ピアノ講師とヴァイオリン講師
リリの恋人である王子様系男子が講習を開いているというので、私はそれが終わるのを講習用ホールの前で待っていた。
講習が終わったところで合流し、旦那様に相談しに行くために。
っていうか、私と違い広いホールで講習を開いているのに私を利用しようとしているのか王子様系男子よ……
「トリーナちゃん、何してるの?」
……そういや講習には護衛が付いているんだった。
今日の護衛は赤い騎士さんだったみたいだ。
「今演奏してる講師さんに用があって」
「……顔の良い男は苦手なんじゃなかった?」
「それは恋愛関連だけです」
にっこりと笑ってそう答えてやった。
他の講師が開いている講習なんて滅多に見れないから、ちょっと覗いてみる。
なんというか、貴族の皆様が揃っていてとても眩しい。
女性が七割、男性が三割といった具合で、年齢層は全体的に高め。
私が講習を始める時、旦那様が若い令嬢向けの講習がないと言っていた通り、若いご令嬢は全く居ない。
講師は王子様系男子なんだから人気出そうなもんだけどなぁ。
まぁそっちで人気が出たとしても、音楽より王子様系男子目当てになるから意味はないのか。
なんてぼんやり考えていると、どうやら講習が終わったらしい。
ぞろぞろと帰って行く貴族様達を、赤い騎士さんの影からこっそりと見送った。
隠れていただけとも言うが。
全員を見送った後、チラリと王子様系男子の様子を窺うと、どこからともなく現れていたリリと喋っている。
なるほど、このタイミングが逢瀬の時間なわけだな。
それを邪魔するのは可哀想だし、もう少し赤い騎士さんの影に隠れておいてあげよう。
「あの講師、見ての通りリーリエの恋人だけど?」
と、赤い騎士さんが言う。
「らしいですね」
「もしかして、仲間の恋人に目を付けて」
「んなわけないでしょ」
この恋愛脳め。
しかしリリと王子様系男子、超が付くほど幸せそうである。
あの二人が上手くいくようにと今回の話を引き受けたのだが……あんなに幸せそうなら大丈夫じゃん、と思ってしまいそうになる。
身分って、面倒だなぁ。
……っていうか幸せオーラがここまでふわふわ漂ってて若干腹立ってきた気もする。
別に僻みとかじゃなく、なんだろう……胃がムカムカ……ゲロ甘オーラのせいで胸焼けか。
二人の逢瀬が終わったようなので、私はそっと赤い騎士さんから離れる。
すると、王子様系男子がこちらを見て微笑んだ。
一応私の存在にも気付いていたんだな。
「じゃ、行きましょうか」
と、短く声を掛けて、旦那様の仕事部屋を目指した。
赤い騎士さんがこちらを不思議そうな顔をして見ていたけど、気付かないふりをして。
王子様系男子を伴って旦那様の仕事部屋にやってきた。
ノックをして声を掛ければ「入りなさい」と、すぐに返ってくる。
私と王子様系男子が並んで入ったので、旦那様は少し驚いたように目を丸くしながら首を傾げている。
「旦那様、少し相談があるのですが」
回りくどいことを言っている暇はないので単刀直入に本題を切り出した。
彼とリリの事、彼が私の"天使の噂"を利用して有名になろうと思っている事、次の私の講習に彼をゲストとして呼ぼうとしていること。
旦那様は全て優しく頷きながら聞いてくれた。
彼とリリが恋人であるという話に、何も驚かなかったので、旦那様は知っていたのかもしれない。
一通り話し終えると、旦那様はゆっくりと口を開く。
「それなら、今度フレーテ……我が家の次男の誕生会があるんだ。そこで演奏してみてはどうだろう?」
とのこと。
旦那様の話によると、次男様というのは19歳で結婚を考え始める歳。
その花嫁探しも兼ねているため、そこそこの人数の貴族が集まるんだそうだ。そういや赤い騎士さんがちょっと前にそんなことを言っていた気がするな。
しかし王子様系男子にとっては願ってもないいい舞台ではないだろうか。
ふと王子様系男子の顔を見上げてみると、嬉しそうに顔を紅潮させている。
「演奏の時間は大体三十分までなら大丈夫だよ。ただ、練習の時間は二週間しかない。出来るかい?」
「に、二週間……」
