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22:鏡の庭(レーティルコ)

「~~~~っ!?」


 突然の痛みに飛び起きる。見れば私の腕に噛み付く小さな魔物がいた。


(これは――……魔女キャロットが連れていた召喚獣?)


 レインが封印を潜った時に、私達だけ弾かれた? ダンジョンに向かったはずの、ラクトナイト邸、扉の前に私とアリュエットの姿があった。


「ピっ、ぐグォォ……」

「ロアに危害を加えるとは! 子オークと言えど許さん!!」


 私の声で目覚めたアリュエット。彼女は条件反射で剣を取り、片手で持ち上げた子オークの尻に突き付ける。


「ぴぎー! ぴぐぉぎぃぃい!!」

「くくく……精々泣き喚くが良い! 我が《牝牛(ヴァシユケス)》が貴様の尻から口まで一直線に貫いてやる!!」

「落ち着け。それは我らの恩人かもしれん」


 アリュエットの手から子オークを取り上げると、感激の涙を流し始める。こうして見るとなかなかに可愛いものだ。最高に可愛いレインが抱っこなんかしたらもっと可愛い。素晴らしい。今度念写撮影しなければ。


(などと言っている場合かっ!!)

「ろ、ロア!? 貴方こそどうした!? 落ち着いてくれ!!」


 レインに危機が迫っているというのに、レインの可愛さを想像している場合ではない! 壁に頭を打ち付け続ける私を、アリュエットが羽交い締めで無理矢理止めさせる。


「……すまん、取り乱した」

「あ、ああ。良いのだ……貴方が彼を大事に思っているのは知っている。不安になるのも無理はない。どうするロア? ダンジョンまでまた飛ぶか?」

「いや……推測だが、我とお前が封印の内に至れぬは【武具】【防具】を持たぬ故。口惜しいが戻る意味は無い」

「ぴぎぃ、ぐおー!! ぐおぐぐおぴぃ……」 


 私の腕の中で、子オークが手足をばたつかせ必死に訴えかけて来る。それの言葉を解析すると……此方へ帰った意味が見つかった。

 

「アリュエット、この子オークが何やら知っているようだ。読むは得手とは言えぬが……どれ」


 制限を掛けねば“聞こえ過ぎる”。触れて読み取ろうとしない限り読めないよう子オークの額に手を当てて、思考を一気に読み取ると……これはレインとラクトナイトの監視のために残されたものらしい。


「そうか……あのダンジョンは、この扉の向こうに顕現したか。扉を破ればレインもマリスも体はそこにあるのだろう」


 例の二重封印指定ダンジョンは、精神のみが入り込める場所なのか。入った瞬間強制的に“精神分離”が如き現象を引き起こされる。


「よく、守ってくれた。あの子に代わり礼を言う」

「守った……? この畜生がか?」


 アリュエットは子オークに疑いの視線を向ける。


「これは“オルクナース族”の子供だろう」

「オルク“ナース”族!? …………回復魔法でも得意なのか?」


 ナースの語感に意識を持って行かれたアリュエット。ある意味でそれは正しくもあるのだが。


「“冥界のオーク族”という事だ。オーク自体が冥府とも関わりの深い種族であるが……。肉体を離れた精神を見ることも、連れ戻すことも可能。ソロ攻略にも有用だ」


 キャロットは、一人で戦うことも視野に入れていた。姑息さ用意周到さはどこかマリスを彷彿させる。力で打ち負かせても、目的のための手段を選ばぬ貪欲さ……甘く見れば膝をつくのは此方か。


「くくく……」

「ロア?」

「いや、何。恐ろしい女だと思ってな。これは、レインやラクトナイトに何かあった場合の保険であろう。本当に……我らをよく、助けてくれた」

「ぴぐぐぉー!」


 子オークの顎を撫でると、それは嬉しそうに声を上げた。カラン……私の指に触れた意外な冷たさ。オークの首に何か取り付けられている。


「その魔法具は……ダイヤの物か?」


 オークの首に掛けられていたのは銀の首飾り。アリュエットが指摘するよう、コイン型の板には文字の並びが見えた。銀板に刻まれた魔方陣をなぞると、扉の横壁に魔方陣が現れた。


