ダンシング・ウィズ・クライシス-Phase.4-
≪――標的排除。この先は射線が遮られるから、これ以上の支援は出来そうにない≫
「十分だ、助かったぜ遥。お前もそろそろ、退き際を見誤らないようにな」
≪分かってる。どのみち、この辺りで手を引くつもりだったから。戒斗も気を付けて≫
「勿論だ」
それからの間、三人は遥の狙撃支援を受けつつ、比較的弾薬の消費量も少なく包囲網を突破しようとしていた。今も丁度、遥が通算七人目の標的を撃ち抜いたところである。
だが彼女の言った通り、ここから先は遥の位置からは視界が遮られてしまい撃てなくなる。後は自分らの力で何とかするしかないという訳だ。
しかし、そんなことは然したる問題ではない。遥の支援はあったら嬉しいな程度なもので、戒斗と佐藤は双方、自他共に認める手練れだ。たった二人だとしても、この程度の包囲網を突破することに困難を極めるとは考えにくい。そんなことよりも戒斗としては、彼女が狙撃ポイントから無事に離脱出来るかの方が気がかりだった。
最初の一発を発砲してから結構な時間が経過している。一度仕切り直して狙撃ポイントの場所を変えているといえ、これだけの量を同じ場所で連続して撃てばいい加減所在がバレてもおかしくない頃合いだ。腕っぷしの強さなら戒斗以上な遥ならばよっぽど心配は要らないだろうが、それでも戒斗としては気が気ではない。
「――ああ、クソ。さっさと片付けて、帰るぞ」
しかし、今はそこまで気を回している暇は無いのが現実だ。何よりもまず、香華を無事にこの場から脱出させなければならないのだから――。借り受けたUMP-45の銃把を握る手に、自然と力が籠もっていくのが分かる。
「麻耶さん、そっちの状況は」
≪エンジンの火は既に。お呼びとあらば何時でも馳せ参じる構えにございます故≫
≪合流には、戒斗さん達から大体400mぐらい真っ直ぐ行った先が丁度良いと思われます。麻耶さんには端末の方に送りました。確認できますか?≫
≪――確認できました。ここなら恐らくは問題ないかと≫
≪そういうことです。お二人共、後は頼みますね≫
「あいよ、後は任されて」
無線越しのキエラの言葉にそう返すと、戒斗は背中に香華を連れて、再び進み始める。いつでも撃てるように、握り締めたUMP-45のセレクタはフル・オートに合わせっ放しだ。
「キエラちゃん、そういや残りの敵は後どんぐらいなんだだ」
≪攻勢に出たK.W.T.S.の方に大多数が集まってはいます。本来の目的はあちらのようですから。お嬢様達の追撃に出てるのは全体の二割程度ってとこですかね。戒斗さん達に一番近いのは、100mほど先で車の陰に身を隠しアンブッシュしている連中が居ます。多分通り過ぎたところで背中を撃ち抜く狙いじゃないですかね≫
「あいよ。ご忠告感謝する。
――というわけだ。聞いてたろ? 俺は先に回り込んで連中を始末する。一輝、こっちは一旦お前に任せた」
「はいはい。精々派手に暴れてくることだぜ」
「そうさせて貰うさ」
戒斗は手持ちのUMP-45を返却し、香華の身を一時的に後衛の佐藤に預ける。待ち伏せされていると分かっているのならば、先手を取ってしまおうという考えのようだ。身軽になった戒斗は二人から離れて、身を低くしつつ極力足音を立てないように留意しながら脇道に逸れていく。
