二度目の講習
二度目の講習が決まった。
初めての講習の時は、講習を成功させて奥方様に認めてもらおうなんて思ってた。
だけど、最初の講習は成功したとは言えず、奥方様との関係は今も相変わらず。
それでも次の講習では、そう思っていた。
だがしかし、そんな思いも虚しく、今回の講習が成功する可能性は限りなく低い。
正直に言おう。開く前から失敗するとしか思えない。
何故なら公爵令嬢こと煌びやか令嬢とその取り巻きしか来ないからだ。
あの腹立たしい煌びやか令嬢付きの騎士は出入禁止だそうだから来ないだろうけど、他に何が来るか解らない。
両親が家から追い出す程のわがままっぷりだそうだから、周囲に集まる人物も変わり者が多いだろう。類は友を呼ぶって言うし。
私の講習は令嬢向けなので、年頃の令嬢しか入れない事になっている。だから女の子しか来ないはずだ。
しかし年頃の女子は群れになるほど面倒くさいものだ。
奴等は一人じゃ何も出来ないくせに群れになればデカい口を叩くんだ。
私はそういう女がこの世で一番大嫌いだ。
……まぁ、次の講習で集まる子達が全員そうだとは限らないけど。
そうじゃなければいいなぁ。
「次の講習、公爵令嬢とその取り巻きが来るらしい……」
旦那様から次の講習の件を聞いた後、皆が居る前でそう呟くと、女子達に揃ってドン引きされた。
煌びやか令嬢の悪評は彼女達も知っているようだ。
「あたし、何回か夜会で見かけたことあるけど……公爵令嬢酷かったよ」
と、リリは言う。
「酷かったって、具体的にはどんな感じで?」
「えっとね、常に派手な令嬢達で集まってて自分達より格下の令嬢をいびり倒すの」
……あぁ、やっぱりそんなタイプか。
わりと想像通りではある。
「それだけじゃなく、気に入らない人が居たら故意にぶつかったり足を踏んだり……他にも色々やってたんじゃないかなぁ」
「ふーん……面倒臭そう」
ぽつりと零すと、全員同じように頷いた。
「トリー、何かあったら私を呼びなさいね」
と、ロゼが言った。
ロゼはリリ達と違って身分に関するごたごたがないのでいざという時は助けてくれるつもりらしい。
「心配は要らない」
突如青い騎士さんの声がした。
夕飯を摂っているな、とは思っていたが話聞いてたんだ。
「キキョウ様、当日は俺がキキョウ様の護衛をする事になっています。ご安心ください」
とのこと。
「私の護衛、ですか?」
講習の時に護衛が付くのは何度か見た事もあるし知っている。
しかし彼等騎士さん達は部屋の外で護衛をしているし、どちらかと言うと講師の護衛ではなく講習を行っている部屋全体を見張っているような気がするのだが。
「ええ。キキョウ様の護衛です。子爵に頼まれましたからね。ですから当日、俺は部屋の中で護衛にあたります」
と、青い騎士さんは言った。
旦那様が心配するほど酷いのか、あの煌びやか令嬢は。
「頼まれたっていうか自分でやりたいと言ってゴリ押しただけだろう……。これでトリーナちゃんの歌が堂々と聞けるとか言ってたくせに」
「黙れ役立たず」
赤い騎士さんと青い騎士さんがそんな事を話していた気がするが、スルーさせていただいた。
翌日、私は講習に備えて一応歌詞を準備していた。
前回煌びやか令嬢が全て持っていってしまった歌詞は必要だろうか……
というか煌びやか令嬢はあの曲の楽譜が欲しいと絡んできたわけだし、あの曲を聴きに来るんだろう。
だからあの曲を中心にして、前回歌わなかった曲を歌おう。
曲調変更した曲は温存する方向で。
曲のレパートリーが無限にあるわけではないし出来るだけ小出しにしたいが、前回と同じだと難癖付けられるのもこれまた面倒だし。
