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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
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アルカディアの地に訪れる夜明けは未だ遠く

「――ふぅ。どうやら撒いたみたいね」

「そのようです。お疲れ様でした、お嬢様」

「麻耶ほどじゃないわよ」

 一方、機械化兵士マンマシン・ソルジャーのアルを無力化し撤退に成功した香華らの一行は、五分ほどしても追っ手が現れないと漸く肩の力を抜くことが出来た。運転席の麻耶とそんな風に話している香華は後ろから跨いだのか、いつの間にやら助手席に座っている。

 前席の二人に加えて佐藤、そして戒斗の四人は五体満足で命も無事であったが、代償に車の方は酷い有様だった。幾ら防弾加工など強化の施されたメルセデス・ベンツML350といえ先程の戦闘はあまりにも過酷すぎたようで、アルに体当たりをかました右側面のボディは数ヶ所が大きく凹んでいる。ピラーやフレームにも深刻な歪みが生じており、修復するにしても難儀だろうと思える。防弾ガラスも衝撃で右の数枚がひび割れていた。歪みのせいで空いた隙間から吹き込む外気が、どことなく不安を駆り立ててくる。

 車内も相応に悲惨なもので、起こした後部座席の向こう側。即ちトランク・ルームに放置されたMG3の周りには大量のベルトリンクと.308ウィンチェスター弾の空薬莢で埋め尽くされている。車が少し段差に乗り上げる度に薬莢が転がり、カランコロンと音を立てていた。

 だがまあ、全員無事にこうして健在なのだから、ひとまずは良しとしよう。そんな風なことを独り、ひび割れた窓の外を流れる夜の街並みを眺めながら戒斗が考えていると、突然携帯電話の着信が鳴り響いた。

 自分のモノかと思って私物のスマートフォンを取り出してはみたが、液晶ディスプレイは黒いまま。じゃあ誰かと車内を見回していれば、丁度香華がスマートフォンを耳に当てている場面に出くわす。どうやら彼女の携帯だったらしい。通りで聞き慣れない着信音のはずだ。

「――ええ、ええ。分かったわ。それじゃあ」

 そんな言葉で通話が締めくくられるのに要した時間は、五分と掛からなかった。これでも年頃の少女なのだから長電話の一つや二つするのだろうと勘繰っていたが、香華の口振りを聞く限り、通話の相手とはビジネスライクな関係らしい。当たり前といえば当たり前だ。今の時刻は零時を回っている。日付は既に切り替わっているのだ。こんな時間に、しかもこんなタイミングで電話を掛けてくる相手など、大体想像はつく。

「イリーナからよ」

 振り返った香華の一言で、戒斗は自分の勝手な憶測が見事に的中したことを知った。イリーナ――イリーナ・クズネツォフからの電話ということは、向こうも既に片付いた後だろう。大多数の後始末を丸投げしたことで若干気にはなっていたが、つまりは全滅させたということなのだろう。少しだけ接したジェイやオットー達に感じた通り、彼女の兵隊達は随分とおっかない連中らしい。

「向こうも片付いたそうよ。それと、一応二人への伝言……のつもりなのかしら。『ATトレーダーズとは私達でキッチリとケジメをつけさせて貰うから、手出し無用だ。君らや香華が奴の脅威に晒されることは二度とないだろうから、安心して枕を高くして眠るといいよ』……だって」

「死んだな、そのATなんとかの社長」

「傭兵の言う通りだ。あの女を敵に回すのはおっかなくて仕方ない」

 隣の佐藤と頷き合う戒斗。イリーナ・クズネツォフという女の底知れなさを彼も感じ取っていたらしい。――いや、それ以前に何度か顔を見る機会があったのか? その辺りは戒斗の知る所でないし、知ろうとも思わない。ただ一つ分かっていることは、イリーナを敵に回すことは決して得策でないという明確な真実だけだ。

「おっと、そういえば……」

 何かを思い出したように、戒斗は唐突に私物のスマートフォンを取り出して電源を入れる。何度か画面をタップして電話機能を開き、連絡先の一つを指で押すと通話を開始させて、スピーカーを耳に当てる。

