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一回目

「アリスの監獄」


という、名だけ聞けば、さぞかし可愛らしく、人間相手に使う監獄を、そのまま連想する人は、少ないだろう。

しかし、その監獄は、その可愛らしい名とは裏腹に、脱獄者〇名、生還者〇名という、世界一、俗世から遠く、あの世に近い監獄という真実をもっている。

監獄の場所は、絶海にして、地図にも掲載されていない孤島―ライナス・ブランケットにある、名無しの刑務所の奥深く。

この名無しの刑務所自体が、そもそも、脱獄不可能にして、凶悪犯罪者の巣窟、入ったら最後、生きて出られはしないと、恐れられている。

その巣窟の、さらに奥にある、「アリスの監獄」は、名無しの刑務所の中でさえ、大きな声で語られることのない、いわば、禁忌の存在であり、実しやかなうわさでしか語られることはない場所だ。

看守の間でも、知らないものの多い、「アリスの監獄」が、囚人たちの知るところとなった理由は、死刑囚の中で、唯一、「アリスの監獄」から出され、名無しの刑務所に登ってこられた、ユージンという男の死の間際の言葉だった。

ユージンは、せっかく、「アリスの監獄」から名無しの刑務所に登ってこられたというのに、連れて来られたその日の夜に、病死したのだ。

たまたま隣室の男が、声がでかく、耳が良かったので、死の間際のユージンと会話し、最後の言葉を聞く事が出来たのだ。ユージンの残した正確な言葉は残ってはいないが、その言葉が、「アリスの監獄」という名を作り、囚人たちに、うわさを提供した。

うわさでは、「アリスの監獄」は、施設の地下深くに存在しており、完全に隔離されている。そこに入れられたが最後、自然な日の光は二度と拝むことはできない。また、「アリスの監獄」は、受刑者に、死刑以外で死んでもらっては困るという理由で、他の房より清潔で、最新のセキュリティに守られているという点だけは恵まれていると言われている。

看守の姿も囚人からは見えず、当然、囚人同士もお互いの姿を見ることもない。外部の音は何も聞こえず、まるで世界で一人になってしまったような気にさせられる監獄の中は、常人ならば、ものの三日で発狂してしまうが、そんな普通の感覚をもったものは、「アリスの監獄」に、そもそも、収容されるようなことはしない。

そんな、うわさばかりが独り歩きする「アリスの監獄」を見た、というものはおらず、「アリスの監獄」に収容されるものを見た、というものもいない。

さらに、「アリスの監獄」には、その名の由来になる、もっとも有名なうわさがあった。

それは、何十年も前に、その監獄に収容されていた囚人に殺された、可愛らしい少女の霊が、現れると言うものだった。

そして、その少女に出会った囚人は、いよいよ死期が近いと言われている。


「はじめまして。おじさま」

唐突に、何の前触れもなく、少女は、そこにいた。

つまり、俺が入っている監獄の前にいて、しゃがみこんで、膝に肘を立てて、頬杖をついていた。そして、床で腕立て伏せをしている、俺の目をしっかりと見て、話しかけてきた。

「…観念するしかないな」

俺は、腕立て伏せの体勢のまま、声だけは冷静に、内心は、呆然とつぶやくように、音になるかならないかくらいの小さな声でそう、呟いた。精密検査を受けた上に、声をかけられては、もう、否定はできない。

「観念?」

小さな音でも少女には聞こえたようで、不思議そうに、そう口にされ、俺は苦笑しながら身体を起こすと、少女の正面に胡坐をかいた。

少女の様子を、気がつかれないように眺め、何かしらの違和感を探そうとしたが、結局、違和感を見つけることはできず。少女がちっとも幽霊らしくないことに、ほっとしたような、逆に怖いようなものを感じた。

「いや、何でもない。はじめまして…お嬢さん。お名前は?」

上辺だけは、いつでも優しそうに見えると言われていたので、俺は優しい声でそう聞いた。少女の名前はわかっていたが、万が一を考えた。

万が一など、あり得ないとわかっていたが。

「名前?私の名前は、アリスよっ!」

少女は、元気良く答えた。

俺が、唯一、想像することのできた答えを。

「アリス…。可愛い子にふさわしい名前だ」

目の前の少女が、監獄の由来である「アリス」であることを確信した俺は、今さら、幽霊ごときに驚くほどの人間らしさをもっているわけでもないので、優しく聞こえる声で、そう答えると、優しく見えるように微笑んだ。

