無力
赤松がこのお屋敷を出て行ってから数時間が経過していた。
あの後、何度も強行突破を目論んだが、見事に失敗した。
そのため、私は完全に諦めてソファで不貞寝を決め込んでいる。
青い騎士さんさえ居なければ隙を突いて部屋から飛び出せたんだけどなぁ。
やはり騎士さんは鍛え方が違うのだろう。全然敵わなかった。
現在この部屋に居るのは長男様、次男様、青い騎士さん、それと私の四人。
誰も喋ろうとしないので、部屋の中はしんと静まり返っている。
赤松はどこに行ったんだろう。
お前は関係ない、赤松本人はそう言ったが、私に関係している事は火を見るよりも明らかだった。
そもそも、昔の赤松ならいざ知らず、今の赤松が私を睨みつけるなんてことしないだろう。
いや、冷ややかな目で見られる事は多々あるけど、睨みつけられて怒鳴られてだもん、明らかに様子がおかしかったと言える。
あの時の私を本気で黙らせたかったんだろうし、本来ならあの話は聞かれずにそっと行くつもりだったんだろう。
隠し事とか下手なんだろうな、赤松。
そんな事を考えながら、私はソファの背凭れをただただじっと見詰めている。
誰かと目が合えば、文句を言ってしまいそうになるから。
だから、ここに居る三人に完全に背を向けて膝を抱え込むように丸くなっていた。
「はぁ…」
私は小さな溜め息を一つ零して、次男様が私の為に買ったと言っていたふわふわクッションをぎゅっと抱きしめる。
そして、そっと口を開いた。
「ねぇ、伯爵様がどこに行ったのか、誰か教えてくれませんか?」
青い騎士さんはあの直前まで私と居たし、本当に知らないんだろう。
しかし長男様と次男様は、知っているはずだ。
口止めして行ったんだろうな、当然。
はぁ、ともう一度溜め息を零すと、私の背に長男様から声が掛けられた。
「…伯爵が心配か?」
とのこと。
「心配です。…相談なんか、しなければ良かった。」
元はと言えば私が赤松に相談したのがいけなかったんだ。
黙ってれば、きっとアイツは気が付かなかった。
だから、無茶することなんて…もしものことがあったらなんて考えなくても良かったのに。
「相談せずに、黙って公爵家三男の嫁になれば良かったか?」
そんな長男様の問い掛けに、私は暫し黙り込んだ。
いや、長男様の声は静かだったが、とても強くて、私は黙り込んだと言うより返す言葉を失ってしまったのだ。
誰にも相談せずに公爵家に嫁に行きますなんて言ったら怒られたんだろうなぁ…
そう考えると、クッションを抱きしめている手の力が自然と増した。
「それは…その、」
「それとも、誰にも知られず俺かフレーテと結婚しておけば良かったか?」
…それもちょっと、なんて思っていると、
「俺はそれでも構わなかったんだがな。」
という長男様の言葉が私の耳に滑り込む。
顔を上げて、チラリと長男様の様子を伺うと、長男様はちょっと怒っているようだった。
「俺は構わなかったが、それではトリーナだって伯爵だって納得出来ないだろう。」
構わなかったという言葉を妙に強調する長男様。
「いや…あの伯爵は私が誰と結婚しようと無関心なんじゃ…」
蚊の鳴くような声で呟いていると、長男様に強めの咳払いで遮られる。
「そんなはずないだろう。無関心だとしたらトリーナをあんな風に心配したりなどしない。」
と、長男様は言い切った。
「そうだよ、関心の無い子の為に公爵を敵に回そうとする人なんて居ないよ…」
次男様が呟くように言う。
要するに、
「結局、やっぱりアイツは公爵家に関わりに行こうとしてるんですね。」
長男様と次男様の話を要約すれば、そう言う事になるだろう。
ハッとした二人は、急に黙ってしまった。
…この二人も隠し事とか下手なんだな。
そして少し離れた場所から青い騎士さんの深い溜め息が聞こえてきた。
くるりと寝返りを打って青い騎士さんの方を見ると、彼は門番か何かのようにドアの前に立っていた。
