Grab the tail
「――――単刀直入に、言わせて貰うわ」
麻耶に導かれて入った、ホテル最上階のスウィート・ルーム。そこでキエラと、香華お付きの近衛たる佐藤を一瞥した後、この間と同じソファに腰掛けた香華と軽く話していると、香華はそう言って本題を切り出した。顔色からも、先程までの和やかな雰囲気は消え失せている。戒斗も手にしたティーカップをテーブルの上に戻し、彼女の言葉に耳を傾けた。
「………………」
「――――勿体ぶるなよ、意地の悪い」
「ふふっ、ごめんなさい。少し面白くなっちゃって」
「割とクソ真面目な話だってんで、こっちもそれなりに意気込んでたんだ。勘弁してくれ」
「そうね、あんまり焦らすのも良くないわね。――――連中の居所、分かったわ」
連中――――。件の攫われた王女様、サリア・ディヴァイン・アルスメニア第一王女殿下を連れ去った奴らのことだろうか。一応確認してみると、香華はそうだと頷いて肯定して、話を続けた。
「アンタがとっ捕まった例の発砲事件なんだけど、アンタの証言を基にその前後を色々と探ってみたの。で、見事にビンゴ。Nシステムにその他諸々をキエラに解析して貰ったんだけど、結局出てきたのは辺鄙な雑居ビル」
「そこに、奴らが?」
ええ、と香華は頷く。
「なら、早速――――」
「待ちなさい、功を焦るとロクなことにならないわよ? それに、人の話は最後まで聞く。――――見つけたのはいい。ただ、現時点でかなり大掛かりな移動の形跡があるの」
「奴らは逃げ出して、穴倉は既にもぬけの殻、ってか」
「恐らくだけど、痕跡一つ残ってないと思う」
「なんてこった。それじゃあ結局、全部振り出しに戻っちまったって訳か」
「いいえ、そうじゃない。その後の足取りも、もうすぐ尻尾を掴めそうな感じなの。それまでの間、とりあえずその元拠点を探ってみたらどうかしら、とでも言いたかったわけ。もしかしたら、何か多少なりとも手がかりが残ってるかもしれないし」
「へいへい。そいじゃあ、早速行ってくるとするわ」
言うと、戒斗は残った紅茶を一気に飲み干して立ち上がる。ソファの隣に座っていた遥も、慌てて立ち上がった。
「はいはい、そう言うと思ったわよ。でも少し待って、まだ話し足りないことがある」
後ろ手に振ってそそくさと部屋を出ていこうとするそんな戒斗の背中を呼び止めた香華は、彼の後ろ姿を眺めながら言葉を続ける。
「昨日の女の件なんだけど、調べたキエラ曰く、イタリア・AISEの人間だそうよ。奴の名前はアリーエルファス・メンディーネ。名前こそ見つけたけど、行動詳細・過去の経歴は一切不明」
「…………何? なんでまたイタ公が、それもンなキナ臭せえ奴なんぞが、こんな極東のド田舎に何の用だってんだ」
香華の言った言葉が引っかかり、立ち止まった戒斗は振り返りながら怪訝そうに言い返す。香華は「さあね」と言って、
「ただ分かるのは、アンタ達の相手にしてる”方舟”って連中、存外侮れないかもってこと。AISEの人間まで飼ってるってことは、どっちの側に付いているかはさておき、二重スパイであることには間違いないから」
「奴らがアレな連中なんぞ、元から百も承知よ。――――ま、頭の片隅には置いておくさ」
香華らのホテルを出て、遥を連れた戒斗が刷って貰った地図の通りにスープラを走らせること数十分。行き着いた先は歓楽街の裏手にある、何処か寂れた風な三階建ての雑居ビルだった。
一応警戒して、少し手前に停めてビルの様子を見てみる。だが特に人の気配は見受けられなかったから、戒斗は雑居ビルの目の前までスープラを転がすと、そこでエンジンを切って車を降りた。
一階部分はどうやら過去に何かの店舗テナントとして使われていたようで、閉まったままのシャッターは長いこと開けられていないのか、赤錆の走っていない箇所を探す方が難しいぐらいに錆まみれだった。
手掛かりの少なそうな一階店舗跡は一旦後回しにして、戒斗はビル脇にある手狭な階段を昇っていく。すぐに見えた二階フロアの玄関扉の前で立ち止まり、しゃがみ込むと上着のポケットから特殊ツールを取り出して、それをドアノブの鍵穴に差し込むと手早く開錠した。見た目通りに古いタイプの物理キーだったから、ピッキングでの開錠は容易だった。
