相談
「うがあああああ!」
「愛しています……、ねぇ」
響き渡る雄叫びに、至極冷静な声が返ってくる。
現在、私が居る場所はAの店だ。
休みなので料理教室に、と思って来たのだが、そこに居たのはAだけだった。シュトフとBは買い出しに行ったらしい。
そして雄叫びは私が発したもので、冷静な声はAのもの。
店にAしか居ないのなら、料理教室を開いたところでつまらない、と私達はただただその場でだらだらと喋っているわけだ。
そして話題の中心は、私と青い騎士さんの話だった。
一人で抱え込む事が出来なかった私はAに話を聞いてもらったのだ。
「うう……どうしようどうしよう」
「何を悩んでんねん」
頭を掻き毟りながら雄叫びを上げ、頭を抱えながらどうしようと呟く私を見たAは問う。
「何って……何って言ったらいいのかな……」
正直自分でも何を悩んでいるのか解っていない節がある。
告白されたから?
返事をしていないから?
そもそも彼を好きなのか?
解らない。何だろう、全体的に解らない。
「相手はあの騎士やろ? まぁまぁええんとちゃう? 真面目そうやったやん」
「……うん」
嫉妬と言動が若干怖いかなって思う事もあるけど、まぁ真面目そうというか。
女嫌いだし浮気の心配も全くないと言っても過言ではない。
「しかも『愛してます』やで? 見た目も悪いわけやないし、騎士なら結構金も持ってそうやし……」
「……うん」
見た目は悪くないよ、むしろ良すぎてビビる程度にはイケメンよ。
金持ってるかどうかは興味ないし知らないけど……
「葉鳥が悩む意味が今んとこさっぱりわかれへんわ」
Aは肩を竦めながら、呆れたように零す。
私はAが出してくれていた水を一口飲んでクールダウンする。
「……う、いや、なんていうかこっちの世界じゃ私ももう結婚適齢期っていうか、ほら、日本と違ってちょっと試しにお付き合いを、みたいな感覚あんまりないじゃない? 愛してますとか……即結婚って話にもなりかねない告白……」
「ええやん、騎士の嫁」
Aは何があかんの? と首を傾げている。
「……私、仕事続けたい」
根本的な悩みの一つはそれだった。
今のお屋敷での仕事が決まってから半年前後、最近やっと奥方様との件も解決したし、ピアノ講師の話だって今後はもう少し講習回数が増えそうだという話にもなっていた。
「って、あの騎士に言えばええんちゃう?」
と、Aは簡単に言うが、そんなに簡単な話だろうか?
「……これは私の勝手なイメージだけど、あの人そういうの許してくれなさそう」
青い騎士さんが嫉妬深いことは知っているし、女嫌いをこじらせた結果、女性に対する凝り固まった固定概念を持っていそうな気がしているのだ。
だから結婚したら家庭に入れ、って言い出してもおかしくないなぁ、と。
「あー……若干ヤンデレ気質もありそうやったもんな。知らんけど」
「……ヤンデレのヤンって何だっけ……ヤンキー……?」
私は項垂れ、カウンターテーブルに突っ伏しながら呟いた。
「お前そのヤンキー脳どうにかしたほうがええで」
「何だそのヤンキー脳って」
はぁ、と溜め息を零すと、手元にあったグラスの中で丸くてキラキラした氷がカランと音を立てた。
「葉鳥はさ、あの騎士の事嫌いなん?」
せやから悩んどるん? と、Aに問われる。
「嫌い……ってわけじゃないけど……」
「ほんなら好き?」
ふと顔を上げると、首を傾げるAと目が合った。
好き? と問うAの顔は、茶化したようなものではなく、真剣そのものだった。
「……うがあああああ!」
本日二度目の雄叫びであった。
もう一度カウンターテーブルに突っ伏し、結露でびしょびしょになったグラスを額に付けた。
濡れてしまうのはちょっと気持ち悪いが、冷たさが心地良い。
そんな時、カチャリと音を立てて店のドアが開く。
買い出しに行っていた二人が戻って来たのかと振り返ってみると、そこには知らない男の人が立っている。
王子様です、と言われても疑いようの無い程綺麗な顔立ちをした男の人だ。
ただ、貴族スタイルの時の赤松に比べてみればそこまで煌びやかな服を着ているわけではないので、王子様じゃあないな。
「お客さん、まだ準備中やで」
私がぼんやりと彼の方を見ていると、Aがそう言った。
「あぁ、いえその、トーン子爵家のピアノ講師さんがこちらにいらっしゃると聞いてきたのですが……」
と、王子様系男子は言う。
彼は何かを気にしているように、周囲をキョロキョロと見回している。
正直とても怪しい。
さらには彼が探しているのは私だと言う。
もしかしたら、例の女好き公爵家の関係者だろうか……?