もしかして、立ちっぱなしだったのだろうか。…もしかしなくても立ちっぱなしだったんだろうな、ここ次男様の部屋だし、いつもより綺麗とは言え座るスペース少ないもん。今気付いたけど。
「青い騎士さん、私もう飛び出したりしないので座ったらどうですか。」
そう言いながら起き上がり、ソファをぽんぽんと叩いて見せる。
しかし青い騎士さんは微動だにしない。
どうやら私は信用を失ったようだ。
まぁ、散々暴れてたからなぁ、さっき。
「今のトリーナは信用ならないからな。」
クスクスと笑いながら、長男様が呟いた。
「失礼な事言わないでくださいよ、私もう落ち着きましたし。」
「どうだろうな、さっきは近寄る者全てに噛み付きそうな顔をしていただろう。」
そんな物騒な顔してたんですか私。
それは知らんかった。
「…キキョウ様。」
不意に、青い騎士さんから名前を呼ばれた。
「何でしょう?」
「キキョウ様が、伯爵を止めたいと言うのなら、俺が止めて来ましょう。」
決意に満ちた目、とでも言うのだろうか、真剣な顔で私の方を真っ直ぐと見据えている青い騎士さん。
「やめておけ。今のお前が行くと伯爵の息の根ごと止めそうだ。」
長男様は言った。
あー確かに息の根止められそう。…なんでやねん。
私が脳内で一人ツッコミに興じていると、青い騎士さんが音もなく私の方に近づいてくる。
そして、流れるように私の目の前で跪く。
「俺は、キキョウ様の望みだけを聞くつもりです。キキョウ様が望むのなら、俺は何だって出来る。」
要するに、自分も公爵家を敵に回しても良いって…ことかな?
何も答えずに首を傾げていると、青い騎士さんは私の手を取り、手の甲にキスを落とした。
「…あ、あの、」
「ダメだよファルケさん。ファルケさんはトリーナの側に居てあげなきゃ。」
私の言葉を遮って、次男様が言った。
「キキョウ様の側に…、」
「そりゃあ、伯爵に先手を取られて悔しいのは解るけど。」
次男様の言葉に、青い騎士さんは怪訝そうに眉を寄せる。
「先手?」
次男様をじっと見ながら首を傾げると、それに気付いた次男様が私に微笑みかけて言う。
「そう、今のところ伯爵に良い所を全部持って行かれちゃってるからね。男としては悔しいもんだよ。好きな子には良い所を見せたいものだし。僕だって、出来る事なら伯爵のように飛び出して行きたいと思ってたから。」
「えーっと、なるほど。」
私はこくこくと二度頷いて、目の前に居る青い騎士さんの方へと視線を戻す。
彼は未だに私の手を握っていたので、私はそっと握り返した。
「そんなこと、しなくて良いです。…行かないで…側に居て、」
そう呟くと、青い騎士さんは突然勢い良く立ち上がり、一歩後ずさった。
何事だろうと彼を見上げると、尋常じゃないくらい真っ赤になっていた。
それに釣られて、何故か私まで赤くなってしまう。
ふと長男様達を見れば、何故か彼等も一緒に真っ赤になっていた。
な、なんなんだ!もう甘酸っぱい空気とか要らないからな!
バッと次男様を見ると、バッと目を逸らされた。
同じように長男様を見ると、さらに同じように目を逸らされる。
…なんなんだよ!照れって伝染するの!?
「と、とにかく。赤松…あ、いや、伯爵の事は心配ですけど、アイツだって完全なアホではないだろうし、暫くはアイツの言う通り大人しくしておきます。」
私が相談してしまったせいで、アイツ一人に危険を背負わせてしまう事になったのは申し訳ないと思う。
だけど、アイツだって身の危険を感じれば逃げてくれるはずだ。
アホな真似はしない。きっと。
私は、アイツを信じようと思う。
…アイツ一人?
そういえば、赤松はA達には何か言っているのだろうか?
言わないわけないよな、だって赤松はA達の店の仕込みを手伝っていたりするし、暫く留守にするくらいの事は言ってあるだろう。
そしてそんな話をすればAが食い付かないわけがない。
まさかとは思うが、三人で王都に乗り込んだり…いや、そうするとシュトフが一人で留守番することになる。
シュトフを一人にするなんて…ありえるだろうか?