色々と考えては溜め息を吐く、それを繰り返しながら準備を進めた。
そしてやってきた講習当日。
今日もリリとルーシュの手によって着替えやヘアメイクが施されていく。
相変わらず私が口を挟む余地などない。
まぁ二人が楽しそうだからもうどうでもいいんだけど。
二人とも私の事着せ替え人形だと思ってる節があるよね。
「公爵令嬢に負けないよう強そうに見えるお化粧にするね!」
と、リリは言う。
「トリー、何かあったら私も助けるわ。トリーを助けることが出来るのなら、公爵令嬢など怖くもなんともありませんわ!」
「いや、気持ちはありがたいけど、怖いと思うし問題起こしたくなかったらスルーすべきだと思うよルーシュ……」
今まで口を開いていなかったが、そこは流石に黙ったままではいられなかった。
私は別に身分とかないし大丈夫だけど、二人の実家は貴族なわけだし。
親兄弟の事も考えるなら公爵など敵に回すもんじゃないだろう。
どちらにせよ煌びやか令嬢に目を付けられてしまった私自身が自分で解決しなければならないのだから、誰かを頼ることなんて出来ない。
着替えも化粧も終り、講習が行われる部屋へ向かう。
途中で旦那様のところに寄り、今日の参加者名簿を受け取った。
煌びやか令嬢が中央で、他にもご令嬢の名前が並んでいる。
人数は10人と少なめだ。
もっとぞろぞろ来たらどうしようかと思ってたので、その点は少し安心していいのだろうか。
「トリーナ、何かあれば遠慮なく誰かを頼りなさい」
「青い騎士さんも護衛してくれると聞きましたし大丈夫です。行ってきます」
私は旦那様にペコリと頭を下げて旦那様の部屋を辞した。
「お、トリーナちゃん今から講習か。綺麗だね」
旦那様に用があったらしい赤い騎士さんと遭遇すると、彼はニッコリと笑ってそう言った。
「お世辞どうも。講習というか戦いというか……まぁ行ってきます」
「お世辞じゃないんだけど。あーあ、俺も講習護衛したかったな」
はは、と苦笑を零しながら言う赤い騎士さん。
野次馬ですか? 悪趣味ですね、と笑って見せる。
「いやいや、俺もトリーナちゃんの歌を堂々と聴いてみたいと思って」
と、さっきの苦笑とは違い、屈託のない笑顔を見せられた。
「別に練習部屋で練習してるの知ってるんだから聞きにくればいいじゃないですか」
「え? いいの?」
「あの部屋立ち入り禁止でもなんでもないし誰が来ても構いませんよ。煩くするなら叩き出しますけど。じゃ、私行きますね」
キョトン、としている赤い騎士さんをその場に置いて、私は講習が行われる部屋へと向かった。
部屋の前には既に青い騎士さんがスタンバイしていた。
私は彼の方へぱたぱたと走り寄る。
「すみません、お待たせしました。今日はよろしくお願いします」
そう言って青い騎士さんに頭を下げる。
「はい。俺がしっかりキキョウ様をお守りします。キキョウ様は、俺だけを頼ればいいんですよ」
と、青い騎士さんは私の両手を握って微笑む。
「あ、私室内の準備してきます!」
距離が近い気がしたので、私は思いっ切り逃げ出した。
青い騎士さんの行動は心臓に悪い……
座席の準備や配布する歌詞の準備を済ませ、一旦廊下へと出た。
お出迎えをするために。
前回はご令嬢達がバラバラでやってきていたのだが、今回やってくるのは煌びやか令嬢とその仲間達……遠くから沢山の足音がし始めたから、彼女達は纏まって来るのかもしれない。
ふと廊下の先の方を見てみると、案の定ぞろぞろと塊で歩いてきていた。
煌びやか令嬢が先頭を歩き、他の皆さんは後ろに並んでそれに続いている。
「……今日も相変わらず煌びやかだこと」