少しだけその場に緊張が走る。
女好き公爵家に買われそうになった話はAにも教えていたので、Aも少しだけ顔が強張っているようだ。
「誰に聞いたん?」
何と答えようかと考えていたところ、Aが先に口を開いてくれた。
私達が警戒心丸出しだったことに気付いたらしい王子様系男子は、焦ったように自己紹介を始めた。
「あ、すみません、僕は同じくトーン子爵様の下でヴァイオリン講師をしていますビルケと申します」
王子様系男子はぺこり、とお辞儀をして見せる。
ヴァイオリン講師か……正直自分以外の講師をそんなにじっくり見たことがないので、彼が本当に講師なのかは解らない。
「絶対か? 証拠は?」
私よりも疑ってかかっていたらしいAが次々と問い掛けている。
「しょ、証拠……その、あ! 子爵家の使用人仲間からはトリーさんと呼ばれていると聞いています。僕、リーリエの恋……えっと、仲が良くて」
そういえば、リリは講師と付き合ってるって話してたことがあったな。
「……リーリエって、リリの事ですか?」
「はい! はいそうです!」
「ってことはリリと身分差恋愛してるって人ですよね?」
さっき彼は恋人と言いかけたんだろう。私は包み隠す事なく問い掛ける。
「……っ、えっと、そうです」
当りみたいだ。
彼の顔が赤いので間違いない。
「大丈夫なん?」
と、Aは私に耳打ちしてくる。
大丈夫みたい、と小さく答えてもう一度王子様系男子を見る。
「私に何かご用ですか? ……っていうか、さっきからキョロキョロして、何かに怯えてるみたいに見えるんですが何に怯えてるんですか?」
キョロキョロと落ち着かない彼が気になったので尋ねてみると、彼はふるふると首を横に振った。
「いえ、入ってくる直前何かの雄叫びが聞こえたもので、室内に獣でも居るのかなと。……僕、獣が苦手でして……」
……あぁ、それ私の雄叫びですね。
「……なるほど。要するに天使の噂で一躍時の人となった私を踏み台にしようという事ですね」
獣は居ないと教え、彼を私の隣に座らせた。
私を訪ねてきた理由を聞くと、どうやら彼は有名になる手段を模索しているとのこと。
彼は貴族ではなく平民で、ヴァイオリンは独学らしい。
その能力と根性を買われて子爵家の講師として働き始めたんだそうだ。
そこでリリと出会って恋に落ちたんだとか。
しかしリリは貴族の令嬢、彼は平民、恋をしていたとしても結婚は難しいのだそうだ。
自分は逆立ちしたって貴族にはなれない、だけど頑張れば有名な楽師にはなれるかもしれない、と。有名な楽師になれば結婚を認めてもらえるかもしれない、と。
「踏み台だなんてとんでもない!」
彼はそう言っているけれども。
「でもそういうことですよね、天使の噂を使って有名になりたいって言ってるわけですし」
と、思うわけで。
「……有名になりたいのは確かです。このままでは……リーリエと離れなければならなくなる」
彼は完全に俯いてしまった。
「身分差のせいってことですか?」
「……はい。リーリエの両親は当然のことながら、僕の両親も猛反対している恋なんです」
「え? あなたの両親も?」
「はい。身の程知らず……ですからね」
貴族側ではなく平民側も反対するものなのか、と首を傾げていると、彼はそう言って苦笑を漏らした。
……なるほど。
「リリは何て言ってるんですか?」
「彼女は駆け落ちしても構わない、そう言ってくれました。でも、それでは彼女を幸せに出来ない……」
まさかリリが駆け落ち考えてるとは思わなかった。
あの子まだ15歳とかじゃなかったっけ!? とこっそり目を瞠る。
「……うん、なるほど。あなたがリリの事大好きなんだなってことはよく解りました」
うんうん、と頷きながら言う。
すると彼の顔は見る見るうちに赤く染まっていく。
このまま放っておくと顔面が血豆みたいな色になるんじゃないかな? なんて思う程に。……大丈夫だろうかこの人。まぁ私の発言のせいなんだけど。
「それでトリーさん! 僕と一緒に演奏してくれませんか!?」
彼は急に立ち上がってそう言った。
一緒に演奏、要するにコラボということか。
しかしトリーさんとは……まぁそこはいいか。
「いいですよ。そこそこ大勢の人に見られる舞台で一緒に演奏したら良いかもしれませんね。次の私の講習にゲストとして来てくれたら良いんじゃないですかね?」
立ち上がったままの彼を見上げながら、私はゆっくりと微笑む。
「いいんですか……?」
