31話 承認と祝福への旅立ち
怒涛の狩猟大会を終え、私を待っているのは――ノーマン様との結婚式。
狩猟大会の後、辺境が閉ざされる厳冬の間。ハンスの宣言通り、私とノーマン様は準備に追われることになったのだ。
ドレスの採寸に始まり、周辺貴族の招待客リストをノーマン様と相談した。そして、王都からの招待客も同様だ。他にも、屋敷の皆とも協力しながら様々なことを決めたのだった。
そうして季節は巡り、あっという間に温かな時期がやってきた。
私の脳裏に蘇った多忙な日々を思い、そっと心の中で呟く。
(こうして思い返せば……。その多忙な日々の積み重ねが、辺境の一員になった証だと思えるのだから……不思議なものね)
私はティーカップを手に取り、ほっと一息ついていた。視線を上げれば、ティータイムを楽しむコルネリアとノーマン様。ようやくこうして、のんびりとした時間を過ごせるだけの余暇ができた。
久しぶりに過ごす家族の時間。コルネリアはにこにこと笑みを浮かべて、口を開いた。
「いよいよ、お父さまとお母さまの結婚式ですね! わたし、楽しみです」
彼女にそう告げられれば、私は顔の火照りを自覚する他なく――。熱さを誤魔化しながら、視線をノーマン様へ移した。すると、どうやら顔を赤くしたのは私だけではなかったようだ。
ノーマン様は咳き込みながら、どうにか平静さを取り戻そうとしていた。そんな彼を見守るのはティーポットを手にしたハンスと、傍に控えているマティアス騎士団長だ。
(心なしか、二人が呆れたような視線をノーマン様に向けているのは気のせいね……きっと)
彼らの視線が私にも向かないよう祈るしかない。――だって、きっと私も同じような思いを抱いているのだから。
(正式な夫婦となったら、今まで以上に近しい仲に……。私の心臓、耐えられるのかしら……)
私は婚約式で胸の高鳴りを思い出してしまい、より一層、顔に熱が集中する。どうにか気を紛らわそうと、そっとティーカップを口に運んだ。紅茶の熱さが顔の熱を誤魔化してくれるようと願った。
すると、彼らの冷ややかな視線を受けていたノーマン様は大きく咳払いをした。それから、仕切り直しとでも言うように語り始める。
「式の前に……。王の承認を賜る」
彼の言葉に頷いたのは私だ。ティーカップを置き、ノーマン様と視線を交える。今日、こうしてお茶の席を用意したのは、この話をするためでもあったのだろう。
しかし、ノーマン様はさも面倒だと言わんばかりに眉を下げる。
「慣例のようなものだ。王への忠誠を示すための儀式のような……」
彼が語ったのは、辺境と王族との結びつきのこと。ここは王都から遠く離れた辺境の地だ。だからこそ、こうして節目には家臣としての忠義を果たすのだ。
ノーマン様は表情柔らかに、その先の言葉を続けた。
「俗に言う、王へのご挨拶という訳だな」
そう言って、肩をすくめて見せた。ノーマン様は私を見やり、優しく語りかける。
「リリーにとっては里帰りのようなものだろうか?」
「えぇ、そうなります。少し前に、父へ文を出したところです」
彼の問いかけに、私は微笑んで答えた。――こうした些細なやり取りでも、私の故郷だと思って言葉をかけてくれる彼の優しさがたまらなく嬉しい。
すると、ノーマン様はしきりに頷いて、軽快に言葉を続けた。
「そうか。折を見て、リリーのご家族にも改めて挨拶を――」
「い、え!? それは父の熱狂ぶりが恥ずかしいので……その……」
私は彼の言葉に、驚きの声を上げた。徐々に小さくなる私の声。
思い出すのは狩猟大会で目にした父の醜態。リベルテ家として、あのような醜態を再びノーマン様に晒す訳にもいかない。私は強い意志を瞳に宿したのだった。
すると、ノーマン様は「そうか……」と残念そうに呟いた。その次にはハンスに何か伝えていた。――これは、よからぬ予感。しかし、それを咎める訳にもいかず、私はそっと目を瞑るのだった。
彼はハンスと話を終えると、今度はコルネリア見やった。彼女はクッキーに夢中なよう。そんなコルネリアが微笑ましいと言わんばかりに、ノーマン様は目を細めて語りかける。
「コルネリアは王都へ赴くのは初めてだな」
「はい! とっても楽しみです!」
元気よく答えた彼女につられて、私も笑顔になる。
見知らぬ土地へ赴く不安を一切感じさせないコルネリア。その芯の強さは、ノーマン様やハンス、マティアス騎士団長たちと過ごす中で培われたのだと想像できる。彼らのいる安全地帯が、子どもである彼女の心を守っていたのだろう。
それはどこか、彼女の旅立ちのようにも感じられた。
コルネリアは可愛らしい目を輝かせて、語り始める。
「わたし、王都で行ってみたい場所があって――」
その言葉に、私は胸を張って答えた。
「あら! 街の案内でしたら、お任せになって。これでも警備部隊にいたことがあって――」
「わぁ……!!」
コルネリアは感嘆の声を上げて、眩しい視線を私に注いだ。――まさか王都にいた頃の経験が、役立つ日が来ようとは。コルネリアの希望を叶えてあげたいと思う心は、きっと親心というものなのだろう。
私はひとり納得して大きく頷いた。一緒に巡る場所を相談しよう、とコルネリアと約束を交わす。
ノーマン様は私たちの仲睦まじい様子を微笑ましそうに眺めていた。そうして、私たちが会話を終えた頃、そっと口を開いた。
「辺境から王都までは幾分かかる。準備はしっかりしておくように」
「はい、お父さま!」
またもや元気よく返事をしたコルネリア。ノーマン様の言葉に、私も小さく頷く。
すると、ノーマン様はハンスを目線だけで指してみせると、こう続けた。
「ハンスも同行する。何か入用であれば彼に」
「分かりましたわ」
そんな私とノーマン様の会話。すると、コルネリアは何かに気付いたように、はっとした表情を浮かべた。その視線の先にはマティアス騎士団長の姿。
彼は会話にこそ参加していなかったが、うんうんとしきりに頷いている。王都へ赴く、という趣旨の話し合いの席に呼ばれているのだ。コルネリアの護衛としてマティアス騎士団長も同行するものだと、私は考えていたのだが――。
コルネリアは申し訳なさそうに眉を下げて、こう告げた。
「残念だけど、マティアス騎士団長はお留守番ね」
「そんなぁ……」
コルネリアの無邪気な言葉に、弱々しく声を上げたのはマティアス騎士団長だった。
お待たせしました! 第四章開幕です!
結婚式を目前にした、リリーとノーマン。そして、コルネリア。舞台は辺境の地から王都へ!
引き続き、彼らの物語をお楽しみいただければ幸いです。