そんな俺の笑みに、少女は、ほほ笑んで、口を開いた。

「ありがとう。じゃあ、おじさんのお名前は?」

どこにも反響せず、直接、俺の耳に入り込むような声だと思った。

俺は、答えを返す。

「…サイモン。サイモン・キングだ」

「へぇ、かっこいい名前ね。ところで、キングさんと呼べばいいの?それともサイモンさん?」

「キングはやめてもらいたい」

「わかったわ。サイモンさん」

少女はそう言いながら、はにかむ様な、少女特有の笑い浮かべると、立ち上がりながら、言った。

「私ね。クイズが好きなの。サイモンさんの職業を次までに考えてくるわ。だから、サイモンさんも、私のことについて何か質問を考えてきて。」

そして、一方的に要求すると、どこかへ駆け出した。この監獄の外の様子をちっとも知らない俺は、少女の行き先を知らないが、見えたところで、その行き先はわからないのだと思った。

当然ながら、足音はしなかった。

「……」

残された俺は、自分なりに緩慢な動作で立ち上がると、首を二三度ひねった。大きくため息をついてしまいたかったが、俺は、ただ少しだけ、俯いた。

少女と会った後で、考えるのはおかしいが、俺は、ちっとも「アリスの監獄」を信じていなかった。いや、アリスの監獄という名があったとしても、少女の霊など出るわけがないと、確信していた。

なぜなら、ユージンという人物の存在自体が、退屈な刑務所暮らしの空きた囚人たちの作りだした架空の人物だと思ったし、もし、ユージンがいたとしても、彼がここから出て、すぐに死んでしまった事を考えると、死刑以外で囚人に死なれては面子が丸つぶれだと感じた刑務所側が、死刑囚じゃなくなったと嘘をついて、手遅れになったユージンを放り出しただけだというのが、最もらしい事実だ。

とはいえ、やはり、少女と向き合って考えるには、あまりにも間が抜けている。

俺は、自分が思っている以上に混乱している事を自覚し、今度は、ためらわずに大きなため息を吐いた。


少女は、俺の職業を考えると言った。

何故かは、分かりはしない。

幽霊でなくとも、少女の考えることなどわかるわけはない。

俺は…。

俺は、軍人だ。

自分でもあきれるほどに、軍人らしい思想をもち、軍人らしい甘えをもち、軍人らしい傲慢をもち、軍人らしい正義をもち…だからこそ、軍人ではいられなかった。

軍の上層部にうとまれた俺は、軍をやめ、傭兵の部隊を組んだ。

戦闘以外に自分の長所がないことは情けなかったが、寄せ集めの軍が、何の誇りもなく民間人を何人も射殺するよりは、自分たちのようなプロが、さっさと仕事をこなす方が、被害が少ないと思ったのだ。

その証拠に、俺は、一度も民間人を殺したことはない。

これを偉業のように讃える馬鹿もいるが、俺にしてみれば、民間人を殺さないことなど当たり前すぎて話にもならない。

そして、一度も捕まえた捕虜を、不当に扱ったことはない。捕虜の中には、俺の下につきたいと言うものも多かったが、そういう奴は、民間人に戻ることを進めた。

傭兵はつらかったが、仲間との自由があった。

それに、俺は、いまだに軍に残してきた元部下たちとの交流も盛んだった。元部下たちは、しきりに俺のもとに来たいとふざけたことを言っていたが、あまり優秀な人材を引き抜くと、軍に睨まれると言えば、笑いながらこちらで頑張りますと答えてくれた。

軍に残してきた部下は今でも俺の誇りだ。

三年前、久しぶりに長期休暇を取って、国に戻った。話には聞いていたが、久しぶりに足を踏み入れた自国のあまりの状態に、俺は、空いた口がふさがらなかった。

だから、だから俺は……。

俺は、正義のために戦った。

金塊を奪ったのは、腐った政府や軍へのあてつけで、交渉に使った後は、人々にばらまくつもりだった。

やり方自体は、正しくはないと思っていたが、俺のやったことが人々の今後の勇気につながってくれればと、それだけ考えて…。

私利私欲でしか動くことのできない、あんな奴らに国を任せていると思うとぞっとする。人々は飢えや貧困にあえいでいるのに、何もしない。口先ばかりの政策で得をするのは、いつも変わらぬ者たちばかり。

