四回目
「おい、王様。」
「…やめてくださいよ。直訳して名前、呼ぶの。」
「はは。ついつい懐かしくてな。」
モリナガさんはそう言って、あの頃と特に変わらない笑顔で笑った。
しかし、何も変わっていないようにみえて、その笑顔の背後には、隠しようもない死の気配がびっしりと張り付いていた。
だから俺は、窓の外を見るふりをして、その笑顔から顔をそむけた。
「…この国に来たのは初めてですが、イメージとまったく違って驚きました。うちの国と変わらないくらい発達している。」
「都会はな…。地方は、まだまだ荒廃してる。」
「そうなんですか。」
中身のない会話は、そこでいったん途切れそうになった。だから俺は、慌てて言葉をつないだ。
「これ全部、見舞の品ですか?」
ベッドの横に、無造作としか言いようのない形で積まれている、あまり綺麗とは言い難い包み紙たちを見て尋ねた。
「あぁ、とっくに軍をやめてるっていうのに、アホどもがいろんなところから、色々送ってきやがる。」
「人望があるから仕方ないじゃないですか。」
「あるのかぁ?送られてくるものの、ほとんどが、ふざけてやがるぜ?」
そう言って、包み紙たちを指差すので俺は適当に包み紙の一つを手にした。開けてみると中から出てきたのは、
「…うわぁ」
ぼろっぼろのポルノ雑誌。
「俺は、それをお気に入りの看護婦に見られて、思いっきり軽蔑のまなざしを向けられた。」
「……」
俺は静かに、ぼろっぼろのポルノ雑誌を元に戻した。
「なぁ、サイモン。」
モリナガさんが、子供をたしなめるような声で、俺をはっきり見つめながら言った。
「良い意味でも悪い意味でも、あまり周りに引きずられるな。お前は、感受性が高すぎる。」
「……あなたしかそんなこと言いませんけどね。」
「それはお前がそうならないように気を張って、隠しているからだ。」
「…なんで、そんなにお節介を焼くんですか・・。見舞われているときくらい気遣われる側に徹してくださいよ…」
震えそうになる声で、必死で、それから先の言葉を遮ろうとしたのに、モリナガさんは、そんなことはお構いなしに残酷な言葉を吐く。
「最後になるかもしれないから、目いっぱい、言っておきたい事を、好き勝手に伝えておきたいんだよ。」
「……………………………」
―治るに決まっているでしょう。
―殺したって死なない癖に。
―あの仕事を生き抜いておきながら…こんな簡単に死ぬなんて許しません。
言葉は、山ほど思いついた。
思いついたが、どれもこれもこの場にはふさわしい言葉には思えなくて、俺はモリナガさんの目から逃げて、
「お好きにどうぞ。」
そんな、茶化した曖昧な言葉を漏らした。
モリナガさんはそんな俺に、ただ、いつもと変わらぬ声で笑い、そんな必要は全然ないのに、
「すまないな」
と、余計なことを言った。
夢を見る習慣などすっかり忘れていたので、俺は目覚めた瞬間、今どこにいて、何をしているのかさっぱり分からなかった。
すっかり、二十年前の世界にいる気分になっていた。
だから、俺は今いる場所を軍の施設の一部だと思い、見慣れないのは、遠征中だからだと思った。そして、モリナガさんと会えたことを喜びながら、悲しむという複雑な心境だった。
「……」
しかし、その感覚は、身体をほんの過ごし動かしただけで消え去ってしまい、残ったのは、なんともいえない気だるさだった。
意識がはっきりしてくると、夢は薄れ、代わりに、どうして今さら、そんなはるか昔の夢を見るのだろうと言う考察に変わった。
そして、その考察もすぐに終わった。簡単な話だ、俺が昨日モリナガさんを思い出し、甘えたからだ。
単純すぎる己の脳髄を嘆く気にもならず、俺は洗面台に向かった。
「…?」
夢を見ていたと理解し、現実に戻ったはずだったのに、俺は自分の顔が鏡に映った瞬間に、それが誰だか分らなかった。己の思い描いた自画像と、あまりにも当てはまらない、眼光の鋭いだけの初老の男に、俺は一瞬、身構えた。
…ばかばかしい。
あまりにもばかばかしい。
素早く顔を洗い、再びベッドに腰掛けると、俺は膝に肘をつき、両手で頭を支えた。がくりと項垂れると、すっかりと視界は黒くなり、俺は大きくため息をついた。
暗い世界の中では、最後に見たモリナガさんの笑顔が見えた。
俺が見舞ってから、たったの二か月で、あっけなくあの世に召されてしまったモリナガさん。
思い出せば感傷的になると分かっていたので、意図的に考えないようにしていたから、一度考えだすと唇が震えるほどの、得体のしれない動揺に襲われた。
その動揺の理由が思いつきそうで思いつかず、俺はゆっくりした呼吸を繰り返すことでなんとか自分を落ち着けた。
動揺が落ち着き、ゆっくりと顔をあげた。
心の片隅で、アリスが目の前にいてくれないだろうかと期待したが、その姿はなかった。
五回目にいくの




