表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
106/110

Masquerade

「撃て撃て撃て! 絶対に近づけるなよ!!」

「だーかーら、分かったって言ってんだろ一輝! 耳元で怒鳴るなッ!」

 漆黒の支配する夜闇の中で、二つの激しいオレンジ色の発砲炎(マズル・フラッシュ)が瞬く。肌寒い夜風に熱い空薬莢が踊り、9mmパラベラム、5.56mm×45・SS109の二つのフルメタル・ジャケット弾が冷え切った大気を灼いて飛翔する。

 フル・オートで掃射される幾つもの銃弾が向かう先に立つのは、人の身でありながら人を超越せしサイボーグ兵器――『アル』と呼ばれていた、”方舟”の機械化兵士マンマシン・ソルジャー。街灯の淡い灯かりを反射して鈍い金属光沢を放つ特殊合金の身体が、今まさに明確な敵意を以て戒斗達に迫ろうとしていた。

 そのアルは戒斗ら三人の方へと真っ直ぐ駆け抜けるだけで、向かい来る銃弾を避ける素振りすら見せない。それどころか右手の中に携えた、ナイフのような形状の長い刀身を持つ高周波ブレードを凄まじい速さで振るい、戒斗と佐藤の撃ち放った銃弾を全て弾き飛ばしてしまう。

「な――ッ!? どうなってやがるんだ!?」

 その光景を、有り得ない現象が起こっているとでも言いたげに呟き狼狽える佐藤。

「兎に角撃ち続けろ、それしか無いッ!」

 戒斗の方はこれで何度目かになる対・機械化兵士マンマシン・ソルジャー戦だったからそこまで動揺こそしなかったが、しかし内心で相当に焦っているのは佐藤と同じだった。

 相手は完全にベスト・コンディションの状態で挑んでくるが、こちらは奴の装甲をブチ抜ける.308ウィンチェスター以上の弾を持っていない上、機械化兵士マンマシン・ソルジャーのカメラを潰して目眩ましに使える閃光音響手榴弾(フラッシュ・バン)も持ち合わせていない。加えて香華を護りながら戦わなければならないという大きなハンデすらも背負っているのだから、今回ばかりは戒斗にも勝ち目が見えていないのだ。それ故の焦りが、冷や汗という形で彼の額を這い落ちる。

 遂にUMP-45の弾倉から残弾が無くなった。しかし弾倉を入れ替えている余裕は無い……。仕方なしに戒斗はUMP-45から手を離し、右太腿のレッグ・ホルスターからシグアームズ・GSR自動拳銃を抜き放つ。UMPは負い紐(スリング)で斜め掛けに釣っていたから、地面に落ちること無く胸の辺りでぶら下がったままになるのだ。

 抜きざまに親指でサム・セイフティを押し下げ、引鉄(トリガー)を引き片手で続けざまに発砲する。.45口径のキツい反動が腕の筋肉を振るわせる度に前後する遊底(スライド)が空薬莢を吐き出して、銃口部では発砲炎(マズル・フラッシュ)が閃く。

 だが、アルは当たり前のようにそれらも高周波ブレードで弾き飛ばしてしまう。アレを握った状態で正面から銃撃を受けている以上、奴のような機械化兵士マンマシン・ソルジャーに隙は無いのだ。

 正攻法で勝てる相手でないのは、今までの経験で身に染みて理解している。正面から撃っているだけではジリ貧だ。勢いに押し込まれてしまう前に奴のペースを崩す必要がある。奴を倒すには頭を使え。機械化兵士マンマシン・ソルジャーを屠るならば、相手の裏を掻け――!!