高く積み上げられた貨物コンテナの群れへと身を滑り込ませて、その間を縫って走り抜ける。制圧力のあるUMP-45を敢えて持ってこなかったのは、こうした狭い隙間に入るのにどうしても邪魔になってしまうからだ。そして何よりも、少しでも早く背後に回る為に身軽になりたかったからというのが最大の理由である。自分の姿が消えていることに気付かれる前に、連中の背中に回り込む必要があるのだ。
≪丁度その裏側です。戒斗さん、気を付けて≫
「分かってるさ。まあ見てな」
右手でレッグ・ホルスターからシグ・アームズGSR自動拳銃を抜き放ち、左手は腰のシースからSOG・M40-Kナイフを逆手に握り締めて抜刀する。
キエラが言うには、戒斗が背にしたこのコンテナの丁度裏側に敵が隠れているらしい。上空のグローバルホークからリアルタイムの映像で監視しているから、その情報は確かだろう。
貨物コンテナの間からそっと回り込み、冷たい鉄板のコンテナに背中を張り付けると戒斗は少しだけ顔を出して周囲を見渡す。
辺りは暗く、光源といえば等間隔で立つ街灯の頼りない光ぐらいなモノだったが、それでも光源は光源。戒斗の目から、しっかりと敵の姿を視認することが出来た。手前に停まるステーション・ワゴンの陰に隠れるのが三人で、対面のコンテナの陰に隠れるのが恐らくは二人。計五人の姿が確認できる。戒斗が香華の所から離れたことに気付いている様子は、ここから眺めている限りでは見受けられない。
ならば先手必勝。アドバンテージを得ている今の内に奴らを一人でも多く仕留める――。
敵の数を確認し終えると、すぐに戒斗は駆け出した。彼の隠れる位置からステーション・ワゴンまでの距離は5mと無い。すぐに詰められる距離だ。
ワゴンに隠れた二人が足音に気付き、携えた自動小銃の銃口を向けながら振り返る。偶然通りかかった不運な通行人だろうが何だろうが関係ない。自分らの姿を見られたからには殺す――。パラクラバから見える奴らの眼が、物語っている。
だが、彼らが狙いを定めて引鉄を絞るよりも、戒斗の握り締めた刃が閃く方が圧倒的に速かった。
身を低くして一気に懐へと飛び込んだ戒斗は、まず振り上げる一閃で敵兵が銃のトリガー・ガードを支える左手首を深く斬り付ける。そのまま二の腕を一突きして支えにすると、腰溜めに構えたGSRをダブル・タップで発砲する。戒斗から見て斜めの体勢になっていた兵士が纏う防弾プレート・キャリアと野戦服の間に.45口径弾が滑り込み、その腹腔へと二発が侵入した。
ドングリのような.45ACP弾が着弾した腹腔から、生きた肉の弾ける嫌な音が響く。切れた手首の傷から勢いよく血が噴き出し、ナイフの刺さった二の腕からはじっとりとどす黒く濃い液体が伝う。
戒斗は刃を差し込んだ相手の左腕を支点にして手前へと引き寄せ、その勢いを利用してブレードを引き抜きながら足を払いその場に倒れさせる。すぐさまもう一人との間合いを詰め、手の中でクルリと一回転させて順手に返したナイフの切っ先を、今度は下顎に思い切り突き刺した。それから敵兵の身体越しに右腕を突きだしてGSRの銃口を三回ほど閃かせ、残る最後の一人を.45ACP弾の雨で屠る。
下顎に突き刺したブレードを引き抜き、兵士の身体を前に押し出した。力なく仰向けに斃れようとするその身体の、顔面に向けて二発を叩き込んで確実に脳組織を破壊して無力化をする。これで手近な三人は排除。後は奥の二人だ――!!
