9.もう、それは過去
翌週、代足杖が届いた。
届けてくれたのは、お兄様。
一ヶ月ぶりにお兄様と顔を合わせて、私とエイリクは兄妹三人でユジュの食事を楽しんだ。
代足杖を着用して、お兄様に砂浜まで案内する。
その後は、エイリクが案内役を買って出て、私たちは束の間、ユジュを探索することにした。
「わあ、すごいですね。銀杏並木だ……!」
「もう十月だものね……」
驚きの声を上げるエイリクに頷きながら、私は顔を上げた。
一面の黄金世界。
ハラハラと落ちてくる、イチョウの葉。
……お兄様が、気遣わしげな視線を向けているのがわかって、私は笑みを浮かべた。
(……大丈夫)
思い出したくない、過去にはなってしまっている。
だけど、きっと、もっと時間が経てば──あんなこともあったわね、と笑えるくらいには。
あの出来事を、笑って話せる日が来るだろうか。
笑い話にできる日が、私に訪れるだろうか。
ふと、金木犀が咲いているのが目に入った。
秋を知らせる、秋の香り。
この香りが、私はずっと──。
「…………」
秋の、少し冷たい風に煽られて、私は髪を押さえた。
金木犀の香りを、風が運んでくる。
長く、この香りに囚われていた。
過去を思い出せばまだ、僅かな気まずさと、心苦しさがある。
ついで浮かんでくるのは自己嫌悪だ。
どうして私は、あんなにも彼に首ったけになってしまっていたのだろう。
疑問が浮かんでくる。
(……視野狭窄もいいところだわ)
結局のところ、私は恋に浮かれて、自滅した。家族まで巻き込んで。現実を受け止めると、後悔が次から次に溢れてくる。
もっと、選択肢はあったはずなのに。
例えば、あのアフターヌーンティー。
あの場で、彼を追及するだけの強さが、私にあったのなら。
諦めて、受け止めるのではなく。折れない強さがあったのなら。
もしも、を考えても仕方ない。
私はひとつため息を吐いて、顔を上げた。
それから、一面の銀杏並木を物珍しそうに見上げているエイリクを呼びかける。
「エイリク。こちらにきて?こっちは、金木犀が咲いているみたい」
呼ぶと、すぐにエイリクはやってきて、また控えめな歓声を上げた。
「おおー……!すごいですね!でも、ゲホッ!……こんなに香りが強いと……少し、噎せます」
と、噎せながらエイリクが言うので、私は笑ってしまった。
確かに、向こうの方は金木犀がたくさん咲いていて、香りが強い。
特にエイリクは、香水もあまり得意ではないので、強い香りに顔を顰めていた。
「少し、歩いてみましょう?お兄様も、行きましょう?」
このあたりの銀杏並木は、ユジュの観光名所のひとつでもあるらしい。
トロテさんから聞いた話を思い出した私は、ふたりを誘った。
「この先に、美味しいお菓子屋さんがあるのですって。……お兄様、時間はまだある?」
指を揃えるようにして手を合わせて尋ねると、お兄様はホッとしたように微笑んだ。
「もちろん。行こうか?」
お兄様は、知っている。
私が毎年、この六年。
この時期になると、グレンとピクニックに出かけていたことを。
私はお土産に、綺麗なイチョウの葉をお兄様に持ち帰っていた。
そんな思い出も、今はあまり思い出したくないものになってしまった。
それが、とても寂しい。
(でも、思い出はまた作れるから)
だから、新しく作っていこうと思う。
エイリクと、お兄様と。
今の、この時間を大切にしよう。
☆
銀杏並木を抜けた先のお菓子屋さんは、昼時を過ぎたからか、少し空いていた。
テラス席に案内されて、私たち三人は、ラウンドテーブルを囲うように席につく。
飲み物を頼んで、それが配膳された時。
お兄様が口を開いた。
「実はね、僕がユジュに来たのは、お前たちに知らせがあったからなんだよ」
「お知らせ、ですか?」
エイリクが首を傾げる。
私は、ハイビスカスティーを一口、口に含む。
冷たくて、酸味のあるハーブティーが、口内をスッキリさせた。
エイリクの言葉に、お兄様は頷いて答えた。
「例の計画が上手くいった」
「例の計画……」
そこで、なぜ私がユジュに来ることになったかを思い出した。
ハッとして目を瞬く私に、お兄様が微笑んだ。
