やり方を教える
ある日の放課後。
華湖は部室へ向かうため、廊下を歩いていた。
「前髪ちゃーん!」
「げ!」
後ろから声がしたので振り向くと、手を振りながら樹が駆け寄ってくる。その姿を目にし、思わず華湖の口から本音が漏れてしまう。
「今、『げ!』って言わなかった?」
「い、言ってませんよ。こんにちは樹先輩!」
華湖はとっさに作り笑顔で答える。それほどの付き合いでも無いのに、妙に馴れ馴れしく接してくる。そんな樹に対し少し苦手意識があった。
樹は何かニヤニヤしながら話しかけてきた。何か悪巧みをしている、そんな邪悪な顔だ。
「実はさぁ、前髪ちゃんに相談があるんだけど」
「相談?なんでしょう?」
その「前髪ちゃん」は止めてくれないかなぁと思うが、これまで何度言っても聞いてくれないので諦めた。
それより驚いたのは、樹が珍しく相談などと言ってきたことだ。自分に答えられるようなことがあるのだろうか、と華湖は疑問に思った。
「前さぁ、兎咲と配信したらしいじゃない?」
「あーはい、ありましたね」
「あれさぁ、樹ともやってくれない?」
以前やった兎咲とのコラボ配信の話だ。
(樹先輩、そんなこと知ってくれてるんだ)
地味な自分などに興味がなさそうだった樹の意外な一面に、華湖は少しうれしくなった。
「それ、良いですね!樹先輩も配信してたんですね!」
「いや、やってないけど?」
「あれ?そうなんですか?」
やってないのにどうやってコラボするのか、華湖は樹の真意を計りかねた。
「うん。これからやろうかと思って」
「なるほど。これから始めるんですね!じゃあ、まずはチャンネルを作らないとですね」
「えー?どうやるの?」
「まずは、配信サイトでアカウントを作ってください」
「アカウントね。それから?」
「配信ソフトは何を使います?」
「何って言われても。知らない」
「え。知らない?」
「うん」
やる気があって良いと思ったのだが、あまりにも知らなすぎる。かなり基本から教えないとダメなのかと思うと、華湖は不安で苦笑いを浮かべてしまう。
「えーと、それじゃとりあえず無料の配信ソフトを使いますか」
配信ソフトは、その名の通り、配信をするためのソフトである。無料から有料まで様々であるが、
「うん。それでイイよ」
「じゃ、準備できたら教えてください」
「え?」
「え?」
樹はキョトンとした顔で華湖を見た。華湖も意味が分からず、見つめ返す。
「準備って、私にできると思う?」
「え?それじゃどうします?」
「前髪ちゃん、家に来てやってよ」
「えー!!」
人の家に行くなど華湖にとっては難しいことだった。まして、あまり付き合いのない苦手な先輩の家はハードルが高い。
(樹先輩、本当にやる気あるのかなぁ?)
華湖の疑問は当然だった。樹はあまりに人任せすぎた。
「い、イヤですよぉ」
「んなこと言わずにさぁ。チャチャッと設定しちゃってよ!」
「それくらい、自分でやってくださいよ!」
「まぁまぁ。それくらいイイじゃん!」
あくまで自分でやる気はないらしい。華湖は少しイラッとして強めに言ってしまった。だが、樹は意に介さずといった感じだ。
「後々、何か有ったときのためにも、自分でやったほうがいいですよ」
「何か?何かって何?」
「何かしら、トラブルが起きるもんじゃないですか」
「あーそれは困るねぇ」
「ですよね?」
「そしたら、そんときはまた家に来てよ」
「いやいやいや」
樹は華湖の首に腕を回し、顔を近づけてくる。
「んなこと言わずにさぁ。来てくれたら茶くらいだすよ?」
「い、いらないですってぇ!」
「何してるぴょん」
いつの間にか兎咲がいた。二人の背後に立ち、訝しげに様子を見ている。
「あ、うさちゃん。オッス」
「うさちゃんじゃない。兎咲だぴょん。う、さ、き!」
「イイじゃんかーべつにー」
どうやら樹は人に勝手なあだ名をつけるくせがあるらしい。兎咲もその被害者の一人のようだ。
「いやさ、うさちゃんみたいに、樹と前髪ちゃんでコラボ配信しようと思ってさぁ」
「樹、配信なんてしてたぴょん?」
「いや、してないけどさ。そのやり方を前髪ちゃんに教わろうってワケ」
「それは、自分でやるべきぴょん」
「は?なんで?」
一瞬、不穏な空気が流れた。
兎咲がいつになく険しい顔で言うと、樹も即座に強い口調で言い返す。どうやらこの2人もあまり仲良しとは言えないらしい。
2人に挟まれた華湖はどうしていいか分からずオロオロしてしまう。
「アンタ達、こんなとこで何してんの?」
声の方を見ると、楼瑠が立っていた。今の華湖には彼女が救いの神に見えた。
「ブチョー!おざまっす!」
「いやもう放課後だよ」
調子よく挨拶をする樹に、冷静に返す楼瑠。さすがの樹も先輩は立てるらしい。
「部長。樹が華湖をイジメてるぴょん」
「ちょ!イジメて無いって!」
「何?アンタ何やったの?」
「いやいや、ちょ~っと配信のやり方を教えてもらおうと思いまして」
「そんなもん、自分でやんな」
「え!!樹が!?」
「自分のことなんだから、当たり前だろ」
「ふぁーい」
樹は適当な返事をすると、口笛を吹きながら部室へ向かっていった。
「華湖、気をつけな」楼瑠が真顔で言ってくる。
「え、何をです?」
「ああいうやつの言いなりになるな。無限に調子にのってくるぞ」
「ハ、ハイ」
「そうぴょん!イヤなことはハッキリ断るぴょん!」
「ハ…ハイ」
2人の言うことは理解できるのだが、元々ハッキリものを言うのは苦手な華湖だ。まして相手は先輩。これから上手くやっていけるのかどうか、華湖は不安でのあまり大きなため息をついた。




