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黒の執行者-Black Executer-(旧版)  作者: 黒陽 光
第七章:Princess in the Labyrinth
101/110

Dice was Cast.

『――何から何まで、本当に恩に着るよ』

「どうですかな? ご満足頂ければ幸いですが」

『全くいい仕事だ。忌々しいK.W.T.S.の連中も、これで……。フフフッ、今頃は無様な死体に成り代わっている頃だろうよ。君達には感謝してもし切れない』

「そう仰らないでください」

『何にせよ、助かったよ。約束の物の件だが』

「ええ、打ち合わせ通りに……。それでは、いい結果を期待しています―――ATトレーダーズの皆様に」

 都内の某所に存在するホテルの一室。窓際に立ち、夜景を眺めながら耳に当てたスマートフォン越しに誰かと言葉を交わしていた一人の小柄な青年は、最後にそう告げると通話を切断する。

「今度は何を企んでおるのだ、隆二よ」

 そんな彼に背中越しに語り掛けたのは、同室でソファにもたれ掛かる、青年とは正反対に長身痩躯の体格の男だった。

 隆二――そう呼ばれた青年の名は、麻生 隆二(あそう りゅうじ)といった。一見すると少年のようにも見える風貌だが、彼の両腕は生身でない人工の義肢であり、また両の瞳も高速演算処理チップの埋め込まれた義眼である。見た目こそ生身との差は見受けられないが、腕の皮膚は人工皮膚塗膜であり、瞳の虹彩は戦闘時以外にレンズを保護する為のカバーなのだ。

「何。小心者に少しばかりの武器と兵隊をくれてやっただけです」

 もう一人の男の方へと振り返りながら、先程とは打って変わって砕けた口調で麻生は言う。

「対価も無しに、か」

「形式上は、ですがね。目的は目障りな武器商人(ウェポン・ディーラー)同士で潰し合って貰うことですよ」

武器商人(ウェポン・ディーラー)……面妖な。お(ぬし)が兵と武器をくれてやったのも、同じ人種であるか」

「ええ。電話の相手は英国のATトレーダーズ。彼らが狙う相手は、K.W.T.S.――クズネツォフ・ワールドワイド・トランスポート・サービス。

 どうも彼らはK.W.T.S.に取引相手を横から掠め取られたと勘違いしているようみたいでしてね。面白そうですし、何より前々からあの連中は目障りでしたので、手を貸すことにしたのですよ。それに――今夜、連中が取引する相手は西園寺のご令嬢ときた」

 ニヤァ、と厭らしく嗤う麻生の言葉を耳にした長身の男は、驚いたように目を見開きながら麻生の顔に視線を二、三度向け直した。

「……それは、(まこと)であるか」

「ええ。丁度いいので、両方とも彼らに始末して貰おうかと思いましてね。幾ばくかの下っ端の兵隊と、安物兵器の在庫処分だけで始末出来るのなら、対価としたら安すぎるぐらいじゃありませんか」

「しかし西園寺の娘ともなれば、あの男が介入する可能性も否定出来ぬぞ」

「安心して貰って結構ですよ。どうやら奴は東京に居ないようです。今回ばかりは、山田の出番はありそうにないですね」

「……(それがし)には、どうにもそうは思えん」

 山田と呼ばれた男は、頭の後ろで束ねた濃蒼の髪を翻してソファから立ち上がると、近くに立て掛けてあった一振りの日本刀を左手に携えて麻生の近くへと歩み寄る。身体の中心を一本の太い柱が貫いているかのような凛とした佇まいは、明らかに剣の道を究めし者のそれだった。

 一切の波紋すら無い止水の如き瞳で、窓の外に広がる夜の街を見据えて立ち尽くす剣士は、名を山田 勲(やまだ いさお)という。彼もまた、麻生と同じ身体を持つ者の一人――サイバネティクス兵士なのだ。右腕と左眼を人工物に置き換えた彼の剣捌きは、元の実力も相まって神業的にまで昇華されている。

「どういうことです」

 問いかける麻生の言葉に、山田は窓の外を見据えたままで答えた。

(それがし)の明鏡止水に、並々ならぬ乱れを感じるのでな」

「奴が……”黒の執行者”が現れると、そう言いたいのですかァ? 馬鹿な。奴がこんなところに居るはずがない」

「そうまでは言っておらんよ。ただ――そう易々と、事が運ぶとは思えぬ。それだけのことよ」





「――では、そのようにこちらで手配を行うけど、構わないね?」

「頼むわ。相変わらず話が早くて助かるわ、イリーナ」

「それは私も同じ感想を抱かせて貰ってるよ。いつもいつも、君相手の商談はスムーズで楽だ」

 殆ど立ち話のような感じで行われている、香華とイリーナのこうした商談は、始まってからかれこれ四十分近くが経過していた。

 彼女らの交わす言葉の内容は嫌でも耳に入ってくるのだが、それで動く額やらスケールやらがあまりにも大きすぎるもんで、頭痛を起こしかけそうになった戒斗は意図的に彼女らの会話を頭に入れないようシャットアウトしている。扱うモノがモノだけに額が凄まじいのは仕方のないことだが、それにしたって想像の範疇を超えている。