「そう。獲物が引っかかった。お前が王都の公爵邸にいると信じて疑っていなかったんだろうね。あっさり捕らえることができたよ」
「え……ええええ!?それって襲──むぐっ」
襲撃者、と口走りそうになっていたので、私は慌ててエイリクに口元にコップを押し付けた。
エイリクも、ここがユジュとはいえ、大声はまずいと気がついたのだろう。
「ありがとうございます、姉上」
私からダージリンの入った紅茶を受け取り、一口飲む。
それから恐る恐る、という感じでお兄様に尋ねた。
「それは……本当ですか?」
「もちろん。だからこそ、ルナリアが戻ってきても問題ないと判断したんだ、父上は」
「お兄様……その」
私はちら、と周囲に視線を走らせた。
テラス席にひとはいない。
十月に入り、少し風が冷たいから、かしら。
テラス席はあまり人気はないようだった。
私は、カティアから上着とブランケットを受け取ったので、全く寒くはない。
私の視線に気がついたお兄様が微笑んで答える。
「周りにひとはいないし、護衛も配置している。大声じゃなければ、話して構わないよ」
確かに、ここで話すべきことでなければお兄様は話を切り出していない。
私はお兄様の言葉に頷いて、それから慎重に、声量を落としながらお兄様に尋ねた。
「襲撃犯は……捕まったの、ですか?」
尋ねると、お兄様は額に手を当て、言葉に悩むようにしながら答えた。
「うん。だけどね、捕らえられたのは小物なんだ。端金で雇われた、実行役。でも、情報は引き出せた」
息を呑む私とエイリクに、お兄様は話を続けた。
「襲撃を命じた人物は、何かと忙しいだろうから。……もう、ミルヴァールにはいないかもしれないね?」
お兄様が目を細めて笑った。
だけど瞳の奥には、明確な敵意が見えた。
お兄様の威圧するような瞳に、エイリクが視線をそろそろと彷徨わせてから、尋ねる。
「それは……つまり──」
他国の人間……ベルフォール国が関わっていると、言っているも同然だった。エイリクの言葉を引き継ぐように、お兄様は言った。
「うん。ベルフォール国の関与が認められた。偽りは、言ってないんじゃないかな」
偽りは言っていない、と言い切るのだ。
それはつまり。
拷問をしたなのだろう。
私は言葉を選びながら、お兄様に尋ねた。
気になっていたことを。
「クラリスは、無事?」
ずっと、気になっていたのだ。
私の身代わりを務めているという、クラリスのことが。
私の質問に、お兄様は頬を緩めた。
「安心しなさい。彼女は無事だよ。傷ひとつない」
(良かった……!)
その言葉に、心底ホッとした。
胸をなで下ろしていると、お兄様が言葉を続ける。
「そもそも、お前の寝室まで襲撃者は入れなかったんだ。その前に捕まえたからね」
「だいぶ、お粗末だったんですか?襲撃はあっという間に終わった?」
「そうだね。手練を揃えてくるかと思って警戒していたけど……正直、肩透かしかな。金で雇われた、ゴロツキみたいな輩ばかりだよ。金も手間も惜しかったのか。あるいは──」
そう言ったきり、お兄様は黙り込んでしまう。
思考にふけるお兄様に、エイリクが続けて尋ねる。
「それで、兄上。タウンハウスを襲撃したひとたちは、結局誰の命令で動いていたんですか?」
そこで、お兄様は顔を上げる。
私を見て、お兄様が私に尋ねた。
「ルナリア。……先に聞いておきたいのだけど、もう【ノイルさん】とは、会っていないんだよね?」
「え、ええ」
私は困惑しながら、答えた。
このタイミングで聞かれる、ということは……。
(襲撃に、ノイルさんが関わっている可能性がある……ということ)
私はそっと、指先で祝石に触れた。
もし──ノイルさんが、襲撃に関わっていて。
あの夜の事件の犯人、だとしたら。
私は……。
私は、ずっと、襲撃犯の近くにいたことになる。
もし、そうだったとして。
どうしても、海に花束を流すノイルさんの姿が、忘れられない。
十年前に亡くなったお母様を悼んでいるという、彼の姿を。
私を、攫おうと思えばきっと、彼はいつでもそれが出来たはず。
それなのに、そうしなかったのは、どうして?