「――!!」

 唐突にアルが立ち止まったのは、そんな風に思考を張り巡らせながら戒斗が破れかぶれの九発目を撃った瞬間だった。立ち止まったアルは自分の身体から少し離れた場所に高周波ブレードを振るい、恐らくはそこを突き抜けていたであろう銃弾を弾き飛ばしたのだ。

 火花が散ったのは、アルの身体から一つ間合いを置いた所。どう考えても当たるような弾でなく、わざわざ止めに回った意味が分からない――。

(……そうか)

 不可解なアルの行動の意味に感付いて、戒斗は思わず口元をニヤけさせてしまう。GSRの弾倉を素早く交換しながら、彼は叫んだ。

「一輝、あの女を狙え!!」

 そう、アルの行動の理由は――あそこに立つ、確かアリーとか呼ばれていた女を強力な.45ACP弾から護る為だった。度重なる連射でズレた照準で戒斗の撃った最後の一発の射線が、偶然にもアリーを捉えていたのだ。ズレた照準と、アリーの立ち位置。偶然に偶然の重なった幸運が、戒斗に起死回生のヒントを与える。

 ならば、本体でなく女の方を狙えばいい――そう思い叫んだ時には既に佐藤も気付いていて、弾倉交換を終えた89式小銃の狙いをアリーに合わせ、三点バースト・モードで5.56mm弾の雨を見舞い始めていた。

「――!」

 交戦開始と同時に展開した黒いバイザーのせいで表情こそ見えないが、きっと舌打ちぐらいはしていたことだろう。アルはその人外じみた跳躍力で以て後方に宙返りしながら飛び、立ち尽くすアリーの前に着地するとすぐに高周波ブレードを思い切り振り回す。

 アルが一閃振るう度に刃の軌道上では幾つもの火花が弾け、少しもしない内に奴の足元には切り裂かれたフルメタル・ジャケット弾の残骸が大量に転がる。

「行くぞ、香華!」

 今の内にと弾倉交換をしたUMP-45を掃射しながら、戒斗は香華を連れて徐々にアル達との距離を離していく。二人の弾倉交換のタイミングを上手い具合に調節しての断続的な弾幕だ。流石の機械化兵士マンマシン・ソルジャーとて数多の銃弾を捌くのに手一杯で、動くに動けない。

 遂にアルは左腰、ちょうど高周波ブレードの鞘の下に釣っていたもう一本のブレードを抜き放った。右手に持つブレードを片腕で振るって弾きながら左手で逆手に抜いた刃は右手の物よりも幾分か短く、丁度ボウイ・ナイフぐらいの刀身丈だ。

 今までの高周波ブレードと、ボウイ・ナイフ形状の二本を巧みに振るって、アルは向かい来る銃弾を全て捌いていく。しかし、その背に隠れるように立つ女――アリーは逃げることも隠れることもせず、ただ冷徹なまでの瞳でアルの背中越しにこちらを眺めているだけ。

 そんなアリーに言い知れぬ不気味さを感じつつも、戒斗は左耳のインカムに向かって叫んだ。

「――麻耶さんッ!!」

≪状況はキエラから聞き及んでおりますが故、既に向かっております。多少強引に突っ込みますが≫

「構わねえさ、こちとら三分と持ちこたえられそうに無いんでね!」

 戒斗の言葉は紛れも無い真実だった。今は数の暴力に物を言わせてアルを足止め出来ているが、そもそも持ち込んだ弾薬数が少ない中の度重なる戦闘で結構な弾を消費してしまっている。三分というのも些か誇張が過ぎるぐらいだ。

 ひたすら弾幕を張り続けながら、ジリジリと後退していく。すると遠くから徐々に近づいて来るエンジンの唸り声と、派手に響くタイヤのスキール音が耳に入って来る。

「来たか……!」

 それは紛れも無く、真耶の操るメルセデス・ベンツML350防弾仕様だった。派手な銃声も一緒に聞こえる辺り、待ち伏せていた他の連中から幾らか迎撃を受けているのだろう。タイヤに貰ってパンクする危険もある故に本来なら待ち伏せ連中を排除してから回収の予定だったが、緊急時の今となっては多少喰らってでも香華の回収が最優先だ。良い判断だと戒斗は内心で麻耶の判断を賞賛しつつ、しかし弾幕を張る手を緩めない。

 黒いボディのML350は派手にボディを回転させながらこちらへと突っ込んでくる。耳をつんざくスキール音と共にタイヤから白煙が巻き起こり、ML350はこちら側に紅いテール・ランプを見せる形で停車した。