俺の主張に、多くの仲間が賛同し、共に戦ってくれた。

俺は、俺の主張は間違ってはいなかったのだ。

その証拠に、俺の影響力を恐れて、政府は俺を、この、「アリスの監獄」に入れた。

外部とのやり取りを恐れて…。俺が動けば、俺を慕う軍の者まで動きかねないと思ったからだ。

………っ。

作戦が成功していれば、金塊を無事に手にしていれば、俺は、あの汚いが使い道のある金を盾に、政府と交渉ができたのに。

政府や軍を変えることができたというのに。

どのみち、捕まり、いつかは処刑されたとしても、もっともっと、残せるものがあったというのに。

あいつさえ、裏切らなければ。

あいつが、金に目が眩みさえしなければ…。

いつでも思い出すのは、最後の対峙だ。

ダグは、俺に銃口を向けた。

だから、俺もダグに銃口を向けなければならなかった。

俺は、仲間に銃を向けたことが一度しかなかった。しかもそれは、俺が軍に入りたての、右も左もわからない、阿呆のころだった。

トリガーにかかった俺の指は、柄にもなく震えた。

絞り出す声も、震えていた。

―なぜだ?ダグ。どうして俺を裏切った?

―俺が裏切った?違う……………だ!

「…」

記憶はいつもここで途切れる。

ダグは何かを言ったはずなのに、俺はそれを思い出すことができない。

そして、何を言ったのかをダグに確かめることもできない。

なぜなら、俺の放った銃弾は、確かに、ダグの眉間を貫いたからだ。

「……」

ダグはあの時、何と言ったのだろうか?

考えたところで思い出すことはできないと分かっていたので、俺は軍よりは寝心地の良いベッドのから起き上がり、頭を二三度掻いてから立ち上がった。

今日はどんな訓練をしようか…。

そこまで考えたところで、おかしな話だが、突然の視線を感じた。

「サイモンさん。一昨日はごめんなさい。なんだか調子が悪くて、長くはいられなかったの。でも、安心して、今日は大丈夫そうだから、たくさんお話しましょう?」

振り返る途中で、少女が弾んだ声で、そう言い切ってしまったので、振り向き終わった俺は、

「あぁ」と生返事をして、俺の監獄の前に、ぺたりと座りこんでいる少女を見下ろすことしかできなかった。

実は、しゃがみこんでいる少女を、一瞬、見つけることが出来なくて、今日は声だけなのかと、身構えたのは秘密だ。

「どんなお話をしようか?」

少女の視線に合わせるために、しゃがみこみながら尋ねると、少女は、笑みをさらに輝かせ、俺に言った。

「この前、言っていた。サイモンさんのお仕事を当ててみせるわ。」

「…そうだったな。ぜひとも、当ててみてくれ。」

あてられるわけがないと思いながら、そう答えると、少女は意気揚々と、俺と少女を隔てている、恐ろしく丈夫なガラスに、小さく細い指の、小さな指先を押しあてた。

俺は、少女の指がガラスをすり抜けてこちら側に来たらどうしようかと思ったが、それは杞憂に終わり、実体などないはずの少女の指は、ペタリとガラスに張り付き、軽やかに動いた。

幽霊とは、どういう原理なのかと不思議に思って、その指先を見ていると、確かにガラスをなぞっているはずなのに、少女の指紋や、温もりの痕跡は、ちっともガラスに残されることはなかった。

つまり、触れているように見えるが、やはり少女には実体はなく、もし多少の立体感があったとしても、それは、生きているものとは大きく異なるのだ。

そんなことを考えていたにも関わらず、俺は、少女を見つめ、目が合い、ほほ笑まれると、気がつけば自然と手が動き、ガラス越しに、少女の指と自分の指を重ねていた。

そして、少女の書いているスペルを追いかけるように指を動かした。

少女は、その様子を見て、声をあげて、うふふと、笑った。俺は、ははは、と小さく笑った。

不思議な一体感だった。

俺は、その、ささやかだが、自分の鎧を安心して外せるような、そんな世界につかの間浸った。

そんな錯覚に溺れた。

「サイモンさん。なんて書いたか、わかった?」

少女が、ガラスから指を離し、そう尋ねた瞬間、俺は、現実に戻された。

俺は、少女が書いたスペルを探った。

こちらからだと、逆になる、そのスペルを追った。

「……policemen…警察?」

俺がつぶやくと、少女は、嬉しそうにうなずいた。

「…どうして?」

俺の声は、震えていた。

何故、自分の声が震えているのか、自分でもわからなかった。

いや、分かっていないことはなかったが、監獄に入れられている俺を、警察官などというのは、悪気がないとしても気分がよいものではなくて、ましてや、俺は、少女の真意がわかるわけもなかったので、動揺したのだ。