 かといって暇を持て余すのも怠さがあったもので、タイミングを見計らっては向こうの――K.W.T.S.の連中に声を掛けてみている。幸いにして、L.A.に長く住んでいた経験のある戒斗は英語を解す。殆ど世界共通語といってもいい英語が話せれば、大抵の相手とはコミュニケーションを取ることは可能だ。

 真っ先に話し掛けたのは、最初から居たスキンヘッドの黒人だ。名はジェイコブ・フリードマン。周りにはジャック、ジェイなんて愛称で呼ばれているらしい。

 顔つきに出ている通りに気さくで気持ちの良い性格の話しやすい男ではあったが、これでいて元・米陸軍第1特殊部隊・デルタ作戦分遣隊――所謂デルタ・フォースに属していた経験があるというのだから驚きだ。

 ジェイと共に立っていたもう一人の白人は、同じく元米陸軍のアンディ。こちらも接しやすいフランクな性格で、暇つぶしがてらの会話はトントン拍子に弾んだ。

 イリーナの連れて来た二人組の方とは、生憎話を交わす機会は無かったが、ジェイとアンディからある程度は聞きだすことが出来た。

 向こうの紅い髪のドイツ系――と思っていたが、話に聞く限り本物のドイツ人らしい――はオットー・ホーゼンシュミット。それでもってもう一人の日本人は二人に『トール』と呼ばれていた。本名なのかと訊けば、そうらしい。推測通り、やはり日本人だった。

 初対面故に、流石にこれ以上聞き出すことは叶わなかったが――分かったことはただ一つ。イリーナ・クズネツォフという女は、見た目に反して存外侮れぬ奴ということだ。

 容姿から考えて、彼女を十代後半……いや、もう少し高く見積もって二十代前半と仮定しよう。だとしてもまだ若輩者だ。特に、武器商人(ウェポン・ディーラー)なんて難儀な世界ではそうだろうと考える。

 しかし、まだ若い彼女のような人間が、自身の護衛に元デルタの精鋭なんぞを連れ歩くだろうか――いや、普通なら考えられない。向こうの二人だってそうだ。あの目付きは、見るからに一筋縄じゃいかない類の目だ。相当の手練れというのは、見るからに分かる。

 だとすれば、こんなヤバイ連中をイリーナが連れ歩くのは何故か。彼女の属するK.W.T.S.が相当に凄まじい組織なのか、或いは彼女自身の能力がすこぶる優れているのか――恐らくは、両方だろう。香華の態度からも何となく察せられる。あんな目付きの香華は、今まで見たことが無い。表面上ではにこやかに接しつつも、その瞳の奥では互いの腹の内を探り合う……。そんな印象だ。少なくとも、穏やかなものではない。

 自分が戦うことしか能の無い人間だというのは戒斗自身が一番よく理解していたが、そんな彼にでも分かる。あの二人は――特にイリーナ・クズネツォフの才覚は異常だ。一体どんな幼少時代を送ればあんな女が出来上がるのか、一度根掘り葉掘り聞き出したくなるぐらいに、異常な才覚の一端を彼女は今、この場で見せている。

≪――お嬢様、聞こえますかぁ? それに戦部さんも≫

 引き続きK.W.T.S.の二人と談笑を交わしていたら、突然キエラから通信が入った。その声色は普段通りなものの、少しだけ焦りの色が見え隠れしている。

 まさか、と思いつつも、戒斗はすぐに回線を開いて応答してやる。

「どうしたよ、キエラちゃん」

 戒斗の感じていた嫌な予感は、やはり的中してしまっていた。

≪不審な車両が五、十……いやもっと。とにかく沢山そっちに集まってます≫

 焦燥の色が段々と濃くなってきたキエラが、そう告げた。

 無論、この通信は香華の方にも聞こえている。一度こちらへと振り向いて、小さく頷いた彼女もまた、焦燥に駆られているようだった。香華に頷き返してやりつつ、そのまま通信を続ける。

「現着までの時間は?」

≪三分、いや二分もかからないぐらいでしょうか……。すみません、もっと早くに私が気付いてさえいればっ≫

「気にするなよ。ハナからドンパチは覚悟してたさ」

≪兎に角、戦部さんに一輝さんは、一刻も早くお嬢様を安全なところに退避させてください! それにK.W.T.S.の方々にも――≫

 だが、その言葉はあまりにも遅すぎた。

「――ッ! お嬢、危ねぇッ!!」

 何かに気付いたアンディは大きく舌打ちをして駆け出すと、商談中の二人の間へ強引に割って入って、イリーナの小柄な身体を思い切り突き飛ばした。

 その瞬間――乾いた音が、真夜中の港に響き渡る。

「か、は……っ」

 つい一瞬前までイリーナが居た場所に立っていたアンディの胸に、紅い華が咲き乱れる。一瞬遅れて聞こえるのは、撃発したコルダイト火薬の奏でし銃声。

 アスファルトの地面へと、仰向けに思い切り倒れ込んだアンディの左胸には、くっきりと風穴が穿たれている。そこから、まるで水道の蛇口を捻ったかのように思い切り流れ出るのは、鉄錆にも似た臭いを放つ、紅い液体――彼の血液。

