51 初めての討伐依頼 2
「エリックは弟同然だもん。相手は見極めさせてもらうわ」
「それを言うなら、兄の間違いでは?」
「……ちょっと、黙ってて」
私とシュリの前には、ヴェレリアとエリックが並んで歩いている。
何故こんなことになっているのかというと――「一緒に来ますか?」というシュリの提案に対し、ヴェレリアが「そ、そこまで言うなら、し、仕方ないわね!」と即答したからである。そして、何故冒頭の発言に至ったのかというと――仕方ない、と答えたヴェレリアの頬が僅かに緩み、かつ、僅かに赤く染まっていたからである。これにより、ヴェレリアのエリックへの恋心は、私の中で確信に変わった。
シュリが何と言おうと、ヴェレリアがエリックの相手として相応しいかどうか見極めるのは、私の大事な役目だ。
例の如く、森までの道を覚えていない私とシュリは後ろからついて行く事しか出来ず、この並びになってしまうのは仕方ないのだが……私の気持ちなど知る由もないエリックは、ヴェレリアとの会話に夢中でこちらを振り向くことすらしない。時折見える横顔は普段と何ら変わらないが、それでも普段より楽しそうに見えてしまうのは、私の心が荒んでいるからだろうか。
「ヴェレリアはパッフンを知ってるか?」
「当然でしょう。昨日も食べたもの」
「美味しいのか?」
「まあまあね。スープが一番好きだわ」
「へぇ。食べてみたいな」
耳をダンボにして得た情報によると、ウェルリオではパッフンを日常的に食しているようだ。
私たちのメイドであるマエリアもウェルリオに住んでいるが、彼女が作るのはホーヴィッツ料理ばかりだ。彼女は大好きな姉――ナタリアと同じものが食べたいと、以前からホーヴィッツ料理ばかり作っていたらしい。おかげで、私たちは実家にいた頃と同じ料理を食べることができているのだが、それ故に、ウェルリオ料理はほとんど口にしたことがなかった。
「そ、それなら、今日採れた素材で、つ、作ってあげてもいいわよ」
「本当か!? ヴェレリアって良い奴だな!」
――な、なんですと!?
私がやきもきしている間に、エリックはさらりとヴェレリアの手料理をご馳走になる約束を取り付けていた。勿論、エリックがそれを狙って『食べてみたい』と発言したのではない事は分かっている。しかし、突如訪れたリア充な展開に、私は頭を鈍器で殴られたような気分になった。
「はわわ……! エリックが餌付けされちゃう!」
その言葉で我に返ると、私の隣を飛ぶセシルが大袈裟に頭を抱えていた。どうやら、ショックを受けたのは私だけではなかったようだ。
「もー! シュリのせいなんだからね! 何であの子を誘ったのよぅ!」
セシルに咎められたシュリは、涼しい顔で「はいはい」と言うだけだった。やきもきする私たちとは裏腹に、シュリは目の前の出来事に心底興味がなさそうだ。
「セシルの言う通りだよ。どうして誘ったの?」
「面白くなりそうだったので」
「ぜんっぜん面白くなーいっ!」
セシルが空中で手足をじたばたさせた。普段から落ち着きのないセシルだが、今日は一段と無駄な動きが多い気がする。それほど、エリックとヴェレリアの事が気になるのだろう。
「エリックは渡さないんだから!」
「もー、うるさいなぁ。聞こえないでしょ! ……あっ」
セシルの大声につられ、私の声も自然と大きくなってしまった。それに気付いて慌てて口元を手で覆ったが、間に合うはずもない。前方へと視線を移すと、こちらを振り向いたエリックが怪訝そうに眉をしかめていた。おまけに、ヴェレリアまでこっちを見ている。
「ははは……何でもない、でーす」
苦笑いで誤魔化したものの、エリックに溜息を吐かれてしまった。
「もー! セシルのせいで、エリックに呆れられたじゃない!」
私がそう言うと、セシルは何故か私の後ろにサッと隠れた後、右肩からおずおずと顔を出した。
「……あたし、あの子と目が合った、ような……?」
「そんなこと言って、話を逸らそうとしないの!」
ヴェレリアにはセシルが見えていない。これは、私の中で確信している。彼女がセシルについて何も聞いてこないのが、何よりの証拠だ。セシルは「でも……」とか何とか言っていたが、それよりもエリックとヴェレリアの会話が気になって、私はセシルの言葉を気にも留めなかった。
