ダンシング・ウィズ・クライシス-Phase.1-
静寂だけが場を支配していた真夜中の港で、コルダイト火薬の奏でし告死の狂騒曲をバック・グラウンド・ミュージックにして、命を削り合う舞踏会の幕が上がる。
そこら中で絶え間無く響き渡る発砲音と、まるで真夏の花火の如くにあちこちで瞬く発砲炎。自動小銃の遊底から吐き出される熱い真鍮の空薬莢が、真っ黒なアスファルトの地面を焦がす。
「こっちに、イリーナ」
一発目の銃撃からイリーナを庇ったアンディが斃れた直後、彼女をここの黒塗りの抗弾仕様セダンの所まで退避させた赤毛のドイツ人、オットー・ホーゼンシュミットは手早く後部座席のドアを開けると、その奥へとイリーナを避難させる。
「とりあえず、ここが一番安全だろう。西園寺のご令嬢も早く」
「ありがとう。でも私のことなら、ご心配なく」
車を楯にして、戒斗より手渡された.45口径短機関銃のUMP-45をリズムよく指切り撃ちしつつ、チラリと振り向いた香華はオットーの申し出を断った。
「お気持ちは分かりますが、貴女に死なれては俺達K.W.T.S.の、ひいてはイリーナの信用に関わることだ」
しかし、オットーは彼女に食い下がる。
「そうだぜ。お言葉に甘えとくのがベストさ」
それに加えて、戒斗までがそんなことを言いだすものだから、香華としても流石にこれ以上拒むことは憚られた。
「この場は、俺達みてぇなのに任すのが最良の選択だとは思うがね」
「……分かったわよ」
親指で弾くようにしてUMP-45のセイフティを安全位置に合わせつつ、セダンの中に入ると後部座席のイリーナの隣に背中を預けた。流石にメルセデス・ベンツのSクラス・セダン、W221だけあって、その本革シートの座り心地は上等だった。あの貨物船で海外から直接持ってきたのか、コクピットの配置は左ハンドル仕様で、ナンバープレートも国外で一般的な細長い長方形状の物が嵌め込まれている。
「アンタ、確かオットーとかいったか」
「ああ」
「このベンツ、動かすことは?」
折角なら、この車で逃げるのが一番手っ取り早い。そう考えて戒斗は問うたが、残念ながらオットーは首を横に振る。
「無理だな。左の前輪タイヤが撃たれてバーストしている」
「早々都合の良い話も無えってか、クソッ――聞くが、コイツの防御力は大丈夫なんだろうな? 香華ごと爆発なんぞされたら、俺はお前らの首を全員分持って帰らにゃならなくなる」
「ボディの抗弾改造は折り紙付きだ。燃料タンクは特に念入りに加工してあるから燃料漏れで引火する心配も要らないし、装甲の方は対戦車榴弾でもブチ込まれない限りは問題ない。そうでなければ、最初からイリーナを中になぞ入れてはいない」
「違いねえ」
瞬間、戒斗の構えるSIG・SG552突撃銃の銃口から、オレンジ系の淡い炎を纏った鋭い発砲炎が閃いた。
タタタン、とタップでも刻むかのようにして、連続で三発の5.56mm弾が銃口から飛び立つ。SG552のセレクタには通常のセミ/フルオートとセイフティの他、一度引鉄を引けば三発だけが連続発射される三点バースト機構を備えているのだ。
目にも留まらぬ速さで前後する遊底から三つの空薬莢が吐き出され、硬いアスファルトに落ちると小気味良い音を立ててその辺を転がる。戒斗は着弾の成果を気にも留めず、セレクタを三点バーストに合わせたままで射撃を継続していく。
SG552にはレシーバー上部に各種照準器を取り付け可能な、ユニバーサル規格のピカティニー・レールが取り付けられていたが、今の戒斗が持つSG552には光学照準器は取り付けられていない。一応標準装備で調整可能なリアサイトを備えたアイアン・サイトが装備されているが、今は暗い夜間が故に、孔を覗いて狙いを定めるピープ式のリアサイトでは照準が付け辛い。その上、SG552を受領してからここに来るまでに時間も無かった為、ロクに調整すら出来ていないのだ。殆どメクラ撃ちに等しい今の状況では、狙うだけ無駄というモノだろう。
