伯爵のこと
自室で少し悩んだが、やはり詳しい話を聞いておきたかった私は赤い騎士さんに言われた通り一階の角部屋へやってきた。
ノックをしてみると、赤い騎士さんが出てくる。
それを見て一瞬で後悔した。
そういや一階の角部屋って赤い騎士さんの私室じゃねえか。
まぁでも赤松の話聞きに来ただけだしな。大丈夫大丈夫。
「来たね」
赤い騎士さんに誘導されるまま、彼の部屋のソファに腰を下ろした。
多分大丈夫だとは思うが……ロゼが赤い騎士さんは女誑しだとか言ってたからなぁ。
夜、コイツの部屋に一人でのこのこやってくるのはあまり褒められたことではなかったかな、やっぱり。いやここが赤い騎士さんの私室だってこと気付いてなかったんだけども。
「早速ですが、さっき言ってた詳しい話ってのを聞かせていただけますか?」
そう切り出すと、赤い騎士さんは私の隣に座ってきた。
結構な密着具合だ。わりとヤバめ。セーフかアウトかで言うと完全なアウト。
一応確認の為、彼の身体を見ると日中の騎士服とは違い、ラフな格好をしている。
要するに硬い鎧のような部分はない。ということは急所狙い放題だし最悪関節技使っていつでも逃げられるな。
ここで密着されたことに恥ずかしがる仕草なんて見せたら煽る可能性もあるだろう。
気にしないフリをしておこう。
……いや別に恥ずかしがる仕草が出来ないわけではない。決して。
「俺が話を聞かせてあげるとして、聞かせたらトリーナは何をしてくれる?」
赤い騎士さんはそう言って私の頬を撫でた。
っつーかなんだよ、なに急に呼び捨てにしてんだよ。
「交換条件、ですか。なるほど」
私には差し出すものがありませんね、そう言って頬を撫でていた手を引き剥がす。
すると赤い騎士さんはふと微笑みながらゆったりと口を開く。
「これが欲しいな」
と、もう一度私の頬に触れ、さらには親指で唇にも触れてきた。
まぁ、赤い騎士さんもイケメンだからな。
この技で色んな女の子を落としてきたのだろう。
だがしかし残念だったな、私はイケメンがこの世で一番苦手な生物なんだよ。
「じゃあ遠慮しておきます。あの伯爵の為に唇差し出すなんて真似できませんし」
ニッコリと笑って拒否すれば、赤い騎士さんは少しだけ眼を丸くする。
「本当に? それなら聞かせないけどこれだけは貰うよ」
「は?」
どうしてそうなった。
「俺の部屋に一人で来ておいて、無防備にも程がある。こうなっても文句は言えないはずだ」
言える言える。
むしろ文句しか言えない。
「ここが赤い騎士さんの部屋だとは知りませんでしたし」
軽率だったな、とは思うけど。
立ち上がって逃げ出そうとしたら、赤い騎士さんに思いっ切り腕を掴まれた。
そして左手を掴まれたままソファに押し倒される。
ここまでされた今なら何しても正当防衛になるな。
「ここで逃げたら、真相は聞けないけど?」
「構いません。伯爵本人に聞きます」
私は拳を握ったまま少しだけ中指の関節を立てて、思いっ切り赤い騎士さんの胸部、肉付きの薄い部分を殴った。骨を狙うように。
「痛っ!」
怯んだ瞬間を逃さず、赤い騎士さんの耳を掴んで力一杯引っ張りながら上体を起こす。
「いたたたた!」
皮膚を抓るのは護身術の基本なのである。
「よくよく考えてみれば、真相を赤い騎士さんが知っているわけがないんですよね。本人じゃなきゃ」
そこまで言ったら赤い騎士さんから力が抜けた。
どうやら諦めたようだ。
「あーあ、ちょっと味見しちゃおうと思ったのに」
味見て。赤い騎士さんマジチャラい。
「全力で拒否させていただきます」
「何で? 俺結構いい男だと思わない?」
「はぁ、まぁ顔面だけなら。っていうか私そもそも顔のいい男苦手なんで。……いやしかし女なら誰相手でも手を出そうとする人がいい男とは思えませんね」
っていうか本当のいい男ってのは自分で自分のことをいい男とは言わないと思う。
そう言うと、赤い騎士さんが唖然としたような顔をしていた。