「こ、これは……ペット用入り口魔方陣!! なんて奴だ……人様の家にそんなものまで作り出すとは!!」

「いや……壁の穴は魔女が作った物では無い。これはすり抜け魔法だ。アリュエット、手を」

「ろ、ロロロロア!? そんな、いきなり……私達にはまだ早」


 言うより見せるが早い。片手でオークを持ち、もう片手で挙動不審なアリュエットの手を掴み、魔方陣へと飛び込んだ。私達が着いたのはあのダンジョンではなく、元のラクトナイト邸室内。


「レインにラクトナイト! マリスまで……眠っている? ここがダンジョンだとでも言うのか?」


 床には三人が倒れていた。三人の手足には、それぞれ噛み跡叩き跡があり……オークが起こした形跡がある。このオークは魔法具の力で部屋の中へも出入りが出来た。それで……噛まれて目覚めたのが私とアリュエットの二人だけ。


「治療魔法も効かぬか……三人は、ダンジョンに深く囚われている」

「彼らは夢の中で夢を見て、夢から目覚めてまだ夢の中……ええい、ややこしいっ! こんなことが続くと……今居る場所も現実なのか、自信が無くなりそうだ」

「……彼方にこのオークは居なかった。精巧な嘘を作ろうとした結果、意図しない物が介入できない場所になる。魔女の不在が夢魔に隙を作らせた。卑下しているが、お前の友は優れた魔女だなアリュエット」

「あ……ああ。そうだろう? あいつは――……凄い女だよ」


 私が魔女キャロットを褒めると、アリュエットの気には複雑な色が浮かぶ。二人の関係は修復へ向かっていると耳にしたが、この反応。女心はよく解らん。


(……まぁいい。私には関係ないことだ)


 大事なことは、ここが現実であるという証拠。我々の誰もがこれを認識していなかった。故に夢の世界にこれは入ることが出来なかった。このオークこそが現実の証明だ。


「ふむ……お前は主と連絡が付かなくなった。そこで異変を知らせるべく、我らを起こそうとしたのだな。解った……我が繋いでみよう」


 何者かの妨害が生じているのなら、それに勝る魔力を注ぎ込めば良い。オークに魔力を注ぎ込み、キャロットとの通信魔法を強化した……その刹那! オークの頭上に小さな魔方陣が出現し、彼の上半身を呑み込んだ。


『ぐぐぉー!! ぴぐぉおおお!!』

『オチっ!! 今まで何してたの! 心配したのよ……良かった!!』

「この声は……」

「無事に繋がったようだな」

『え……その声……』


 魔方陣が揺らぎ、魔方陣にオークが引き摺り込まれ……代わりに顔を出したのは赤い瞳の魔女! 魔女は我々の姿を認識すると、目を大きく見開いた。


「ロアぁ!? それにアリュエット!?」

『はぁ!? アリュエット!? あんな女の名前聞きたくもありませんわ』


 魔女の向こうでは、聞き覚えのある女の声が響いていた。



「なるほどね、そっちはそんなことになってたの。謝るわ……一応不審な動きがないか此方から監視はしてたんだけど、異界の方まで夢魔にやられてたのよ」

「我も詫びようキャロット。マリスの悪巧みでまた迷惑を掛けた」


 一通り情報交換をした所で、ロアから謝罪の言葉が出る。受け取る私も少々気まずい。


「当事者無しで代理謝罪合戦しても意味は無いわね。私の妹弟子が迷惑掛けたのは事実だし……みんなの体に精霊でも入れておいてくれない? あの馬鹿が体を乗っ取ろうとするかもしれない」

「承知した。後はギルドの企みを暴けば良いのだな?」

「ええ。マリスに入れ知恵したのはギルドで間違いなさそう。彼方に魔族サイドの者が紛れていないかチェックして。こっちからは夢にアクセスできそうだから、三人のことは任せて。叩き起こして来るわ」

「……ダイヤ」


 ロアとの話を進める間、黙りこくっていたアリュエット。話がまとまったところで様子を伺い口を開いた。


「アリュエット……?」

「……っ、赤領王は“夢魔法”の使い手だ。夢魔の他にも、国が絡んでいることを忘れないでくれ」


 彼女に言える範囲の助言だったのか? 灰領国へ忠誠を誓う女騎士が、その盟友の情報を私なんかに明かすとは。ロアを助けたいだけではない、彼女なりの……最善を選ぼうとしているのか。


(マリーを見捨てて、レインを殺そうとしたあんたが……あの子達を助けようだなんてね)


