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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
109/110

For the Next Phase.

 それからは特に事態が動き出すことも無く。香華の宿泊先を経由してから元のホテルの客室に帰るなり即、眠りに堕ちた戒斗は前日の疲れからか、目を覚ましたのは東京滞在四日目の、時間は正午を回るほんの少し前だった。

 こっちに来てから半分習慣化している起き抜けのシャワーで頭と身体を眠りから叩き起こし、ルーム・サーヴィスを呼んで遅めの朝食にありつく。遥は何処かに出かけているらしく、戒斗が起きる頃には既に不在だった。故に一人孤独な朝食である。これはこれで気楽なものだが。

 平らげた後の食器をルーム・サーヴィスの給仕に下げさせ、今更になってスマートフォンを起動してみれば、書き置き代わりのメールが一通、遥から届いていた。送信日時は今日の朝十一時ちょっと過ぎ頃。内容はちょっとその辺りをブラついてくる程度なものだった。半分仕事で来ているといえ、彼女にも少しは東京観光を楽しみたい気持ちがあるのだろう。

 そういえばここ数日は立て込んでいて、ロクに何処かへ連れ出してやった覚えも無い。仕方ないといえば仕方のないことではあるのだが……。遥に申し訳ないと思いつつ、しかし戒斗は返信をしないことにした。散歩程度ならわざわざ連絡をせずとも、じきに戻ってくることだろう。

 充電の切れかけたスマートフォンをベッドに放り出し、窓際の壁掛け液晶テレビ近くに据えられているテーブルの上に置かれていたガンケースを開け、緩衝材のスポンジとの間に収まるブローニング・ハイパワー自動拳銃を、革張りのソファに身体を預けつつゆっくりと検分していく。ここ数日間の間すっかり放置していたが、過剰なぐらいな多めのガンオイルに浸されていたこともあって、特に目立った錆は見られない。

 それぞれ布切れで過剰なガンオイルを一度拭ってから再びスプレーで新しいオイルを拭き付け、銃身と遊底(スライド)にリコイル・スプリング一式とフレームが分離された通常分解フィールド・ストリッピング状態だったハイパワーを元の形に組み直す。二十秒も掛からないぐらいで元の形に戻ったハイパワーの遊底(スライド)を何度か前後させてオイルを馴染ませてからテーブルに置いて、中身のない数本の弾倉へと9mmパラベラム弾を補弾してやる。半日常的に自動拳銃の弾倉を弄っている戒斗にとって、十三連発の弾倉を満たしてやる程度のことはわざわざ手元も見ずとも、クイック・ローダーのような便利なツールを使う必要もない。液晶テレビの画面に流れる昼間の報道番組を眺めながらでも余裕だ。

 フェデラル社製のフルメタル・ジャケット弾を弾倉に手で籠めながら民放のニュース番組を観ていたのだが、昨夜の騒ぎは案の定というべきか報道されはしない。流石にスティーブ・アルマー目当てで秋葉原のド真ん中で派手にドンパチした一件は結構大々的に取り上げられてはいたが、その辺りはモーリヒが上手く処理したらしく、キャスターは何処かはぐらかしたような曖昧なことしか告げることはない。伊達に国家権力のエージェントというわけではないようだ。

 ほんの十分ほどで全ての弾倉に補弾を終えた。フルロードの弾倉をハイパワーの隣に置くと戒斗は立ち上がり、壁に無造作に立て掛けてあった黒いナイロン製の縦長の背嚢を手に取ってファスナーを開く。サイド・ポケットに収められていた特殊工具を使って手早く組み立てたソレは弓だった。

 コンパウンド・ボウ。洋弓に分類されるジャンルの滑車付きの短弓であり、手軽に強力なパワーを得られるクロス・ボウを除けば、恐らく最も実用的な弓だろう。本来ならばアーチェリー競技などに用いられる代物ではあるが、これも戒斗がモーリヒに用意させた武器の一つだ。使い慣れた私物の方は生憎自宅の方に置いてきてしまっているが、これはこれで及第点だろう。弦の張り具合に、リムの丈も悪くない。

 工具の散らばる床から立ち上がって、戒斗は具合を確かめるように何度か弦を引いて空射ちを繰り返す。照準器のピープ・サイトにはある程度調整が必要だろうが、想定される戦闘シチュエーションならば感覚で射っても問題ないだろう。

 弓の本体を床に置いてから、カーボン製の矢と(やじり)の数を確認する。数本組み立ててもみたが、問題なしだ。後はサイド・ポケットに別で入れられていた『EXPLOSIVES(爆発物)』と赤いステンシル字で刻まれた小さなアルミ・ケースを取り出して開く。その中には五本の(やじり)が丁重に収められている。それもタダの(やじり)ではない。内部にC-4プラスチック爆薬と小型の接触信管を仕込んだ特別製の爆発ボルトだ。コイツを使わないに越したことは無いが、あれば十分な切り札になり得るだろう。

