三回目
「軍人のサイモンさん。今日はお願いがあるの。」
挨拶より先に、ガラスの向こうの少女は、期待に満ちた目で、そのくせ、恥ずかしそうにもじもじと身体をゆすりながら、俺に、そう言った。
俺は、鮮やか過ぎるオレンジ色のドレスに、目がちかちかするな、と思いながら、「どんなお願いだ?」と腰をかがめて、少女と目線を合わせてから、尋ねた。
すると少女は、一瞬迷ったように視線を彷徨わせたかと思うと、下を向いて、早口で話し始めた。
「あのね。サイモンさんは、大人だからちっとも興味ないことかもしれないと思ったけど、私、ずっと一人でつまらなかったの。だからね、お話できることだけでも、すっごく楽しんだけど、だけど、あのね…」
すっと、少女は顔をあげ、懇願した。
「おままごとがしたいの」
「……」
少女の言葉はすんなりと頭に入ってくることはなかった。いや、単語の意味としては理解できたが、俺は、おままごとという遊びをうまく想像することはできなかった。必死で記憶を探ったが、子供たちがそういう遊びをしている姿を見たことはあっても、それがどういうものかということまでは見つけることができなかった。
俺は、経験したこともなければ、内容も知らない遊びを安請け合いしてよいものか悩み、結果、沈黙した。
何も言わない俺に、少女は拒否されたと感じたのか、みるみるうちに表情を曇らせると後ろ手に手を組み、俯いたまま、一歩、二歩とゆっくり後退していった。
その姿が、あまりにも寂しげで、儚げで、気が付けば、俺は、口を開いていた。
「アリス。実は…俺は、おままごとをしたことがないんだ。それでもいいなら、相手になる。」
「本当?」
一瞬未満。
喜びに彩られた少女の声は、驚いたほど近くで聞こえ、そのことに驚いているのと同時に、少女が、今までは越えてくることのなかったガラスを越えて、俺の目の前に、腕を伸ばすまでもなく届く距離にいることに気が付いた。
きらきらと輝く少女の瞳は美しかったが、俺は、やはりどうしても、ぞくりと薄気味悪いというか、馴染のない感覚に襲われた。
喜びに沸いている少女を視界に入れながら、俺は視線をガラスに向けた。ガラスは、当然、割れてもいなければ、歪んでもいない。音一つしなかった。そもそも一瞬以下の時間だった。
「じゃあ、設定を話すわね。」
少女は、俺の戸惑いなど微塵も気にした様子もなく、期待に満ちた目で俺を見ながら、興奮した様子で、ますます早口で説明を始めた。
「私は、お料理が上手で、旦那様と子供が大好きな、美人な奥様。サイモンさんは…えーとね、初めは、旦那さまをやってもらおうかと思ったけれど、おままごとをしたことがないんだったら、台詞がない役がいいわよね…。」
「…」
俺は、そんなに悩まなくてもよいのでは?と思いながらも、黙って少女の言葉を待った。
「家族でしゃべらないのは、赤ちゃん。犬。おじいちゃん…。えーと、後は、家族以外でしゃべらない人…。使用人…メイドはおしゃべりをするわ。花屋。郵便の人…・」
楽しそうに悩んでいると思っていたが、次第に、少女の目の色が変わってきたような気がして、俺は、言いようのない焦りを感じた。戦闘で感じた事のある類の焦りとはかけ離れたそれに、俺は、どうしてよいかなどさっぱり思いつくわけもなく、だんだん聞きとれなくなっていく、少女の、早口の言葉に、ただただ圧倒された。
ますますエスカレートしていく少女の、アリスの狂気、もう、はっきり言う、狂気に駆られたアリスの顔。見たくなどないのに、俺は、視線を背けることもできずに、唾一つの見込めずに、ただ、呆然と固まっていた。
久しぶりに感じる恐怖と、アリスが、やはりこの世のものではないという事実が頭の中でぐるぐる回っている。
「バラの朝露…指に乗せると綺麗だって、言われていたから、ためしたかったのよっおお。でもでも、みずずずみっずずは、もう、なんだか怖いの。怖い。広すぎる海がきらいきききききらいっいっいー。あつかったのだからね…ああだから、少しは、ほっとね、ほっとね、ほっとねしたの…あちっ」
アリスの言葉の内容は、まったく分からないはずなのに、何故か、苦しい。耳をふさぎたいが、やはり、動けない。
冷や汗すら、出てこない。
胸が締め付けられる。
心が、苦しい。
なんだ?
