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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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14/92

問題児、買出しに行く

 

 

 

 

 

 その日、私の担当は買い出しだった。


 買い出しだったのだが、なにやら色んな人に止められている。

 止められたところで担当は担当なのでどうしようもないわけなんだけれども。

 手元にある買出しメモを見てみるとそんなに難しいものはない。調味料だの石鹸だの、その他消耗品がちらほら。本当に簡単な買い出しだ。こんなに簡単な買い物を失敗するなんてことはない。

 しかし皆が止めようとしている理由はそこではなかった。じゃあその理由はなんなのかと言えば、あれだ、ナンパ男撃退事件。

 それが原因で異常に心配されているらしい。一人で外に出すのは危ない、と。何やらかすかわかんないから、と。


 ……皆、私をなんだと思ってるの?


「一人の時に変な奴に絡まれたら誰も助けてくれないのよ!?」


 と、ロゼは声を荒らげる。


「大丈夫だって、そもそもそんな高確率で絡まれないって」


 そう返したのだが、誰も首を縦に振ってはくれない。しかし今日は皆忙しいのだとか。

 じゃあ買い出しはどうするのよ、と見事なまでの堂々巡りを見せている。


「俺が付いていけたらいいんだが……」


 と、赤い騎士さんは眉間に皺を寄せながら呟いている。

 単なる買出しに騎士付けるとかどこのご令嬢だよ。

 っていうかむしろ赤い騎士さんと二人になる方が危険だと思う。暫く関わり合いになりたくないと思っているのに。

 それならばどうしようか、と一同無言になっている朝の食堂は、食事の美味しそうな匂いと、ちゅんちゅんという小鳥のさえずりが妙に心地良いのに、居心地だけは物凄く悪かった。

 しかしそんな沈黙を打ち破り、堂々巡りを止めてくれたのは意外にも青い騎士さんだった。


「俺が行きましょうか」


 という一言で。

 唐突に食堂の入り口に現れたと思ったら、そんな一言を放ったのだ。ちなみに私以外の全員が目を丸くしている。余程驚いているらしい。


「おい、どうしたファルケ、頭でもぶつけたのか!?」


 赤い騎士さんが叫ぶように言う。

 彼は今まで私の目の前に座っていたのだが、余りの驚きに席を立ち青い騎士さんに詰め寄って行った。


「珍しいわね、使用人とはいえ女が絡む仕事は全部イービスに押し付けてるのに」


 というロゼの呟きが聞こえる。

 青い騎士さんが女嫌いだって話は以前聞いたが、ちょっと観察してみると、筋金入りの女嫌いみたいだった。女が視界に入ることさえも嫌悪するような。

 それが私の買出しに付き合ってくれようとしているんだから、そりゃあ驚きもするか。

 しかも青い騎士さん、今日はお休みらしい。仕事でもないのに? 自主的に? と、皆は言いたいらしい。


「皆忙しいのなら、仕方がないだろう」


 と、言っていることはド正論なのだが、全員が思いっ切り首を傾げている。


「ま、まぁ、お前が大丈夫なら……」


 赤い騎士さんが完全に折れた。

 ロゼは途中で嫌になったとか言って投げ出したりしないかしら、と言いつつも騎士が付いて行くなら安心だし、と葛藤している。

 さっきは青い騎士さんが堂々巡りを止めてくれた、と思ったが、それを完全に止めるのは私のようだ。


「あの、青い騎士さんがよろしいのなら、お願いします」


 そんな一悶着がありつつ、私はやっと外に出ることが出来た。騎士と一緒に、という条件は付いたけれども。

 彼は今日お休みだったので、騎士服は着ていない。しかし何かあった時のため、と剣は携えている。

 皆心配しすぎなのよね。大体私はついこの前まで孤児院にいたんだし多少危険な目にあったところで怖くもなんともないというか……。

 それに行き交う人の中には剣を携えた人がいたりもするが、日本と比べても治安はまぁまぁいいほうだと思えるレベルなのだ。何をそんなに心配しなければならないというのか。

 ……それにしても現在隣にいる青い騎士さんは女嫌いだと言うし必要最低限の会話しかしたことないし気まずいことこの上ない。溜め息を噛み殺しながら街へと急ぐ。さっさと買い出しを済ませて戻りたい。

 っていうか買出しついでに自分の物も買おうと思っていたんだが、彼は許してくれるだろうか……?

