二度目の試食会
本日二話更新です
少し疑問に思っている事がある。
皆さんはお気付きだろうか?
昨日青い騎士さんが言った言葉を思い出してほしい。
『トリーナ様の休みは三日後でしたね』
青い騎士さんは確かにそう言った。
……何故彼が私の休みを知っているのだ。
ここでの仕事は日本風に言えばシフト制で、一ヵ月のシフトを使用人仲間達と決めている。だから使用人達が私の休みを知っているのはおかしなことではない。
出来上がったシフト表は使用人達が各々部屋に置いているし、皆当然部屋には鍵をかけている。よほどのことがない限りわざわざ人に教えたりはしない。
まぁ誰かに聞けばそんな情報すぐ手に入るだろうが、彼が苦手としている女の子に声を掛けたとは思えない。
他にシフトを知りうる人物としては、雇い主である旦那様のみ。
可能性があるとすれば旦那様に聞いたか……でもなんて聞くんだろう?
それか、誰かの部屋をピッキング? そういえば青い騎士さん私のハンカチ持ってたじゃん。
……いやいやいやさすがにそれはないだろう、荒らされた形跡はなかったもの。
勝手に空き巣疑惑はダメだな。
あぁそうだ、昨日彼は旦那様の部屋から出てきたんだ。その時聞いたか、旦那様の部屋の見えるところにシフト表があったんだろう。そうだろう。
と、納得したところでさて仕事仕事。
私は今まで考えていたことを頭の隅に追いやりながらいつもの仕事着に着替える。
今日の仕事はお屋敷一階の掃除だ。急がなければ、一階は玄関先から講習用の部屋や多目的ホールなんかがあるので結構大変なのだ。
しかも講習がある場合は人の出入りが激しくなる前に整えなければならない。そのうえ今日は確かなにかしらの講習があったはず。
私は急いで朝食を済ませ、お屋敷へと向かったのだった。
玄関先の掃除だったりアホみたいに重い花瓶の水換えだったり、バタバタと仕事をこなしていると、騎士さん二人の姿が視界に入った。彼等は今から仕事なのだろう。
青い騎士さんに何故私の休みを知っていたのか聞きたいところだったが、赤い騎士さんが居るので悩むところ。
一瞬悩んで動きを止めていると、玄関のほうから人の声がした。どうやら来客のようだ。
呼び鈴を鳴らされたので、玄関に一番近い場所にいた私が出たのだが……
「あ、葉鳥や」
「……あぁ」
赤松がいた。
どうしたもんかと思いつつも、私は一応仕事中であり赤松も一応客なんだから一旦応接間に通す必要があるだろう。
そう自分を納得させた頃には、騎士二人が私の近くまで来ていた。
玄関を大きく開こうと力を入れた時「葉鳥? 葉鳥?」という声がする。
どう考えてもAの声だった。これはマズい、そう思った私は、急いで開くために入れた力を閉じるための力に変換した。
いや、まぁあっさり阻止されましたけど。
赤松に思い切り玄関を開けられると、トリオが雪崩れ込むように入ってきた。
最早逃げられまい。
「……はぁ」
と、あからさまな溜め息を吐いて見せると、奴等はゲラゲラと笑いながら私の頭を撫で始めた。
「ぎゃははホンマにメイドや!」
と、Bは腹を抱えて笑う。
「ホンマやな! やっぱミニスカメイドよりこっちのほうがええなあ!」
と、Aは手を叩いて笑う。
私は二人の手によってもみくちゃにされているわけだけど。
「応接間連れてくから離れろ」
そう睨みつけると、一応二人とも手を止めた。
だがしかし、口までは閉じなくて。
「ドSなメイドか……ありかもしれへんな……あだっ」
Bがそんな事を呟いたので静かに一発殴っておいた。腹を目掛けて殴ったのだが、この野郎腹筋が硬すぎてこっちの手が痛い。
Bも痛がってはいるが、私のほうが痛かった気もする。なんか腹立つ。
さて応接間へ、と踵を返すと、二人の騎士さんが物凄く驚いた顔をしてこちらを見ていた。
……そういえば二人の存在を完全に忘れていた。
「あぁ昨日手紙預かってくれた騎士さんや、昨日はありがとうございましたー」
と、Aが赤い騎士さんに言う。
実質私の手元に届けてくれたのは青い騎士さんなので赤い騎士さんにはなにも言わなくていいと思う。
そんなことを考えながら、私は未だに若干笑っている三人を伴い歩き始める。
「っつーか今日も来るなら手紙とか残さなくても良かったんじゃないの?」
ぽつりと零すと、昨日の段階では今日ここに来る事は決まっていなかったんだとか。
そう言われてしまえば、ふうん、と返すしかないわけだが。