そんな俺の変化に気が付いた様子もなく、少女は、得意げに、自分の推測を口にする。

「だって、サイモンさんは、いっつも身体を鍛えているでしょう?私は、身体をいっつも鍛えてなきゃいけないお仕事は、警察官か、船乗りだと思ったの。それで、船乗りなら、もっと怖い人でなくちゃと思ったから。怖くて…ちっとも優しくない人でなくちゃと思ったから…」

微かに少女の視線がさまよい、一瞬だけ、幼さが消えた。その変化に気が付いた瞬間、周りの空気まで一気に冷めきったような気がして、ぞくりと、最前線でも震えなかった、背筋が震えた。

「だから、警察官だと思ったの。警察官は、たくましくて、正直者で、正義の味方だって、お父様が言ってたから。」

目の錯覚だと思えるほどの刹那の時間で、少女は、幼さと明るさを取り戻し、そう言い切った。俺は、その変化について考えることはやめ、思ったままの疑問を口にした。

「俺が正義の味方に見えたのか?」

俺の言葉に、少女は何を言っているのかわからない、と言うようにキョトンとしてから、すぐに口を開いた。

「だって、あなたは、私をまっすぐ見て、正直に、思ったことを言ってるもの。ここはよくわからないけど、悪い人が入る場所なんでしょ?でも、あなたは悪い人じゃない。だったら悪い人を見張るのは、警察官だから、あなたは警察官!どう?正解?」

俺は、その言葉に呆気にとられて、何も答えることができずに、じっと、少女の顔を見た。

少女は、呆けている俺を、おもしろそうに、首をかしげて見ていた。

「悪い人に見えないのかい?俺が?」

「えぇ。悪い人には見えないし、実際に、優しいもの。」

「…やさしい?」

「だって、私とお話してくれるじゃない。」

無邪気な答えに、俺は、怯んで、曖昧な笑みを向けた。

何も言わない俺に、少女は笑みではなく、何か考えるように眉間に皺を寄せると、小さく唸り始めた。

俺は、少女のそんな仕草に、馬鹿らしいとは思ったが、一瞬だけ、少女が超能力のようなものを発揮して、俺の過去でも見ているのではないかと、思った。

「違うの?」

少女が、窺うように小さくそう言ってくれた瞬間、俺は、気がついた。

自分が、少女の、俺に対する【悪い人じゃない】という評価を、壊したくないと思っている事に。

だからと言って、俺が、悪いことは何もしていない、と言うこともできないので、俺は、小さく息を吸って、少女を見つめた。

俺の話を、この幼い少女がどれだけ理解してくれるかわからなかったが、それでも俺は、精一杯、話してみたかった。

小さく深呼吸をして、俺は、少女に、向き合った。

「俺は、軍人だ。」

「軍人?兵隊さんってこと?」

「あぁ」

「警察官はお仲間?」

「…そんな感じだ。」

「だったら、私の答えは正解?」

「半分…いや、ほぼ正解だな。」

「やったぁ」

無邪気にアリスは笑って、大げさすぎるほどにその場ではしゃいだ。そして、立ち上がるとぱたぱたと俺の前で走り回り、俺はその様子を、目で追った。

「軍人のサイモンさーん!」

少女は、叫びながら、俺の目の前で、重力など関係ないように壁を走った。

縦横無尽に。

さすがに、俺と外を隔てているガラスの上を走ることはなかったが、そうじゃなくとも、十分理解に苦しむ光景が、俺の目の前で繰り広げられた。

呆然としている俺に、少女は最後に、下手くそな投げキッスをよこすと、天井に吸い込まれる様に消えていった。

「……………」

俺は、少女の存在を認めながらも、頭のほんの片隅で、自分の精神が、どうにかなってしまっているだけでないのかと、期待した。

それは、今回は、話さずに済んだ、俺の話を。

いつか、少女にしなければいけないという、可能性に対する、不安だった。


俺は、その夜、船乗りになって、荒れ狂う海の中を漂う夢を見た。

それは、なんだか、少女に対しての後ろめたさの表れのような気がした。


                                     二日目にいくの



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