この苦しみは、何と言う言葉でつづられるものなのか?
「……」
最終的に、アリスの声は、俺の耳には、「あーあーあーあーあーあーあーあーあああああ」と言っているようにしか聞こえなくなり、あまり、よく見えはしないが、かすかに見えるアリスの目は、完全に焦点を失っていた。体を前後にゆすり、その揺れが激しくなっていく。アリスの足は、ちっとも動いておらず、真っ直ぐなままなので、アリスの揺れは、メトロノームの針のようだ。
「あーあーあーあーあーあーあーあーあああああーあーあーあーあああああっあーあー」
俺の頭の中で、アリスに対する、恐怖の耐性ができてくると、相変わらず、動くことはできないが、俺は、アリスがどんどん可哀想になってきた。
こんな小さな身で、どれだけの年月を一人で、殺された時の恐怖を忘れることもできずに、相手をしてくれる人間もいない中、どれだけ…どれほど…
「ういっひゃあああっあっああああああああああああああああああああああ!!」
最後は、俺の鼓膜を破壊するかと思うほどの絶叫をあげ、アリスは、ぷつりと消えた。まるで、何かのスイッチを入れるように、消すように。
跡形もなく、余韻すらなく。
「……」
俺は、放心したまま、数秒を過ごし、それから、あたりを見渡した。
ゆっくりと背後まできちんと見たが、アリスはいなかった。
かなりの時間が立ち、すっかり冷静になってから、俺は、そこで初めて、どうして、あれほど恐怖におののいているアリスを、宥めることも、抱きしめることもしてやれなかったのかと、気がついた。
アリスに対する恐怖は消えていたのに、どうして、俺は、動くこともできず、心の中で偉そうに「可哀想だ」などと思っていただけだったのだろう。
それは、いくらアリスが幽霊だとしても、失礼だ。
「…はぁ」
ため息をついて、ベッドに仰向けに寝転び、腕で顔を覆った。
湧き上がる、己を嫌悪するような感覚。
この感覚には覚えがあった。しかし、その名が分からない。
「……」
それが、後悔という感情だと、気がつくのに、俺は、随分と時間をかけた。
後悔だと思うと、余計に、俺の胸は苦しくなった。
しかも、それに付随して、古すぎる、あまりにも古すぎる後悔までもが、思い出され、俺を苛んだ。
人の心など気にしかこともなかったあの頃、意気がった俺の頬を打つ、でかい掌。軽い音を立てて転がる短銃。反射的な反撃も軽くかわされ、俺は…。
俺は、俺を睨みつける瞳に震えた。
―自分を大切にできない奴が、他人を大切にできると思うなよ!
