ダンシング・ウィズ・クライシス-Phase.2-
遥の狙撃支援は正確無比とは言えないものの確かに効果的であり、背後から突然撃たれて泡を喰らった敵の連中は攻めの勢いを削がれてしまう。防戦一方を強いられていた戒斗らと、そしてK.W.T.S.の面々はそんな隙に乗じて、一気に攻勢へと転じる。
着弾から少し遅れて聞こえる、遠方より放たれた強力無比な.308ウィンチェスター弾の雷鳴の如き撃発音。香華やイリーナの命を狙ってやって来たであろう襲撃者達にとっては命を刈り取る死神の鎌にも等しいデス・マーチだが、戒斗にとってその銃声はまるで守護天使の歌声にすら聞こえてしまう。
≪敵戦力、尚も増大中≫
「おいおい冗談だろキエラちゃんよぉ……! まだ来るのかッ」
≪SUV三台分の追加ですっ。状況を鑑みれば、恐らく麻耶さんの強行突入は不可能と考えられます≫
≪――残念ながら、肯定せざるを得ません。とりあえず私の周囲は全て片付けたので、一度車を退避させることにしましょう。幾ら防弾改造といえライフル弾を何百発も耐えられるように出来ている訳ではありませんし≫
キエラの報告と、続いて聞こえて来た麻耶の声に戒斗は歯噛みしつつ、両手に構えるSIG・SG552突撃銃での制圧射撃を続ける。セダンのフロント・フェンダー部分に隠れながら撃っているから、仮に装甲が抜かれたとしてもエンジン・ブロックで相手方のライフル弾が防げる。それにそもそもが防弾加工済みというらしいから、万が一にも車のボディを弾が突き抜けてくることは無いだろう。
しかし、状況に変わりは無く膠着状態だ。遥が遠方から狙撃支援をし始めてから幾分かは攻勢に転じられたといえ、数の差は圧倒的だ。せめて貨物船で高速艇とドンパチをしているK.W.T.S.の他の連中が合流してくれれば良いのだが、それまでの時間稼ぎをするのは残弾数を鑑みるとほぼ不可能に近い。戒斗も丁度、四本目の弾倉をマグウェルに叩き込んだところだ。彼だけでも既に六十発のSS109弾を消費させられていることになる。
更なる増援で状況は悪化する一方。K.W.T.S.が合流するまでの間を稼ぐ余裕も無く、かといって麻耶が車を突っ込ませての強行脱出も不可能。残弾的に余裕が無く、いつまでこうして耐えきれるかも不明……。この状況下で、戒斗らが取れる選択肢は最早一つしか残されていなかった。
「行くぜ香華。もうここは駄目だ」
セダンの後部座席のドアを開いて、中に退避させた香華に手を差し伸べる戒斗。
「無線聞いてたから、大体の状況は分かってるわ……。分かった。でもイリーナは」
「気にするんじゃないよ。生憎、私の兵隊はとびきり優秀だからね」
身を案じるような香華の一言に、にこやかな微笑を浮かべて言い返す隣席のイリーナ。その顔に先程までの黒く禍々しいまでの気配は無かった。そんなイリーナの豹変っぷりが却って気色悪くも感じるが、今は香華の退避が最優先。戒斗は彼女を車から降りさせてから一番安全と思われるフロント・フェンダー付近に身を隠させると、
「一輝ィッ!!」
そう戒斗は叫んだ。ほんの10mちょっとの場所に居た佐藤は振り向き頷くと、89式小銃での制圧射撃を中断。腰を落とし身を低く屈めてこちらへと全力で駆け出す。
彼の移動を援護すべく、戒斗はSG552の弾倉に残ったありったけの弾をフル・オートでバラ撒く。掃射時間は僅か数秒にも満たなかったが、その間に佐藤は無傷でこちらへと合流することが出来たようだ。
「で、俺を呼び戻したからには策があるんだろうな?」