 笑っちゃうわ。そうね、笑えるわ。あんたの前で、昔みたいに。


「ダイヤ……その」

「ご忠告ありがとう。気をつけるわ」

「る……赤領(ルジェア)王は、陛下以上に得体が知れない。しかし彼もマリス同様……多くの魔力を欲している。レインを呪ったのは……きっと、赤領王だ。こ、これを……!!」

「こ、これは!!」


 それぞれの仕事に戻ろうと、私が首を引きかけた時、アリュエットが私の眼前に薄い冊子を滑り込ませる。


「に……任務で作っていた本。それを我が家のゴーレムが……赤領国ゆかりのゴーレムが、改竄した本だ」

「…………まずいわね」

「まずい?」


 確かに最高の本だ。それでも顔を赤らめない私を彼女は不審がる。


「これって唯の色ボケクソ爺の性欲大暴走って訳じゃなさそうよ。この魔術式……魔方陣、レインを使って《ホムンクルス》を作りたいんじゃないの?」

人造人間(ホムンクルス)だと!?」


 私の発言を聞いて、ロアは室内間を無駄な移動魔法で飛び、寝台に寝かせたレインを自分の腕へと収める。そして確認しようと本をアリュエットから奪い取り、すぐさま卒倒。


「ろ、ロア……!?」


 強く食い縛りすぎた歯茎からはボタボタと血があふれ出す。ついでに鼻血塗れになりながら、ロアはヨロヨロ立ち上がる。そんな状態でもレインには傷一つ付けずに庇うのだから大したものだ。


「か、体が無事なら……問題はないな!?」


 怖々とレインの腹に手を置き魔法で解析……異変がないことを確認しながらロアが言う。


「……だと良いんだけど。条件が揃ってるっちゃ揃ってるのよね。赤領王……とんでもない奴だわ。美少年を半分女体化させた挙げ句処女受胎ホムンクルス作製とか変態通り越して特殊性癖拗らせた狂人がいるなんて……」

「ろ、ロアー! 気を強く持て!! まずは精霊を入れよう、な!?」


 ロアまで精神分離しそうな勢い。アリュエットに揺り起こされて、何とか彼は正気に戻る。それから慌てて三人の体に自身の精神を割り、精霊人形の素を入れた。動かし操るよりも魔力を温存させようと、精霊は防御に務めさせ……レインも寝台に戻させた。


(こんなことになって来ると、あの刺客はレイン狙いの赤領王の手の者? ……やられたわ)


 コントとマリーの周りを警戒することで、レイン自身のガードが緩くなる。体が女性化することで同性の強みを無くしたロアも、積極的に守護が出来ない。犯人の情報を探るため、疑わしいアデルにレインが近付く。標的の方から近付いて来てくれるなんて、彼方は今頃高笑いの最中だろう。


(それなら、マリーのことも……)


 狙いは、私の“目”か。ふざけやがって。私の心は泣き叫ぶロア同様、激しい怒りを覚えていた。傍で暴れる彼を眺めて、私は呼吸を整える。こんな時こそ、冷静にならなければ。


「認めぬぞレインんんんんん!! そんな何処の馬の骨か解らぬ夢魔の子など、私の目が黒いうちはお前をホムンクルスの母になどさせるものかっ!!」


 枕元で騒ぎ立てる彼には……眠る精霊達も迷惑そう。


「起こしちゃったら防衛モードの意味ないでしょ。まったく、鼻かみなさいよ」

「……あ、ああ」


 声を掛けると、ロアは大人しく忠告を受け入れる。少しは冷静になってくれたようだ。


「夢でかけられた魔法によって……ホムンクルスを孕む、か。夢魔法め、そんなことまで出来るとは。恐ろしいな……眠るのが怖くなる」

「安心なさい、こんなことはまずないわ。あんたが同じ目に遭ったらタイトル詐欺にも程があるわよ、幾ら伸びないからってそこまで看板ねじ曲げたらクレームの嵐だわ! 別の界隈で需要在りそうだけど私はそんなの書かせないわよ!」


 私のメタ発言に小首を傾げるアリュエット。面倒なので特に説明はしなかった。


「そんなことより、よ。……どうしてレインなのかしら? 可愛いだけが理由なら、こんな回りくどいことはしないわ」


 どうして目を付けられたのが、コントではなくレインであったのか。彼にだって素質はある。

 ホムンクルスの製造に必要な物。器となる蒸留器とか、集める物が厳密には違うけど……赤領国が魔法を独自に研究した結果、人体を用いてホムンクルスが作れると仮定。

 あれは本来、女を介さず人工的に生命を生み出す技術。大昔に数例成功した話があるだけで、現代までまともな成功例は聞かない。赤領国はゴーレムの技術を応用し、ホムンクルスの技術を解明したのか?