万が一の事態に備えて、右腰に吊るしたホルスターからブローニング・ハイパワー自動拳銃を戒斗は抜く。その後ろで遥もまた、自前で用意していたらしい独ヘッケラー・アンド・コッホ社のUSPコンパクト・タクティカルを抜いていた。
万が一、戻って来た奴が居ないとも限らない――――。戒斗はハイパワーの遊底を手早く動作させて弾倉内の9mmパラベラム弾を薬室に装填してから、慎重に部屋の扉を開ける。
ドアの隙間から少し覗いてみると――――人の気配どころか、調度品の類も多くない、正にもぬけの殻といった具合の寂しげな風景が見えた。ハイパワーを構え、意を決して飛び込んでみるが、その先に人の気配はまるでなかった。がらんとした室内を注意深く探ってみるが、やはり人の姿はどこにもない。
「…………やっぱ、外れか」
十分ぐらいの時間を掛けて室内を検分してみたが、手掛かりらしい手掛かりはまるで見つかりやしない。ひとりごちる戒斗は溜息と共に肩を落とすと、今一度部屋の様子を見渡した。
がらんとした、少しの生活感が残る寂しげなワン・ルーム。古びたテレビや傷だらけのテーブルなどが少々残る以外、家具らしい家具は見当たらない。いや、元から運び込んでいなかったのか…………。最近まで人の暮らしていた微かな残り香こそ匂わせているが、しかし形跡は一切見当たらない。
今一度大きく溜息を吐いて、戒斗は部屋を出る。すると、部屋の外の階段踊り場で外の様子を警戒していた筈の、遥の姿が見当たらない。周囲を見渡すと、既に彼女は階段の上――――三階の踊り場に居て、扉の前でしゃがみ込んでいた。先程の戒斗と同じようにピッキングで扉を開錠すると、慎重に扉を開けて中に飛び込む。万が一に備えて戒斗は外で待機していたが、しかし幾ら待っても発砲音は聞こえてこなかった。
「何か、見つかったか?」
痺れを切らして三階のワン・ルームへと踏み入りながら、戒斗はそう呼びかける。部屋に入ると、隅の方でしゃがみ込んでいた遥がこちらに振り向きながら、何かを床から摘み上げた。
「目立った痕跡はないけど、強いて言うなら」
「――――毛髪、それも金髪か…………」
記憶が正しければ、例の四人に金髪の奴は一人も居なかったはずだ。だとしたら、これは一体…………。
前の住人か、はたまたその前の住人かが落としたモノとも考えられる。だが、妙に長いこの金髪が、戒斗はどうしても引っかかってしまう。
「おっと」
少し思い悩んでいた所で、懐のスマートフォンが突然震えだした。マナー・モードにしているから喧しい着信音こそ鳴りはしないが、無音空間でヴァイブレーションの震える音というのは、存外目立つ。戒斗が上着のポケットから自前のスマートフォンを取り出すと、ディスプレイに映っていた着信相手は香華だった。ディスプレイの上で指を滑らせて、左耳に当てつつ通話に出る。
「どうした、突然」
『良いニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?』
これはまた、ベタなことを言う…………。開口一番に効かせた茶目っ気のつもりらしい香華の一言に苦笑いしつつ、戒斗は「良いニュースからだ」と答えた。
『奴らの引っ越し先を捉えたわ。場所はそこから少し離れて横浜なんだけど、そこの工場跡地。詳細座標は後でそっちの携帯に送るわ』
成程、奴らも考えたな――――。内心で戒斗は、追う連中の行動に少しの感心を抱いていた。横浜ならば相模原にある米陸軍のキャンプ・座間、或いは海軍の横須賀基地に手が届く距離だ。ならば不良兵士の小遣い稼ぎやその他諸々からの密輸ルートで、非正規の武器弾薬は調達しやすい部類に入る。奴らの中には元米兵も居たはずだから、パイプは持っている事だろう…………。
「で、悪いニュースってのは?」
思考を話題の方へと戻し、戒斗はそう切り出した。そして香華は、少しの間を置いてからこう言った。
『――――例のお姫様も、奴らが一緒に抑えてる』