ナイフをシースに戻すのと同時に、残弾一発のGSRにサム・セイフティを掛けてホルスターに突っ込むと、戒斗は横っ飛びに地面を回転する。飛びながら手繰り寄せた、死体の持っていた突撃銃――ドイツ製のG36Kを起き上がり様に構えると引鉄を思い切り引き絞ってフル・オートで一気に掃射した。半透明の弾倉からは弾薬が一気に減る様が見え、右側のエジェクション・ポートからは大量の5.56mm弾の空薬莢が狂ったように舞い踊る。
恐らくは三十発がフルロードされていたままだっただろう弾倉一本分を一気に掃射してやれば、奥で控えていたもう二人は身体の何処かしらに小口径・高初速のライフル弾を喰らって崩れ落ちた。弾の切れたG36Kをそこらに投げ捨てると、戒斗はすぐに二人の方へと駆け寄り、それぞれの喉をナイフで一突きしてやることで確実に息の根を止める。
これで全ての障害が片付いた。周囲に他の敵影が無いことを確認してから、戒斗は残弾一発のGSRの弾倉を交換する。残弾一発ということだから残る弾は薬室に装填されている分だけである。故に抜き取った弾倉は軽く、既に中身は空だった。
新しい弾倉を銃把の底から叩き込む。カチリとマガジン・キャッチが弾倉を抱え込む感触が、銃把を握る右の掌へと伝わる。
「こっちは終わった。もう来ても大丈夫だぜ」
待機していた二人へ無線機越しに告げてやる。五分もしない内に、香華を連れた佐藤の姿が見えた。
サム・セイフティを掛けたGSRをレッグ・ホルスターに突っ込んで、預けていたUMP-45短機関銃を香華から受け取る。
「長居は無用だ。行くぜ。心配するこたぁねえ。出口はすぐそこさ」
「ええ。でも……」
「でも、なんだ香華?」
「幾らなんでも、静かすぎやしないかしら」
顎に指先を当てて悩むように呟く香華の一言も確かだった。幾ら主目的がK.W.T.S.といえ、あまりに静かすぎるのは確かだ。追撃班の配置といい、なんだか妙なやる気の無さは戒斗も先程から感じていた。
嫌な静寂だ。先人の言葉を借りるとするならば、正に嵐の前の静けさ――。
「――ッ、伏せろ!」
唐突に叫んだ佐藤に首根っこを掴まれた戒斗は、力強く引っ張る彼の手によって突然その場に張り倒される。香華もだ。辛うじて受け身を取れたから良いものの、一体何の意図が。
「っ痛てぇ! オイコラ何のつもり――」
佐藤に文句の一つでも言ってやろうと言葉を発しながら、戒斗が起き上がろうとした――その時だった。
「ッ!?」
頭上を何かが物凄い勢いで通り過ぎる気配がし、思わずその場で硬直してしまう。ほんの一秒ほどしてから前の方で金属音がした。顔を上げてみれば、漸く自分らの頭の上を過ぎ去った何かの正体が理解出来た。
ナイフだ。投擲目的に特化した細身で軽量な投げナイフが三本、丁度頭を上げた先に見える貨物コンテナの壁面に思い切り突き刺さっている。その光景の異常さに、戒斗の頭は一瞬思考を放棄しかけてしまう。
投げナイフの細いダガー形状の刃が突き刺さっているのはコンテナ壁面。つまりは金属の板だ。幾ら粗雑な鋼板とて、人の手で投げる程度の力で突き刺すのは不可能だろう。だが三本のナイフは、波打つ形状に加工された鋼板へと確かに突き刺さっている。信じがたい光景だが、自分の両の眼でこうして見えてしまっている以上、真実と受け取る他に無い。
「――へぇ。今の躱されちゃうのね」
背中越しに聞こえたのは女の声。そこでハッとして、漸く戒斗は飛ぶように起き上がる。膝立ちでUMP-45を構えると、自分の真横では既に佐藤が、緊迫の表情で89式小銃を何処かに向けていた。
戒斗の構えたUMP-45が向く先に、二つの人影があった。一つはスーツを着た女。長身で細身、出る所は出て締まる所はキッチリ締まっているグラマラスな体付きの金髪女が、先程の黒いステーション・ワゴンに背中を預けてもたれながら腕組みをし、冷酷な瞳でこちらを見下ろしている。
そして、もう一人の方の姿を注視すれば、隣の佐藤がここまで冷や汗をかいている理由が嫌でも理解出来てしまった。
全身が生気の無い数百もの金属部品で構成された人型のシルエット。ガッシリとした体格に見えるのは、その異形さ故だろうか。戒斗はそのシルエットの正体を知っていた。
