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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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女装男の正体

 

 

 

 

 

 二度目の講習が終わってからの一週間、それはそれは静かな日が続いた。

 いつものように仕事をして、いつものように練習をして、誰からも絡まれることなどない。


「練習、見に来てもいいって言ってただろ?」


 ……まぁ、こうして緩く絡んでくる人は居るのだが。


 その日は休日だったので、午前中から練習部屋に篭っていた。

 弦楽器の講習が一時間あるので、その時間さえ静かにしていれば他の時間はいつ弾いても構わないとのことだったから。

 そんなところにやってきたのは赤い騎士さんだった。

 騎士服を着ているので休憩中なのだろう。


「えぇ、好きなようにしてくださって構いません」


 別に来てもいいとは言ったがまさか本当に来るとは思わなかった。

 赤い騎士さんが部屋の中に居るということは、日本語で歌うわけにはいかないだろう。

 ふと赤い騎士さんを見ると、暫く居座るようで、ソファに腰を下ろしていた。

 手には歌詞の束を持っているので、座る前に机に置いてあった歌詞を手に取ったようだ。


「リクエスト、ありますか?」


 そう声を掛けると「オススメは?」なんて言葉が返ってきた。


「オススメねぇ……」


 赤い騎士さんが持っている歌詞の束に何があっただろうかと思い、立ち上がって彼の側に歩み寄る。

 その時、練習部屋のドアが開いた。


「何をやっているイービス……」


 地を這うような声がする。声の主は青い騎士さんだ。

 彼は騎士服を着ていないのでお休みなのだろうか。


「何って、見学。お前こそ何してんだよ。わざわざ三階まで上がってきて」


 と、赤い騎士さんは言う。

 確かにわざわざ三階まで上がってきて何してるんだろう。

 三階は今のところこの練習部屋しか使われていないはずだし。


「俺の事はどうでもいいだろう。キキョウ様の練習の邪魔をするな」


「見学してもいいって言ったのトリーナちゃんだけど?」


 赤い騎士さんのその言葉で、青い騎士さんが一瞬固まった。

 そしてそのまま、ぎぎぎと音がしそうなぎこちない動きでこちらを向いた。彼はしばし私を見てから首を傾げたので本当かどうか無言で尋ねているのだろう。


「あぁ、はい。煩くしないのであれば聞きにきてもいいって言いましたけど」


 そう言うと、青い騎士さんはもう一度固まった。


「別にこの部屋立ち入り禁止でもなんでもないですし……」


 と、赤い騎士さんにも言ったことを青い騎士さんにも告げる。


「キキョウ様、静かにしているので、俺もこの部屋に居ていいでしょうか?」


「……構いませんよ。ソファか椅子に座っててくれるなら」


 二人が居座るというのなら、今日は練習ではなく宣伝でいこう。

 練習している様子を人に見られたくないし。

 そう思った私は、部屋の窓を開け始めた。


「トリーナちゃんってさ、字綺麗だよな。本当に孤児院出身?」


 窓を開けている私の背に、そんな問いが飛んできた。

 私の手書き歌詞を見てそう思ったのだろう。

 孤児の中には読み書きが出来ない子なんてざらに居る。

 それなのに私は読むことも書くことも出来るから、彼にとってはそれが不思議なのかもしれない。


「孤児院出身ですよ。月に数回、孤児院に謎の女性が現れては不要になった本を持ってきてくれたり文字を教えてくれたりしてたんです。だから読み書きが出来るのもこうしてピアノが弾けるのもその女性のお陰です」


