2 釣書は殺到するものの
サリエル殿下が「大急ぎで」と言ったのには、理由があった。
この国では、王立学園の在学中に婚約を決める人たちが多い。学園は学業に勤しみ新たな知識を得るだけでなく、出会いと人脈作りの場でもあるのだ。
だから入学と同時に、学園生は婚約者選びに奔走し始める。
例年、最初の半年で、いわゆる『優良物件』と呼ばれるような人たちはすんなり婚約が決まってしまう。
二年生も後半を過ぎれば、ほとんどの人たちが縁を結んだ婚約者との交流に時間を割くようになっている。婚約が決まっていないのは当人かその家門に何かしらの問題を抱えていると見なされ、ますます敬遠されることになる。
現在、私は学園の三年生。つまり、最終学年に進級したばかり。
ということは、卒業までに残された時間は、あと一年足らず。
残り一年で新たな婚約者を、それも婿入りしてくれる人を探さなきゃならないなんて、はっきり言って無理じゃない……!?
しかもこの時期、なんの問題もないまともな令息なんて、ほぼ残っていないのである。
もちろん、一、二年生の令息から選ぶ、という手もあるにはある。でも全体的に、年上の令嬢はあまり好まれない傾向があるのもまた事実。
これは詰んだ。完全に詰んだ……!
だから婚約解消だの臣籍降下だのをするつもりがあるなら、もっと早く言ってほしかったのに……!!
などと恨み言を言っても始まらない。
腹立たしくはあるけれど、ミリナ様を愛人として囲ったまま婿入りされるよりは数百倍マシである。そう思おう。でなきゃ、やってらんない。
サリエル殿下との婚約解消が公になるや否や、早速新たな縁を結ぼうと釣書が届き始めた。
「……これ、全部ですか……?」
お父様の執務室に呼ばれた私は、山のように積まれた釣書を見て唖然とする。
「まあ、これくらいは当然だろう」
お父様はどこか誇らしげではあるものの、今回の件に関してはまったく納得していない。
婚約解消以降、お父様と陛下との関係にははっきりと亀裂が生じている。
普段は穏やかなお父様が、「うちの娘を馬鹿にするにもほどがある!」と陛下に食ってかかったというから驚きである。そして、もっと早くに進言すべきだったと後悔しきりだった。
陛下はもともと、自分によく似たサリエル殿下には甘いところがあった。だから今回の件も、仕方がないな、という気はする。
王妃殿下はこのままではまずいと危機感を抱き、なんとか取り成そうと躍起になっているらしい。でも関係修復には至っていないし、お父様は「もう王家なんぞ知らん」とまで言っている。半ば自棄である。
そんなお父様は大量の釣書を前にして、ソファにどかりと座った。
「どれでも好きな釣書から目を通してみていいぞ」
そう言って、山のてっぺんに置かれていた釣書をひょい、と手渡してくれる。
「とりあえず、それが一番最初に届いた釣書だ」
「どなたからですか?」
「リヴィウス・ラケルタ伯爵令息だな」
「は?」
思わず、二度見する。
そして、考える。
なぜ……?