なんとなくもやっとした気持ちを払拭出来ず、不満を前面に出した顔をしていたところ、応接間に着く直前あたりで赤松に声を掛けられた。
「せや葉鳥、みたらし団子出来そうやしたこ焼きも出来そうやで」
「本当? 味見させろ味見」
そう返すと、言うと思ったわ、と笑われる。
「俺の実家の情報網の賜物やで。さすが豪商やろ。ええねんええねんそない褒めんでもええんやで」
と、Aは自慢げにふふんと鼻を鳴らしている。
当然褒めてない。っていうか褒めるどころか口も開いていないが、元々お調子者気質だし今更ツッコミもしないけど。
後に詳しく聞いてみたところ、赤松では揃えられそうにない食材をAの実家の力で探したんだそうだ。
「後でここの厨房借りるし、そん時手伝えば食えるで」
赤松はそう言って小さく笑う。
手伝えば、とか言ってるけどどうせ私の事使おうとしてるくせに。
結局赤松のその言葉を最後に、彼等は応接間へと入っていった。仕事モードに切り替えた私も応接間に入り、三人にお茶を出して一旦部屋の外へ出る。すると、そこには青い騎士さんがいた。
赤い騎士さんは旦那様を呼びに行ってくれたそうだ。
「男に髪を撫でられるなど……」
青い騎士さんはそう言って私の髪に触れた。
どうやら乱れていた髪を整えてくれているらしい。
「私自身、まさか奴等に撫でられるとは思っていませんでした」
奴等は言動こそ私の記憶の中に居る『中学三年生の頃の姿』と何ら変わりはないのだが、揃いも揃って身長がぐんと伸びている。
しかしおそらく私のほうは言動ももちろん身体もあの頃のままほぼ変わりないので、三人から見るとチビなのだ。だから撫でやすい位置に頭があったのだろう。
腹立たしい事この上ない。
「無防備にもほどがある」
青い騎士さんの手にぐっと力が入った。
「あいてて!」
手に力が入るということは、丁度持っていた私の髪を引っ張るということでしてね青い騎士さんよ。
「あ、す、すみません!」
私の小さな声で気付いてくれたらしく、力は抜いてくれた。でも手は離さないつもりらしい。危ないから離せよ。
……そんなわけでまだ午前中とは思えない程の疲労困憊っぷりである。
その後、私は旦那様に呼ばれて応接間に入った。そして伯爵の手伝いをするように、とのお達しが出る。
前回のように騎士を付けようかと提案されたが、それは断った。
今回厨房に入るのは私と赤松だけでなく、AもBもいるから。
「それじゃあ頑張っておいでね、トリーナ」
旦那様はそう言ってにこやかに微笑みながら送り出してくれた。それを見たBが「優しい人やな」と呟いている。
Bの言う通り、旦那様は私達使用人に優しい。……というか、甘い。
貴族の使用人になるのだから、結構過酷な仕事が待っていると思っていたのだが、働き始めてみればそんなことはまったくなかった。
一人ひとりに与えられている仕事量は然程多くないし、急いで終わらせれば半日休んでも文句は言われない。不備があればそりゃあ怒られるけど。
逆に休日に仕事なんてしようものならそっちのほうが怒られるらしい。私は今のところ休日出勤をしたことないのでロゼ達に聞いた話でしかないが。
あと休日、部屋に引き篭もっているとやんわりと怒られるらしい。午前中からお昼にかけて、女の子が一人で出歩いても大丈夫な時間帯は極力外に出ろといわれるんだそうだ。
外で遊んできなさい! と叱る親のようだな、と思った事は内緒にしておこう。
「せや葉鳥、何か簡単なレシピ教えて欲しいねんけど」
応接間から出ると、Aがそんなことを言い出した。
簡単なレシピ、とはAかBにでも作れる和食レシピという意味だろう。
居酒屋化計画に上手い事乗った彼等は、和食を店で出すことにしたそうだから。
「ん、いいよ。豪商一家のお陰で材料増えてるんでしょ?」
そう問うと、Aはニヤリと笑う。
これは相当面白いものが手に入ったと見た。
「俺もいくつか教えてんけどな」
赤松はそう言うが、AもBも少し顔を顰めている。
「赤松に教えてもろたやつほぼ失敗したわ。成功したん焼きおにぎりだけやで」
と、Aは口を尖らせながら言った。ちなみにBは焼きおにぎりすら作れなかったという。
Bは料理を諦めたほうがいいのではなかろうか。焼きおにぎりも作れないってもう絶望的じゃん。
……料理初心者、焼きおにぎりしか作れない奴に教えるレシピか、何かあっただろうか……?
