水無瀬御殿に到着 明運の不安
唐車は静かにその歩みを止めた。
どこからか川の音が聞こえてくる。
明風は、結局眠ってしまった。
何も夢を見ることもなく、ほぼ熟睡状態である。
「着きましたよ、起きて」
明風は粛子に身体を揺すられ、目を覚ました。
まだ頭がぼんやりしている。
「なかなか、お疲れのようで、途中から声もかけられなかった」
粛子に手を引かれて唐車を降りた。
降りた場所は、豪華な御殿のような建物の前。
外は既に夕闇の世界である。
御殿の周りには何棟か大きな建物が見えるが、夕闇の世界ゆえ、この屋敷全体がどこまでの広さなのか、判別ができない。
大きなかがり火が入口の前にたかれていた。
「お待ちしておりました」
明風と粛子の前に、壮年の公家が立っている。
装束もかなり立派なものであり、高位の公家と思う。
ただ、眼つきが、鋭いものがあり、明風は多少気にかかるが、一応頭を下げる。
「それでは、定家殿」
栄西が明風の隣に立った。
どうやら「高位の公家」は定家と言う名前らしい。
「今夜は宴にございます」
高位の公家「定家」が深く礼をし、粛子、明風、栄西、明運を誘い御殿の中に入った。
「うわっ・・・すごい・・・」
明風は、御殿に入り驚いた。
何しろ御殿の中は絢爛豪華と言う他はない。
広い廂の前を通り正殿と結ぶ廊下を歩くと、縁や橋の床にはすべて赤い錦の布が掛けられ、格子や壁などに松を描いた軟障が垂らされている。
御殿の中に、反り橋がある。
その上で歩みを止めると、池が広がっている。
池には鵜飼が舟を浮かべ、鵜を使う様を見せている。
明風は、鵜が小さな鮒を獲るのが面白い。 移動の途中の中休みの風情である。
歩くうちに、夕闇から夜に変わり、室内の灯台に火が点されている。
楽器の音も聞こえてきた。管弦の遊びがはじまっているらしい。
笏拍子や笙などの楽器を演奏する楽人が庭に見える。
明風自身は、あまり音楽の知識が無いが、進んでいく所の雰囲気が華やかであることは、予想している。
「宴か」明運は、栄西の脇をつついた。
「まあ、後鳥羽様なら、当り前さ」栄西が応える。
「わざわざ祇園の建仁寺まで迎えに来るのだから、よほど準備されて」明運
「いや、それが当たり前のお方だ」栄西
「そうか・・・ただなあ・・・」
明運は、少し難しい顔になる。
「ただとは?」栄西
「宴席に連なって、食事と音楽ぐらいならいいがな」明運
「和歌か?」栄西
「ああ、それは何も教えていない」
明運は、明風に仏道以外のことを教えなかった。
それについて、後鳥羽院や前を歩く定家が、どう見るのかと思う。
「まあ、詠めないものは仕方ないさ、今さら身に付くものでない」栄西
「それとな」明運
「うん」栄西
「あの連中だ」
明運は少し顔をしかめた。
「そうだな、その方が難しい」
栄西も難しい顔になる。
「また、とんでもないことにならねばいいが・・・」
明運の脳裏によみがえってくる事があった。