そんな独り言を零すと、それを拾った青い騎士さんが苦笑する。
「令嬢など、どれもあんなものでしょう。男に媚び、着飾る事しか能のない」
凄く嫌そうな声音だ。
「と言うか青い騎士さん、女嫌いなのによくこの講習の護衛なんて出来ますよね」
今から来るの、女ばっかりですよ? と笑えば、青い騎士さんがにこりと笑う。
「キキョウ様を守るためなら、そんなもの何の苦にもなりません」
一瞬で私の笑顔が凍るところだった。
青い騎士さんの目がマジだったわ。びっくりした。
一旦思考が止まっていたのだが、いつの間にか近くなっていた足音に気付き、私は頭を下げた。
カツカツという音を響かせ、それはそれは綺麗な靴が私の視界に入る。
「本日は私の講習に来てくださり、ありがとうございます」
「こうしsてわたくしが来てあげたんだから、感謝しなさいね」
相変わらずの上から目線いただきました。
にんまりと、口角だけは上がっているが目が笑っていない。
愛想笑いを崩さないように心掛けながら、来てくれた全員の顔を見ているとふと違和感を覚える。
なんというか、物凄く不思議な人が居るのだ。
まず、女性にしてはデカい。
この世界の人達は日本に比べて平均身長が高いので、背の高い女性もわりと居る。
だけどその不思議な人は本当にデカい。青い騎士さんと同等のデカさだ。
「青い騎士さん」
小さな小さな声で話しかけると、青い騎士さんがこくりと頷いた。
「あれは、男ですね」
ですよね!
見た目は男だけど心は女、みたいな人がこの世界にもいるのだろうか……? 今のところ遭遇したことはないんだけど。
彼は……いや彼女と呼んだほうが良いのだろうか? とにかく目の前に居る不思議な人物は金髪ロングヘアのカツラを被り、サイズギリギリなドレスを着て、しっかりと化粧まで施している。
だがしかし、仕草は完全に男だ。
「心は女の子なんでしょうか……」
「どちらにせよ男が紛れ込んでいる事に変わりない、キキョウ様、奴が妙な動きをしたら素早く俺の背後に隠れてください」
「は、はい」
青い騎士さんの顔がとても真剣だったので、ちょっと気おされてしまった。
講習が始まると、煌びやか令嬢に注文をされた。
例の、彼女のお気に入りの曲を演奏してくれとのことだ。
もちろん想定内だったので、最初の曲はそれにした。
と、そこまでは良かったのだが、その後何度もその曲を注文される。
一度の講習に同じ曲を何回もやらされるとは思っていなかったので私は首を傾げる。
「またですか?」
あまりに何度も要求されたので、私は思わずそう言ってしまった。
「わたくしが聞きたいと言っているんだから歌いなさい!」
……案の定怒られました。
その後暫く同じ曲を要求されたのだが、お陰で一つ解ったことがある。
恐らく、あの不思議な彼……いや彼女? まぁどっちでもいいや、あの女装男は音楽関係者だろうという事。
弾いている途中、少し女装男の様子を伺ってみたのだが、どうも彼は私の手元に注目しているようだった。
きっと歌なんて聴いていない。
本当に私の手元だけを見ていた。
これは私の推測なのだが、彼は煌びやか令嬢が言っていた公爵家専属の楽師の可能性が高い。
今日、私の演奏を見て、聞いて、煌びやか令嬢に聞かせるのだろう。
講習が終わると、勝ち誇った顔で帰っていく煌びやか令嬢と、それと同じような顔をした女装男が視界に入った。
危害を加えられる事はなかったし、あの女装男が煌びやか令嬢お気に入りの曲を弾けるようになれば、今後煌びやか令嬢に絡まれることはないだろう。
その時は本当に安心していた。
そう、その時だけは。