(私が居た頃は……聞いたことも無い。ホムンクルス研究は禁忌とされていたわ)


 そんな技術を持ち出す以上、成功させる自信が赤領王にはある。失敗を恐れるなら、コントの事も手中に収めようとするはずだ。彼を器として精液、血液……そして女の胎。両性化したレインと、雄竜を身に宿す女体化コントならどちらもひとまずの材料が足りている。だと言うのにレインだけで事足りる、そう考える意味は何? 彼の血肉を用いて作りたいもの――……


「レインのご両親って、……そんなに凄い人なの?」


 彼の両親も勇者だったとは聞いた。幼くして両親を人の悪意に殺された……レインには辛い記憶だろう。名前を尋ねたり、詳しい話を聞いたりすることを……私達は避けて来た。こんな時でもなければ訊ねることも出来ない。ロアなら知っているだろう。何の気なしに問いかける……


「ああ。素晴らしい人だった。勇者ヴォルクと、セレノアの名を知らぬか?」

「あー、知ってる知ってるヴォル……ぶぉおおおっはああああああ!?」


 いけない、余りのことに床に唾を巻き散らかしてしまった。まぁいいか! コントの家の床だし!! 飛び出した勇者の名に、私は激しく動揺する。


「口元が酷いな、拭いてやろう」

「結構です!! アリュエットよろしく!!」

「あ、ああ」


 唾塗れの私の口元を、戸惑いがちにアリュエットが拭ってくれる。危なかった。オチはロアに触れられ話をしたと言っていた。私がロアに触れられたら本当にまずい。だって今私が思っていることは――……


(恩人のっ……憧れの勇者様のご子息にっ! 私は何てことを!! ごめんなさいヴォルク様!! 私貴方の大事な大事なレイン君で18禁のエロい本描いてしまいましたぁああああ!! 族長オークや騎士のみならず! 女体化NTR凌辱物まで描いてしまったすみませんっっっっ!!)


 思わず魔方陣を縮め、自分の首を切り落としたい衝動に駆られたが……マリーやレインのことを助けずに死ねるものですか!! 呪詛のよう「助けなきゃ助けなきゃ」を繰り返す私をアリュエットが気味悪がったが知るものか!


「動揺するのも無理はない。姉さんとあいつの血を継ぐレインは世界の宝だ」


 私の異様な光景にも、ロアは嬉しそうに頷いている。レインとその両親の凄さに私がこんなになっていると思っているのか。見た目より随分ピュアだなこの野郎。咳き込みながら、私も思考を切り替える。


「そ、そうね。と言うことは……夢魔の力で偉大な勇者の力を受け継ぐホムンクルスを生み出すことが赤領王の狙いって事かしら?」

「だが、そんなことが可能だとしても――……その子を赤領国が引き取る権利はないだろう?」

「可能だ。ホムンクルスは生まれながらに知識を有する。自ら赤領国に降ることを、知識として植え付けるなら」

「……一刻も早く取り戻さなきゃまずいわね。ありがとう、マリーを起こす方法が解ったわ。ミザリー!! さっさとスタンバイっ!!」


 私は魔方陣から顔を引き抜き、異界に留まるミザリーに準備はまだかと怒鳴る。


「人使いが荒い女ですの……」


 やれやれと肩をすくめるミザリーは、いつもの猫耳姿ではない。魔族たる“夢魔”と召喚合体した小悪魔的姿で立っていた。



 俺達はまだ夢の中。一度呪いが解けたレインも、現実の肉体は呪われたまま。その事実を知ってしまった以上、夢での身体にも反映。全ては再び振り出しか。いや、それでも一つだけ。レインは変わった。【防具】の継承を済ませた。俺とは違う。今、レインには何が見えているのだろう。彼が見つめる先を共に眺めても、俺には異様な空間だけが見えていた。


「……夢って移動魔法と同じなのかも。夢を渡り歩けるなら、それって世界を移動することだ。マリスが消えたのは移動魔法じゃなくて、このダンジョンの特性を利用したものだと思う」


 ここがマリスによって攻略されたダンジョンなら、夢魔の力を使ってマリスは何かをしようとしてる? それも彼が生きていくために、必要なことなのだろうか?