俺が、それまで受け付けなかった正論というやつを、はじめて叩きこまれた瞬間だった。
それでもその時は、俺は、押し付けられるだけの正論を、受け入れることはできずに、できずに…。
あぁ、後悔は、決して薄らぐことはない。ましてや、消え去ることはない。忘れたふりも、長くは続かない。
「………」
そこまで考えたところで、ふと、現実逃避のような自然さで、俺は、自分がアリスの豹変した姿に、嫌悪感をちっとも覚えていないことに、気が付いた。
その思いだけは、俺という人間を、少しだけ、救うものになるように感じられた。
「おはよう。サイモンさん」
人の気配には、人一倍敏感なはずなのに、声をかけられるまでちっとも気が付かなかった。
慌てて身体を起こすと、アリスは、今日は、驚いたことに、初めから、俺の房の中にいて、俺を覗きこむように立っていた。
あまりの驚きに、声も出せずに、呆然としている俺を見るでもなく、アリスはきょろきょろと、房の中を物珍しげに見ていた。
そんな年相応の姿に俺はしだいに落ち着きを取り戻し、アリスを見た。
アリスの様子には、ちっともおかしなところがなく、俺は、困惑した。
アリスが、前日のことについて、口にするのも恐ろしかったが、何も言わないのも同じくらい怖かった。しかし、俺からその話題について、口にする、などという選択肢は存在しないので、俺はできるだけ普通にふるまうことに決めた。
さすがに、いつもより注意深くアリスを見ていると、アリスのドレスの色がいつも違うことに、今さら気が付いた。
思い返すと、最初に合った時は白いドレスで、その次は、薄水色で、前回はオレンジ色だった。
俺は、アリスのおままごとでの発言と、いつもあんな服を着ていたのだろうという点から、なかなかの家柄だったのだろうかと、ぼんやり思った。
「おはようアリス。今日の服は、いつも以上に似会っているね。」
「そうでしょ?やっぱりサイモンさんは見る目があるわね。」
アリスは、嬉しそうにそう言って、くるくると回った。ひらひらと揺れるスカートの裾がなんとも可愛らしくて、
「あ。サイモンさん。笑った。笑うと、もっと男前にみえるわ。」
アリスにそう言われて、俺は、自分が、自然に笑っていることに気が付いたのだ。
そして、自然に笑ったのが、ひどく久しぶりだとわかった。
それは、当然だった。
一人きりでいるときに、笑うなどと言うのは、おかしな行為だからだ。
俺は、身体を起こすと、ベッドに座った。すると、俺が座ったことでできたスペースに、アリスは、軽やかに座った。
ちっとも怖がらずに。
それは、アリスが幽霊なので、当然と言えば当然なことだったが、人がなんの警戒心もなく、俺の真横に来ることなんて、久しくなかったから、俺がむしろうろたえた。
触れようと思えば、簡単に触れられる距離。
でも俺は、触れることなんてできなかった。
触れると言う考えを抱くことさえ、許されないように感じた。
俺が触れてしまうと、アリスとは、もう二度と、会えなくなるような気がしたからだ。
もちろん、それは俺の勝手な考えで、本当は、アリスに伸ばしたとしても、触れることなく俺の指が空を切るだけで、この明るい少女は、気にせず笑うだけかもしれないのに。
「この服はね。十歳の誕生日の時に、お父さまがプレゼントしてくれたの。私が一番大切にしているものなのよ。」
誇らしげに言うアリスに、笑みを返しながら、俺は、家族の話がでたことで内心身構えた。前回のようになるのではないかという思いが頭をめぐり、己の不用意な発言を悔んだ。しかし、そう思いながらも、アリスが先日のようになったら、今度こそは、ほったらかすことなく、何とか慰めようと思った。そんな風な心構えができると、俺は、もっとアリスのことが知りたくなり、踏み込んだ発言を続けた。
「十歳の時が一番、と言っているが、九歳の時のプレゼントはなんだったんだい?」
俺の質問に、アリスは、あの時と同じような幼さを消した表情を一瞬してから、悩むように口を開いた。その口調はどこか、抑揚のないものだった。
なんとなく嫌な予感がしたが、今さら口から出た言葉はひっこめることはできない。