「……俺も、君みたいな子苦手だわ」
「光栄です」
ハッ、と嘲笑を隠す事なく零すと、私はそのまま立ち上がった。
「唇触らせてくれたお礼に一つだけ教えてあげるけど、あの伯爵は誰も殺してないよ」
「でしょうね」
どうせまた妙なもん背負い込んでんでしょ、あのアホ。
日本に居た時に聞いた『喧嘩相手を病院送りにした、っていう噂が一人歩きして不良に仕立て上げられた話』を思い出す。
喧嘩はしたし相手も病院に行ったが、怪我をした本当の原因は事故だし相手とは和解していたのに、赤松本人が否定しなかったから結果的に凶暴な不良という烙印を押された話を。
本当は弟思いのいい奴だったくせに。
「トリーナちゃんはあの伯爵と知り合い?」
あ、呼び方戻った。
「さぁ? それを教えたら、何かくれますか?」
ふふ、と笑ってそう言えば、
「そう来たか」
と笑われた。
この場所にはもう用はない。私は立ち上がってその場から離れる。もう手を掴まれることはなかった。
来るんじゃなかったこんなとこ。
翌日、私はお休みだった。
次の休みにはAの店に行くって言ったし、そろそろ行かなければまた催促の手紙がくるのだろう。
そんな事を考えながら身支度をし部屋を出ると、廊下の先に人影があった。どうやらリリが窓の外を見ているようだ。
「おはよう。何見てるの?」
近付いてそう問うと、リリは何故か小声で「見て、あっちにこっちを覗いてる不審者が居るの。今ロゼが騎士達を呼びに行ったところよ!」と教えてくれた。
覗き魔がいるのか……と、リリに倣うように窓の外に視線を向けると、そこにいたのは見知った顔だった。
「……Bじゃん」
私は呆れ返って絶句した。
溜め息を噛み殺しながら振り返るとロゼと赤い騎士さんが来たところだった。
「お、トリーナちゃんおはよう。で、不審者ってどれ?」
赤い騎士さんは何事もなかったかのように私の隣に並ぶ。どうやら昨夜の事はなかった事にしてくれているようだ。助かった。
……いや助かってないな、Bが。
不審者と認識されて捕まったら大変だ。
「私ちょっとあの不審者に悪戯してきまーす」
「は!?」
そこにいた全員が驚いて私を見る。
だがしかしそんなことは気にしていられない。止められる前に動かないと。
私は走って移動し、こっそりこっそりBの背後に回る。
赤い騎士さんに追い付かれる前に悪戯を成功させなければ。
「そこのお兄さん、ここが日本だったら覗きで逮捕されてますよ」
「ぎゃ!」
背中に向けてこそりと呟いてやると、Bは文字通り飛び上がった。
「ちゃう! ちゃいます覗きとかやな、い……葉鳥やないか! ビビった!」
Bはギョッとした表情のまま胸元を押さえ私を睨みつけているのだが、ビビったとかそういう問題じゃない状況になりかねなかったのだからむしろ感謝してほしいくらいだ。
「アンタここで働いてる人達に不審者として認識されてんだけど?」
「うわ! マジか! そんなつもりやなかってんけど、なんや、赤松がな、葉鳥がここでメイド服来て働いとるって話しとって……」
「そんなことだろうと思った。ただ残念だったな、私今日休みだ」
そんな会話をしていると、赤い騎士さんがやっと私に追いついてきたようだ。
どこかで青い騎士さんも拾ってきたらしい。
「トリーナちゃん! 一人で不審者に突っ込んで行くんじゃない! まったく、昨日の夜と言い、君は無防備にも程がある……」
赤い騎士さんの言葉に、青い騎士さんが引っ掛かる。
「……昨日の夜?」
と。
何故青い騎士さんがそこに引っ掛かったのかは謎だけど。
「残念なことに、この不審者私の知り合いなんです」
そりゃあもう残念なことに、そう呟けば、Bが不満そうな声を出した。
「俺不審者ちゃうし」
「室内から見てたら完全に不審者だったっつーの」
盛大に溜め息を吐いた後、Bに何しにここに来たのかを問えば、丁度近くを通る用事があったのでついでに私の次の休みを聞きにきたんだそうだ。