 子供心にすごく親切な人だと思っていた。

 彼女は身分が晒せなかったらしく、全身を布で覆い顔もベールで隠されていた。

 ただ、唯一見える部分である指と、声が完全に女性のものだった、ということしか分からない。

 彼女が持ってきてくれていたものは、本なら絵本から難しい本まで多種多様。

 食べ物ならパンやお菓子など、孤児院では滅多に見る事の出来ないもの。

 ピアノも彼女が持ってきてくれたものだった。

 新しいピアノを買うからこれは要らなくなった、確かそう言っていた。

 そして私がピアノを弾けると知った彼女は、楽譜も持ってきてくれるようになった。


 そんな感じで、持ってきてくれるものが高価なものばかりなので、孤児院にいる子供達の中では絵本の中から出てきた優しいお姫様なんじゃないかと推測されていた。

 当時は私もお姫様だと思っていた。

 あの頃は日本に居た頃の記憶もなかったし、まだ純粋だったもんなぁ……

 実際は絶対に姿を見せてくれなかったし、何者なのか一切解らなかったけど。


「そういや公爵令嬢が気に入ったっていう歌はどれ?」


 物思いに耽っていた私に、赤い騎士さんが声を掛けてきた。


「あー、それなら……」


 赤い騎士さんの手にある歌詞の束からそれを探す。


「これ、ですね」


 ぺらり、と音を立てる紙に綴られているのは別れの詩。

 日本の女性アーティストが歌っていた曲だ。

 もちろん私自身も好きで聞いていた曲だし、だからこそ覚えていた曲。

 しかし煌びやか令嬢が何故あそこまで執着するのかは解らない。

 楽譜を寄越せと言い出したり講習に音楽関係者と思われる人物を連れてきたり、そんな彼女の行動を見ると曲か詩が気に入ったのだろうとは思うのだけれど。

 まぁどちらにせよ私を気に入ったわけではない、という事だけは確かだ。


 赤い騎士さんも青い騎士さんもその歌詞を読んでいるようだったので、私はその曲を弾いてみる。


「……本当に、楽譜はないのですね」


 と、青い騎士さんが零す。

 声の大きさからして独り言だったのかもしれないが、私は曲を止めることなく頷いて見せた。


 一曲弾き終えたところで、赤い騎士さんが口を開く。


「トリーナちゃん、綺麗」


「イービス、お前の休憩時間は終わっているはずだ。仕事に戻れ」


 何かを言いかけた赤い騎士さんだったが、青い騎士さんに思いっ切り遮られていた。

 それに対して何やら文句を言いたげな様子を見せるも、本当に休憩時間が終わっていたらしく、不服そうな顔をしたまま部屋から出て行った。


 赤い騎士さんの姿が完全に見えなくなったところで、青い騎士さんに視線を移すと、彼は歌詞を読んでいるようだ。

 その顔はとても真剣で、黙ってればカッコイイんだけどなぁ……なんて思ってしまう。

 ……いけないいけない。


「聞いてみたいのがあれば弾きますよ」


 とだけ告げて、私は鍵盤と自分の指先だけを見る。


「……キキョウ様、この詩はキキョウ様の実体験なのでしょうか……?」


 ふと問われた。

 前も赤い騎士さんに聞かれた気がする。


「実体験じゃありませんよ。空想みたいなもんです」


 赤い騎士さんに言ったことをそのまま言うと、彼はまた歌詞に目を落とす。

 空想と言ってしまうとそれはそれでちょっと恥ずかしいのだが、それ以外に言葉が浮かばないのだから仕方ない。


 その後、青い騎士さんのリクエストに答えて5曲程演奏した。

 彼は終始満足そうな顔で微笑んでいたような気がする。


「ところでキキョウ様」


 立て続けに演奏したので、少し休憩を挟んでいると、青い騎士さんがどこか神妙そうな面持ちで私を見る。


「どうしました?」


 と首を傾げて見せると、青い騎士さんはほんの少しだけ顔を顰める。


「キキョウ様の練習を邪魔してしまうことになるのですが、大丈夫ですか?」


 どの道一人きりにならないと本格的な練習はしないので特に問題はない、そう思った私は素直に頷いた。

 それを見た青い騎士さんが、万が一外に声が漏れてはいけないと言うので私達は一旦窓を閉める。


「キキョウ様は先日の女装男を覚えていますか?」


 先日の女装男、といえば講習に来ていたあの人のことだろう。


「覚えてます。ちょっと気持ち悪かったですよね。不気味というか」


 と、素直な感想を零すと、青い騎士さんは苦笑で答えてくれる。


「あの男について少し調べてきたんです」


「調べた……って、どうやって調べたんですか?」


 考えてみれば前回の公爵令嬢付きの騎士についても青い騎士さんが調べてきたと言っていた。


「情報屋を雇いましてね」


 あっさりと言ってのけたが……情報屋を? 雇った?