私が誰か、分からなかったから?
本当に、私が誰か知らなかった?
知っていたのでは、ない?
彼が襲撃犯なら。
関わっているなら。
私を攫わなかった理由。
祝石を狙わなかった理由。
それが、気になる。
「…………」
考え込む私に、お兄様が言った。
「あの夜、襲撃を命じたのは。……お前の祝石を狙うよう命じたのは、ベルフォール国の王兄殿下らしい」
「おう、けい……?」
鳩が豆鉄砲を食ったように、私はポカンとした。
「えっ?王兄、ですか?」
想定外の言葉にエイリクも呆気にとられている。
おうけい……王兄?
すぐに言葉が変換ができない。
それくらい、予想外の人物だった。
王兄。つまり、ベルフォール王の兄。
(どうしてそんなひとが、私を……)
一体、なぜ?
そんなひとが、祝石を狙う理由は……?
戸惑う私に、お兄様が答えた。
「ルナリア、エイリクも。ふたりとも、ベルフォール国の王が、元は第三王子だったことは知ってるよね。その王子が、当時の王を殺し、王位を簒奪し、王となった。その後、王は反逆罪で一番目の兄を処刑している。今回、お前を狙ってきたのは、二番目の兄、らしい。彼は、ベルフォールの王に追放処分を受けていて、所在が知れていない」
私たちは、互いに沈黙した。
先に口を開いたのは、エイリクだ。
「込み入った事情、ってやつですね?つまり姉上は、ベルフォール王家のお家騒動に巻き込まれた。そういうことですか」
「どうだろうね。だけど、第二王子で、今は王兄という立場のレイモンドは、ルナリアの祝石を狙っていたんでしょう?」
お兄様に尋ねられ、私はあの夜のことを思い出して、辛うじて頷いた。
……レイモンド。
あの夜──私に魔法銃を放った男の名前を、この時私は初めて知った。
銀髪に、薄青の瞳。
今でもはっきりと思い出せる。
お兄様は、悩むようにしながら言葉を続けた。
「ルナリアの持つ祝石を利用して、何かしようと目論んでいる……というのが、僕と父上の考え。レイモンドは、お前の祝石が持つ力を知っていたんだよね?」
「ええ……。彼は、驚かなかったわ。祝石の力を見た時も」
あの夜、私は祝石を発動させた。
それは、私にとっても初めてのことだったけど、煌めきを帯びて、光を放った祝石を見て──襲撃犯、レイモンドは言った。
それが、祝石か、と。
祝石を知っていて、その力も知っている。
……それはどうして?