「…この服が、十歳の時の大事なものだってことは、わかるの。でも、それ以外のことはよくわからないの。もやっとしてて、わからないの。お父さまが優しくて大好きで、お母さんも優しくて、楽しかった…でも、何が楽しかったか思い出せない。わからないの。」
ゆっくりと、アリスが俺を見上げた。綺麗な空色の瞳には、俺は映っていない。
俺は、とんでもないことをしてしまった気がした。ヘタしたらアリスがそのまま消えて、二度と会えないのではと、怖くなった。それは断然、アリスが豹変するより怖いことだった。
「…わ、わからないなら、無理に思い出すことはない。」
取り繕うように、俺がそう言うと、アリスは、あっという間に、いつもの笑みを浮かべ、あっさり次の言葉を口にした。
「じゃあ、サイモンさんの一番もらって嬉しかったものは何?」
関連のない質問ではなかったが、この流れで生き生きと口にされるとは思っていなかったので、俺は内心うろたえ、深く考えることもなく、気がつけば、口にしていた。
「…最高難易度のミッションをクリアした褒美にもらった…勲章かな」
「さいこうなんいど?」
「…とても難しい、仕事だったってことだ。」
「ふーん。あ、勲章って、すごい人だけがここにつけてるキラキラしたやつでしょ?」
胸を指差し、納得した様子のアリスに、
「…まぁ、そうだな」
と、もっとわかりやすい説明をしてやれれば良かったと思いながら答えると、アリスは、勲章のようにキラキラと、目を輝かせ、身を乗り出すように口を開いた。
「すっごい!勲章って、とっても偉いことをした人だけがもらえるものだってお父さまが言ってた!すごいわ!どんなお仕事内容だったの?おしえて!」
アリスの勢いに驚きながら、俺は、アリスに触れないように、さりげなく距離をとってから、その勲章をもらった仕事の、作戦の内容が、とてもじゃないが、子供に話すような内容ではないので悩んだ。
どれだけオブラートに包み込んでも、子供がなかなか理解できる内容ではない。当時、二十歳だった俺でさえ、作戦の内容は分かっても、意味までは、よくわからなかったのだから。
「アリス、俺も君と同じだ。」
考えた挙句、俺は、誤魔化すことにした。
「勲章をもらったのは嬉しかったというのは、よく覚えているが、その内容はうまく思い出せないんだ。ひどく嬉しかったことは…鮮明に覚えている。」
本当によく覚えている。
生きて帰ることはないだろうと言われていた作戦だった。
俺は、足を引っ張る新米で、口ばっかり達者な生意気なガキだった。
そして、成果を上げることばかりに気を取られていたアホだった。
五人の仲間、いや、命の恩人。
挫折と恐怖と生きている喜び。
そのすべてを上回る、ミッションの達成感。
まわりからの惜しみない賞賛。
あの輝きは、俺が何をしたとしても、決して汚されることはない。
「サイモンさん?」
心配そうな声が聞こえて、俺は、自分が思考の海にはまり込んでいたことに気が付いた。あわてて笑顔をつくり、アリスに顔を向けると、アリスはほっとしたような顔をして、
「本当に大切なものなのね」
と、つぶやくように言った。だから、俺も、つぶやくように、
「そうなんだ」
と、返した。
しばらくほほ笑み合った後、アリスは何故か誕生日の歌を、誰の名前も当てはめないまま歌い、俺は、名前の部分にアリスを当てはめ、合唱した。
観衆の見えない独房とは言え、確実に、俺は監視カメラなどで、十分すぎるほど、監視されている。
だから、もしかしたらいきなり「アリス」と口ずさみだした俺を、さすがに不審に思って、何らかの邪魔が入るかと思ったが、俺とアリスの空間は壊されることはなかった。
いや、そもそもアリスと最初に出会ったときから、邪魔が入らない方がおかしかったのだ。
俺は、歌うアリスを見た。
そして、邪魔が入らない事も、きっと、この子の力なんだろうなと思った。
五回ほど歌ったところで、アリスは歌うのをやめ、「これ以上、一気に歳をとりたくないわ。」と無邪気に言った。
俺は、その言葉に何と返せばよいのか、さすがに思い浮かぶことができず、曖昧な笑みを返した。
それからアリスは、自分が今欲しいものを、実際に手に入れているかのように詳細に説明しながら、ふいに、何か思いついたように、期待に満ちた目で、俺を見た。