「わざわざそこまでしなくても……」


「キキョウ様を守る為ならそのくらいどうということではありません。それで、あの男は公爵家の専属楽師の弟子だそうです。男爵家の子息を名乗っているようですが実際の身元は不明です」


 胡散臭い。凄く胡散臭い。ついでに言うと青い騎士さんの笑顔も若干胡散臭い。


「公爵令嬢専属楽師の座を狙っているのでしょう。あの男の目的は地位と金、それだけですね。幸い公爵令嬢好みの顔ですし、目的達成は目の前だったのでしょう」


 目的達成の為なら女装もするのか。

 その精神は嫌いじゃないけど。


「じゃあ私が渡した楽譜があれば、公爵令嬢も気に入るんでしょうね。一件落着かな?」


 もう騒がれることはないだろう、と清々した気分でそう言うと、


「それが、そうでもなさそうなんです」


 もう騒がれることはないだろう、と清々した気分で呟いたというのに、青い騎士さんの一言が水を差してきた。

 そうでもなさそう、だと?


「そうでもないって、何故ですか……?」


 あまり聞きたくない気もしたが、私はそう言って青い騎士さんの次の言葉を待つ。


「キキョウ様、あの曲はキキョウ様が歌うから美しいのですよ。俺も実際に見て思いました。天使が舞い降りたのかと思ったほどです」


 ……おいおいよくもまぁそんなクソ真面目な顔して臭い台詞吐けますね。

 盛大な溜め息を吐いて頭を抱えたくなったが、私はそれを堪えて言葉を搾り出す。


「……要するに、あの女装男は上手い事演奏出来てないということでしょうか?」


 そう問い掛けると、青い騎士さんはこくりと頷いた。


「おそらく。今現在公爵令嬢の機嫌が物凄く悪いんだそうです。あの男が彼女の家から追い出されている姿を目撃した者も居るとか」


 上手い事弾けてないのは確実だろう。……が、だ。

 私が楽譜を渡してからまだ二週間も経っていない気がする。

 この世界に元々あった演奏方法じゃないというか、私がやっている弾き語りスタイルはこっちじゃ珍しいものなわけで。


「うーん……あの令嬢には簡単そうに見えたんでしょうけど、口、右手、左手、右足をバラバラに動かさなきゃならないし、一応難しいんですよ、これ」


 それをたった二週間前後で完璧にやれと言われても。

 まぁ女装男が余程上手い演奏者なら出来るかもしれないけれど……


「私が何年練習してきたと思ってるんだか」


 日本での練習も加算すれば私は相当な年数ピアノを弾いている事になる。

 私がしっかり覚えている中学三年生の頃は既に習っていなかったが、家にはピアノが鎮座していたし、極稀にだが触れる事もあった。

 習い始めたのは当然それよりも前なので完全にあやふやな記憶しか無いが、幼少期から習い始めたはずだ。

 確か"鬼"と有名な先生に習っていて、必死になってピアノを弾いていた気がする。

 完全に覚えていないのが残念だが。


「それで、キキョウ様」


「あ、はい?」


「公爵令嬢近辺の人間があの歌を再現出来ないとなると、あの女がまたここに押しかけてくる可能性がありますね」


 ……なるほど、確かに。

 楽譜の他に何を注文されるのかわからないが、また乱入してくる可能性はあるな。

 楽譜に難癖つけられる可能性とかも。


「その時は、俺がキキョウ様をお守りします」


「……あ、あぁ、ハイ」


「それだけ、言いたくて」


 ……それだけかい! っていうかそれだけのためにわざわざ三階まで上がってきたのか。

 それどころかそれだけのために情報屋を雇ったんですか青い騎士さん、と、そう言いたかったが我慢した。それ言っちゃったらまた歯の浮くような台詞を吐かれるに違いない。

 リアクションに困るから黙っておこう。


 しかし公爵令嬢の件は冗談抜きで気を付けたほうがいいだろう。

 万が一苛立って煌びやか令嬢に暴力なんて振るっちゃったら大変だし。


 なんて思っていた翌日に、早速面倒な事が起きることになるなんて、私は考えてもいなかった。





 

青騎士は一日に30回(夢の中や寝言も含めればそれ以上)キキョウ様と口にしなければ気がすまないんでしょうね!

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