 すぐに後部座席の扉を開け、その中へ香華を最優先で退避させながら、戒斗と佐藤はそれぞれ左右のドアから急ぎ車内に飛び込む。既に麻耶の手によって後部座席は倒されており、トランク・ルームと一体化し広い空間が出来上がっている。

「出してくれ、早く!」

「分かっています――お嬢様、何処かに掴まっていてください」

 いつも通りの冷静な口ぶりで言うと、真耶は左足でサイドブレーキ・ペダルを蹴り飛ばして解除しながら、ニュートラルに突っ込まれていたシフトをD(ドライブ)に叩き込むとすぐさまアクセル・ペダルを床まで踏み抜いて車を発進させる。一気にペダルを踏み込んだことによりオートマチック・トランスミッション特有のキックダウン・スウィッチが働いて、自動的に低速ギアへとシフトが突っ込まれる。爆発的な加速力でML350は走り出した。

「追いなさい」

 しかし、一気に遠ざかるテール・ランプを眺めるアリーの眼差しが変わることは無い。彼女が一言告げると、アルはただ頷き、左手のボウイ・ナイフ形状のブレードを鞘に納めるとML350を追って駆け出す。人間では到底考えられない常識外れの速度で駆けるアルは徐々に車との距離を詰めてきた。

「まだ、諦めてはくれないようですね――追って来ます」

 その様子をバックミラー越しに見ていた麻耶は、しかし声に焦りの色を見せること無く淡々とした口調で告げる。

「だろうな……! クソッ」

 歯噛みをしながら戒斗はUMP-45を投げ捨てて毒づく。容易に想像出来たことだが、いざこうして目の当たりにするととんでもない光景だ。スロットル全開の加速で逃げる車に距離を詰める人型なんて、マトモな思考をしていたらまずパニックに陥る状況だろう。

「麻耶さん、アレはあるか!?」

「既に用意してあります。そちらに」

 言った通り、元々のトランク・ルームの場所に布を掛けられた何かが鎮座していた。戒斗は急いでそれを取り払い、馬鹿みたいに重い鋼鉄の塊を持ち上げる。

 戒斗の持ちあげた鋼鉄の正体はラインメタル・MG3。先の大戦にてドイツ国防軍の優れた主力機関銃であったグロスフス社製・MG42を戦後にラインメタル社が7.62mm×51NATO、即ち.308ウィンチェスター弾仕様に改造したMG2を更に改良した汎用機関銃だ。

 機関部から垂れ下がる長いベルト・リンク済みの.308ウィンチェスター弾は既に装填済みだ。戒斗は思い切ってML350後部のハッチを開け放ち、二脚(バイポッド)を立てて安定させたMG3の威圧的な銃身を車外に露出させる。

 MG3の機関部右側から生える大きなコッキング・ハンドルを思い切り引っ張って遊底(ボルト)を解放状態にすると、初弾装填用に付けられていた空のベルトリンカーが右側から排出される。セイフティを解除して、戒斗は座った状態で腰だめにMG3を構えた。脇で銃床を締めて固定し、左手は銃身の根元付近から生える運搬用のキャリング・ハンドルを握り締めて機関銃本体を安定させる。

 その頃には、既に10mもないところまでアルが迫っていた。全力で走る車を追いかける人間――の形をしたモノを見るというのは、やはり気持ちのいいものではない。

「釣りは要らねえ――受け取りやがれ、ポンコツがァッ!!」

 叫び、戒斗はMG3の引鉄(トリガー)を思い切り引き切った。

 落雷のような発砲音が響く。銃口部の巨大なラッパ型のフラッシュ・ハイダーから発砲炎(マズル・フラッシュ)がアーク溶接の火花のように瞬き、機関銃の右側からは分離された黒いベルトリンカーが、下方からは.308ウィンチェスターの空薬莢が次々排出されては、トランク・ルームの床を跳ねる。

 全くの出鱈目な照準を、ベルトリンクに三発に一発の割合で詰められた曳光弾の火線を頼りに修正してやる。最初はあらぬ方向に飛んでいた銃弾が、徐々に向きを修正されてアルへと襲い掛かる。