 キッチリ(やじり)があることを確認してサイド・ポケットにケースを戻し、本体や組み立て済みの矢なども全てバラして再び背嚢に戻す。状況が動き出せば、コイツにも十二分に活躍の機会が与えられることだろう。

 ハイパワーの整備と弾倉への補弾で真鍮と鉄とガンオイルの臭いが染み付いた両の手を洗面所で洗って戻ると、先程セミダブルのベッドへ放り投げた私物のスマートフォンがブルブルと震えていた。億劫ながらも拾い上げて液晶ディスプレイに目をやると、その着信相手は香華だった。

「俺だ」

『や。どうかしら、その後の調子は』

「可もなく不可も無く。強いて言うなれば、掠り傷が痛むぐらいさ」

『あらあら。ま、どうせアンタのことだからもう治りかけてるんでしょうけど』

 香華の言う通りだった。昨日の戦闘で何発か二の腕や太腿に銃弾が掠りはしたが、抗生物質の錠剤を飲んでから寝て起きると既に傷口は塞がって、今は新しい肉が盛り上がっている。戒斗は人よりも少しだけ傷の治りが早い性質(タチ)なのだ。

「で、何の用だ」

『例の件、やっと調べがついたわ。ついでに昨日のデートのお相手に関してもある程度、ね』

 前者が戒斗の追っているアルスメニア第一王女誘拐グループ、後者が昨日交戦した機械化兵士マンマシン・ソルジャーと共に現れた正体不明の女のことだろうと推測する。

「なるほど。じゃあ一時間後にそっちのロビーで落ち合おう」

『ええ。お茶でも用意して待ってるわ』

「フォートナム・アンド・メイソンの茶葉でも仕入れたか?」

『ふふっ、それは来てのお楽しみ――それじゃあ、一時間後に』

 そんな一言で通話が切れると、丁度いいタイミングで遥が部屋のドアを開けて帰って来た。

「お、意外に早かったな」

「ちょっとその辺りを散歩してただけだから。それより、どうかした?」

「ああ、どうかしたさ。グッド・タイミングだぜ遥。一時間後に香華ン所で落ち合うことになった」

「……漸く、尻尾を掴んだと」

「だといいがな。精々使える情報であることを期待するっきゃねえさ」

 自前の紅いライダース風のジャケットを羽織りながら言う戒斗の瞳は、そんな言葉とは裏腹に、何処か核心に満ちた色をしていた。





 相も変わらずご機嫌なサウンドを奏でる黒いトヨタ・JZA70スープラを走らせて、戒斗は遥と共に香華の宿泊する高級ホテルへと向かう。少し肌寒くなってきた気温とは裏腹に照り付ける日差しは刺すように痛く、スープラの黒い年代モノのボディを焦がす。ウィンドウ越しに入ってくる陽光は、この時期にも関わらず真っ黒に日焼けしてしまいそうだ。痛い日差しから眼を保護する為に、戒斗はいつもの黒いレンズのレイバン製サングラスを掛けざるを得ない。

 妖しく煌めく漆黒の流線形ボディが冷たい風を切り裂き、テールのスポーツ・マフラーから猛獣の如きエグゾースト・ノートが吼える。焦げたアスファルトを切り刻む極太の大径ブリジストン・ポテンザRE-11Aハイグリップ・タイヤの強烈なグリップ力は相変わらずだ。シフト・ダウンの際に少しアクセル・ペダルを煽るだけでも強烈なカタルシスを感じさせるマシーンは世に出て二十年以上が経過した未来のストリートでも尚、その圧倒的な存在感を醸し出している。真の意味で優れたマシーンは、どれだけの刻の流れを経たとしても、決してその輝きが色褪せはしないのだ。

 そうして街の中を駆け抜けること三十分と少しして、二人を乗せた70スープラは目的地の高級ホテルへと到着する。地下駐車場へと下っていき、麻耶のGT-Rの隣のスペースにスープラを突っ込んだ。

 既に一度ここには来ているから、フロアの配置は大体頭に入っている。特に迷うことも無くエレベータへと乗り込んでホテルのロビーへと昇った。

 チーン、と小気味の良い上品なベルの音が鳴って、エレベータの扉が開かれる。天窓から陽光の差し込む吹き抜け構造のロビーを適当に歩き回って香華の姿を捜すが、目に留まったのは彼女でなく。古式めいたメイド服を着こなす桃色の髪の女の姿が代わりに目に入った。麻耶だ。

「よう、麻耶さんじゃないの」

「お待ちしておりました。お嬢様はお部屋の方に」

「あいよ。わざわざ出迎えて貰っちゃって、悪いね」

「……いえ、お気になさらず」

 先導する麻耶と共に戒斗、そして遥は客室行きのエレベータに乗り込んで、最上階フロアへと向かう。


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