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明風 第一部  作者: 舞夢
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祝宴と明風の怒り

「こちらです」

定家が襖戸を開けた。

かなり広い部屋である。既に高位の公家が四十人ほど席についている。

公家の中央に、一際、豪華な服を身に着けた人がいる。

「後鳥羽様だ」

明運が明風に小声で告げた。

「はい」

明風は、部屋の入り口で立ち止まり、じっと「後鳥羽様」を見ている。

「うん、お父様」

粛子も部屋に入るように促す。

定家も目で部屋の中に入るよう促している。


「後鳥羽様、お父様と言われても」

明風は、どうにも実感がない。

それに、公家だらけの席で、かなり違和感がある。

今まで、公家の集団などは見たことが無い。

「まあ、待っているのだから」

粛子が再び促した。

「うん」

明風は、ようやく頷いた。

ここまで来て、ためらっていても仕方がない。

明風が部屋に一歩入ると、「後鳥羽様」が立ち上がった。

「おお、こちらへ」

大声で明風と粛子を手招きする。

と同時に、後鳥羽院の両隣の席が開けられた。

おそらく、両隣に明風と粛子を座らせるつもりらしい。


「わかりました」

明風は少し頭を下げるが、粛子は頭など下げずに、歩みを進め、後鳥羽院の右隣に座る。明風は慌てて、後を追い後鳥羽院の左隣に座った。

「ほほう・・・よく育ったな」

隣に座る後鳥羽院が明風を見て嬉しそうに笑う。

三十過ぎの精気にあふれた顔立ちである。

明風は、黙って頭を下げるが、何を話していのかわからない。

突然、後鳥羽院が立ち上がった。

列席する公家たちが、一斉に平伏する。

栄西や明運、定家も平伏している。

明風も平伏しようとしたが、粛子に袖をつかまれ、止められた。


「我が息子だ、今までは明運の寺に預けておいた」

「こんなに立派に育ててくれた明運には、心から礼を言う」

「これからのことは、追って告げる」

「何しろ京の都では、生き仏、生き神様だ」

「大切に育てなければならない、誰にも手出しはさせない」

後鳥羽院の言葉遣いや、話し方には、相当な迫力があり、とにかく力強い。

昨日の出町柳や行き倒れの人への弔いは既に伝わっているようだ。


「ところでだ」

後鳥羽院の口調が変わった。

「今日は祝宴にする」

柔らかく明るい口調になった。

「料理も贅をこらした」

「何しろ、明運の寺では、味の無い、菜っ葉と豆腐しかないだろうから」

明運は再び平伏する。

確かに寺での食事は、仏門であるが故、修行の意味を含めて、質素なものしか出さない。

寺で栽培した菜っ葉や芋、大豆で味噌、醤油、湯葉を作り、それを順繰りに調理し出しているだけである。

味付けも、濃いものは出さず、量も多くない。

空腹に耐えることも、修行と考えているためである。

「さあ、始めよう」後鳥羽院が手を叩くと、一斉に料理が運ばれ出した。


それぞれの前に手際よくお膳が並べられる。

お膳には干し鮑、鯛の干物、雉や鴨の肉、筍、吸い物、強飯、蜜柑、油で揚げた菓子まである。

いずれにしても、明運の寺の質素な食事で育った明風にとっては、初めて口にするものばかりである。

お膳からして朱塗りで、食器も贅をこらしている。

「さあ、遠慮するな」

後鳥羽院は、そう言って明風に促す。

そして、もう一度手を叩くと、様々な楽器を持つ男たちに続き、立烏帽子、水干、単、紅長袴に太刀を佩び、手に扇を持つ「白拍子」たちが続いて入ってきた。


眼前で白拍子たちが、歌い舞う。

「今様という」

隣に座る後鳥羽院は満面の笑みを浮かべた。

今様は、先の後白河院の時代から流行り出した七五調の流行歌である。

後白河院は、少年時代から今様に夢中になり、女芸人に弟子入り、今様を伝授された。

ついには自らが今様の第一人者になるほどであった。

後鳥羽院も同様に、かなりのめりこんだ。

それ故、白拍子たちが自由気ままに御所や離宮に出入りするようになったのである。

「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけむ

遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ」

白拍子たちの乱舞は、その艶やかさを次第に増していく。

明風は筍の煮物に箸を少しつけただけで、ずっと白拍子を見ていた。


「どうだ、明運の抹香くさい寺ではこんなもの、拝めないだろう」

相変わらず、隣に座る後鳥羽院は上機嫌である。舞い踊る白拍子に拍手までしている。

しばらくは、その状態が続いた。

突然、明風が立ち上がった。

後鳥羽院の前に立ち、口を真一文字に結んでいる。

「おお、どうだ、楽しいだろう」

後鳥羽院は、すでに顔が酒気で真っ赤であり、呂律も乱れている。

「いえ、何も楽しくはありません」

明風は、そう言って後鳥羽院を見据えた。

後鳥羽院は明風の言葉の意味がわからない様子。

明風は続けた。

「これ以上ここにいても、何の修行にもなりません、今から大原に戻ります」

後鳥羽院だけではない。

白拍子や楽人、公家や栄西、明運を含めた居並ぶ人々の顔色が変わった。

ただ、粛子だけがじっと明風を見ている。

「いったい、どうしてこんなことをして、遊んでらっしゃるのですか」

「こんな、殺生をして魚や鳥の命を・・・他の食事にしても豪華過ぎます」

「京の街には、あれほど行き倒れも多く、弔いも十分になされていない」

「もし、後鳥羽様が私の父上ならば、お願いしたい」

「こんな贅沢をしているお金と時間があるのなら、困っている人たちのために、お使いになってください」

明風の顔には、怒りと哀しみが浮かんでいる。


「ああ、こういうことが前にあった」

明運は大原の里での事件を思い出した。

「こういうこととは?」

栄西が明運に尋ねる。

「大原の里で読経と説法をさせたのさ」明運

「うん」栄西

「そうしたら、一人の若い娘に誘惑されて」明運

「それで?」栄西

「明風は仏罰が当たると思って、その娘から逃げ出して、豪雨の中」明運

「うんうん、わかるような気がする」栄西

「そして豪雨の中、大原の滝に打たれた」

「雷が滝の前の巨木に落ちて明風の所に倒れて・・・大怪我さ」明運

「・・・そんなことが・・・」栄西

「なんとか嵐盛に助け出され、寂光院で介抱された」

「つい、三月ぐらい前の話さ」明運

「それとこれと、どういう関係が?」栄西

「もちろん、直接ではない」

「とにかく、明風は仏道に反すると判断したものには、強い拒絶反応をする」

「それが、自分の身に危険が及ぶとか、他人の立場を何も考えない」

明運は、怒りに震える明風をじっと見ている。

「うーん・・・」栄西も首を捻る。

「人の世は、様々なるが故・・・」明運は立ち上がった。

何か思惑があるようだ。

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