建礼門院からのお礼
嵐盛と茜が本堂の外に出ると、既に全員が明風を前に並んでいる。
明風は静かに語り出した。
「本日は、亡き建礼門院様のお弔いにお集まりいただき、ここに深謝いたします」
明風は居並ぶ全員に手を合わせ、深く頭を下げる。
「本来ならば、この若輩の明風の前にお並びになっておられる、このうえないお方々に導師をお願いするのですが」
明風は、法然、親鸞、明運、栄西、慈円に頭を下げた。
「建礼門院様の是非にとのお願いで、この明風が導師を勤めさせていただきました」
「拙い読経に、御助力をいただきまして、心よりお礼を申し上げます」
法然、親鸞、明運、栄西、慈円たちは、黙って頷いている。
「さて、たった今、建礼門院様の御霊を浄土に送り出すことができました」
明風は空を見上げた。一面の青空である。
「皆さまも、御承知のように、建礼門院様は本当に、様々なご苦労が多い人生であったと思われます」
「ここで今更、詳細は語りませんが、その苦しさは誰にもうかがい知れないものだと思います、それでも・・・」
「建礼門院様をはじめ、ここにおられる全ての方が、この世に生まれ、様々な想いの中に生きてこられたのは、全て仏恩、仏縁、御仏のご意思と思います」
「人は生かされている限り、様々な人に出会い、様々な出来事に出会い、様々な思いに振り回され、楽しいとき、苦しいとき、本当に様々と思います」
「そんな中で、一体自分はどうしたらいいのか、一体、何のために生きているのか」
「特に心は様々に揺れ動きます」ここで明風は目を閉じた。
全員が明風の次の言葉に注目する。
「揺れ動く心の中で、自分たちが、できることは・・・」
「建礼門院様のお好きな言葉で、一期一会と言う言葉があります」
「大切なことは、今、自分にできる精一杯のことをすればいい」
「それでは、今、建礼門院様に対してできる精一杯のこととは何か・・・」
明風の言葉は途切れ途切れである。
しかし、それゆえに言葉が重い。
全員が明風の言葉を深く考え出している。
「建礼門院様は、今まで身にまとってこられた全てをお捨てになりました」
「もはや、何ものにもとらわれず、縛られず、執着することもありません」
「建礼門院様ご自身のあるがままに、浄土へ御旅立ちになられます」
「ここにお集まりになった私たち・・・建礼門院様に縁の深い私たちは、精一杯、浄土でのお幸せをお祈りいたしましょう」
「簡単極まりない言葉でありますが、この言葉に全てを込めます」
ここで明風は、再び目を閉じ、合掌した。
合掌の後、明風は目を開けた。いつもの柔らかな顔になっている。
明風は空を見上げた。
「今、建礼門院は、全てから離れられ、浄土への旅を始められました」
「皆さま、あの雲をご覧になってください」
明風にならい、全員が空を見上げた。
青空に白い雲がひとつ浮かんでいる。
「あの雲に建礼門院様がおられます」
「そして、こちらを見ておられます」
明風は雲に手を合わせ、全員が手を合わせた。
雲の中に建礼門院が浮かんだ。
笑顔である。
建礼門院の口が動いた。
「明風」
「そしてみんな」
「ありがとう」
その瞬間、雲は消え去り、一面の青空となった。
さわやかな風が吹いている。
明風 第一部 (完)




