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エピローグ



 新生レイムナード王国に聳えるは、数多の骸の上に築かれた白亜の巨塔。

 その最上階に豪華絢爛な魔女の住処が存在すると噂されていた。

 そしてそれは事実であり、常人が目を疑う光景が広がっている。

 天使達が奏でる天上の音楽に合わせ、セイレーンが魔性の歌声を響かせる中、神さえ喰らわんとする大狼の腹をソファ代わりに、彼等の主=リリアナ・アイゼンクロイツは紙に筆を走らせていた。


「あ~、疲れたぁ~」


 一方、訪れた訪問者はリリアナに断わりを入れることなく対面に腰を下ろすと、だらしなくテーブルへと突っ伏した。


「お疲れのようね。確か今回の相手は神聖教団だったかしら、どうだったの?」


 手元の紙から視線を外したリリアナは、訪問者=シャルロット・フェイルノートの態度を咎めることなく問い掛ける。


「どうもこうもないわよ。そこそこ使えそうな勇者くんが相手だったから懐柔しようとしたんだけど、金も地位も女も通じない正義バカな狂信者でめんどくさいったらありゃしない。ああいう利に左右されない自分の正義を信じ切ってる連中は苦手。きっとすぐ傍にいる暗黒物質の塊のような女に感化されたのね」


「一体誰の事かしらね」


 突っ伏した状態のままジト目を向けてくるシャルロットを、リリアナは微笑みを浮かべてあしらった。


「ってか、人がめんどくさい相手と事を構えてたって言うのに、その間アンタは優雅にワインを飲みながら何をしてたのよ」


「あら、貴女も飲む?」


 リリアナがテーブルの上にあったベルを鳴らすと、頭部に角を生やした執事服の男がワイングラスを持ってやって来る。

 それを受け取ったリリアナがシャルロットへと差し出した。


「もらうわ。高そうだけど、どこ産なの?」


 上体を起こしたシャルロットはワイングラスを受け取り、注がれた赤い液体を一瞥して口を付ける。

 ちなみに産地を聞いてはいるが、実はワインの良し悪しの知識などなく、特に興味も無かった。

 そこは単なる見栄だ。


「私の血液よ。どう、美味しい?」


 ニヤリと笑ったリリアナが告げる。


「ぶふぅぅぅっ!?」


 直後、口に含んだワインを盛大に噴き出し、苦しそうに咳き込んだ。


「やだ汚い、可愛い冗談じゃない」


「ごほっ……そっくりそのまま返すわよ、冗談じゃないわ!」


 時を露わにして睨め付けるシャルロットと、それをどこ吹く風で受け流すリリアナ。

 そのじゃれ合いはいつもの事だと、淡々と後始末をする侍女達。

 今日も魔女の庭園は平和だった。


「で、それはなに?」


 シャルロットの視線がリリアナの持つ紙束に向く。

 普段本を読む姿はよく見かけるが、逆に彼女自身が筆を執ることは珍しいと言えた。


「ああ、これ? 暇だったし貴女の活躍を後世に残すべく歴史書を書いているの」


「捏造していないでしょうね?」


「脚色の範囲よ」


「見せなさい」


 怪訝な表情を浮かべたシャルロットが紙束を奪い取る。


「ああもう乱暴ね」


 あらあら困った娘ねとでも言いたげな視線を向けてくるリリアナを──癇に障るのはいつもの事だと──無視し、シャルロットは文章に目を通していく。


 卑劣なフロスレーム帝国の奇襲を受け、王城は炎に消え、王立学園は惨劇の舞台となった。それにより国王を始め、政治や軍に影響力を持つ高位貴族。またその嫡子をも数多く失い、迫る帝国軍の前に王国の未来は風前の灯火だった。