「にーちゃん、こっち」


 レインは道が解っているのか? 回廊には無数の扉。どれがマリスに通じる扉か俺には何も解らない。結局レインはどの扉にも手を付けず、回廊の先を目指してグイグイ進む。

 唯回っているだけか? 違う、回廊を一周……二周する度に、鏡が嘘を吐きはじめる。俺達の姿を映していた鏡は今や、別人の姿を映し始めた。鏡窓に至っては、次第に透明度が増していき……本当の硝子に見えてくる。やがて、窓しか無かった内壁に……硝子の扉が現れた。レインが触れたのも、中庭へと通じる扉であった。


「……にーちゃん、ここが《嘘の廻廊(フェイクロイスター)》。この先にある封印の間が《鏡の庭(レーティルコ)》だって」

「……レイン? 何だそれは」

「指輪って、契約とか約束の証なんだって。だから嘘に対して強い力を発揮する……って言ってる」

「言ってる? 誰がだ?」


 伝言のようなレインの言葉が何度か続く。彼は困ったように赤い指輪を俺に見せ、「聞こえない?」と苦笑する。


「えっとこの【防具】が。にーちゃんは聞こえない……みたい? 【武具】とか【防具】って喋るんだって。装備してる人にしか聞こえないのかな……鎧は何も教えてくれない?」


 指輪がこのダンジョンの名を知っていて、レインに教えた!? にわかには信じられない。そうなのかと鎧に問いかけても、此方は何も返さない。


「生憎何も……俺は持ち主として認められていないようだ」

「あはは……俺もアデルと戦った後に、名前を付けられてから聞こえて来たから。にーちゃんの鎧はまだ名前がないんじゃないかな」

「名前……」

「うん。マリスもアデルも【武具】を使う時、名前を呼ぶだろ? 俺も真似してみたらここに飛べたし、【武具】【防具】を使うには名前が必要なんだと思うよ」

「……それはマリスの時のように、俺が名付けて良いものか?」

「ああ、あれはアデルも驚いてた。普通は逆なんだって」

「逆……?」

「アデルの言葉……何処まで信じて良いか解らないけど。【武具】の所有者に名付けられて【防具】は対として機能する、みたいな……」


 自分で名付けても、装備は応えてくれない? 妙な決まりだ。名付け親となってくれそうな当てはマリスくらいなものだが、奴の冷めた視線を思い出す。……頼んで名付けてくれるとは思えない。土下座をして靴を舐めても無理だろう。此方が進んでやることに、喜ぶ男ではないのだ。嫌がることを、やりたくないことを無理矢理させる……屈服させることが奴の喜びなのだから。


「では……鎧はあてにならないな。すまない、レイン」

「謝らないでよにーちゃん! 俺が聞いてみるから」


 俺の苦悩を察したレインは、指輪の力を引き出した。内扉に触れて、情報を読み取っているようだ。


「……ダンジョン《嘘の回廊》は、入り口の名前を自在に変えられる。ダンジョンって言うか、ここの主の能力の名前かな。侵入者に与える扉が一つなら、何処にでも飛ばせるって事だよね」


 人間側が把握していない情報。【防具】は元々魔族の持ち物……魔族の情報を持っているのは当然か。


「この扉の向こうに、封印された夢魔がいる。マリスの手掛かりも……きっと」

「…………本当に、あるだろうか」


 レインを疑う訳ではない。しかし硝子の向こうには誰の姿も見えやしない。果たして俺達は封印を潜っただろうか? もしこの扉が本当の封印魔方陣だとしたら、開けてはいけない……入ってはならない場所なのでは?


「にーちゃんが俺を守って、俺がにーちゃんを守る。それなら怖いもの無しだ。にーちゃんの傍に居ると……勇気が湧いて来て、俺も勇者になった気持ちがするんだ」

(……本当は、お前も怖いのか?)