 思えば折角インカムを付けているのだからこれで話せば良かったのだろうが、戒斗がそのことに気付く頃には既に電話を掛けた相手が出てしまっていた。

『戒斗、無事なの?』

 無論、その電話を掛けた相手というのは遥である。通信の方は周波数に合わせた全員にオープンで内容が伝わっていたはずだから、当然アルと交戦した一件も彼女の知るところだろう。故になのか、心なしか彼女の声色がいつもの調子と違うように聞こえた。見かけに似合わず意外と心配性な遥のことだ。今回もそんな感じなのだろう。

「ちょいと招かれざる客人とアンコールを踊ることにはなっちまったが、幸運なことにこの通り五体満足さ。他の奴らもな」

『そう……。それなら、よかった』

 少々震えていた遥の声が、戒斗の言葉を聞くと安堵の色に変わる。彼女はわりかし喜怒哀楽が激しくて、しかも分かりやすいのだが……。どうやら他人に言わせると、彼女が感情希薄でクールな感じに見えるらしい。それが戒斗にはイマイチよく理解出来なかったが、少なくとも自分は簡単に見分けられるつもりだった。

「訊くまでもねえだろうが、撤退は出来たのか?」

『うん。こっちは誰一人顔を合せなかった。今は多分、戒斗達の大分先の方じゃないかな』

「そりゃ結構」

『心配しなくても、戒斗のスープラには傷一つ付けてないから』

「ハナから心配しちゃいねーよ」

『そう、ふふっ』

「何を突然。おかしなことでもあったか?」

『いや、そうじゃなくて……ふふっ。まあでも、戒斗も、それに皆も無事で安心した。予定通りにホテルで落ち合いましょう』

「あいよ。そいじゃあな」

『うん。――また後で』

 遥のそんな一言に見送られながら、戒斗は耳から離したスマートフォンの終了ボタンをタップして通話を切った。用済みのスマートフォンをポケットに収めながら顔を上げると、運転中の麻耶以外の全員の視線がこちらに集まっていたことに気付く。それも矢鱈とニヤけて好色じみた感じで、だ。

「あぁん? 何だってんだお前ら揃いも揃って。気色悪い」

「あらあらまあまあ。戒斗ったらとぼけちゃってぇ~?」

「オイオイ冗談止してくれよ。俺が何をとぼける必要があるってんだ、なぁ香華」

「……さっきから顔がニヤけっ放しだぞ。だらしのない顔を晒すんじゃない、傭兵」

「一輝ィ、お前まで何を言いだすんだ?」

「あら、天下の”黒の執行者”ともあろうお方が、まさか気付いてないの? ちょっと面白いじゃないのこれ。ねぇ佐藤?」

「仰る通りで、お嬢様。これは良い余興だ」

 何故だか香華と佐藤の主従二人はお互い顔を合わせて笑い出すのだが、その意味が未だに分からない戒斗は、頭の上で疑問符を浮かべている以外に出来ることが無い。

「ふふふ……っ。まあいいわ。これはこれでアリかもね」

「さっきから話が全く見えてこないんだが。二人してニヤニヤニヤニヤ。いい加減説明してくれたっていいんじゃねぇか」

「ある意味お前らしいかもな、傭兵」

「だからよぉ、一輝……」

「そうそう。佐藤の言う通りよ戒斗。これはこれで、アンタらしくて丁度良いわ」

「……?」

 戒斗が頭の上に疑問符を浮かべ続けたままで車は走り、結局香華らの宿泊先ホテルまで到着してしまうことになる。二人に散々弄られた理由が、遥と通話を交わしていた時の普段とあからさまに違う戒斗の態度と顔付きだったことを本人が理解したのは、実に眠りに堕ちる寸前だったという。

 何はともあれ、波乱に満ちた東京滞在三日目はこうして、漸く幕を閉じることになる。しかし、戒斗が真に休まるその時は未だ訪れない。彼にとっての夜明けは、まだまだ遠い地平線の彼方だった……。

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