 講習で使いたいものだからきちんと言えば付いてきて……くれないかな……あぁ、嫌なら途中で帰ってくれれば……それだと青い騎士さんが怒られてしまうか。どうしよう。


「石鹸はこのお店ですよ、トリーナ様」


 え、私トリーナ様とか呼ばれてたんだ。……じゃなくて。


「あ、はいありがとうございます買ってきます」


 謎過ぎる。彼が謎過ぎる。その後も、これはこの店ですとか、あれはあの店ですとか、完全に道案内の人みたいになっている。嫌そうな素振りは今のところ見えない。これなら一つくらい自分の買い物を挟んでも大丈夫そうな気がしてきた。


「あの、青い騎士さん、私紙とインクが見たいのですが、寄り道しても大丈夫ですか?」


 出来るだけ低姿勢を心がけて、彼を見上げてみると、ぷい、と顔を逸らされた。


「それならあの店に」


 顔を逸らされた時、しまった嫌がられた、と思ったのだが、どうやら彼はどの店がいいか考えていただけだったようだ。


「じゃあちょっと行ってきます。一応買うものは私の私物ですし青い騎士さんはこの辺で休憩しててください」


 その時は、さすがに自分の買い物に連れまわすのは申し訳ない、ただそれだけを考えていた。

 一人で歩き出して暫く、店まであと少しというところで目の前に影が落ちてきた。どうやら人が目の前に立ったようだ。しかしこの辺に知り合いなどいないはずだが、と顔を上げると見知った顔が視界に入る。

 どこで見た顔だったかと軽く悩んで思い出した。そうだ、今朝の一悶着の理由の一つでもある以前ルーシュをナンパしようとしていた男だった。


「この前はよくもやってくれたな……」


 どうやらこの人も私の事を覚えていたらしい。そりゃそうだろな、道の真ん中で男が女に蹴り入れられたんだからな。屈辱だっただろうし忘れることはないか。


「お久しぶりですね」


 そう声を掛けると、目の前の男はふふん、と笑う。


「あの時の借りを返しにきてやったぞ」


 うわ! 凄い小者臭漂う台詞! なんて言いそうになったのだが、そんな事言うと面倒な事になるんだろうな。しかし小者にかける言葉というと、何が適当だろうか?

 そんなことを考えていた私が何も言わずにいたのが気に入らなかったのか、男は勝手に苛立ち始めた。


「あの時は少しばかり油断していただけだからな! 飄々としやがって!」


 と、実に小者らしい言葉を私に投げつけながら、男は拳を振り上げる。そっちがそう出るなら私も容赦はしない。飛んできた拳を掌で受けて弾いたところで相手は怯むだろうから腹に膝蹴り一発入れて、痛みで蹲った所に踵落としを、なんて脳内でシミュレーションを繰り広げていると、


 ヒュッ


 という風を切る音と共に、私と男の間に剣が入り込んできた。そしてその剣は完全に男の首を狙っている。巨大な刃物とかえげつない……そう思いながら恐る恐る剣を持っている手から持っている人物の顔に視線を滑らせると、それはもう物凄く冷徹そうな顔をした青い騎士さんと目が合った。

 男は剣にビビってその場に尻餅を付いている。ざまあみろ!

 ……いやそんなこと言ってる場合か自分!

 激しく怒ってる、青い騎士さん激しく怒ってるから!


「この男はなんですか?」


 という、至極冷たい声が放られる。


「えっと、先日ルーシュをナンパしようとしてた奴で」


「ほう、トリーナ様に関節技を決められ鳩尾を蹴られたという人物ですか」


 その話覚えとったんかい! っていうか聞いとったんかい!

 というツッコミは入れたら負けなのだろうか、と葛藤している間に尻餅をついていた男が無様な姿で這うように逃げ出していた。

 男のその様をしばし冷たい目で眺めていた青い騎士さんはカチャリ、と音を立てて剣を仕舞う。


「何故助けを呼ばないんですか……」


 と、溜め息混じりに言われた。


「いや、売られた喧嘩は買う主義と言いますか……」


 そう零すと、冷たい視線が降って来る。私は言い訳をやめて申し訳ありませんでした、と素直に頭を下げた。気持ちとしては土下座する勢いでした。


「まったく……黙って守られていればいいものを……」


「……男に守られてなきゃ生きていけない女にはなりたくないので」


 青い騎士さんの独り言のような言葉を聞き漏らさず、同じようにぽつりと返せば、彼は心底驚いたような表情を浮かべた。


「……なんちゃって。別に私は守られるような人間でもないんで」


 あはは、と笑うと、何故だか顔を顰められた。


「トリーナ様」


「ま、今ので万が一にでも私に何かあったら青い騎士さんがロゼ達に怒られかねませんもんね、本当に申し訳ないです」


 折角のお休みを私が取り上げてしまったくせに、私の勝手な行動のせいで彼が怒られてしまったのではいたたまれない。私は気を取り直して買い物を再開した。私物の買い物ではあるけど、彼から離れずに。

 紙もインクも無事に買えたところで、何に使うのですか? と問われたので、講習で使うのだと返した。紙とインクがあれば複写が出来る、と旦那様が言っていたので、歌詞を書いて配ろうと思っているのだ。

 日本のようにボタン一つで大量コピーが出来るわけではないが、自分が書いたものをのそまま複写出来るらしい。そんな便利なもの、活用しないなんてもったいないだろう。まぁ半分は単に使ってみたいだけだけど。