だがそんな撃ち方でも、この銃の精度の良さを戒斗は痛烈に実感していた。たった今彼が放った三発の5.56mmフルメタル・ジャケット弾は、その三発ともが綺麗な軌跡を描き、紅白に塗られた大型のジブ・クレーンの脚の殆ど一点付近に着弾して、弾芯とクレーンの鋼鉄が激突した拍子に激しく火花を散らす。スイス製の、特にSIGの銃は高精度で評判だが、この短銃身のSG552もその例に漏れないようだ。
胸のチェストリグから取り出した新しい二十連の半透明樹脂製弾倉で、レシーバー下部のレバー式マガジンキャッチを押してやりつつ空の弾倉を弾き飛ばして棄てる。そのままの勢いで左手に持った弾倉を引っ掛けて装着。
すぐさまレシーバーの方へと左手を這わせ、左側面に生えるボルト・キャッチ・ボタンを親指で押し込んで、解放状態の遊底を押し戻す。ボルト・キャッチに阻まれていた遊底は強力なスプリングの力で押し戻されつつ、新しい弾倉のリップ部分から5.56mm弾を一発拾い上げて補弾した。
「状況はどうなってるんだ、キエラちゃん!」
装填されるなりすぐに制圧射撃を再開しつつ、左耳のインカムから短く生えたマイク部分へと戒斗は怒鳴りつける。
≪暫定敵と思しき不審者、及び車両はそれぞれ交戦開始。高速艇の方はK.W.T.S.の貨物船からの応戦でなんとかなってはいますが、一部は麻耶さんと接触、現在交戦中。その他の全戦力はそちらを包囲しつつあります≫
すぐに帰って来たキエラの返答に、戒斗は内心で歯噛みする。
麻耶が交戦中――ということは、少なくともソイツらを片付けるか、撒くかしない限りは彼女が此処へ来ることは叶わない。車を回すのは麻耶の役目だから、それだけ脱出までの時間が延びるという訳だ。
かといって、ここで持久戦というのも中々にしんどい話ではある。K.W.T.S.の連中は元デルタのジェイを含め精鋭中の精鋭揃いだ。その上、仕事柄もあって護衛戦闘には慣れているだろう。だがこちらは違う。護りながらの戦いには――佐藤はまた別だろうが――慣れていないし、敵の規模を考えれば手持ちの弾薬数では些か心許ない。必中を狙える調整済みのライフルならばまだ可能ではあったろうが、現実は未調整のSG552を持つ程度だ。
ならば、取る選択肢は二つに限られる。このまま現在地で敵の攻勢を凌ぎ切るか、或いは――。
≪――――目標地点に到着。いつでも支援は可能≫
二者択一を迫られる戒斗が奥歯を強く噛み締めていた時、インカムから聞こえて来たのは、遥のそんな言葉だった。
その言葉の意味を、彼はすぐに理解する。無線越しに告げられた遥の言葉は、今のこの状況下に於いてはまるで守護天使の加護のようにさえ錯覚してしまう。
戒斗らが防戦を繰り広げるK.W.T.S.貨物船すぐ目の前から、岸壁沿いに600m近く離れた場所に存在する紅白の大型ジブ・クレーン。大海に向けて水平に伸びる長い腕の中腹辺りの位置で、自動小銃を携えた遥が作業用通路の上で伏せ撃ちの姿勢を取っていた。
コルト・ディフェンスのLE901-16S。それが彼女の持つライフルの正体だ。名銃AR-15――M16ファミリーの本家本元たるコルト社が送り出した、最新鋭のモジュラー式ライフル。その.308ウィンチェスター・モデルだ。伏せ撃ちの邪魔にならないような短い二十連発のMAGPUL社製の樹脂弾倉、P-MAGには高精度マッチグレードの.308ウィンチェスター・フルメタル・ジャケット弾が目一杯に充填されている。
レシーバー上部からハンドガード部まで一直線に続くピカティニー・レールにはリューボルド社のMark4狙撃スコープが載せられ、その前部には長いレール長を駆使し、大きな暗視装置が装着されている。ハンドガード下部の二脚は、狭いジブ・クレーン上でも立てられるように、限界までレシーバーの近くに寄せた位置に取り付けてあった。