「ねぇ、サイモンさん。私は勲章を見たことがないの。誕生日記念に、見せてもらってもいいかしら?」
拒否されることを前提としていない瞳に、俺は、困った。
アリスの要求は、できればかなえてあげたかったが、この独房に、そんな輝かしいものをもちこめるはずはなく、
「俺も、アリスにぜひとも見てもらいたいのだが…」
「だが?」
「…勲章はここにはない。信頼できる人に預けたんだ。」
「取りに行くことはできないの?」
「すまない、アリス。俺はここからでることはできないんだ。」
「それは…残念ね。」
アリスは、あっさりすぎるほど、簡単に引き下がり、それ以上、追及してこなかった。
俺は、アリスの言う「残念」という言葉が、勲章を見ることができないことなのか、それともここから出ることのできない俺を指しているのか、という馬鹿らしい考えが頭をよぎった。俺がアリスから見えないように自嘲気味に笑みを浮かべていると、
「そろそろ帰らないと…。」
ベッドから身軽に飛び降りながらアリスはそういうと、俺の目の前でくるりと一回転して、手を差し出した。
おそらく握手を求めてきたのだとすぐにわかったが、俺はすぐには手を出すことはできなかった。俺がまごついている間に、アリスは差し出した手をひっこめると、ひらひらと顔の横で、可憐に振り、ばいばいと音にはせず、口だけ動かし、ガラスに吸い込まれる様に消えていった。
「…」
アリスがいなくなって、ようやく分かった。
俺が、アリスに触れることができない本当のわけを。
結局のところ、どんな詭弁を並べても、一般的には、人殺しの極悪犯である俺には、純粋なままに殺されてしまったアリスに、触れる権利などないと思ったからだ。
いや、それも正確ではない。
権利がないのではなく、触れることができてもできなくても、アリスを汚してしまう気がして、恐ろしかった。
それは、まるでアリスを殺した奴と同じになるような気がしたのだ。
だから俺は、アリスに話したくても話せなかったあの輝きの瞬間を思い出すことにした。
気が滅入るときはいつも思い出している思い出を。
それさえあればおそらく、どこででも生きていける思い出を。
軍に入ったのは十八歳の時。
明確な目標があったわけでもなかったのに、どうやら才能は豊かだったらしい俺は、調子に乗れるだけのっていた。そして、二十歳を迎えてすぐに、あの作戦に指名された。今思えば俺のポジションは誰でも良かったものだったから、上官に憎まれた上での指名だったと、今はわかる。
「…」
立ち上がって、鏡に映る自分を見た。
いくら鍛えて見てくれを誤魔化そうとしても、顔に刻まれた皺は消えることはない。
あの輝きからすでに、三十一年。
三十一年…経ったのか。
せっかく、気分を明るくしようと思っていたのに、なぜだか、うまくあの輝きを思い出すことができない。いや、他の思いにかき消されて、あの輝きに届くことができないのだ。実は、ここに押し込められてからはいつもそんな風に、あの輝きに浸ることができないという事実を、俺は毎回、必死で否定してるのだ。
「…ははっ」
何かを馬鹿にするようにあざ嗤い、俺は自然な動作で拳を作り、鏡を割ってしまおうと思った。しかし、拳がガラスに食い込む寸前で、俺は、その動作を止めた。拳は、ガラスに触れるか触れないかの位置で揺れ、俺はその距離をしばらく楽しんだ。
そして、俺は、無理やり勲章の行方を思い出す。
誰にも奪われたくはない、その輝きを、俺は、俺の愚かさを教えてくれたあの人に預けた。
―何もできなかったなんて言葉は、自分が何かできると思いあがっている人間が使う言葉だ!
うぬぼれるな!
そう言って、俺を殴り飛ばした、あの時の戦友に。
ルアード。デックマン。ホール。ダフ。そして、モリナガ。
六人の中で、一番人望があったのに、一番最初に、死んでしまった…。
俺に、軍人としての、いや、人間としてのすべてを叩きこんでくれた、目標だったあの人に。
俺は、死んでからも頼ったのだ。
「モリナガさん。俺は、間違ってなどいませんよね?」
鏡に映る俺は、弱弱しい声と同じくらいに、情けない顔をしていた。
昔を思い出すのに、こんなに疲れを感じたのは初めてで、俺は、うつむくと、意味もなく蛇口をひねり、顔や手を洗い続けた。
四回目にいくの




