撮影になれよう
華湖の額には脂汗が滲んでいた。
両膝は小刻みに震え、左手で胸を押さえ、右手は楼瑠の制服の裾を握っている。
(聞いてない。これは聞いてない…)
そんな言葉を胸中で何度も繰り返す。
「次、華湖の番だぞ、用意しとけよ?」
楼瑠が振り返って言ってきた。
「部長。これ、どうしてもやらないとダメですか?」
「はぁ?あったりまえだろ?参加規約にも書いてあったろ?顔も公開されるって」
「ありましたっけ?」
「おいおい、犬飼先生も言ってたろ?規約、ルールは読み込んどけって」
「私、こういうの苦手で…」
「んー。まぁそうなんだろうけどさぁ。これは慣れてもらわないと。ホラ、また髪止めてやるから」
楼瑠は華湖の前髪を上げようとする。
「ひっ!ここ、これだけは!今回は見逃してください!」
「え??いや~、そのままじゃダメだろ」
「ハイ、次の選手のかた、こちらへ」
カメラマンが呼びかける。
「ホラ、最後、アンタだよ。行くよ。髪はもう良いから」
楼瑠は、華湖の手を取ると、そのまま撮影場所まで引っ張ろうとする。
「ままま、待ってください!自分で行きます!」
華湖はふらつきながらも、なんとか自力で歩いていく。
3脚の上に据えられたカメラ、その目の前に立つ。背後には大きな白い布が天井から吊るされている。
「ハイ、じゃあそこに立って。カメラの方、向いてくださいねー」
大きな傘を広げたような照明、大きなボードを持ったスタッフがカメラの両脇に見えた。
華湖はなんとか立っていたが、微妙に腰を引き、両手をバッテン交差させて顔の前に出している。
「あ、あのー、手を下げてもらえますか?」
「い、いやこれはクセなので」
「ク…クセ?いや、クセでも下げていただかないと、顔が写らないので…」
それを見ているメンバーたちは苦笑いをうかべていた。
「あーあー、大丈夫かね?」
「見てられないぴょん」
「アタイも最初は慣れなかったけどさぁ。アレよりはマシだわ」
いよいよオフライン決勝大会を迎えた当日。
選手たちは、試合前にスチール写真撮影をこなしていた。
出来上がった写真は、選手紹介や、結果の発表時などに使われるほか、マスコミにも配られることになっている。
「先生、アレ、どうします?」楼瑠は不安顔で言った。
「んー?まぁ良いだろ」
オフライン大会ということで顧問の犬飼も帯同していた。
流石の犬飼も今日はスーツを着て、整髪料で髪を整えている。
「大丈夫ですか?学校的に」
「大丈夫だ。むしろ変にこなれてるより良いじゃないか。初々しくて」
「そうなんですかねぇ?」
「あれも個性よ。がんばれー倉井!もうちょっとだぞ!」
華湖はカメラマンからポーズを変えるように指示されていたが、手足をバタバタ動かし、まるで性能の悪いロボットのようだった。
カメラマンも思わず額に手を当てている。
「もっとこう、戦うぞ!って感じで」
「良いですよ!それ!」
「もっと勇ましい感じで!」
「もっと笑顔でやってみましょうか」
「そう!それをもっと大きく!」
「カメラを見てください!」
彼も褒めたり、なだめたりと必死だ。
メンバーもその様子を横並びで見ていた。
「この後、舞台に立つんだぞ。心配だわぁ」楼瑠はさすがに舞台慣れしているのか、堂々たる態度だ。
「緊張しなきゃいいけど」栞子はそう言いつつも、自分も緊張気味で少し固い表情だった。
「…それは…無理…」笑空はいつもと変わらない。
「華湖、ガンバルぴょん!」兎咲もいつも通りだ。普段から配信しているだけあって、人目にさらされるのは慣れているのだろう。
撮影が終わると、今度はリハーサルが始まる。
ステージがあり、扇状に広がった客席は奥へ行くほど位置が高くなっている。席数はおよそ2,000。普段は舞台演劇に使われているという会場だ。
これほどの舞台が用意される大会はまだまだ少ない。
500席ほどは関係者用として押さえられていたが、残りの一般チケットはすでに完売していた。
「で、プレイヤーネームでお呼びしますので、ステージ中央のこの印の位置に立ってください」
舞台上でディレクターと思われるスタッフが、最初のチーム紹介の段取りを説明をする。丸めた台本を指示棒のごとく使い、舞台上の印を指していた。
参加選手達も全員、舞台に立ちその説明を熱心に聞いていた。
「ほ、本当にこんなスゴイところでやるんですか?」
「ああ。いっぱい入るぞ」
「あああ」
「楼瑠。プレッシャーかけちゃダメだってぇ」栞子が見かねて声をかける。
「そう言われても。本当のことだからなぁ。頑張ってもらわないと」
「こここ、これ、私、む、む、無理です」
華湖はまたしても、楼瑠の後ろに隠れて震えていた。
「それで、ここに立ってひとつこう、決めポーズをとっていただきたいのです。バシッと決まったらこちらに並んでいただきます」
それを聞いて、選手たちはざわめく。
「決めポーズだって、どうする?」
「わっちはこれだぴょん」
兎咲は両手を頭の後ろから出している。うさぎの耳、と言いたいのだろう。
「アンタはキャラあって良いね…」
「部長はどうするぴょん?」
「ウチは、こう!」
楼瑠は拳を握った両手を体の前で構える。ボクシングでいうところのファイティングポーズというものだ。
「部長らしいぴょん!」
「華湖は?どうする?」
「わ、わわ私はコレで…」
そう言うと、華湖は両手で顔を覆った。
楼瑠は盛大にため息をついて言った。
「はぁ…こりゃー、本番が心配だわ」




