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それなら私はこの家を出ます 〜あとは妹に全部任せればいいと思いますね   作者: 野良うさぎ(うさこ)


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6/20

本物

「…………なぜ落ちこぼれのあなたは無事でいられたの?」



母様の驚きとも侮蔑とも取れる表情。

結果的に、私は死ななかった。というよりも、光に包まれただけで何も起こらなかった。



むしろ、誰にも言えないけど、前よりも妙な力が増したような気がする。

そんな私の様子を気にする家族はいなかった。



なんにせよ、花純が目を覚ました。

両親との感動的な再会を遠目で見て、私の役目が本当に終わったのだと理解した。



「母様! こいつが私の事を生贄にして逃げたのよ!! こいつのせいで……、こいつのせいで……静流様が……」



目を覚ました花純に罵られる私。ただ黙って嵐が過ぎるのを待っていた。



「ふふっ、花純、安心しなさい。あなたは静流様と正式に婚約の義を結んだのよ。誇っていいわ。あなたはこの家の誇りよ」



「静流様と正式な婚約……、わ、私……母様!」



お互いを抱きしめ合う二人。

私はそれを冷ややかな目で見つめていた。冷たいというより、もう何も感じないと言った方が正しいかもしれない。



花純は痩せていた。長く眠っていたせいで、頬もこけていた。それでも、母様の腕の中にいる花純は幸せそうだった。

ああ、そうだよね。花純は愛されている。

私はそれを知っていたはずなのに、少しだけ胸が痛くなった。



「スミレ」



母様が私を呼んだ。

花純ではなく、スミレと。



「あなたは役目を果たしたわ。褒めてあげる。予定通り、あなたは今日からスミレに戻りなさい」



「はい、母様」



「ただし、花純が学園に戻るまで、あなたには最後の仕事があるわ。あなたが花純として過ごした日々を、全部この子に渡しなさい。交友関係、授業内容、生徒会、静流様との会話、ロイヤル・ブラッドの癖、学園での空気。全部よ」



胸の奥に何かが落ちた。

全部、渡す。

そうだ。私が作ったものではない。花純の名前で築いたものなんだから、花純に返すのが当たり前なんだ。



「わかりました」



「いい返事ね。ふふっ、安心しなさい。あなたにもご褒美をあげるわ。高等部には通わせてあげる。それから、あなたの婚約者も用意してあげたわ」



「婚約者……ですか?」



「ええ。極楽寺家の当主よ」



その名前を聞いた瞬間、父様の顔が少し引きつった。花純でさえ、母様の腕の中で動きを止めた。



極楽寺家。

七大名家の序列とは別枠で、鎌倉一帯を支配している守護家。関東の異能術師なら、誰もが知っている名前。

でも、その名前に明るい噂はない。



鬼の極楽寺家。

暴虐当主。

七里ヶ浜麗華でさえ手を出せない、化け物の家。



「……母様、それは」



「何か不満があるの?」



「いえ……」



「あなたにはちょうどいいわ。七里ヶ浜家の役に立てるのだから、喜びなさい」



母様は微笑んでいた。

花純に向ける笑顔ではない。私に向ける笑顔でもない。道具の使い道を決めた人の笑顔だった。



***



本来なら、来月から高等部に進学する予定だった。だけど、私と花純は一ヶ月学園を休む事にした。

私『スミレ』が意識を取り戻して、『花純』が姉のために面倒を見る、という事になった。



実際は逆だけど。



私の経験してきた四年間を、花純にすべて託す。膨大な日誌と映像記録を見ながら、花純はこれをすべて覚える必要があった。

初めはちゃんと覚えられるか心配だったけど、それは母様の一言で杞憂に終わった。



「花純の異能には瞬間記憶があるわ。そんなもの、一回読んだら覚えられる。だから、あなたは学園での空気感や、花純の質問に答えなさい」



実際、本当に花純はすぐになんでも覚えた。

元々優秀な子だと思っていたけど、年を重ねた事により、異能の力が更に強くなったみたいだ。



学園の交友関係、勉強、基礎体力。それらをすべてこなして、一ヶ月後には前の私とまるっきり同じ人間が出来上がった。



でも、分かったことがある。

花純は瞬間記憶を当てにしすぎている。そのせいで、頭を訓練するということを疎かにしていた。



「姉様、静流様はこういう時、どういう顔をするんですか?」



「少し眉を下げて、でも相手を責めないように言葉を選ぶと思います」



「……そう。ロイヤル・ブラッドの石神さんは?」



「石神さんは、冗談を言う時ほど本心を隠しています。だから、笑って聞き流すのではなく、最後まで聞いた方がいいです」



「柳小路君は?」



「ぶっきらぼうですけど、優しい人です。言葉より行動を見てください」



私は淡々と答えた。

答えながら、何かを一つずつ失っていくような気がした。



「私の可愛い花純……。あなたの中にはきっと龍の力が眠っているわ。……その力があれば、七里ヶ浜家は序列一位に――」



母様は花純の頬に触れて、うっとりと呟いていた。

私は部屋の隅で立っているだけ。



私の役目は終わった。

偽物の花純だった私は、本物にすべてを返す。



友達も、居場所も、名前も、愛された日々も。

全部、全部、花純のもの。



***



最後の日。

私は花純に、静流様からもらった手紙の返し方を教えていた。



「静流様は、あまり甘い言葉を最初から求めません。まずは実務的に返して、最後に少しだけ感情を入れるのがいいと思います」



「……姉様って、本当に静流様を手懐けていたんですね」



「手懐けていたわけじゃありません」



「でも、静流様は姉様が演じていた私を愛していたんでしょう?」



花純の声には棘があった。

私は何も言えなかった。花純が静流様を好きだった事を知っているから。



「……花純が戻れば、きっと大丈夫です。あなたは本物なんだから」



「当たり前です。私は本物の花純ですもの」



花純は微笑んだ。

でも、その微笑みは少しだけ震えていた。



私は窓の外を見る。台場の空は、あの日と同じように広かった。

蓮夜様からもらった時計を、そっと撫でる。今の私が持っている、唯一の私だけの思い出。



私は小さく呟いた。



「さよなら、花純」



それは妹に向けた言葉なのか。

私が演じていた花純に向けた言葉なのか。

それとも、私が少しだけ好きになってしまった日々に向けた言葉なのか。



自分でも、よくわからなかった。

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