二週間ならまぁなんとか出来るんじゃないか、と思っている私とは違い、王子様系男子は狼狽している。
たったこれだけの事で躊躇われては困る。
「出来ます。やります。なんとかします」
私が勝手に返事をしておいた。
「二週間で本当に出来るんでしょうか!?」
旦那様の仕事部屋を出るなりそう言われた。
「出来るっていうか、出来なきゃいけないでしょ。え? 練習時間が二週間しかないならやめますとでも言うつもりだったんですか?」
私がそう言うと、彼は黙り込んでしまった。
どうも気合が足りないな、この男。
彼はもう少し時間があるというので、一旦練習部屋に寄ってもらうことにした。
今後の練習時間を決めなければならない。
私の仕事時間と練習時間を書いた紙を渡し、時間が合いそうなところに印を付けてもらう。
練習時間は多いに越した事はないので、お互い休みなどもちろん削る。
「大体短くても一日一時間は練習出来そうですね。時間が合わない場合は自主練習ということで。この部屋は勝手に使ってくださって構いません」
「はい」
練習時間を決めたら、次は演奏する曲を決めなければならない。
そこは彼に任せることが出来ないので、私の一存で決めさせてもらう。
旦那様は演奏の時間を三十分程くれると言っていた。
五曲は確実に用意したいところ。
誕生会ということなので、講習の時のように恋の歌を中心に選ぶわけにはいかない。
両親への感謝の詩だったり……まぁ当たり障りのない詩にしなければ。
しかし王子様系男子が利用したいのは"天使の噂"なのだから、一曲は講習の時のものを使おうか。
その枠は煌びやか令嬢お気に入りの曲で。
そんな事を考えながら、とりあえず五曲を選曲する。
そして歌詞の束から選曲したものを取り出した。
「この曲を演奏しましょう。歌詞、持って帰りますか?」
ソファに座っていた彼の目の前に、五枚の歌詞を突き出す。
「持って帰ってもいいのなら。あと良ければピアノの楽譜も貸していただきたいのですが」
「楽譜はありません」
「え!?」
驚くか。……驚くよね。そうよね。
「この後書きます。で、私よりあなたが目立たなければ意味がないので、ヴァイオリンのソロ多めにしておきますね」
「えぇ!?」
いや何故そこで驚く必要がある。
しかも驚いたついでに二週間しかないのに出来るだろうか、みたいな事を呟いている。
「リリのためだと思えば平気ですよね? つべこべ言わずにやれ」
「んえぇ!?」
コイツは本当にリリと結婚したいのだろうか?
決意が足りん決意が。
「有名楽師になりたいならこのくらいのことでビビるな。とりあえずやれ」
「は、はい!」
何故私は協力要請してきた奴の尻を叩かなければならないのか……
溜め息が零れ落ちそうになったが、私はそれを思いっ切り噛み殺した。
「貸して欲しいって言ってたし、ピアノの楽譜は読めるんですよね? ピアノの楽譜は用意しておきます。ヴァイオリンパートも用意しますが、私はヴァイオリンの楽譜にはそれほど詳しくないので間違いがあれば自分で修正してください」
「はい!」
やっと躊躇いのない返事が出た。
その後、彼の時間が許す限り曲を演奏して聞かせていた。曲の流れだけでも覚えておいてください、と。
すると帰り際、彼は言った。
「トリーさん、貴女は何故そんなに一生懸命協力してくれるんですか?」
と。
唐突な質問だったので、きょとんとしていると、王子様系男子がぽつりと零す。
「事の発端は僕達……いや、僕のわがままなのに」
まぁそうだね、そこは否定しない。
「うーん、さっき見掛けたリリとあなたが幸せそうで……なんか一周回って腹立たしくなってきたのでヤケでやってます」
「えっ!?」
「なんちゃって。冗談です。余計な事考えてる暇があるなら歌詞全部覚えてきてください。歌うのは私だけど、覚えておいたほうがやりやすいと思うので」
私はそう言って彼を送り出した。
彼はヒーヒー言いながら歌詞を見ていた。
その後、私は大急ぎで仕事を片付けた。なぜなら時間がない。
次の練習は明日だし、明日までに楽譜を用意しておきたいから。