あっさりと返事をした私に驚いたのか、彼は今まで力を入れていただろう拳から力を抜き、両腕をだらりと下ろす。
「いいですよ。『駆け落ちしてもいい』なんて言ってるってことは、リリも喜ぶでしょ。私もリリの事大好きですからね」
彼女の為になるのなら、と私はクスクスと笑って見せた。
「でも、本当に踏み台にしてしまうことに……」
「そういうことなら踏み台にでも脚立にでもしてくださいな。まぁ失敗して有名になれなくても私のせいにはしないでくださいね」
今までの笑顔を苦笑に変えながらそう言うと、わかりました、と元気な返事をいただいた。
その後、彼とは後日旦那様と相談してみることや、時間を合わせて一緒に練習することなどを決めた。
彼は明日講習があるそうなので、相談も練習も明日からとなるだろう。
頼みごとを聞き入れてもらえたことが余程嬉しかったのか、彼は清々しい表情でAの店を出て行った。
「リリが駆け落ちを考えてたなんてねぇ……あの子まだ15歳だった気がするんだけど」
残された私とAは、どことなく静かになった店の中を見渡して、会話を再開する。
「こっちじゃ十代で結婚とか普通やしな」
15歳と言えば、私達が日本でバカやってた頃と変わらないのにねぇ、なんて笑う。
「なぁ葉鳥。話戻すけど、あの騎士の事嫌いではないんやろ?」
と、Aがまた真剣な顔でこちらを見る。
「嫌いじゃない……けど、嫌いじゃないから好きって、恋愛感情ってそんなに単純なものかな……」
ふと視線を落とすと、さっきまで音を立てていた氷は完全に溶けてしまっていた。
「その辺は人それぞれやろな。……せやけど、さっきの奴、惚気る時は幸せそうな顔しとったやろ? 逆に結婚出来ひんかもしれんって話の時はこの世の終りみたいな顔やった」
言われてみれば確かにそうだった。そう思いながら頷く。
「『愛してる』ってそういう時に使う言葉なんとちゃうかな。せやから、少なくともあの騎士は葉鳥の事マジで」
「え、ええええAのくせに何急に真面目な事言ってんだよ! お前中学の時好きな子が出来たっつって私に『どんなメール送ればええかな!?』とか『初デートどんな服着て行ったらええかな!?』とか言ってたくせに!」
真面目な空気に耐え切れなくなった私は息継ぎもなしにそう言う。
「あの時はあの時やろ! 俺もガキやったってだけや! っちゅーかそれ言うたら葉鳥はあん時から全っっ然変わってへんやないか!」
売り言葉に買い言葉、とでも言うのだろうか、Aは私のテンションに合わせるようにキーキーと喋りだす。
「変わってないって何がだよ!」
「変わってへんやないか! 中三の頃もイケメンに追われて逃げ惑っとったやないか!」
……痛いところを突かれて一気に熱くなっていた頭が冷えた気がする。
グラスに残っていた水を飲み干すと、一旦黙る。
「葉鳥、追われる恋苦手なんやな。」
「……っていうか、今もあの時も自分が平凡な顔だってのは自覚してたし、好きだとか可愛いだとか言われても信じられなかったのよね。うっかり信じて傷付きたくないし」
問題はそこか。私はイマイチ人を信用していないのかもしれない。
「ふーん。せやけど、直球で愛してますとか言われたら疑う余地もないんちゃう?」
「……あははははは」
もう笑うしかない。
「随分と楽しそうですね、キキョウ様」
「ぎゃあ!」
ドアが開く音と共に、青い騎士さんの声がする。
恐る恐るドアの方を見ていると、ドアに凭れ掛かりながら腕組みをしてこちらを見ている青い騎士さんと目が合った。
「仕事が終わったので迎えに来ました」
青い騎士さんはつかつかとこちらに寄ってきて、私の手を取る。
「あ、ありがとうございます……。じゃあA、ま、またね。シュトフたちによろしく」
「おう、ほなな。あぁ騎士さん、そいつあんまり追いかけると逃げるみたいやから気ぃ付けてな」
「……はい?」
不機嫌そうな青い騎士さんの声と、睨まれた、というAの声を聞きながら、私はそそくさと店の外に出た。
好きか嫌いか……愛してる……うーん……
Aに喋ってしまったことで気分はすっきりはしたが、別のところにもやもやとした何かを感じる。
っていうか、青い騎士さんは返事の催促とかしてこないんだな。
「キキョウ様、どうかしましたか?」
「な、なんでもありませんっ!」
……保留に、させてもらおうかなぁ。
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