「あの、私、A…いや、豪商一家次男の店に行きたいんですけど。」
「おい待てトリーナ、大人しくしておきますと言っておいてすぐさま外に出ようとするな。」
長男様からの至極冷静なツッコミが飛ぶ。
「あー、あの店の様子を伺った後に大人しくしようかなぁなんて、」
ダメですかねー?と首を傾げながら続けるも、難しそうな顔で首を横に振る長男様。
「僕達、トリーナのことは極力外に出さないようにって言われてるんだ。」
と、次男様に言われる。誰にそう言われたのなんて明白だから聞かなくても良いだろう。
「あぁ、それに、あの店に行きたがるだろうけど阻止しろと言っていた。」
と、長男様。
何だ、赤松には私の行動が読まれていたらしい。
徹底してるな、アイツ。
「あーあ。はいはい解りましたよ、大人しく軟禁されますよーだ。」
私が動く隙なんて全然無いじゃない。
…赤松のくせに、私なんかのために必死になるなんてありえないでしょ。
早く帰ってきなさいよ。
「拗ねないでよトリーナ…」
「拗ねてません。呆れてるだけです。あの伯爵に対して。」
はぁ、と大きな溜め息を零し、頭を抱えていると、ふと長男様が口を開いた。
「そういえばトリーナ、あの伯爵が出て行く時…物凄い勢いで怒鳴っていたな。」
「…なんのことでしょう?」
解らないなぁ、なんて首を傾げてみるも、
「トリーナ、しらばっくれるな。」
と、微笑む長男様。
あぁ、あぁなるほど!なるほどね!しらばっくれてんじゃねえよ!って言っちゃったあれね!
「あーあれ聞こえてましたかー。」
「当然だろう。」
はぁぁ、とさっきよりも大きな溜め息を零し、もう一度頭を抱える。
「僕はトリーナと伯爵が仲良しなの知ってたけど、トリーナがあんな風に怒鳴るところは初めて見た!」
何か嬉しそうな声だな、と思って次男様の方をチラリと見ると、キラッキラの笑顔を湛えていた。
何がそんなに嬉しいんだ次男様よ。
「妙に強いとは思っていたが、伯爵に噛み付ける女だったとはな。恐れ入ったよ、トリーナ。」
いや、それは私が強いわけじゃなくて長男様が弱いだけですからね。
「もう!からかわないでください。外に出なければどこに居ても良いんですよね?私練習部屋にでも篭ります!」
居た堪れなくなってきたので、退散することにした。
…のに!
「俺達も行こう。」
長男様も次男様も立ち上がった。
付いてくる気らしい。
「え?」
「トリーナがいつ脱走するかわからないからね!」
と、次男様は言う。
いやいや私大人しくするって言いましたよね?
チラリと青い騎士さんの方を見ると、ばちりと目が合った。
「もちろん、俺も行きます。キキョウ様の側に、居なければ。」
アンタ仕事は?
「ファルケさん、本当にトリーナの事好きだね。」
私と青い騎士さんとの間に滑り込んだ次男様が言う。
「ええ、愛しています。」
恥ずかしげもなく言ってのける青い騎士さん。
本っっ当に居た堪れないのでやめてほしい、なんて思いながら、私は長男様の影に隠れる。
「嬉しそうだけど、トリーナはまだ僕のトリーナだからね。ファルケさんに渡すなんて言ってないよ。」
「それはキキョウ様が決める事でしょう。…まぁ、どちらにせよ俺はキキョウ様のものですが。」
青い騎士さんはフンと鼻で笑いながらそう言った。
何だって?青い騎士さんが私のものだって?
どういうことだろう、と長男様の影からチラリと顔を出すと、青い騎士さんは自慢げにブレスレットを撫でていた。
「トリーナ、どういう意味だ?」
と、小さな声で長男様に尋ねられたが、私は力なく首を振り、
「あまり、気にしないでください。」
とだけ呟いておいた。
ごめんね赤松、私のせいで迷惑かけて。
お願いだから無茶はしないで。
私の事はどうなったって良いから、早く帰って来て。
そんな風に祈る事しか出来なかった。
私は、無力だ。
間が空いてしまい申し訳ありませんでした!




