40話 共に歩む、豊穣の結婚式
翌日、ついに結婚式の日が訪れる。早朝から、廊下を往来する使用人たちは慌ただしい。――もちろん、私も。
更衣室に響くのは、ナタリーの熱意に満ちた声。
「リリー様、息を止めて下さい! はい、今です! 今!」
「うっ! なんの、このくらい……!」
「あぁ、リリー様! ご立派です!」
「茶化すのはこれで最後よ、ナタリー!」
気合に満ちた言葉が飛び交う。そう、コルセット縛り上げの刑、再来だ。
ナタリーを筆頭に侍女たちは結婚式に向けて、私をコルセットで縛り上げる。しかし、今の私はあの頃とは違うのだ。
彼女たちの気合に負けていられないと、両足を地に踏ん張り、体を支えた。
そうして――純白のドレスに身を包み、準備を終えたと思った途端。
ナタリーの大きな声が部屋中に木霊した。
「う、うぅっ……感涙です……!!」
「ナタリー、泣くのは早いと思うのだけれど……」
「お嬢様ぁ……!」
「あらあら」
私がナタリーをなだめていると、他の侍女たちもナタリーに同調して、大きく鼻をかんだのだった。
* * *
式を挙げるのは礼拝堂。ここを訪れるのは婚約式以来だ。――私は耳をそっと傾ける。
「――で、あるからして。愛と守護の女神ルクレリティアは、この祭壇で愛を誓う日を迎えられたことに祝福を――」
司祭が祝福の言葉を述べている。しかし、私の意識は隣に佇むノーマン様へ向いていた。
(ありがた~い、お言葉なのだろうけど……。ノーマン様が素敵すぎて集中できない……!)
婚礼姿の彼は今まで見たこともないほど、輝いて見えた。髪色と瞳の色がコントラストのように映えている。厳格な結婚式の雰囲気の最中でも、慈愛に満ちた瞳で私を見つめて――。
ノーマン様の口がそっと開かれる。
「リリー、とても綺麗だ」
「は、ひ……!?」
「ふはっ……!」
小声で囁かれた言葉に、私は素っ頓狂な声を上げた。そんな私の反応に笑い声をもらしたノーマン様。
式の最中だというのにノーマン様は何を考えているのだろう、と視線だけで不服と訴える。けれど、彼にはそれすら愛しいと言わんばかりの笑みを向けられた。
ノーマン様の顔に刻まれた大きな傷が柔らかく歪む。そんな笑顔を向けられた私は――、顔を逸らすだけで精一杯だった。
(だ、駄目だわ……! 司祭様の言葉に集中よ、集中!)
心の中で自分を律した。すると――。
「ごほん! 女神の御許に――」
司祭は大きく咳払いをした。かと思えば、彼は私たちをいさめるような視線を送っている。
私は申し訳さから肩を落とした。すると、ノーマン様は悪戯な笑みを浮かべて、小声で囁いた。
「怒られてしまったな」
「えぇ」
私は正面を向き、小声で返すだけで精一杯だ。視線を合わせればきっと、心臓がうるさくなってしてしまうから。
そうして、祝福の言葉を終えた司祭は、にこやかに告げる。
「ここに二人の結婚を、女神が承認します」
彼は両手を差し出して、私たちの背後に視線を送る。
私たちは彼の視線を追って、振り返る。ノーマン様と歩んだウエディングロード。その先に佇むのはコルネリアだ。彼女の手にあるのは、ケディック家の紋章が描かれたリボン。
来賓たちに見守られながら、コルネリアは紋章リボンを運ぶ役目を担う。これは、とても意味のあること。
目の前の光景に、私とノーマン様は胸を熱くする。そして、ノーマン様は感極まったのだろう。目頭を押さえる仕草をするほどだ。
私たちの前まで足を進めたコルネリア。その姿を目にした司祭は大きく頷き、声を掛けた。
「こちらに」
「はい!」
はつらつとしたコルネリアの声。それを合図に、私とノーマン様は彼女の目線に合わせて屈むと、それぞれ手を差し出した。
コルネリアは紋章リボンを掲げると、にこやかに告げる。
「二人の末永い愛と温かな日々を祝福します」
私とノーマン様、そしてコルネリアを繋ぐように紋章リボンが、彼女の手によって掛けられた。
これは証だ。コルネリアと、ノーマン様と真に家族になったのだと、私に実感をもたせてくれた。
感極まった私の口から溢れたのは――。
「愛する家族と共に」
途端、礼拝堂に響き渡る拍手。
マティアス騎士団長はおいおいと声を上げて泣いている。その隣に佇むナタリーは鼻をかんでいる。そして、ハンスは静かにハンカチを目元にやり、涙を拭っていた。