 しかし紙もインクもそう安いものではなく、持っていたほぼ全財産が散った。いや、元々そんなに持っていなかったのだけど。


 全ての買い物を終え「帰りましょうか」という青い騎士さんの言葉に頷く。相変わらず二人の間に会話は少ない。

 買い出しの荷物は殆ど彼が持ってくれた。私物だけは譲れない、と自分で持っているのだが、紙の束は重いわけで。私の歩くスピードが若干遅くなる。

 どこに寄るわけでもなくただただ帰り道を歩いていると、ふと可愛い雑貨屋が視界に入った。歩みこそ止めなかったが、視線はほんの少しだけその店を映したまま止まったかもしれない。


「トリーナ様は、こういう店がお好きですか?」


 何故気付いたのかは知らないが、青い騎士さんにそう問われる。


「……別に」


 ふるふる、と首を横に振って見せる。


「寄っていきますか?」


 私の否定を聞いておいて何故食い下がるのか。


「いいです。帰りましょう。そもそもさっきの紙とインク買ったので私の財布は死んでいます」


 とっても可愛いクマのぬいぐるみが視界に入った気がしたが、私は見ないフリをした。


「俺にねだってみようとは思いませんか?」


 ただの仕事仲間である青い騎士さんに? 何故。


「はい? ねだる……かぁ。あ、じゃあ一つだけおねだりしてもいいですか?」


 そう尋ねると、彼は少しだけ眉間に皺を寄せた。自分から言い出したくせにねだられるの嫌なんじゃないか。


「……どうぞ」


「さっさと帰りたいです。今ねだりたいことっていうとそれだけですね」


 それ以外に頼みたいことはないので。あとこの場に長居するとクマのぬいぐるみが欲しくなるので。そんなことを考えながら、私は少しだけ歩く速度を上げる。


「貴女は変わった人ですね」


「よく言われます」


 私から言わせてもらえば青い騎士さんも充分変わっている気がするが、それは言わないでおこう。

 それからは暫くどちらとも口を開かなかった。正直話題もないし。……いや、あるにはある。話題、というか気になっている事が。


「青い騎士さんは、女嫌いなんですよね?」


 私が唐突に口を開いたからか青い騎士さんは少し面食らっていた。


「……えぇ、嫌いですね」


「じゃあなんで今日ついてきてくれたんですか?」


 命令されて仕方なく、とかなら解るが、今日の彼は自主的についてきた。


「貴女なら大丈夫かもしれない、と思ったからです」


 そうか、私なら大丈夫、か。なるほど。


「……それって私が女っぽく見えなかったってことですよね」


 ずっとずっと昔、日本にいた頃を思い出す。赤松達と出会う前だったから、薄くぼんやりとしか思い出せないが、好きだった人に言われたことがあった。


「それは……」


「私、昔『男友達としか思えない』って、フられた事あるんですよね。男っぽくしてるつもりは一応ないんですけども」


 友達以上には思えない、とかじゃなく男友達だと言われたのだ、それもはっきりと。恋愛対象どころか女でもないのか、とあの時の私はこっそりと傷ついた。

 世界が変わったところで、私は何も変わっていなかったんだ。私をフった男にそう言われた頃から、頑張ってちゃんと女の子みたいに振舞おうと思っていたこともあったんだけど。


「誰……です? そんなことを言った男は……」


「んー、もうずーっと昔の話なので顔も覚えてないような人ですけど」


 そこまで言ってふと青い騎士さんの顔を見上げると、何故か物凄く冷たい目をしていた。え、何が地雷だったんだ……?


「そんな男のことは二度と思い出さないほうがいい。俺が言ったことにそのような意味は含んでいません。ただ、なんとなく、貴女なら大丈夫かもしれないと思っただけです。本当になんとなく」


「なんとなく、ですか。」


 なんとなくとはいい意味なのだろうか……謎だ。っていうかこの人こんなに喋る人だったんだなぁ。

 私は重い荷物と沢山の謎を抱えたまま、いつの間にか辿り着いていた屋敷へと足を踏み入れる。


「トリーナ様になら、触れても大丈夫だと心のどこかで思ったんです」


 屋敷の玄関先で、青い騎士さんが呟いた。


「……触れても? 触れてみます?」


 何も考えずにそう言ってみると「な、何を言っているんですか!」と軽く叱られた。


「別にいやらしい意味ではないですよ? ほら、手とかなら。触ると蕁麻疹が出るとかそういう意味での女嫌いだったのかな、って思っただけで」


 試しに触ってみるかなぁ、と。まぁちょっとした悪戯だったんだけど。彼があまりにも謎だらけだったから。


「では失礼します」


 という声が聞こえたのが先か、手を掴まれたのが先か、全く解らなかったが気付けば手の甲にキスをされていた。

 ………すっげぇ予想外だったんだけど!?


「……あとで蕁麻疹出ても文句は受け付けませんからね」


 ホントに謎だわ、この人。





 

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