既に各パーツの微調整と研磨にガンオイルの再塗布、及びスコープの零点補正は完了している。昨日の内に――戒斗が部屋で眠りこけていた間――全て調整しておいたのだ。
チャージング・ハンドルを引っ張って戻し、遊底を稼動させて初弾を薬室に送り込む。AR-15系統のセイフティはハンマー・コック時にしか掛けられないので、既にセレクタはセミオートに合わせてある。
標準そのままの伸縮式クレーン・ストック銃床に頬を付け、左手を銃床の下側にあてがい銃を安定させる。前部の荷重は、立てた二脚が安定させていた。16インチの銃身を持つLE901は小柄な体格の遥の手には少々余るようにも思えるが、彼女の手際はそれを感じさせない。
≪撃ちまくってくれ。但しK.W.T.S.の連中を撃たないようにな≫
「……分かった」
インカム越しに聞こえる戒斗の声に頷き、遥はスコープの接眼レンズを捉える右眼に神経を集中させる。
光の増幅された緑色の視界の中、幾つもの人間の姿を補足する。それは戒斗や佐藤、そしてK.W.T.S.の連中のようにラフなスタイルでなく、闇に溶け込む黒い野戦服の上から装備をガチガチに固めた、兵隊然とした出で立ちだ。手にする銃火器はそれぞれだったが、皆共通して胸には抗弾プレートキャリアを掛け、黒い目出しのパラクラバで素顔を隠す頭にはPASGTヘルメットを被っていた。
.308ウィンチェスターならよっぽど問題は無いが、しかし米国防弾ベスト規格のNIJの定めたレベルⅢクラスならば、15mの距離から150グレインの.308ウィンチェスター弾を耐えるといわれている。油断は出来ない。
だが頭を必中で砕けるほど、遥は狙撃の腕に自信がある訳でも無い。ならば多少リスクがあれども、狙いやすい胸部を狙うのがベストな選択肢と考えた。
照準を合わせる。零点補正距離が500mだから、そこまで極端に上にずらす必要は無い。しかし高いジブ・クレーン上からという高低差や、吹き付ける潮風の影響で弾が流されることも考慮に入れなければならなかった。
適当なところに偏差をずらし、まずは目に付いた一人に向けて、遥は迷わず引鉄を絞る。
解放された撃鉄が遊底内部の撃針を叩き、強い衝撃を喰らった雷管がコルダイト火薬を撃発させ、.308ウィンチェスターのフルメタル・ジャケット弾を銃身の更に向こうへと吹っ飛ばす。
銃口部で激しい閃光が瞬いた。飛び往く.308ウィンチェスター弾は激しい潮風に流されつつも、高質量故に比較的安定した弾道で目標へと向かう。その速度は、音の壁すら突き破っていた。
着弾の瞬間を、遥はスコープ越しにしっかりと見据えていた。しかし、目測よりも少し逸れた位置に弾は着弾。アスファルトの地面を軽く抉り飛ばす程度になってしまう。
外した――。
そう気付いた時には、既に遥は二発目を撃ち放っていた。自動式故に多少の精度を犠牲にする代わりに、こうした速射性が高いのが半自動式狙撃銃の魅力だ――尤も、彼女のLE901は狙撃専用のライフルではないのだが。
間髪入れずに叩き込まれた二発目の銃弾は、今度は狙い通りに敵兵の背中へと喰い込んでいった。アラミド繊維やセラミック・プレートで固めたプレートキャリアの楯を容易く突き破り、貫徹力に優れる.308ウィンチェスター・フルメタル・ジャケット弾は脊椎を容易く圧し折ると、幾つかの臓器を滅茶苦茶に掻き回した後で体外に突き出た。
背中に紅い大輪を咲かせた男は、パラクラバで隠れた口から血混じりの泡を豪快に吐き出しながら倒れ伏す。どう見ても即死だった。
「ハートショット、ヒット――キル確認」
その様をスコープ越しに眺めながら、しかし表情を一切崩すことなく冷酷に殺害確認の言葉を呟いた遥は、次の得物へと狙いを移す。




