何億、などと華々しい話題も多いプロの世界だが、それはごく一部のトップだけのこと。ゲーム一本で生活できるプロというのはまだ少ないのが現状だ。ゲームに関わる仕事もそれほど多いわけではない。
「チームによっては、セカンドキャリアも考えてくれるところもあるみたいだけど、まだまだ少ないからね。私は、ダメだったらバイトでも何でもする気だけどね。そのために勉強もしてるし」
「ハイ」
「だから笑空は凄いよな。高校、辞めちゃうんだもん」
それは、やはり凄い決断だったと思う。自信があったから、それだけの腕があったから、ということはあるにしろ、退路を絶ってその道に飛び込むというのは並大抵の覚悟ではできないことだ。
「華湖はさ、ウチなんかより全然センスあるんだし、大丈夫だよ」
「私が、ですか?」
「そう。あの笑空に認められてるんだから。自信もって」
「認められてる?私が?」
「そうだよ。こないだのアレ。あんなの絶対、華湖のことじゃん」
そう言って楼瑠は笑った。
華湖は、楼瑠もあの笑空の言葉をそう受け取っていたらしいと知って安心した。どうやら自意識過剰ではないようだ。
「ウチはもう卒業だけどさ、華湖はまだ時間あるんだから、じっくり考えればいいよ。いざとなったら犬飼先生に相談すればいい」
「え、犬飼先生にですか?」
「いや、あの人はああ見えて、ちゃんと生徒のこと考えてくれてるよ」
「そうなんですか…?」
思い浮かべてみても、犬飼のだらけた姿やいい加減な言葉しか思い浮かばない。
「信じてないなぁ?ま、これから付き合っていけば分かるよ」
そう言って楼瑠は華湖の頭をポンポンと叩いた。
ハイ、と返事をした華湖は、何か少しだけ心が軽くなった気がした。不安がまったく無くなったというわけではないが、話を聞いてもらっただけでこんな気持ちになれるということを初めて知ったのだった。