早速難題に遭遇した気がしないでもないが、とにかく一旦厨房に入って食材を確認することから始めよう。
厨房に入ると、そこには大きめの箱がいくつか置いてあった。
その中には白玉粉、片栗粉、味噌、豆腐……その他諸々の食材や調味料が出てきた。
日本のものとは全く違うものから出来ているらしいが、味はそれらと何も変わらない。
「俺今からたこ焼き作るわ。葉鳥マヨネーズな」
赤松のその言葉で、試食会の調理が始まった。
赤松がAとBを連れてきたのは、どうやら料理教室も兼ねようとしているようで、Aに教えながら作っている。
私はそれを見ながらBと共にマヨネーズを作っているところだ。
「卵黄に塩入れて混ぜて、油はちょっとずつちょっとずつ入れなきゃ分離するんだよ。ってことでお前混ぜろ」
あんた不器用そうだしちょっとずつなんて出来ないでしょ、としゃかしゃかと混ぜ続ける重労働部分はそれとなくBに任せるとして。
Bが混ぜている間、私はみたらし団子のほうの準備にも取り掛かる。
こっちはそう難しい事はない。粉に水を加えて捏ねて茹でるだけだし、タレも混ぜ合わせて少し煮立たせるだけだ。
団子を捏ねる作業に没頭していると、Bが出来た! と声を上げた。
どうやらBは料理より黙々と出来る作業のほうが向いているらしい。良かったな、出来る事があって。
前回の試食会の時のように出来上がった料理をワゴンに乗せ、食堂に入る。
今回も旦那様、奥方様、赤い騎士さん、青い騎士さんがいた。
説明は赤松に任せ、私はAとBを待たせている厨房に戻った。折角なので唐揚げでも作ってやろうと思って。
調理師さんに鶏肉を貰い、作り方をAに教えながら作る。唐揚げの調理工程に黙々とした作業はないので、Bについては諦めた。
「これで、出来上がり。油使うし自分で作る時は火事に気を付けること」
作り方はもちろん、そこだけは気を付けろと忠告しておく。
いつもお世話になっている事だし、と調理師さんにもおすそ分けしたら、気に入ってくれたようだ。
作ってみたいとの事だったのでレシピを渡す。
私も使用人仲間達の反応が見たいので夕飯の時にこっそり出すようにお願いした。
「唐揚げうま! マジうま!」
Aがはしゃいでいる。
「居酒屋の定番といえば焼き鳥に唐揚げに卵焼きにフライドポテト……あぁ軟骨の唐揚げとか美味しかったなぁ」
そんなAを眺めながら呟く。Bは同意してくれたのだが、Aはキョトンとしている。
「……俺そういや居酒屋行った事ないかもしれへんねんけど」
ちょっと衝撃の事実なんだけど。
いや、まぁ中学三年生の頃の記憶しかないし、親が連れて行かなかったとしたらありえなくも……
「ホテルの中にあるバーとかとはちゃうんやろ?」
Aはそう言って首を傾げる。
「……そういやアンタ、日本でもセレブだったんだっけ」
親が連れて行かなかったとか、そういう次元ではなさそうだ。彼が庶民の味方である居酒屋に行った事がなくても仕方がないのかもしれない。
Aはどこぞの大企業の社長の息子だったのだから。
根っからのセレブめ。
「っていうか知らないのによく居酒屋化計画に乗ってきたな、お前」
「おう、なんや面白そうやったからな!」
いけない……アホだわ、この子。知ってたけど……!
「片付け手伝ってもろてええか?」
私が呆れ返っていると、試食会が終わったらしく赤松がやってきた。表情を見たところうまくいったようだ。
食器を片付けるため、ワゴンを持って食堂へと入る。
「トリーナ! さっきのクリーム色のソース美味しかったよ!」
と、旦那様は私を見るやいなや褒めてくれた。
クリーム色のソースって? と思って一瞬戸惑ったが、赤松が耳打ちしてくれたのでマヨネーズだと言う事が判明した。そういえばマヨネーズだなんて名称、この世界にはないんだった。
一通り感想を聞いてみたところ、どうやら今回の当りはマヨネーズだったようです。
Aは奔放なので面白ければ何でもいいタイプ。
Bは脳筋なので難しい事考えられないタイプ。
赤松はしっかりしてそうに見えて天然タイプ。
わりと類は友を呼ぶを体現している元不良トリオ。




