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配信をしよう

「「「「ああああああああああああああ!」」」


 華湖はベッドの上でうつ伏せになり、枕に顔を押し付け大声を出しながら足をバタつかせた。

(目、出しちゃった、人前で! 目!)

 人前に目を晒したのはいつ以来だろうか? 思い出しただけでも恥ずかしさで死にそうだった。だが、そこには憧れだった本人アバターを作れた嬉しさも混ざっていた。

 本人アバターにもグレードというものがあり、自分の顔写真をマッピングしただけの簡易なものが主流だった。全身スキャンまでした高精度モデルを持っている人は限られていたのだ。あれほどの機材はそう使えるものではない。もちろん、業者に頼むこともできたが、噂では数万円するという。それが無料で作れるのだから、あの学校に入った甲斐があったというものだ。


「あ~これからは、あの目をさらけ出したアバターでやらなきゃいけないのかぁ」


 だけど、みんな結構、カワイイって言ってくれたよね……。華湖は言われたことを思い出していた。

 華湖は鏡すらまともに見られない性格だったので、自らの美醜には無頓着だった。

 しかし、皆がそう言うならひょっとして、という淡い期待もあり、もう一度じっくり、自分のアバターを見てみた。鏡では恥ずかしいのだが、ディスプレイの中の3Dモデルならじっくり見ることができた。2次元キャラでも写真でも、ディスプレイの中のものであれば平気なのだ。これはなぜなのか、彼女にもわからなかった。

 じっと顔を見たり、クルクル回していろいろな角度から見たりしてみる。

(どうなんだろう? カワイイ……のかな?)


 トントン


 突然、ドアをノックする音が聞こえ、思わずビクッと反応してしまう。何もやましいことは無いのだが、自分がカワイイかも、なんていう恥ずかしいことを考えていたので、なんだか必要以上にびっくりしてしまった。


『華湖ちゃん、どうしたの?何か大きな声が聞こえたけども』


 ドアの向こうから心配そうな女性の声が問いかける。叔母だった。華湖は見ず知らずの人ではないとわかり、ホッとした。今、家には2人しかいないんだから、当然なのだけど。


「ごごごめんなさい叔母さん! なんでもないの!」

『そうなの? 大丈夫なのね?』

「ちょっと……あの、ゴゴ、ゴキブリが出ちゃって」

『あらやだ! 殺虫剤取ってくるわね』

「いいいえ、もう潰したんで、だだ大丈夫です!」

『つぶ……あ、あぁそうなのね。わかったわ。もうすぐお夕飯だから、そろそろ降りてきてね』

「ハ、ハハハイ! 分かりました!」


 トントントンと叔母が階段を降りる音が聞こえた。

(いけない。居候の身なのに、叔母さんに迷惑かけちゃ……)

 子供が居ないから、といって快く自分を引き取ってくれた。そんな恩のある伯父伯母にだけは迷惑をかけてはいけない。華湖がこの家に来たときから、それだけは心がけていた。2人のおかげで、今はこんな夢にまで見た普通の生活が送れている。

 彼女はデスクの下にある、パソコンを見た。全体は黒くて一般的なパソコンより一回り大きい。ケースの側面の一部は透明になっていて、中身が見えるようになっている。中にはところどころ緑色のLEDがあって、明るく光っていた。

 ただのパソコンでは無い。ゲーム用の高性能パソコン。それまで使っていた、中古のオンボロとは大違いだ。パソコンは高校生になってから、バイトして買おう。と思っていたのだけど、事情を察した叔父夫婦が買ってくれたのだ。「これ、入学祝いだよ」と言いながら大きな箱を出されたときのことは忘れない。喜びすぎてパソコンを抱きしめながら大泣きしてしまったので、心配されてしまったけれど。


「ど、どうした!? これじゃなかったか!?」

「だから、こんな光ってるのじゃなくて普通のにしなさいって言ったのに!」

「い、いやだってお店の人が、ゲームやるならこれだって言うんだもの」

「ち、ちち違うの、叔父さん、叔母さん。嬉しくって……」


 そのあと、誤解を解くのに一苦労したものだ。おかげで、あまった予算でゲーミングチェアを買うこともできた。

 この恩義は一生かけても返さなければいけない、華湖は心にそう強く決めていた。


「配信するときも、あまり声を出さないように気をつけなきゃ」


 華湖は、本人アバターを作ったら配信をしようと決めていた。

 配信……つまり自らのゲームプレイをネットで放送し、他人に見てもらうということ。英語ではストリーミングという。これは彼女にとっては重大な決断だった。

 高校に入ったら、伯父伯母のため、そして自分のため、このコミュ障を克服すること。それが自らに課した課題だった。もちろん、簡単ではないことは分かっていた。だが、唯一、得意とするゲームを利用すれば、なんとかなるんじゃないかと思ったのだ。彼女が人に見られても恥ずかしくないと思えるのは、BoCのプレイングだけだったからだ。


 今日中に設定を終わらせ、いよいよ明日から……。いや、ちょ、ちょっと待って。明後日からにしょう。うん、明日はまだ部活の説明が残っているし。どっかに告知でもしたほうが良いのかなぁ? あ、でも視聴者を集めるには休みの日が良いかしら? だったら、今度の土曜から……でも、あんまり多くても恥ずかしなぁ。あ、あの本人アバター使うのかぁ。目出しちゃってるんだよなぁ。『何だこのブス、フォロー外すわ』とか言われたらどうしよう。


「「「「ああああああああああああああ!」」」


 いざストリーミングを実行しようと考えると、様々な心配事が心を走り回る。

 華湖はベッドの上でうつ伏せになり枕に顔を押し付け大声を出しながら足をバタつかせた。


 タンタンタンタンタン


 階段を駆け上がる音が聞こえた。さっきよりちょっと早足だ。


『華湖ちゃん、どうしたの? またゴキブリ!?』

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