迫る足音は、何を告げるか
皆様こんにちはこんばんは、遊月奈喩多と申す者でございます!
とうとうイストを退けたエスタさん。イストの残したデータを見た彼は、果たして何を知ることになるのか!?
本編スタートです!!
テラニグラの中枢──自身の経営する会社のビル最奥で、エスタはその“真実”に目を疑っていた。イストの遺したデータには幾重ものセキュリティロックがかけられていたが、それはエスタの持つ《解析》の能力の前には無力だった。故に目的としていたエデンからテラニグラ、正確にはイストに流れる門外不出の物品の数々、そしてイストがエデンに流していた金銭や、弾圧のための鎮圧兵器の数々については明らかになった。
必要な情報は、《解析》したそばからエデンに控えている協力者たちに共有していく。エデンからの追っ手が迫っている今、自分の身も決して安全とは言えない。特にロドリーゴの差し向けた少女たちのどちらかが追撃に来ていたとしたら、イストとの戦いで消耗した自分では危ないかも知れない──姉妹の顛末を知らないエスタがそう警戒するのは、ある意味当然のことだった。
そうしてイストの秘匿してきたデータを送信していくエスタの手が、止まった。
それは、イストが最も厳重なセキュリティを以て封鎖していたファイルに保管されていた記録の数々。
かつての友が手を染めていた、信じがたい凶行──それだけならば、まだよかった。
愛する妹・フルーレが殺される間際の、イストが秘匿していた映像。目を疑いたくなる、頭が沸騰してしまいそうな惨たらしい光景──それだけならば、まだよかった。
だが、能力核を奪われた後の囚人たちの状態や、彼らを死に至らしめる過程を何人分か観ていくうちに、エスタは血の気が引いていくのがわかった。
「まるっきり同じだ……」
呟いた言葉が、自分でも信じられない。
前々から不思議には思っていた。
人間に適した治療法が、ほとんどの場合魔族にも適している──身体能力や治癒能力、そして何より固有の能力など、明らかに差異があるにも関わらず、臓器の配置や薬品の効き目などに差はない。もちろん、保有する能力によって効き目が相殺されるという事象もあることにはあるが、それは人間にだって「体質」という個別のケースとして当てはめられる。
そうした個別の違いを除くと、人間と魔族には生物としての違いがまるで見当たらなかった。筋肉量すらもほぼ変わらない。
《解析》の能力によって導かれる答えは、エスタどころか、現在この世界で暮らす者たちの常識を根本から覆しかねないもので。
むしろ、古い記録を遡ると能力核の移植手術も盛んに行われていたことも窺える──その出所も……そして、能力核の“正体”も……。
「嘘だろ、これは…………」
「真実だよ、エスタ・グラディウス」
後ろから現れた声が、無抵抗な巨躯をナイフで貫く。その無機質な刃は一点も過たずに急所を──魔族にとって心臓以上の急所である能力核を貫き、破壊していた。
「ようやく隙を見せたな。貴方の《解析》も、僕には脅威だ。こうして始末できて、本当によかったと思ってるよ」
凶刃を煌めかせた黒き少年は、にぃ、と邪悪に口角を釣り上げる。
「ご、ぶ────」
「若い頃から数多くの修羅場を越えた大商人でさえ、やはり真実は堪えただろう? それが、一介の商人風情と我々の差だ。エデンを脅かして革命ごっこを目論もうだなんて、そんな思い上がりなんてしなければよかったのに、な……?」
「ふ、ふっ、ふふふ……っ、」
もうこの場に用はない。
立ち去るためナイフを引き抜こうとしたノックスの手が、戸惑いの声と共に止まる。
能力核は確かに壊れ、もはや死を待つばかりとなったエスタの身体から、ナイフを引き抜くことができない。密に締まった筋肉が、ノックスの手を逃がさない。
「……、…………っ! 何の真似だ、エスタ・グラディウス……? もはや貴方には何もできやしないはずなのに、僕の足を止めてどうする? ルキウスも僕の手中にある、貴方が何をしようと」
「無駄だと、言いたいか?」
「────!?」
肺に血液が充満しているのだろう。
喉や気管が傷付いているのだろう。
その声は弱々しく、か細く途切れつつある。
だが、奇妙な迫力があった。
絶命間際の男に、ノックスは圧倒され始めていた。
