使用人として、伯爵として2
赤松はさっさと料理を作ってお皿に盛った。
「美味しそーう美味しそーう」
そう言いながら、私はせっせとそのお皿をワゴンに乗せていく。
「卵かけご飯食わせたったやろ」
「それとこれとは別よね」
そもそもあれは試食の域だったので腹は膨れていないのだ。
あぁ食べたいと何度か言っていると、赤松は呆れたように溜め息を吐いた。
「どうせまたこの手の会議するし、そん時また食える」
……ということはまた私を使うと言いたいんだろうか。
まぁ他の使用人達に怯えられてるから仕方ないか。
「そうだ、この醤油をAの店に置いてAの店で焼き鳥食べれる用にしたらいいんじゃない?」
「酒と焼き鳥て。居酒屋やん」
それだ! 居酒屋にしてしまえば良いんだ!
次店に行ったら居酒屋にするように言ってみよう。
全てのお皿をワゴンに乗せ終えた。
人数分の焼き鳥と魚の照り焼きと、炊き立ての白いご飯。
私が見れば物凄く美味しそうだが、この世界の人達の口に合うだろうか。
そんな事を考えながら厨房の出口へと歩き出す。
「お箸が欲しいねお箸」
「それはさすがにないわ」
「作ろう。そこらへんの枝削って作ろう」
「無理やろあんな細いもん。折れるで」
「そんなに簡単に諦めんじゃねーよ、とりあえず頑張ればなんとかな……りませんかねぇ、伯爵様」
厨房から出たところで青い騎士さんと目が合った。
いつから居たのかは分からないが、厨房の出口に立っていたのだ。彼に気付いた時、瞬時に言葉遣いを丁寧にしたんだけど聞かれてたかも?
「せやから伯爵様……」
小さく「あ」と零しているので、どうやら赤松も彼の存在に気付いたようだ。
何に驚いているのかは定かではないが、青い騎士さんのほうも目を丸くしている。
私が赤松とべらべら喋っていたからか、とんでもない口のきき方をしていたからか、もしくはどちらもか、どれであろうと嫌な予感しかしない。
「じゃあ私これ食堂に運びまーす……」
よし、逃げよう。
私は何事もなかったかのように表情を消して歩き出した。
赤松と青い騎士さんの二人は無言で私の後ろを付いて来ている。
青い騎士さんが無言なので弁明のしようもないしなぁ。
なんて思っていると、食堂の前に赤い騎士さんがいた。
「トリーナちゃん、大丈夫だったか?」
大丈夫かと聞かれれば色んな意味で大丈夫じゃない気はしているけど。
「えぇ、まぁ、はい」
私は曖昧に笑ってなんとも言えない返事でその場を濁すことにした。
「一応厨房前にファルケがいたんだが……」
ファルケ? なんのこっちゃ、と小さく首を傾げていると「こっちの騎士やろ。お前仕事仲間の名前覚えてへんのか」という極々小さな声でツッコミを入れられた。
あぁ、ファルケって青い騎士さんの名前か。
納得して赤松の顔を見ると、相変わらずやな、と呆れられた。
人の名前覚えるの苦手なんだよね。昔から。
っていうかちょっと待てよ、厨房前に居たって事はやっぱり会話が全体的に聞かれてた可能性も出てきたぞ。
いやでもそんなに大きな声は出してないから大丈夫だろう……大丈夫……?