お兄様も、その疑問に行き当たったのだろう。
難しい顔をしながら、顎に手を当てる。
「祝石の加護は、お前の身の守り。お前以外の手に祝石が渡ったとして、同様の効果を発揮するものかも分からない。そんな不確かなものを、わざわざ狙う?他国にまで来て?……リスキーすぎないかな」
そこで、私はふと、王太子殿下と交わした会話を思い出した。
「王太子殿下が」
「王太子?」
しかし、想定外の名前だったのだろう。
お兄様が目を瞬いた。
その時、ちょうど各々の食事が運ばれてきた。
お兄様はサンドイッチ。
エイリクはチョコレート。
私はマカロンだ。
配膳されて、給仕が去ってから、私は先程の話を再開させた。
「この祝石には……豊穣の加護があるかもしれないと仰っていたわ」
「王太子殿下が?……そんな話、僕は聞いてないんだけどな」
お兄様が怪訝に言った。
私はそっと、祝石に手を触れる。
「王都近郊とユジュの収穫量に、明らかな差が出ているそうです。もしそれを、彼──レイモンドが、知っていたなら」
まだ、私の祝石の力が収穫量と関係しているとは確定していない。
だけど、もしその可能性があるなら。
この祝石の持つ力はとても強力で、そしてそれだけに、価値はずっと上がる。
もし、豊穣の加護が、外部に流れているとしたら。それはとても危険なことだと思った。
お兄様も同様に思ったのだろう。
硬い声で続けた。
「危険だな。……もし、本当にお前の持つ祝石にそんな効果があるなら。それこそ、狙うものが後を絶たなくなる」
お兄様は難しそうに言った後「この話は一度持ち帰って、もう一度父上と話すことにするよ」と言った。
「それから、もうひとつ。ルナリア。お前に報告がある」
お兄様は、まだサンドイッチに手をつけていない。
エイリクはチョコレートをつまみながら、首を傾げている。
私は、ハイビスカスティーを手に持ちながらお兄様に視線を向けた。
お兄様は、真っ直ぐに私を見つめ──それから、やけに緊張した面持ちで私に言った。
「グレン・ソルシエ・ウィンザーなんだけどね」
「──……!」
驚いた。
その名を聞いたことに、ではなく。
お兄様の口から、グレンの名が出たことに。
お兄様は……ううん、お父様も。意図して、グレンの名を呼ばないようにしていたから。
あの事件以降。
ふたりは、一貫してグレンのことを騎士殿、と言っていた。恐らく、皮肉を込めて。
目を見開く私に、お兄様は言った。
「廃嫡された上、勘当処分になったよ」
「…………えっ!?」
「ええええ!?」
私とエイリクの驚きの声が重なる。
それに、お兄様が肩を竦めて苦笑した。
「ウィンザー公爵もいい加減、見切りをつけたんだろうね。お前たちも知ってるだろう?婚約披露パーティー。散々だったんだ。主に、あの元騎士が暴走してね」
お兄様はため息交じりに、サンドイッチに手を伸ばした。
「グレン……が……」
呆然と呟いた。
お兄様のお手紙にも書いてあったけど、一体何があったのかしら……?
先に、エイリクが尋ねた。
「正直いい気味ですけど。でも、放逐されてアイツはどこ行ったんですか?」
「さあね。だけど近衛も馘首になったらしいから、どこぞで傭兵でもやるんじゃないかな。腕がたつのは確からしいし。父上は把握してると思うよ」
「ク、クビになったの……!?」
色々と驚きの情報が多い。
聞き返すと、お兄様が胡乱げにこちらを見た。
「僕も人づてにしか聞いていないけど、王太子が相当お怒りらしい。国家転覆罪の容疑もかけられているみたいだから」
「国家転覆罪……!?」
エイリクが声をひっくり返して聞き返す。
「何をしたらそんな容疑がかかるんですか……!」
エイリクに聞かれて、お兄様は疲れたように首を横を振った。
「噂に聞いただけだから、詳細は知らない。だけど、相当詰められているらしいよ。ウィンザー公爵は、トカゲの尻尾切りよろしくグレンを追い出してやり過ごすつもりかもしれないけど、あれじゃあ終わらないだろうね。罰金……いや、降爵か、褫爵……私権剥奪も有り得るだろうね」
次々に口にする単語は、どれもとても重たいものだ。それほどのことを、ウィンザー公爵家が行ったということ。
エイリクが顔を青くして、恐る恐る尋ねた。
「私権剥奪って。……一体、婚約披露パーティーでグレンは何をしたんです?」
詳細を問われ、お兄様は端的に答えた。
陛下に、王女殿下との婚約を拒否した挙句、私の名前を出したこと。
その上、本来体調不良で欠席だった王女殿下もフラフラになりながら登場し、グレンと同様の宣言をした。
エイリクはあまりのことに黙り込んでしまっている。私も、驚いた。婚約披露パーティーでそこまでの騒ぎは、今まで聞いたことがない。
「いや。まあ。酷かったのはわかりましたけど。でも、それだけで国家転覆罪の疑いがかけられるもの、ですか?他になにか、あったんですよね?」
「そこまでの情報は出回ってない。けど、あの元騎士が王女をけしかけていた、という噂がある。実態はどうあれ、そのうち分かるんじゃないかな。話がつき次第、王家が公表するだろうから」
「…………」
唖然として、マカロンを摘んだまま、手が止まってしまう。
お兄様が、窺うように私を見てきた。
「ルナリア?……だから、お前が建国祭に出席しても、あいつとは顔を合わせる可能性は万に一つもない。そういう理由も含めて、父上はお前の参加を認めたんだよ」
お兄様に言われ、私はぎこちなく頷いて答えた。
正直言って──とても、驚いていた。
襲撃犯の正体がわかった時よりも、衝撃は強い。
グレンが、廃嫡された?