――機械化兵士。人でありながら人の身を超越した、人の造りし身体を持つ鋼鉄の死神。機械化兵士がこの場に現れた理由は定かではないが、一つだけ断定できることがある。
「”方舟”――ッ!?」
正体不明・目的不明の秘密結社”方舟”の尖兵。それが奴と、そこに立つ女の正体ということだけは戒斗にも理解出来た。
UMP-45の銃把を握る手が汗ばむ。奴の装甲は.308ウィンチェスター弾クラスでないと貫徹不可能なのは知っている。だが現状の装備に奴の装甲を貫ける物は誰として所持していない……。簡潔に言うなれば、絶体絶命という奴だ。
目の前に立つ機械化兵士に戒斗は微妙な違和感を感じるが、それは奴の外見が以前に遭遇し、排除した個体とかなり異なっているが故だった。あの雪山の研究施設で撃退せしめた奴よりも全体的に装甲のシルエットがシャープになり、より鋭角的な印象になっているのだ。しかしそれは表面の――恐らくは耐弾用の戦闘装甲――物だけに言えることで、その下に見える、恐らくは生身から置き換えたと思われる部位は比較的曲線的な感じだ。この外見の変化が如何なる意図を以て成された改良なのかは知る由もないが、少なくとも以前よりかもっと驚異的な相手であることに間違いはない。
「ご名答。どんなものかと思ったけど、中々いい男じゃないキミ」
黙って佇む機械化兵士の横に居た女は、まるで値踏みするように戒斗の全身を舐め回すよう視線を行き来させている。
「アンタみてぇな美人さんに言われるたぁ嬉しいね」
「あらあら。言う割にそこまでみたいだけど」
「当たりめーよ。こんなイカつい野郎が睨み効かせてちゃ、オチオチ鼻の下も伸ばせねえさ」
何が気に障ったのか、戒斗がそんな風に口八丁を言い放つと機械化兵士は左腰にぶら下げたシースから、一振りの刃を抜き放った。長さは日本刀の脇差ぐらいな丈だが、外観はどちらかといえばタクティカル・ナイフか山刀を大きくしたような感じである。前の戦いでも見たことがあるそれは、一目見て高周波ブレードの類だと直感できた。
早速厄介なのを出してきやがった、と戒斗は内心で毒づきながら軽く舌打ちをかます。機械化兵士は確か『ハイブリッド演算システム』とかいう超高速処理回路を持っていた筈だ。詳しいことまでは門外漢の戒斗に理解出来ている訳でないが、少なくとも銃弾の動きぐらいはスローモーションのように見えると聞き及んでいる。
あのブレードは銃弾の迎撃用だ。音速を超えて飛来する銃弾を刀で弾き飛ばすなんて、とても信じられない様な話ではあるが、しかし実際に戒斗はそれで何度も防がれている。過去には、12.7mmの重機関銃用弾でさえ斬り飛ばした場面にさえ遭遇している。
「……アリー、もういいか」
すると、突然機械化兵士が口を開いた。男の声だ。機械化兵士がまさか流暢に言葉を喋るとは思いもしていなかった戒斗は自分の耳を疑ったが、直後に女が発した「ええ。交戦を許可するわ、アル」の言葉で、それが真実だと悟った。
「――分かった」
女にアルと呼ばれた機械化兵士は高周波ブレードを構える。
「噂に聞く”黒の執行者”のお手並み拝見といきましょうか」
そのアルに『アリー』と呼ばれた女は、なおも尊大な態度を崩すことなく言葉を吐き捨てた。
(なんてこった……!)
敵は人智を超越した化け物。しかしこちらは香華を護りながらという不利なハンディ・キャップを背負ったままで、奴をなんとかしなければならない。幾ら過去に対・機械化兵士戦の経験がある戒斗といえ、今回ばかりは勝算が全く見えない。
「状況T-02で交戦を許可。好きに暴れなさい、アル」
アリーと呼ばれた女が宣言すると、機械化兵士――アルは金属の両脚で地面を蹴り飛ばし、戒斗らへと向かって走り出す。
「状況、開始――――!!」
鈍重な見た目の金属の身体が、しかし外見からは想像できないようなとんでもない速さで突っ込んでくる。
「ああ、畜生……!!」
「撃てよ、傭兵!」
「分かってるさ、クソッタレ!!」
それを戒斗・佐藤の両名が銃撃の洗礼で以て迎え撃つ。数多の銃弾の雨に身体を晒しながら、しかしアルの双眸は戒斗を捉えて離さない。