ふと青い騎士さんを見てみたが、彼の顔には何の表情も浮かんでいない。
そのままただただ私の顔を見ている。
うわー怖い。何考えてるのか解んない。
だがしかしどうこう考えていたところで過去に戻ることは出来ないし、青い騎士さんの記憶を消すことも出来ないので、とりあえず必死で平常心を装いながら食堂へと足を踏み入れた。
「お待たせしました、旦那様、奥方様」
食堂では既に旦那様達が待っていた。
今まで付いて来ていた騎士さん達も席に着く。
どうやら騎士さん達も味見要員だったようだ。意見を聞くなら人数は多いほうがいいから、だそうだ。人数を増やすためなら私も追加してくれれば良かったのに。
なんてことを考えながら、私は彼等の前に配膳し、そのまま後ろに下がった。
使用人だから控えてないと。あー食べたい。
「トリーナ、大丈夫だったかな?」
食べ物から意識を逸らそうとしていると、苦笑した旦那様に声を掛けられた。
「ええ、大丈夫です。伯爵様はとても親切でした」
ニッコリと笑って言うと、赤松がブッと噴き出した。
あらやだ汚い。
なんとでも言えるし営業スマイルは得意中の得意だからな、私。
「こっちが焼いた鶏肉に例の調味料を絡めたもの、こっちは魚」
赤松が説明し、旦那様達がそれを食べるという流れ。
お気に召していただいているようで、皆美味しそうに食べている。
「トリーナはこれと同じものを作れそうかい?」
急に旦那様から話を振られた。
「え? あ、はい」
こくこく、と頷いてみせる。
私が作れるのなら、と醤油を厨房に置いてもらえるようだ。
やったね、これで好きなときに醤油味が食べられる! と心の中で喜んでいると、赤松が口を開いていた。
「材料さえあればこの調味料で菓子類も作れます」
ほう、という嬉しそうな旦那様の声がする。
「それはその使用人が作れるようなので、今度材料を揃えてきましょう」
と、赤松は言った。
菓子類ということはさっき言っていたみたらし団子やお煎餅のことだろう。
っていうか赤松、丁寧な喋り方出来るんだな。
「お菓子、楽しみだわ」
と奥方様が旦那様と顔を合わせながら呟く。
奥方様が楽しみと言ってくださるのなら頑張って作らなければ。
説明が済んだらしい赤松は私の隣に並んできた。
彼等が食べ終わるのをそこで待つつもりらしい。
「みたらし団子って何用意したらええんや?」
小声で問われたので、私も小声で返す。
「団子は白玉粉とかあれば助かるけどね。なければお米でなんとかする? もち米っぽいものとか」
「白玉粉な。探してみるわ」
「タレは醤油とみりんと砂糖と、片栗粉があれば作れるはず」
「ん。それなら用意出来そうや」
伯爵って何でも出来るんだろうか……?
まぁ、少なくとも私よりは何でも出来るだろうな。
この階級社会では私の立場は物凄く低い位置にあるし。
別に平凡に暮らしていければ自分の地位などどうでもいいけど。
試食会の結果、旦那様、奥方様、二人の騎士さんもお醤油味を気に入ってくれたようだった。
この話を持ちかけてきたのは赤松だが、なんとなく私も嬉しい。この世界の人たちが馴染みの味を気に入ってくれたのだから。
その後領地だのなんだのの難しい話が済み、赤松は帰ることになった。
旦那様達四人が玄関まで見送ると言うので、一応私もついていく。
四人は新しい味が余程面白かったらしく、赤松に色々と感想を述べているようだった。
私は食べたいメニューを考えているので会話には参加していない。
私と赤松、その他二人が初めて出会った地は大阪だった。
大阪、大阪と言えばたこ焼きが食べたい。
気付けば玄関に到着していたので、四人はそのまま見送る体勢に入っている。
「私、門まで見送ってきます」
四人にそう告げて、赤松の隣に並んだ。
その時の私の頭の中はたこ焼きでいっぱいだったので、四人のリアクションを見るなんて考えは一切なかった。
「ねぇねぇ赤松、私たこ焼き食べたい」
「お前まさかそれ言うために見送るとか言い出したんか?」
「もちろん」
それ以外に何があると言うのか。
「子爵とか騎士とか凄い顔しとったで……」
凄い顔とはどんな顔だろう? まぁそんな事はどうでもいいんだ。
「たこ焼きよ、たこ焼き。お団子とか焼き鳥とかが出来たとして、たこ焼きも出来れば屋台とか出来ない?」
地域一帯を屋台街にしたら匂いで人が集まってきたりしないかなぁ、なんて。
赤松がやろうとしてる事は貧困で大変な事になってる地域の復興とかだし、人が集まらない事には始まらない。