……実感がわかない。
私が王都を離れて、僅か一ヶ月。
あの事件から、二ヶ月。
その間に、状況は一変してしまった。
あの日を境に、私の人生は一変したのだと、強く実感する。
私はひとまず、手に持ったマカロンを口に入れた。
サクサクとした触感のマカロンを咀嚼しながら、情報を整理する。
グレンは、廃嫡されて、ウィンザー公爵家を追い出された。
ひとつ、明確な感情があるとしたら──。
「どうして……」
「うん?」
私は、怖々、口を開いた。
訳が、分からなかったから。
「どうして、グレンは私とふたたび婚約を結びたいと言っているの……?」
そう。明確な疑問は、それだった。
それだけが、疑問だった。
どうして?
だって、私とグレンの婚約は既に解消されている。
私はもグレンを信用できない。
彼ともう一度、なんて気持ちにはならない。
なれない。なれるはずが、ない。
だからこそ、不思議だった。
「身を滅ぼしてでも……私との婚約を求める理由は、なに……?」
陛下に嘆願してまで、私との再婚約を求める理由は、何?
お兄様の話を聞いて、じわじわと、確かな感情が芽生える。
それは、怖い、という気持ち。
……恐怖だった。
グレンが理解できない。
何を考えているのか分からない。
婚約中も、彼の気持ちを見失って度々不安にはなっていたけど。
でも、今とは度合いが全く違う。
何をするか分からない。
何をしでかすか分からない、という意味で、今の方が余程怖かった。
私の質問に答えたのは、エイリク。
「酔ってるんですよ、どうせ」
吐き捨てるように言いながら、エイリクはチョコレートを口の中に放り込んだ。
「よ、酔ってる?」
「何もかもを失っても愛だけは貫き通す!みたいな。どうせ、恋愛小説のヒーロー気分なんですよ!放っておいてもそのうち自滅するだけでしょうし、忘れた方が気が楽ですよ。ほら、姉上。チョコレート、いります?」
エイリクは、綺麗にカットされたチョコレートをつまんで、私に差し出した。
「ありがとう……」
それを受け取って、口に含む。
チョコレートの甘味を感じながら、私は未だ混乱していた。
(恋愛小説??の、ヒーロー……?)
考えても、よく分からない。
だけど執着されているらしい、という事実はひたすら私の恐怖心を煽った。
お兄様が、エイリクの言葉に頷く。
「エイリクの言う通りだね。まあ、どのみちお前とはもう会うこともない。次、邸に来たら、憲兵に突き出す。そしたら実刑は免れないから、数年は牢から出てこれない」
今のグレンは平民だ。
公爵令息という肩書きも、そして近衛騎士という肩書きも失った今、彼を守るものは何も無い。
そんな状況で、私に会いに来るかしら……?
分からない。
もし、何もかも失ってまで、私に会おうとするのなら。
それは──
私は、そっと胸元に手を当てた。ぎゅっと、祝石を服越しに掴む。
(怖い……)
ひたすら、怖いと思った。
何をしようとしているのか、何を求めているのか、全く分からないから。
話をしても、それに意味はない。話し合いに、意味はない。
私にはもう、彼と話すこともなかった。
場の空気を変えるように、お兄様が言った。
「それより、ルナリア?オスカーから手紙を受け取ってきたよ。後で渡す。……どう?オスカーとの文通は」
お兄様にそう尋ねられて、私はハッと我に返った。