そうこうしている内に、私たちは森へと到着した。セシルはローベルを見るなり、目を輝かせて「補充してくる!」と飛んで行った。私は前回採取した上位の薬草が生えていないかと視力を強化しつつ周囲を見回していたのだが、【鑑定】を持たない私にはどれがその薬草なのか見分けがつかなかった。
森に入ってしばらくすると、突如、周囲の空気がガラリと変わったのを感じた。もしかしたら魔物の生息域に足を踏み入れたのかもしれない。そう思ったのは、きっと私だけではないのだろう。いつの間にかエリックとヴェレリアの会話も止まっていた。張り詰めた空気に、緊張感が増していく。私は視力を少しだけ強化し、周囲の異変をすぐさま察知できるように備えた。
「何か、音がしますね」
シュリが指さした方に視線を向ける。備えていた甲斐あって即座に視力を強化することはできたが、そこには魔物らしき姿は見当たらなかった。
「何も見えないよ」
「では、あちらは?」
「うーん……何も……」
天使見習いであるシュリは、五感が非常に鋭い。それだけでなく、私には理解の及ばない第六感や第七感なんかも備わっているそうだ。現在は人間の姿であるため能力は著しく低下しているようだが、私からすればそれでも十分すぎる程だ。
シュリのその能力は様々な面で役立っている。例えば、家に入る前に夕飯のメニューが予想できたり、そろそろ教師がやってくる事が察知できたり、セシルが私たちの食事をつまみ食いしたことに気付いたり……ともかく、色々と役立つのだ。そんなシュリの予想がことごとく外れているのは、珍しいことだった。
「もしかして、緊張してる?」
「何処に緊張する要素があるというのです」
私の言葉に、シュリが眉をしかめた。確かに、クラス全員の前で平然と魔術を使うシュリが、ヴェレリア1人増えたところで緊張などするはずもなかった。
「アリスこそ、緊張して見落としているのでは?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
私だって、緊張なんてしていない。……多分。
エリックに何も見えない旨を伝え、私たち三人は揃ってうーん、と首を傾げた。私たちは訓練と称して、何度も索敵の練習をしたことがある。ホーヴィッツは魔物があまり生息していない街であるため、代わりに野鳥や小動物を見つける程度の事しかできなかったのだが……
それにしても、シュリの聴覚・嗅覚、そして私の視力をもってしても見つけられないような魔物の討伐依頼が、本当に初心者向けなのだろうか。もしかしたらお姉さんに騙されたのかもしれない、なんてことが頭をよぎった。
「あなたたち、さっきから何をしているの?」
声の方に目を遣ると、ヴェレリアが怪訝そうにこちらを見ていた。
「パッフンを探してるんだけど、見つからなくて…‥」
「はぁ? ……もしかして、パッフンの特徴を知らない、なんてこと――」
パッフンの特徴――その言葉に、私とエリックは顔を見合わせ、大きく目を見開いた。
何ということだろう。私たちの頭からは、そんなことなどすっかり抜け落ちていたのだ。前回、シュリに『どんな魔物か調べてからの方が良い』と言っていたエリックですら思い至らなかったのだから、私が気付くはずもない。
「油断しすぎよ」
ヴェレリアが心底呆れたように言った。当然のことながら、私たちは何も言い返すことができなかった。
一匹あたりの討伐報酬が安かったこと、窓口のお姉さんのいい練習になる、という言葉――加えて、ハイオークを一人で討伐した実績のあるシュリが居るということで、私たちは無意識のうちに油断しきっていたのだろう。まさか、討伐対象を見つけるところで躓くことになるなんて、一体誰が予想できただろうか。
私とエリックは、揃って首を垂れた。
「……仕方ないわね」
顔を上げると、口角をニィッと上げたヴェレリアが私たちを見ていた。
更新がかなり開いてしまいました……
ゆるゆる更新するつもりなので、お付き合いいただけると嬉しいです。