 風穴の位置はどう見ても心臓を貫いており、見るからに助からない傷だった。

「うそ……。アンディ……?」

 突き飛ばされた拍子に尻餅を突いたイリーナは、斃れた彼を唖然とした様子で眺めている。

「畜生――ッ!」

 だが、残りの三人は速かった。

 トール、そしてジェイの二人はアンディが斃れるなり、イリーナを庇うように彼女の前へと出つつ、負い紐(スリング)で胸の前に掛けていたそれぞれの突撃銃(アサルト・ライフル)を構えては、一瞬見えた発砲炎(マズル・フラッシュ)の方へと断続的に放つ銃弾で以て制圧射撃を浴びせ始めた。

 その間にオットーがイリーナの肩を抱えて、半ば強引に連れ出す。恐らくは抗弾カスタムであろう黒塗りセダンの陰へと彼女を隠すと、彼もまた手持ちの突撃銃(アサルト・ライフル)を掃射して、制圧射撃に加わった。

「なんてこった……! 一輝ッ!!」

「分かっている!」

 戒斗と佐藤の二人もまた、K.W.T.S.の連中とほぼ同時のタイミングで、香華を退避させるべく動き始めていた。

 佐藤が前に出て、手持ちの日本・豊和工業製の突撃銃(アサルト・ライフル)である89式5.56mm小銃で制圧射撃。その間に戒斗が香華の腕を引いて、イリーナと同じ高級車の陰へと彼女の身を隠す。

「ああもう……っ! こんなに早いなんて」

 身に纏うスーツジャケットの裾を翻し、背中のホルスターから抜いたシグ・ザウエルP239自動拳銃の遊底(スライド)を引いて初弾を装填しつつ、香華は苛立つ声で呟く。

「完全な奇襲じゃねえか、クソッタレ――ホラ、お前さんのだ。受け取りな」

 戒斗も戒斗で舌打ちをしつつ、背中からデイパックを降ろすとファスナーを開けた。中から.45口径短機関銃(サブマシンガン)のUMP-45を取り出し、予備弾倉と一緒に香華に手渡す。

「キエラちゃん、敵の展開状況はどうなってる!?」

≪既に半包囲状態……っ! 幾らなんでも早すぎますよ、この展開速度はぁ!≫

「なんてこった、逃げ場無しの八方塞がりかよッ」

≪水上からも高速艇が接近中!≫

「冗談だろ!?」

 異常な戦力の量だ。たかが武器商人(ウェポン・ディーラー)の小娘一人を始末するにしては、あまりに豪勢すぎる。

「兎に角、応戦するっきゃねえか……!」

≪――こちらの方でも、幾らか敵兵力は削ってみましょう。ですが≫

 通信に介入してきたこの声は、車で大気する麻耶のものだ。

「ああ、適当にでいい! 麻耶さんはさっさと車を寄越してくれ。とっととズラかるに越したこたぁねぇからよ!」

≪……私の方でも、多少は支援をしてみる≫

 次に割り込んで来たのは、戒斗らとは別で動く遥の声だ。

「手筈通りにな――。だがいいか、絶対に無理だけはするんじゃねえぞ!」

≪分かってる。戒斗こそ、気を付けて≫

「お前もな、遥!」

 麻耶が車を回して来る以上、下手に動き回るのは得策ではないが……。だが、それも状況によりけりだ。場合によっては、香華を連れて何処かへと逃げおおせる必要も出てくるだろう。

「チッ、今夜も随分とハードな夜になりそうだぜ……!」

 手にしたスイス製の突撃銃(アサルト・ライフル)、SIG・SG552の装填状況を確認しながらチラリとイリーナの様子を窺ってみれば、

「――してやる」

 制圧射撃を続けているオットーの足元に座り込んで俯きながら、何かをぼそぼそと呟いている。

「――――してやる。殺してやる。殺してやる……!」

 そんな、怨み言にも似た言葉が聞こえた。

 するとイリーナは意を決したように立ち上がり、耳にインカムを突っ込むと、恐らくは自分の配下に向けてであろう号令を下した。

「聞こえているな、私だ――。何者かの奇襲を受け、アンディが死んだ。この報いを必ず受けさせてやる。

 全体、コンディション・ファイブ発令! 状況開始だ――――! 目標の全てを撃滅せよ! 一匹たりとも、生かして返すな……!」

 そんなイリーナの声に呼応するかのように、貨物船の方でも銃声が鳴り始めた。見れば、甲板の方で発砲炎(マズル・フラッシュ)の閃光が断続的に瞬いている。キエラの言っていた高速艇の連中を迎え撃っているのだろう。

「私の大事な兵隊を殺した報い、必ず受けさせてやる……!!」

 賽は投げられた。状況は確実に動き始めている。刺激的にも程がある夜会の訪れを感じつつ、戒斗は構えたライフルの重い引鉄(トリガー)を引き絞る。

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