屋台だったら一から建物を造るより費用もかからなそうだし。と、そんな事を言ってみると、赤松は何かを考えている。
「屋台か……オモロいかもなぁ……ほな鉄板とか……」
ぼそぼそと何かを呟いているんだけど、もう門に着いた。
「あー、たこ焼きソースもどきはあるけどマヨネーズ……」
と、赤松が呟く。
「あぁマヨネーズ……マヨ、え? マヨネーズなら作れるよ。あれって卵黄、酢、油でしょ?」
卵も酢も油もこの世界で遭遇済みだ。しかも孤児院で見てたから庶民でも手に入る材料じゃないか。
「よし、次の会議はたこ焼きやな。ほな帰るわ」
赤松はビックリするほど清々しい顔で帰っていった。
……私は上手い事アドバイスが出来たのだろうか。
赤松を見送り玄関へ戻ると、騎士さん二人がいた。
なんだか不思議そうな顔をしているが、まぁ十中八九私が赤松についていった事に疑問を持っているんだろう。
色々聞かれても面倒だし、私は仕事があると言って逃げるようにその場を離れる。
実際、洗濯物まだ畳んでないし。
洗濯物の元へ辿り着くと、自分の仕事を片付けた後だと思われるリリが半分程畳んでくれていた。
「ごめんねリリ、私やるよ!」
そう言って近付くと、リリは申し訳なさそうな顔でこちらを見ている。
「トリー、私こそごめんね、生贄にしちゃって……」
生贄て。
「いいよ、私別にアイツ……じゃなかったあの人の事怖くないし」
うっかりアイツって言っちゃったけどリリはそこに引っ掛かってこなかった。
「怖くないの!?」
彼女はアイツが本当に怖いんだろうな。赤松がちょっと可哀想になってきたわ。
「……皆は怖いの?」
「怖いよ! ルーシュも、ロゼだって怖いって言ってた」
マジ可哀想じゃん伯爵様。
「ふーん……」
まぁ……アイツ中学の時席替えで隣になった女子をただ「隣になった」というだけで泣かせたって話もあった気がするし、なんだろう、オーラが怖いのかな。
元ヤンオーラが。
「でも今後はトリーがいてくれるし大丈夫だってことね! あぁ、ルーシュが言ってた王子様っていうの、解る気がしてきた!」
……大丈夫ではあるけど、その王子様っつーのはやめてくんないかな。
その日の夕飯時、使用人達の食堂でロゼとルーシュが私に飛びついて来た。
「トリー! 大丈夫? 大丈夫?」
私の手を握り頻りに大丈夫かと尋ねてくるルーシュと「怖かったでしょ?」と、完全に怖い者と会ってきたことにしているロゼは私の頭を撫でている。
「怖くなかったし大丈夫だよ」
そう言って落ち着かせる。
お腹が空いたので、と皆を席まで誘導した。
食堂の中では既に騎士さん達が食事を摂っているわけだが、どう見てもこっちを見ている。
根掘り葉掘り聞かれるのはちょっと嫌だな、と思っていたのだが、赤い騎士さんにこっちにおいで、と言われてしまったし素直に従っておく。
「お疲れ様」
赤い騎士さんが当たり障りのない挨拶をしてくる。
恐らくここで挨拶を返し黙ってしまえば相手に主導権を握られる……っていうか、何か色々聞かれてしまうな。
それはちょっと面倒臭い。
「ちょっと聞きたいんだけど、あの伯爵は何でそんなに怯えられてんの?」
騎士さん達の視線を無視し、私はロゼに問う。
「それはほら、視線で人を殺せそうで、」
「それだけじゃないよね? そもそも視線で人なんて殺せないし。まぁシャイだし普段口数少ないから近寄りがたいのは解るけど……」
後半はぼそりと呟いた程度だったのだが、どうやら青い騎士さんには聞こえたようで持っていたフォークをガシャン、と落としていた。
チラリと見るとゴホンと咳払いをされた。
なんだろうこのどっかで見た事ある感じ。
「トリーナちゃんは聞いたことない? 暴動を鎮めるためにその地の領主をあの伯爵が殺したって話」
そう言ったのは赤い騎士さんだった。
「……なんですか、それ?」
アイツがそんな事するわけないし出来るわけ……いや、むしろそんな事してたら今頃あんな風に笑ったりしていないだろう。
これは断言してもいい。
アイツはそんなことしない。
それ以降、騎士さん達も使用人達も口を開く事はなかった。
私も例外ではない。
次に会った時どうやって本人に確かめようか、そればかりを考えていたから。
食事を終え、食器を片付けていると背後から赤い騎士さんが近付いてきた。
「さっきの伯爵の話、もう少し詳しい事知ってるけど聞く? 聞くなら後で、一階の角部屋においで」
聞いたほうが良いのだろうか……?