おそらくAの差し金だろうな、次の休みに行くって言ってたし。
「じゃあ今から店に戻るの?」
「おう、そのつもりや。店行ったら赤松もおるで」
好都合だな、私も行こう。
「私も行く。ちょっと用意してくるから待ってろ。……あ、騎士さん達、そんなわけでコイツは私が引き取るのでご安心を」
ペコリ、と頭を下げたのだが「いやいやトリーナちゃん、俺がさっき言った事覚えてる? 一人でのこのこ付いて行くのは無防備にも程があるって」と、赤い騎士さんに止められてしまった。
「コイツと赤い騎士さんを一緒にしてもらっては困るんですけど……まぁいいや、私が用意してる間にアンタが弁解しといて。自己紹介とか、なんか適当に」
「は!? ま、まぁ、疚しいことはないしええけど……」
弁解に失敗したら今度こそ不審者認定されるからな、とだけ言い残して、私は一旦部屋に戻った。
部屋に戻った私は紙とペンをバッグに詰め込んだ。
万が一本気で不審者にされていたら可哀想なので、私は急いで部屋を出る。
「トリー! さっきの不審者何者だったの!?」
部屋を出たところでリリに声を掛けられた。
ロゼもルーシュも居る。
「あぁ、あれ私の友達。ルーシュは見た事あるよね、ほら、ナンパ男から逃げて来た時送ってくれた元騎士」
そう言うと、ルーシュは思い出してくれたようだ。
「なんだぁ、トリーの知り合いなら王子様みたいなトリーは見れないねー」
面白がるのはやめてくれないかなリリ。
「本当に大丈夫なのね?」
と、心配してくれているロゼに、うんうんと頷いて見せる。
「それでね、私ちょっと出掛けてくるね。この前ルーシュと水貰ったお店だから。お騒がせしちゃって本当にごめんね」
私は三人にそう言い残して外に出た。
「お待たせ」
未だに三人で居たBと二人の騎士さんに声を掛ける。
どうも和やかな空気のようだったので弁解に成功したのだろう。
「おー葉鳥。準備出来たん?」
「うん。あれ、不審者認定されなかったの? 面白くない」
残念ねぇ、と笑えば、残念やないやろ! と鋭いツッコミが入った。
「それがな、こっちのイービスさん、俺が行っとった道場の先輩でな。んでちょっと昔話しとってん」
と、Bは赤い騎士さんを指す。
「はいはい、そりゃ良かったな。アンタそれより自分が不審者に間違われた件についてもっと考えたほうがいいんじゃない? 孤児院でも怪しまれてたってのに」
あからさまにやれやれ、と溜め息を吐くと、Bは「そういやそうやったな……俺そない怪しいんやろか……」どことなくショックを受けたような顔でそう零した。
まぁ孤児院では単に立っていただけで怪しい人扱いされてたし同情の余地はあったけど、今回は私のメイド服姿を見ようとしていたからな。
本人としてはそれを見て笑おうとしてただけだろうが、ここには可愛いメイドが三人もいるんだから不審者……いや、変質者と思われても仕方ないだろう。
「さて、そろそろ行こうか。じゃあ騎士さん達、私出掛けますね」
その場に居た騎士さん達に、一応一声掛けて私は一歩踏み出した。
そんな私に、赤い騎士さんがぽつりと疑問を零す。
「昨日顔のいい男は苦手だって言ってたけど……トリーナちゃんはソイツみたいなのが好きなの?」
なんと余計な疑問だろうか。
「まさか。確かにコイツの顔がいいとは言えませんけど」
「ちょ、葉鳥、解っとるけど即答でそこまで言われたら凹むわ。俺のガラスのハートが粉々やで……」
そんなBの言葉に、あらごめん、と謝る気など全くない言葉を返しておく。
っつーかお前のハートはガラスじゃなく樹脂だろ樹脂。割れるわけがない。しかも形状記憶型の樹脂だからぐにゃっと曲がったところですぐに戻るだろ。
これ以上赤い騎士さんに追及されると面倒なので、私はグズグズしているBを放置し、急いでその場から離れたのだった。
もう暫く赤い騎士さんとは関わりたくない。