 不安に嘖まれる民衆。

 そんな彼等の前に立ち、毅然とした態度で道を示した者こそ、後の救国の聖女、栄光の武神姫と謳われるシャルロット・フェイルノートであった。

 類い稀なるカリスマ性を有する彼女は、王都周辺の貴族を瞬く間にまとめ上げ、先陣を切って戦場を駆け抜けた。

 人並み外れた戦の才を発揮した彼女の手によって、指揮官を討ち取られた帝国軍は敢えなく撤退するものの苛烈な追撃を受け、将兵の多くを失い瓦解する。

 勝利の立役者となったシャルロット・フェイルノートは英雄として民衆に受け入れられることとなった。

 またこの一戦が響き、帝国の軍事行動は数年の遅れが生じたと専門家は分析している。


「呆れた、自分のやったこと人のせいにしてるし。マッチポンプも甚だしいわね」


 頑張ってそこまでは読んだが、あまりに事実とは異なる内容に我慢の限界を迎え、シャルロットは紙束を投げ捨てるように手放した。

 先を読み続ける気力がない、三流小説の方がまだ読めるだろう。


「いつの世も歴史は勝者が創るものよ」


 偉そうな事を宣うリリアナを無視し、シャルロットは続ける。


「それに暗殺・脅迫・洗脳をカリスマとは呼ばないわよね、普通は。あと栄光の武神姫とか光剣の死神とか、こっぱずかしい異名をアンタが広めたこと知ってるんだからね」


「あら、格好いいとは思わない?」


 真顔で返されたシャルロットは言葉を失った。

 結果いろいろと面倒になり、敢えて答えず、取り敢えず聞かなかったことにする。


「実際は魔女の尖兵だけどね」


「人聞きの悪い、命令なんてしたことないじゃない」


「何度もお願い(強制)はされたわよ……はぁ。あ、紅茶お願い」


 自分の身を愁いて溜息を吐き、気分を変える為に傍に控える侍女に飲み物を注文する。

 すぐに用意された紅茶を一口あおり、シャルロットは改めて切り出した。


「で、勇者を失った神聖教団とはもうすぐ片が付くけど、その後の予定は?」


「これと言って決めてないわね。面倒な宗教家を抑えれば、あとは高が知れてるもの。貴女はどうしたい?」


「北は寒いから嫌だし、南は熱い。西は未開の地が多いし、東の島国は海を渡るのが面倒なんだけど。どうしたらいいかな?」


「ふふっ、我が儘ね。そうね、なら────」


 リリアナが僅かに瞳を細める。

 対してある程度長い付き合いになるシャルロットは、彼女がまた何か良からぬ事を考えていると察知して身構えた。


「もっと高見を目指してみる?」


 そう言ってリリアナは天を仰ぐ。

 釣られてシャルロットもまた視線を上げる。

 視界いっぱいに広がった夜空。

 そして満天の星々。


 リリアナが指す高見の意味を考える。

 天国を揶揄した意味ではないだろう。もしそうなら今日まで戯れに引き延ばすことなく、あの日出会った時に終わっていたはずだ。

 ならば純粋に空? だけど既に飛行技術の研究は始まり、そう遠くない未来、人は空を飛ぶ術を得る。

 それは彼女が望む未知ではない。

 だとすればその先にあるもの。


「まさか────」

 

 シャルロットが再び視線を向けると、リリアナは楽しげに笑い頷いた。


「ッ……そう、良いわよ。この際、行けるところまで行ってみせるわよ!」


 普通なら不可能だと一蹴したことだろう。

 でも目の前に座る悪役令嬢の姿をしたバケモノなら、それも不可能ではないと確信する。

 自分はあくまでもこの『ためさえ』の世界を支配できれば良かったはずだ。

 世界を手に入れ、安寧の中で怠惰で爛れた生活を送ることを夢見て。

 けれど今、それでは少し物足りないと感じている事に気付き、シャルロットは苦笑する。

 本当に自分は理不尽で不条理な暗黒物質の塊に感化されてしまったのだろう。

 でもそれも悪くない。

 だって今、自分は楽しんでいるのだから。


「なら私も協力してあげる。あなたの為なら世界さえも、いえ、星さえも」




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