「――!」

 しかしアルはまたももう一本のボウイ・ナイフ型高周波ブレードの方も抜き、二本で戒斗の.308ウィンチェスター弾を弾きながらも、その足を止めることはない。

「クソッ、化け物かよッ」

 大きく舌打ちをしながらも、戒斗はMG3での掃射を継続。これ以上近寄らせまいと必死の抵抗を図る。

 すると、車は右方向の曲がり角に差し掛かった。完全なオーバースピードであったが、真耶の巧みなブレーキングとステアリング捌きで以て、少しだけ片輪を浮かせつつもなんとかコーナーをクリアする。浮いた側のタイヤが着地し、ショック・アブソーバーが吸収し切れなかった衝撃がキャビンに居る戒斗らを襲う。

(コーナーの突破速度では断然こっちの方が有利だ。これで距離を離せられれば……!!)

 しかし、自身のそんな考えが甘かったことを、数秒もしない内に戒斗は現実の光景として叩き付けられた。

 麻耶の駆るML350に少し遅れて曲がり角に差し掛かったアルは減速するどころか、何故か地を蹴り跳躍したのだ。ここは貨物船から荷揚げされた大型コンテナが大量に積み上げられた集積地帯。アルの向かう先は無論コンテナであり、この速度ならば激突は確実に見えたが……。

「――!!!」

 それどころか、綺麗に宙返りしたアルはコンテナの壁面へと着地した(・・・・)。そのまま重力に逆らってアルが、とんでもない速度でコンテナの薄い鋼板で構成された壁面を走り出す。

「嘘だろ……!?」

 戒斗は自身の目を疑った。後ろに居た佐藤も、そして香華もだ。こんなのはコミックの世界でジャパニーズ・ニンジャのするような芸当であり、とても現実に出来てしまって良いことではない。どうやら両足で展開した小さな鉤爪である程度は固定しているようだが、それでも常識外れにも程がある。

「なんてこった……クソッタレ!!」

 戒斗はすぐさま壁を走り抜けるアルの方へとMG3の射線を逸らすが、あと一歩の所で射程外へと消えていってしまう。車の後方からブッ放していた戒斗にとっての射程外――即ち、ML350の右側面だ。

「ああ、クソ……! そっちへ行ったぞ、麻耶さんッ!!」

 こうなってしまっては、戒斗に出来ることといえばこうして叫んでやることぐらいしか無かった。

 ML350の右側へと回り込んだアルは壁面から飛び降りて並走しており、先程まで.308ウィンチェスター弾を弾くのに使っていた長い方の高周波ブレード鞘に納めている。この狭い空間での接近戦には不利と判断したのだろう。左手で逆手に構えたボウイ・ナイフ形状の高周波ブレードを手に、先ずは運転手である麻耶から仕留めようと右側のフロント・ドアへと迫る。

「全員、対ショック姿勢を」

 しかし、それでも麻耶は動じることが無かった。それどころか、反射するバックミラー越しに戒斗の視た麻耶の瞳はいつもの三割増しぐらい凍り付いているかのようにすら思えてしまう。

 なんてこった、肝が据わってるなんて次元じゃねえ。化け物みてぇな女だ……。

 そんなことを思いながら、MG3を車内へ引っ込めた戒斗は後部ハッチを閉めて適当な所に掴まり、対ショック姿勢を取る。他の香華・佐藤の二人も同様だ。こうなってしまえば、後は麻耶に全てを委ねる他に無い。

 凄まじい衝撃がキャビンの三人を襲う。まるで追突事故にでも遭ったかのような激しすぎる衝撃だ。金属と金属がぶつかりあう様な鈍い音が車外から響く。それから三人が耳にしたのは、金属の激しく擦れる悲鳴のような甲高い音だった。

 まさか、と思い戒斗が後部のウィンドウから車体の右側を覗いてみれば、

「冗談、だろ……」

 車体とガードレールの間に挟まれたアルが、身体のあちこちから凄まじい火花を散らしている様が目に映る。

 ――迫り来るアルに対し麻耶が取った行動は、体当たり。今まさに車のボディを抉らんとするアルに対して仕掛けたのは、あろうことか体当たりだった。

 その後も何度か離れては、プレス加工機のように幾度と体当たりを仕掛ける。流石に防弾仕様の強化された車体といえ度重なる衝撃に耐えきれず徐々にフレームが歪んで来たが、しかしML350の走る勢いは衰えない。