「ふっ……焦って、いるな?」
「なんだと?」
「こんな死に体の老いぼれ相手に焦るようなお前じゃ、どの道あいつらをどうすることなんてできないさ。今は確かに、お前さんが……お前たちが優勢だろうが、な」
「知っているよ、よぉく知っている。ルキウスも、カイル・エヴァーリヴの厄介さも、恐らくは、いや間違いなく、貴方より余程知っている」
「ふ、そうか…………、ならオレごとき楽々と越えていかなけりゃいけなかったぞ、ノックス」
「減らず口をッ!」
瞬間。
ナイフを媒介して体内に衝撃を伴う波が押し寄せ、損傷していたエスタの臓器は今度こそズタズタに引き裂かれた。
ずるっ、
広がった傷口からはナイフも容易く抜け、完全に生命活動を終えた屍を見下ろしながら黒衣の少年は忌々しげに舌打ちをする。周囲を見回し、何も起きないことを確信して笑う。
「何の仕掛けもない、ただのハッタリだったか……。食えないヤツだったが、まぁいい」
踵を返し、部屋の入り口に横たえておいたルキウスを抱え直す。あまりに脆弱で無抵抗な有り様を嘲笑い、己の勝利を改めて確信する。
「あとはルキウスの“眼”をお姫様に渡せば終わりだ。ようやくだ、ようやく全てが終わる……」
その顔に浮かんだのは、それまでの邪悪な歪みのない、純然たる安堵の笑み。
“終わり”に想いを馳せる笑みと共に、オフィスの外へ出る。それが意味するところは、恐らくノックス、そして背後に蠢くエデンの深淵──真の支配者たる女にしか知りえないものだった。
* * * * * * *
所変わって、楽園都市エデン。
その中央収容所で監禁され続けるカイルの精神は、擦りきれる直前まで来ていた。先程まで受けていた陵辱のためではない──幼かった自分の不用意な発言がリリア、そしてカルロまでも死に追いやったと告げられた絶望感が、未だに晴れないのである。
思えば、全ては自分から始まっていた。
姉の身に起きた悲劇も、その姉を想う余り狂い果てた幼馴染みのことも。ルキウスの手を取る決断だって、結果的に彼を危険に晒している。
もちろん、あのままでよかったとは思えない。
収容所でロドリーゴの肉欲の捌け口となり、他の囚人たちからは蔑まれ、ロドリーゴの部下たちからも厭らしい視線を浴び続けて、消えたいと思う日々だった。
ルキウスにしたって、あそこで自分が手を取らなければそう時間もかからずに収容所の奥にあるという研究施設に連れ戻されていたに違いない。能力に対して、彼の身体はあまりにひ弱だったから。
だから、間違っていたとは思えない。
思いたくもない。
それでも、カルロを連行した看守たちの言葉がどうしても頭から離れない。全てはカイルが招いたことだと嘲笑う言葉が、何故だか奇妙な真実味を帯びて心を蝕んでいく。
この感覚は何だろう?
ルキウスと旅をするようになってから、時々奇妙な感覚に襲われるようになった。それは、収容所に戻ってからも変わらない──むしろ、より確かな《像》を結んで脳裏に浮かぶようになっている。
まさか、何かの能力?
いや、僕は人間だ。ルキウスやカルロのように能力なんて持ってやしない──ましてや、こんな異質な能力なんて……
暗闇のなか、痛む身体を冷たい床に横たえながら繰り返す自問自答。そんな孤独な時間に終止符を打ったのは、群衆がなだれ込んだかのような、突然の騒音だった。
前書きに引き続き、遊月です。今回もお付き合いありがとうございます! お楽しみいただけていましたら幸いです♪
今回はエスタさん脱落回となりました……序盤からいい味方として活躍してくれていましたが、ここからはカイルとルキウス、ふたりの物語となります。もちろんまだ諸々の障害があり、ふたりの再会もまだまだ先になりそうですが(おいおい)、着々とふたりは旅の果てを目指しつつあるわけなのです……。
そして非常にあるある……というか作者あるあるですが、『ここのイベントは考えてあるけど、前のイベントからそこまでどうやって話を繋げようかな』症候群に陥っております(笑) エデンに変化が起こるパートはね、まだいいのですが、そこからまた……ね(笑)
ということで、少し不穏なことを書いてしまいましたが、また次回もお会いしましょう!
ではではっ!!