「俺とお前とで包囲を一点突破して香華を逃がす。後は適当なとこで麻耶さんに突っ込んで貰う。これでどうだ」
「ハッ、随分と行き当たりばったりなことだ」
「じゃあ聞くが、これ以外に何か思い当たる妙案があるのか? なら是非聞かせて貰いたいね」
「あると思うか?」
「いや」
最後の弾倉をSG552に叩き込むと、戒斗は猛犬のような物凄い笑みを浮かべる。佐藤もだ。
「俺がポイントマンでパッケージを運ぶ。一輝は背中。それで構わねえな?」
「お前の尻拭いは慣れてる」
「言えてらぁ――んじゃま、そろそろおっ始めるとすっか」
戒斗は半笑いでそう言うと、セダンの今まで隠れていた側を背にするような形で、香華の手を引くと脇目も振らずに走り出す。同時に佐藤がセダンの陰から半身を晒して89式小銃での援護射撃を行う。移動と射撃を交互に繰り返す野戦歩兵の基本的な戦術、ファイア・アンド・ムーブメントの原則に則った行動だ。
遮蔽物に使えそうなトレーラー・ヘッドの後ろまで兎に角走って、その陰に香華を隠す。トレーラー・ヘッドの幅広いノーズから身体を乗り出して、今度は戒斗が制圧射撃を開始することによって佐藤が移動する時間を稼ぐ。
残弾が心許ない為、セミ・オートで弾を節約しつつの射撃。しかしそれも直ぐに底を着き、最後の5.56mm弾を吐き終えた遊底が後退し切って止まる――弾切れだ。
「ああクソ、この大事な時に限ってッ」
最早デッド・ウェイトでしかないSG552を潔く放り捨てて、戒斗は右太腿のレッグ・ホルスターから自動拳銃のシグアームズ・GSRを抜く。
GSRはコルト社のパテントが切れたM1911をベースにしているから、元の銃同様に薬室に弾が装填されていて、尚且つ撃鉄が起きた状態のまま安全装置を掛けて携行できるコック・アンド・ロックが可能なのだ。だから親指でサム・セイフティを押し下げてやるだけで即座に発砲が可能になる。故に、戒斗がSG552の弾を切らしてからGSRで制圧射撃を再開するまでに掛かった時間は僅か五秒にも満たないのだ。
.45ACP弾の鋭く強烈な反動が右腕を襲う。慣れない銃を片手で撃つのには若干の違和感があったが、しかし.45口径拳銃を撃ったことが無いわけではないから、そんな違和感も直ぐに収まってくる。
ドングリのような弾を目一杯詰め込んだ弾倉の一本分を使い切る前に、佐藤は次の遮蔽物へと滑り込んだ。中途半端に残ったGSRの弾倉を今の内に新しいフルロードの物と交換してから、香華を連れて再び移動を開始する。勿論、中途半端な弾倉は後で使う可能性があるからマグポーチへと戻してある。
制圧射撃を行いながらキエラに聞いた話によれば、今からの進行方向に数は少ないものの、幾らかの敵影を上空を旋回するUAV――RQ-4Bグローバルホークの赤外線カメラで捉えているとのこと。これからは進む先を制圧しつつ、しかし今まで相手をしていた連中に後ろを刺されないように警戒する必要がある。意図せずして挟撃される形というわけだ。全く骨が折れる。
「悪い香華、ソレ貸してくれ」
流石に拳銃一挺じゃ不安に感じ、先程渡したUMP-45短機関銃を香華から借り受ける。弾倉は数発が減っているだけで、コッキング・ハンドルを少し引いて遊底と薬室の隙間から確認したら既に弾は装填されていた。後はセイフティを解除さえすれば、いつでも発砲が可能な状態だ。
有難く頂戴したUMP-45を構えて先導し、香華がその後ろでシグ・ザウエルP239を構え続く。更に二人の背中を護るのは佐藤だ。示し合わせた通りの陣形で撤退を開始する。
≪その先に三名を確認。数秒で接敵≫