 だがアルの方もやられっぱなしでなく、幅の広い道路に出た瞬間から体当たりを回避。遂には運転席の麻耶と並走し始める。そして、アルは左手のボウイ・ナイフを振り被った。

「麻耶さんッ!」

「麻耶っ!!」

 戒斗と香華、二人が同時に叫ぶ。頭に思い浮かぶのは最悪の情景。だが――。

「――邪魔だ、犬畜生が」

 一瞬麻耶の右腕がウィンドウの外へ伸びたかと思えば、次の瞬間には火花が散って、アルの左手からボウイ・ナイフが吹っ飛んでいた。

「お嬢様に対するこれ以上の狼藉を許すわけにはいきませんので」

 それから顔を覆い隠す黒いバイザーに何度も火花が散り、思わずアルは走る勢いを衰えさせてしまう。最後に顎先に二回ほど火花が散ると、脳を揺さぶられたアルは一瞬だけ昏倒し倒れてしまう。鋼板で強化された顎が貫かれることはなかったが、しかし衝撃が脳震盪を起こしたのだ。

「――全ての不浄なる者に、我が裁きの鉄槌を」

 その言葉でハッと我に返った戒斗が目を凝らして見てみれば、ウィンドウの外に伸びた麻耶の右腕に、ステンレス・フレームが銀色に煌めく一挺の回転式拳銃(リボルバー)が握られている。銃口部から淡い白煙を昇らせるソレは、S&Wスミス・アンド・ウェッソンのM686だった。

 混乱する頭で状況を整理すると――リア・ウィンドウから徐々に遠ざかるアルの様子を見る限り、どうやら麻耶は奴を撃退したらしい。それもたった拳銃一挺で、あの機械化兵士マンマシン・ソルジャーを、だ。

 まず一発目でボウイ・ナイフをアルの手から弾き飛ばし、次に数発をバイザーに喰らわせて気を逸らす。最後に顎先に.357マグナムを二発をブチ当てて脳震盪を起こさせて撃退したというわけだ。昴から聞き及んでいた機械化兵士マンマシン・ソルジャーの仕様や欠点に関しては香華を通して彼女にも伝わっていただろうが、しかしこんな芸当をしてしまうとは考えてもみなかった。

 そもそも機械化兵士マンマシン・ソルジャーというのは身体の殆どを人工物で置き換えているといえ、脳だけは人間の生ものをそのまま転用している。連中は生身の肉体ベースだから特に脳を防護シェルへ収めるなどのことはしておらず、頭部への衝撃には弱いとのことは昴より聞き及んでいたが……。しかし、そもそも隙の見当たらない機械化兵士マンマシン・ソルジャーの頭を殴りつけるなんてのは到底無理な所業だと考え、初めから戒斗はその方法を思考の外へと追いやっていた。

 だが、麻耶はそれをいとも簡単に成してしまった。コンマ数ミリの次元で正確無比な射撃と連射速度。そして何よりも、機械化兵士マンマシン・ソルジャーを前にして恐れない鋼の胆力が無ければ不可能な業だ。

「アイツを片手間にねじ伏せるなんざ、なんてメイドだ。こりゃ想像以上だぜ……」

 これだけの神業じみた芸当を成し遂げても尚、顔色一つ変えずにいる麻耶を見て、戒斗は無性にこの女が恐ろしくなってしまった。この南部 麻耶(なんぶ まや)とかいう人類史上最もおっかないメイドに敵う人間が、果たしてこの地球上に存在し得るのか。そんな幻想じみた畏れさえ抱いてしまう。

 麻耶はウィンドウから腕を引っ込め、口元に引き寄せたM686の銃口へフッと息を吹きかけて白煙を吹き飛ばす。その様を眺めて、戒斗は思わずこんなことを呟いてしまう。

「クールだぜ……。世界一.357マグナムの似合うメイドだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