はたと動きを止めた私を、お父様が訝しげに眺めている。
「どうした? 中を確認しないのか?」
「だって、ラケルタ伯爵令息ですよ? お父様も知っているでしょう?」
「あー、なんだっけ? 『学園一の色気だだ漏れ男』だっけ? それとも『ふしだら放蕩令息』だっけ? あ、『ちゃらんぽらんなレディキラー』だったかな?」
どれも、当たっている。
そして、どういうわけかやたらと詳しいお父様に、言葉を返す気力もない。
そう。
リヴィウス・ラケルタ伯爵令息は、ちょっとした有名人だった。
同い年で、なんなら同じクラスの彼は、お父様が言う通り、数多の令嬢と浮名を流す女たらしである。
月光のように煌めく銀髪にラベンダー色の瞳を持ち、長身痩躯で眉目秀麗、巧みな話術と思わせぶりな態度で居並ぶ令嬢たちを片っ端から口説いて歩く、ふしだらで不誠実で貞操観念が緩く軽薄な、いわゆる女癖の悪い好色漢。
そんな彼から、なぜ釣書が届くのか。
わけがわからないんですけど。
「……この釣書、伯爵家の者が持参したのですか?」
一応、と思ってお父様に尋ねると、返ってきた答えは意外なものだった。
「いや、本人が自分で持参したんだよ。わざわざ私に面会まで申し出てね」
「会ったのですか?」
「そりゃあ、もちろん」
なぜか上機嫌なお父様である。もしかして、年上のおじさんまで手玉に取る手練れなのだろうか、あの人。侮れない。
「まあ、中を確かめてみなさい」
上機嫌なお父様が促すから、私は渋々中身に目を通した。
『リヴィウス・ラケルタ 王立学園 三年生(十八)
パルミオン王国 ラケルタ伯爵家 三男
身長:一八四センチ
体重:秘密♡
健康状態:すこぶる良好
得意科目:経営学、会計学、歴史、古典
不得意科目:特になし
※学園での成績は、常に五位以内をキープしております
趣味:女性を喜ばすこと
特技:一度会った女性の顔と名前は忘れないこと、剣術
性格:温厚、社交的、誠実、一途
学園での二つ名:「学園一の色気だだ漏れ男」
「ふしだら放蕩令息」
「ちゃらんぽらんなレディキラー」
フェリシア嬢との婚約が調ったあかつきには、一生一途に愛し抜きます
以上』
読み終えて、まずめまいがした。
……なんだこれ。
何も言わずに完全停止している私を見て、お父様が「どうした?」と首を傾げる。
笑いたいのを、必死に我慢しているらしい。
「……なんですか、これ。お父様は読んだのですか?」
「本人が中身を見てくれ、と言うからね。正直な令息だよね」
「正直すぎます。趣味や特技は女性のことばかりではありませんか」
「でも、成績はトップクラスなんだろう?」
「そうですけど、学園での二つ名までご丁寧に書き連ねる必要がありますか? あとなんですか、この体重のところの『秘密♡』って。ハートマークをつけている場合ですか? ふざけているとしか言いようがありません」
「まあまあ」
楽しげに頬を緩めるお父様の気持ちがわからない。
新たな婿探しはアトルム公爵家の一大事、言ってみれば存亡の危機なのである。もっと真面目に考えてほしい。
「ラケルタ伯爵令息だけは、絶対に選びませんから」
釣書を乱暴に突っ返すと、お父様は驚いて目を丸くした。
「どうしてだ?」
「お父様には申し訳ないですけれど、新たな婚約者に一番求めたいのは誠実さなのです。今度は絶対に、私を裏切らない人を選びたいので」
その言葉に、お父様はぐっと眉根を寄せた。
そして、「そうか」とだけ、つぶやく。
サリエル殿下に対して、確かに恋情はなかった。それは言い切れる。
でも、だからといって、婚約が解消されたことに何も感じないわけではない。なんだかんだいっても結婚するのはサリエル殿下だと思っていたし、不満があっても納得がいかなくても、すべて受け入れなくてはいけないと思っていたのだ。
そんな煩わしさから解放されて身軽になったというのに、ふとした瞬間思い知らされる。
私は、殿下に裏切られたのだと。
私は、殿下に捨てられたのだと。
――――こんな思いは、もう二度としたくない。
だから、新たな婚約者に望む一番の条件は、誠実さなのである。
見た目とか、成績とか、家門の経済状況なんかは二の次で、ただ私を裏切らず、約束を守り、お互いに信頼感を持てる相手なら、それでいい。
愛してほしいとは思わない。
でも理不尽に傷つけられるのは、もうご免被りたいのだ。人として、最低限私を尊重してくれれば、それでいい。
そんなささやかな願いを大きく上回るとんでもない未来がやってくることを、このときの私はまだ、知る由もない。