 レインの言葉は俺への信頼だ。言葉だけじゃない。今こうして傍にいてくれること。その行動が全て。

 互いに過去は知らないことばかり。深く追求せずに共に居る。不思議なことだ。お前の両親の名さえ知らなかった俺が。主でもないお前の存在に安らぎ、救われている。

 お前を支えたと思ってすぐに俺が崩れて。そうなれば今度はお前が助けてくれる。そんな関係がこんなにも心地良い。助け支え合うがパーティ……無意識の内に、レインはそれを体現している。“本物の勇者”の子は凄いな。


「レイン…………」

「なーに?」

「いや…………ありがとう」

「えへへ、変なにーちゃんだな! じゃあ、開けるよ!」


 ドアノブに手を掛けるレインの手。上から俺も重ねて扉を開く! 震えは感じなかった。


「……わぁ、本当に“嘘”なんだ!?」


 レインの歓声。緑に見えた中庭は、扉を開ければ銀色の庭園。鼻も草木も鏡で出来ていて、池の水も柔らかな鏡。覗き込んでも中は見えず、自分の顔が映るだけ。時折跳ねる魚も鏡色、鏡の内より飛び出して、鏡の中へと帰って行く。そんな奇妙な空間中央に、赤い玉座がぽつんとあった。眠る男の鎧は鏡色。歪な空間と俺達の姿を映した鏡。動かぬ鎧が手にしているのは、禍々しい魔力を宿した赤い斧。


「あれは……【赤の王(エリク・ロワ)】!?」

「アデルかもしれないし、そうじゃないかも。油断はしないでにーちゃ……」


 警戒しながら玉座に近付く俺の前に、ふわりと風が舞った。


「へぇ……【防具】持ちは流石だねぇ。ここまで来るとは思わなかったよ、レイン。流石はあの男の子だ」

「マリス!」


 声は何処から聞こえる? マリスの声は聞こえても、彼の居場所が分からない。声まで鏡が反射するとは何事だ!? あれは唯の鏡でないらしい。俺が辺りを見回し玉座から目を離した瞬間、前方から殺気が襲いかかった!


「ぐぅっ……!!」

「やるね、アニュエス」


 作り出した氷の剣で、【白の王(ブラン・クロード)】を受け止める! マリスの剣が重い。歯を食いしばっても、押し返すことも出来ない。


「だけど、まだ【防具】を使いこなせていないようだ!」


 剣を折られた衝撃で、後方に俺は吹き飛ばされる。これでも手加減されている、そんな事実が堪らなく悔しい。


「にーっ……ュエス!!」

「言いつけを守らない悪い子は、僕の好みじゃないよ」

「嘘吐け! 割と従順なミザリーだって蔑ろにしてるじゃないか!!」


 俺の代わりにレインが悪態を吐きながら、すかさず精霊人形を召喚! 中距離遠距離を一人で担い、マリスに迫る。


「ははは、彼女のことは好きか嫌いかで言えば結構好きだよ。他人とは思えない。まぁ、愛かどうかは永遠の哲学だね」

「良いように使ってるだけだろ!」

「そういう君は、愛を知っているのかい? 偉そうに人に講釈出来るだけの愛を」

「俺はっ……にーちゃんとねーちゃん達が大好きだよ!」

「それじゃあもし生涯今の体のままと仮定して、君はコントとマリーのどちらを選ぶのかな? 体の変化で心も変わってしまうなら……君の好意もそれぞれ意味が変わって行くよね? ああ、それとも……もう一人居たね。“アデル”だったらどうする? 君は彼に、女でもあり男でもある時に出会った。君が彼に抱いた好意は、どういう意味を持つんだろうね?」

「!?」


 マリスがその名を口にした時、玉座の鎧に異変が現れた。



 言葉で命を吹き込まれた人形のよう、ゆれりと立ち上がり武具を構える。鎧騎士が標的と定めるは俺ではない。


「レインっ!!」

「君の相手は僕だろう?」

「がはっ……!」


 身を起こした所を蹴り飛ばされる。何のとまた起き上がろうとした刹那、腹部に鈍い痛みが走った。マリスが得物を投げたのか。


(【白の王】……!?)