手近なところに停まっていた商用車の白いスクラム・バンのフロント・フェンダー付近に香華を隠し、その陰からUMP-45を構えて戒斗は接敵に備える。
――出てきた。キエラの報告通り三人だ。どこぞの軍隊のようなガチガチの装備は明らかに一般人でない。ならば撃っても問題ないはずだ。
迷わず戒斗は引鉄を絞る。銃床が肩に喰い込むような反動と、銃口部で閃く発砲炎に見送られて.45口径弾がフル・オートで吐き出されていく。弾自体はGSRと同じ.45ACPだが、短機関銃用の高速強装弾だからその銃口初速と衝撃力は比較にならない。
戒斗の視界内に飛び出した途端、一人はパラクラバを被った鼻先に銃弾を喰らって斃れた。もう一人は右脚と腕、そして防弾プレート・キャリアを羽織る胴体に五発ほど喰らって仰向けに吹っ飛ぶ。幾ら弾を通さない最新鋭の防弾繊維といえ、衝撃力までは殺しきれない。恐らく肋骨が何本か逝っただろう。
最後の一人もプレート・キャリアに何発も喰らって崩れ落ちる。戒斗は弾の切れたUMP-45を香華に押し付けると、丁度佐藤が合流して来たタイミングを見計らって飛び出す。右手にはGSRを、左手にはシースより抜き放ったSOGのM40-Kナイフが逆手に握られていた。
倒れた敵兵達との間合いを、全力疾走で駆け抜けて一気に詰める。まだ息のある、片腕と脚を貰い受けた敵兵の元まで行くと、戒斗はその側頭部を鉄板入りのコンバット・ブーツで思い切り蹴飛ばしてから、顔と首に一発ずつGSRの.45口径弾を叩き込む。確実に仕留める為だ。
胸のプレート・キャリアで致命傷を免れていた、最も軽症な敵兵が起き上がろうとしつつ、咄嗟に抜いた自動拳銃の銃口を戒斗へと向けた。しかし二人の距離はそこまで遠くなく、二秒もしない内に一気に間合いを詰めた戒斗は、拳銃を持つ敵の右手首を右腕で払い除けて、同時に逆手に握ったナイフの背で極めながら拳銃を地面に叩き落とす。
そのままの勢いを利用しつつ、左手で敵の右手首を掴むと一気に手前へと身体ごと引き寄せる。バランスを崩した敵兵士の顎先をGSRの銃把の底で思い切り殴りつけ昏倒させると、そのままGSRのフレーム下方のダスト・カバー部とトリガー・ガードで首の後ろを引っ掛けつつ、同時に脚を思い切り払い除けてバランスを崩させながら、右手首の下側へとナイフを持つ左手を素早く這わせて軽く投げてやる。
戒斗の駆使する研ぎ澄まされた体術で一気にバランスを崩された敵兵は、コンクリートの地面に顔面から思い切り叩き付けられた。折れた前歯が口の中を切り裂き、パラクラバに血が染みる。
しかし戒斗がそこで終わらせる筈も無く。うつ伏せに地面に転がった敵の背中をブーツの靴底で踏み付けながら、左手に握るM40-Kナイフの銀色に煌めくブレードを思い切り首元の延髄に捻じ込んだ。入念に研がれたAUS-6ステンレスの刃は肌と肉を切り裂いて容易く体内に滑り込み、中枢神経の集中する延髄の内側を破壊する。血の泡を吹いて痙攣しながら、延髄を抉られた敵兵はそのまま物言わぬ肉塊に変わり果てた。
確かな手ごたえを認めてから刃を引き抜き、死体の着る野戦服の端でブレードを拭ってからナイフを左腰の樹脂シースへと納めた。制圧したタイミングを見計らって佐藤が連れて来た香華からUMP-45を手渡される。弾倉は既に交換してあった。
「ここからが正念場だ。気合い入れて行くぜ」
GSRをホルスターに戻し、UMP-45を受け取った戒斗は再び先頭に立って駆け出す。三人の姿は次第に夜闇の中に掻き消えていった。