一人でバタバタしている私を見た使用人仲間達は、皆揃って首を傾げていた。
それに気付かないふりをして、自分の仕事を終わらせた私はさっさと練習部屋に篭って楽譜の製作を始めた。
多少雑だが読めればいいだろう。そしてクオリティさえ気にしなければ徹夜で五曲分……まぁいけるだろう。
夕食もお風呂も短時間で済ませ、とりあえず時間を確保する。
ピアノ用の楽譜を五曲分用意するのに然程時間は掛からなかったが、ヴァイオリン用の楽譜が難しい。
そっちに時間を取られてしまい、出来上がった頃には外が明るくなり始めていた。
今から寝ると確実に寝坊してしまう、そう思った私は寝ないという選択肢を選んだ。
しかし日の光りが眼球の奥を刺激してズキズキと頭が痛む。
そういえば、こっちの世界で徹夜するの初めてだわ……
睡魔よりも頭痛に耐える事数時間、やっと朝食の時間になったので食堂へ向かう。
いつもより早い時間だし、誰も居ないだろうと思っていたのだが、青い騎士さんが早々と朝食を摂っていた。
「おはようございまーす……」
「おはようございます。キキョウ様、昨晩はお部屋にいらっしゃいましたか?」
ぼんやりとあいさつをすると、唐突にそんなことを聞かれた。
「いや、練習部屋に居ましたけど、なんででしょう?」
「練習部屋に? 一晩中ですか?」
「はい、やることがあったので」
青い騎士さんはまだ何か言いたそうだったのだが、私の腹が物凄い音を立ててそれを阻害した。
……うわぁ恥ずかしい。
朝食を摂り終った頃、私は旦那様に呼ばれた。
動いていないと寝そうだったので、私は急いで旦那様の元へ行く。
「トリーナ、君は正式に公爵家付きの楽師にしてもらえたよ」
そう言った旦那様は、一枚の紙を見せてくれた。
公爵様からの手紙らしい。
娘に事情を聞いた事や形だけでもいいという事が書いてある。
公爵とやらが話の解る人で良かった。
一度私と話がしたいとのことだったので、わかりましたと頷いておいた。
匿ってくれることはありがたいが、煌びやか令嬢をひとりぼっちにしたことは許していないのだから、私も一度話をしておきたい。
どちらにせよこれで女好き公爵の件は放置しておいても良くなったんだろう。
「ところでトリーナ、眠そうだけど大丈夫かい?」
「時間も考えずに楽譜を書いていたもので」
「無理をしてはいけないよ。そうそう、トリーナは明後日屋敷二階の掃除だったね?」
私がえへへと苦笑を見せると、同じような苦笑を零す旦那様にそう問われる。
あまり覚えてなかったが、そんな気がしたので頷いておく。
「その時に次男の部屋に声を掛けてほしいんだ。彼の部屋の掃除を頼むよ。他の場所の掃除は免除で構わない」
「免除……? といいますか、今まで息子様達のお部屋に声を掛けるのは禁止されていたはずですが……」
「大丈夫だ。頼んだよ」
何故急に……と思ったが、誕生会の件が絡んでいるかもしれないので、それにもわかりましたと頷いた。
王子様系男子と約束した時間よりも早く仕事が終わったので、私は練習部屋で待機することにする。
ソファが私を誘惑するが、それに負けてはいられない。
ピアノの椅子に根を張るかの如く座る。寝たらダメだ寝たら死ぬ。
座っていれば寝ないだろうと踏んでいたのだが、人間眠い時は座ったままでも眠れるものだ。
日本に居た時も、授業中に居眠りしてたり……してたな、赤松が。
……赤松と言えば煌びやか令嬢に嘘吐いた事、まだ話してなかったな。
変な噂が奴の耳に入る前に言っておきたいのだが、生憎二週間ほど仕事と練習が詰まっていて会えそうにない。
手紙を書くか……それかアイツがこの屋敷に来てくれるのを待つかだな。
伯爵様が好きなんです、って。今考えただけでも鳥肌が……
「こんにちはトリーさん!」
「うわっ!」
物凄い勢いで練習部屋に入ってきた王子様系男子のお陰で、私は少しだけ目が覚めた。
驚いた事で機嫌は若干悪くなったが。
とにかく、私達は早速練習に入る。
全ては愛する人のため、そして大切な仲間のために。
事件の前振り回なので特に何も動いてないですねー。