 腹を貫く【武具】は、血から魔力を吸い取っている? どんどん体の力が抜けていく。


「駄目だよアニュエス、僕を見ないと。余所見をするなんて君を甘やかし過ぎたかな?」


 【魔妃の防具】は魔法に強く物理に弱い。肌の露出している場所を、武器で傷付けられればダメージが通ってしまう。《魔女の入り江》での戦闘を、マリスはよく見ていた。


「くそっ! にーちゃ……待ってて今、助けに……!」


 精霊人形を盾に距離を取るも、筋力の差は歴然。レインの精霊人形は、一撃で切り捨てられてしまった。レインは怯まずその間に貯めた魔力で、斧を持つ腕の関節を吹き飛ばす!


「……!?」


 吹き飛ばされた腕からは血が流れることもない。見えない糸で引くように、離れた腕は再び鎧の元へと戻る。


「守れ《赤の女王(キティ・カルマン)》っ!」


 恐怖に戦きながら、レインが【防具】の名を叫ぶ。指輪の光が広がって、《鏡の庭》を深紅の結界にて覆う。それは俺とレイン以外……マリスと鎧騎士までも。どういう効果があるのだろう? 少なくとも、回復・沈痛作用は感じられない。赤の結界の中で、俺は呻くことしか出来ずにいた。


「ふーっ、……ふっ、ぅ……」


 剣身は大地に深く挿し込まれ、俺の腹には鍔が触れている。自力で引き抜くことはおろか、体の自由も奪われた。これだけ血を流せば、マリスの影魔法の傀儡だ。


「影を操っても、不思議だねぇ。君はいつも“何か言いたそうに”僕を見ている。全部奪ってやったのに、また魔力をそんなに貯め込んだ。感情や腐術ブースト分を考慮に入れても“普通の人間”を越えている」

「はぁ……っ、はっ……」

「白は何ものにも染まらない。……良い名前をありがとう、アニュエス。……何かが変わると思ったけど。こうして君を傷付けても、僕は何も変わらないんだね」


 言ってやりたい、文句は幾らでもあるのに。言葉を発する自由さえ……傀儡からは奪われた。せめてもの抵抗は、俺に残された二つの目。感情を込め奴を見つめる以外……何も、ない。怒り憎しみ、憐憫……思慕。貴方を思う心は、一つの名前に絞れない。俺の心を一つずつ味わうように見下ろして、マリスは満足そうに微笑んだ。


「そこで見ていると良い。楽しかったよ“コント”。君の色んな表情は」


 餌を求める魚のように、口の開閉だけを繰り返す俺をマリスはせせら笑っている。


(こ、こいつ……気付いていたのか!? 一体何時から!?)

「ああ、その顔。やっぱりそうなの? あはは、言ってみるものだねぇ」


 ブラフにやられた。俺の表情はそんなに嘘が吐けないか? 心も読まずにマリスは俺の心を見破った。


(こいつという奴はっ…………!!)

「おかしいと言えば最初からか。レインが親しい人間を、名前だけで呼ぶのはおかしい。どうして“ねーちゃん”が付かないのかな?」


 レインの言葉は独特だ。知らない相手はにーさんねーさん、さん付けで。顔見知り程度なら名前呼び。親しい者には名前+敬称で、にーちゃんねーちゃんが付く。失言から生み出された偽名であれど、この距離感……“昔の知り合い、恩人”設定であるアニュエスを、名前呼びはあり得ない。俺もマリスも今更そこに思い当たった。互いに、動揺していたのは事実らしい。


「まぁ……楽しかったよ。唯の人間だった頃を、少し……思い出せた」


 殺さないのか? 引き抜かれた【白の王】。マリスは鞘へと得物を戻し、赤い瞳に郷愁の光を灯す。


(殿、下――……)


 貴方から人間の生を奪った俺が、貴方に人の心を思い出させる。何て皮肉だ。もっと上手く、バレないように…………貴方を騙し切れたら良かった。そんな悲しい顔をして欲しくない。二度も貴方を傷付けるなんて、そんなこと……俺は望んでいなかった。


「……っ、我が……王」


 貴方がどんなに変わろうと。貴方は俺の――……!


「早く【防具】を物にして呪いを解けば? 君が【防具】に認められない限り、レインは助けられないね」


 伝えたい言葉を伝える前に、彼はいつものマリスへ戻る。傷ついた惨めな俺を嘲笑い、レインの危機を愉しんでいた。



コルティーレで中庭。

鏡に映してレーィテルコ。発音微妙なのでレーティルコ。鏡の庭のできあがり!! 食え!!

(深夜にカップ麺食べたくなって我慢している精神状態)

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