厳格な式だったはず。けれど、ノーマン様の一声あって、屋敷を代表した者も式に参列している。それだけ辺境の皆の絆が強固であると示しているのだ。
それだけではない。アドラー伯爵夫妻、コルネリアのお友達であるソフィア嬢、そのご両親。様々な人が、私とノーマン様の結婚式を祝福してくれている。
喝采の中、コルネリアの笑顔がとても輝いて見えた。
「お父さま、お母さま! とっても素敵!」
コルネリアが一等、喜んでくれている。それが何よりも幸せなこと。
* * *
そうして、無事に式を終えた後。私たちを待っているのは、例にもよって夜会だ。
ノーマン様と来賓に挨拶をして回り、料理を堪能して――。そんな中でも驚いたのは、殿下から祝福の手紙を賜ったこと。
驚いている私を余所に、ノーマン様は意気揚々と告げた。
「これでリリーとの結婚承認以上に、王家の後ろ盾を得たという訳だ」
にこやかな笑顔の裏に隠されたノーマン様の本心を垣間見た気がする。が、ここは知らない振りをするに限るだろう。
私は張り付いた笑みを浮かべるだけだった。
夜会の最中、ほんの少しの休息。示し合わせたかのように、皆がサロンに集っていた。けれど、そこにコルネリアの姿はなかった。
私は疑問を口にする。
「あら……? コルネリアの姿が見当たらないのだけれど……」
「コルネリアはソフィア嬢と話に花を咲かせていた」
「そう。それは何より」
ノーマン様の言葉に、ほっと胸を撫で下ろした。――ソフィア嬢と一緒であれば安心だろう。
その次に、声を上げたのはハンスだった。
「ノーマン様、リリー様。第三王女エレノア様から祝福のお手紙ですが、実は続きがございます」
「続き、ですか……?」
思わぬ言葉に、私は聞き返す。すると、彼は大げさに咳払いをした。
「え~、ごほん。――『コルネリアに、家族が増えることを楽しみにしています』という、お言葉を賜っておりますぞ」
ハンスはそう告げると、「ほっほっほ」と老齢らしい大きな笑い声を上げた。
私はノーマン様をちらり、と見やる。彼は眩暈を覚えたようで、眉間を押さえて天を仰いでいる。――心なしか、耳まで赤い。
ノーマン様は押さえていた手を離すと、今度は熱さを誤魔化すように手の平で扇ぎ始めた。
「殿下のお言葉……。深い意味はないのだろう……多分」
「そうですわね、多分」
私もつられて、顔を赤くする。互いに、確認するように言葉を交わした。
そこで聞こえてきたのは――。
「先が思いやられるな、こりゃ」
「マティアス騎士団長、言葉をつつしんでいただけますか?」
「……辛辣」
呆れた様子のマティアス騎士団長とギロリと睨みつけるナタリーの、いつもの漫才だった。
和やかな雰囲気の中、私とノーマン様。――どちらからともなく、手を繋いだのは秘密だ。
【完】
ここまでご覧いただき、ありがとうございました。ノーマンとリリーの結婚式までの道のり、いかがでしたでしょうか。書籍化作業の傍ら、彼らの物語を描くのはとても楽しかったです^^
連載再開までに、時間を要してしまい読者の皆様には申し訳ない気持ちでいっぱいです……。というのも、実は昨年、体調を崩して緊急手術からの入院&休職など、色々ありまして。こうして、再開できたことを嬉しく思います。
一旦【web版】は完結となります。本来であれば、まき散らした設定(隣国との攻防戦・敵役の暗躍・コルネリアの将来など)が一気に芽を出す、第二部なんてのも構想はあったりしますが……。
【外伝】として、マティアス騎士団長と侍女ナタリーがどうなったのか、も機会がありましたらお見せできればいいなー、なんて。本編はあくまでもリリーとノーマン、コルネリアの物語でしたからね。
心を通わせ、本当の家族になっていく。そんな疑似家族が大好きな私の「好き」をたくさん詰め込みました((
コルネリアとお友達、ソフィア嬢との交流なんかも……本当は書きたいものが沢山!けれど、時間は有限です、悲しきかな……。
完結まで読んで下さった、そこのお方!
もしよろしければ、評価★★★★★や感想、レビューなどをいただければ、今後の励みになります!
他にも、異世界ファンタジー恋愛の短編(筋トレ令嬢や追放されたい聖女など個性的です)、人間×怪異のお姉さんの異類婚姻譚・現代ファンタジーを書いています! そちらもご覧いただければ、嬉しいです^^
7月中旬には長編も順次公開していきますので、これからも出口もぐらの作品たちをよろしくお願いします!




