2学期がはじまる
ここから新章です。
楼瑠の発表を聞いた部室は蜂の巣をつついたような騒ぎだった。
「嘘でしょ?」
「なんで?」
「信じられない」
「無責任すぎじゃない?」
重大発表があると告げられた部員たちは全員、部活初日から参加していたが、その発表は予想だにしないものだった。皆、口々に疑問や惜しむ声、あるいは非難、怒りを含んだ発言もあった。
「静かに!…笑空の退学理由についてはウチも聞いてない。自主退学、というだけだ」
下今女学院は夏休みが明け、2学期が始まった。
初日、笑空のクラスでは、彼女の退学が告げられ、楼瑠にも部活前に顧問の犬飼から知らされた。それを部員たちに発表する任も与えられた。
『まさかとは思うが…お前なにか関係しているのか?』
犬飼の言葉に楼瑠は少しショックを受けたが、疑われれてもしかたがない事実があった。
大会中での揉め事。
それは舞台上でのことだったので、誰しもが知っていることだ。あれが引き金になったのではないか?以前から不仲だったのではないか?色々な噂があるらしいことは知っている。当然、部員の中にも疑いを持っている者は少なからずいるだろう。
楼瑠からすれば、笑空との齟齬など以前からあったし、それについて言い合うことなど日常茶飯事だった。あの程度、ウチらからすれば普通のこと、そう思っていた。
だが楼瑠はそれに対しなんの言い訳も申し開きもしなかった。
思い返せば、あのときの笑空は確かに変だった。
『…足…引っ張らないで…』
確かに笑空は、歯に衣着せぬ発言をするほうだ。だが、後輩や弱い立場の人間に対し言うのは見たことがなかった。それは鷹揚ということでは、おそらくない。興味がないのだ。実力差のあるプレイヤーに対して感心がない。
だから、あのとき楼瑠は驚いた。そして思わずカッとなって掴みかかってしまった。だが、あれはひょっとして、華湖に対して期待があったからこその発言だったのではないか?
しかし、それはもう考えても仕方がない。去る者は追わず。ウチはこれからのことを考えなければならない。疑いたい者は疑えばいい。言いたい者には言わせておけ。
楼瑠にも笑空が抜けたショックはあったが、この短時間でそう気持ちを切り替えていた。それが彼女の資質だった。
「そこで、急なことで申し訳ないが、トップチームの欠員補充のための選考を行いたいと思う」
メンバーが抜けたのだから当然、早急に新メンバーを入れる必要があった。だが、いきなりのことに室内はざわついた。
「入れ替え戦って…そんなことやってる場合?」
「笑空先輩が辞めたばかりなのに。もう入れ替え?」
「もう辞めた人のことなんて、どうでもいいじゃん。カンケーないでしょ」
「私、立候補しよっかな」
「アタシは無理だから見てるわ」
笑空はプレイヤーとして突出していた。そのため彼女を神格化するような部員も少なからずいた。
だが、その裏で虎視眈々と彼女の座を狙う者達もいた。
「マジかよ!樹が直接倒して、引きずり下ろしてやろうと思ってたのにさ!」
そう嘯く藤田樹もその1人だ。
2年生、エアと同じセンターのポジション。2年代表のエース格である。
言うだけあって実力は2年の中でも抜けており、笑空がいなければトップチームにいても不思議はなかった。
「チッ。お前じゃ笑空先輩に勝てねえっての」
「シッ!聞こえるよ!」
派手な金髪に染めた、胸元まで届くロングヘア。毛先から20センチ辺りまでフワッとしたパーマがかかっている。黒く焼けた肌。良く言えば裏表のない過激な発言。放課後ともなれば派手なメイクで街へ繰り出す。そんなタイプだった樹は、学校から、そして一部の生徒から問題児として見られていた。あからさまに嫌悪感を示す部員も珍しくなかった。
「それじゃ、立候補したいものは手を挙げて」
楼瑠がそう告げると数名の候補者が名乗りを上げた。
「はーい!はーい!藤田、いきまーす!!」
その中には樹もいた。
そして、もう一人、手を挙げんとする者がいた。
愛である。
「私、立候補する」
「え?愛?マジで言ってるの?」愛の突然の発言に里美は驚きを隠せなかった。
「うんうん。良いと思うよー」玲流は即座に賛同する。
「大丈夫?プレッシャーないの?」里美は心配顔で聞く。
「では逆に私から質問したいのですが、トップチームに入れるチャンスがあるのにそれを自分から逃しますか?」 愛はなぜか敬礼しながら言った。
「なんか…どっかで聞いたようなこと言うわね…」
里美はそう言うと、愛の背中を思いっきり叩いた。
「ま!当たって砕けろっていうし、やってきな!」
「っ!痛った!!里美、そろそろ力加減覚えて!」
「あっはっは。そんなもんは知らん!」
「あははー!愛ちゃん、頑張ってー!」
背中をさすりさすり、愛は前へ出て行った。
「絶対、赤くなってるわコレ…」そうつぶやきながら。
「よし、後はいないな?」
楼瑠は室内を見渡す。
本当に良いの?後悔はない?そう問いかけるかのような目で、部員一人一人の顔を見ていく。
そして、誰も挙手しなさそうなことを確認すると、ひときわ大きな声で言った。
「いないなら、早速始めようか!」




