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第二十六話 独学と教学

「クリスー、起きて! 朝ごはんだよー!」

「んー?」


 ナナからエリアの家族になってほしいとお願いされた翌朝、エリアが朝食を作り終えたあと、俺を起こしに来てくれた。


 誰かに起こしてもらうのはこの世界に来た朝に、エリスに起こされた時以来だ。


「おはよう、エリア」

 身体を起こし、目を指で擦りながらエリアに挨拶する。


「おはよクリス!」

 エリアも笑顔で挨拶を返す。


 エリアは朝食を作ってそのまま起こしに来たのか、エプロンやポニーテールのままだ。

 ボーッとエリアを眺めていると、視線に気付いたエリアが横髪を耳に掛ける。

「どうしたのそんなに見つめて? あ、まさか私のあまりの可愛さに惚れちゃった?」


 すぐ否定しようと思ったが、俺は後頭部を照れくさそうにかいて「そうかもしれん」とからかい返しをした。


「え、ほんとに!?」

 エリアが床に手を着いて、グイッと顔を寄せてくる。

 いきなり寄せてきたエリアに少々驚いたが、堪らず吹いてしまい冗談だった事を打ち明けた。


「もう! からかわないでよバカ!」

 バッと立ち上がり腕を組んで怒ってしまった。


「ごめんごめん、でも先にからかってきたのはエリアだろ」

 宥めるようにそう言うと、エリアは腕を下ろしジッと俺の方を見た後何も言わずに部屋を出ていく。


「なんだったんだ?」




 布団から立ち上がってエリアを追いかけるようにリビングに向かうと、テーブルには既にアルデライトさんに化けたナナが座ってご飯を食べていた。

 エリアもナナの隣に座り食べ始めている。


「おはようございます、アルデライトさん」

「あぁおはよう、クリスくん」


 俺も向かい側に座り、用意された朝食のサンドイッチを食べ始めた。


 しかし会話はなく、沈黙の中に小さな咀嚼音やコップを置く音などだけが聞こえる。


 チラッとエリアの方を見ると、怒ってる様子はないが目が合うとスッと逸らされてしまった。


 今日から一緒に修行するため、このままじゃマズいと思い声をかけるタイミングを伺う。


 結局食べ終わるまでタイミングが掴めず、食器を片付ける時も近付いた瞬間にサッと逃げるようにリビングを出て行ってしまった。


「なんだ、お前達喧嘩でもしたのか?」

「いや朝エリアが起こしに来た時にからかわれたから、からかい返したら怒ったっぽくて」


「なんだそれ」

「いや、俺にもわからん」


「まぁなんにせよ、準備が出来たら裏庭に来い」

「あぁ、わかってるよ」


 とりあえず修行する準備のため部屋に戻ろうと廊下に出ると、エリアが壁に寄りかかり天井を見上げながら俺を待っていた。


「ごめんクリス、いきなり冷たくして」

「気にしてないけど、どうしたんだ?」


「自分でもわかんないんだけど、クリスに冗談って言われてなんか感情が溢れ出そうになっちゃって、どうしてなのか考えてたの」

「……それで答えは出たのか?」


「ううん、出てない。でもこのままは嫌だと思ってここで待ってたの。すぐ出てくると思ってたし」

「そうか。俺も急にどうしたんだ?って思ってたからさ」


 エリアは首を振ってこちらを見つめる

「ごめんね、心配かけて」

「いやいいよ、俺もなんか怒らせたかな?って思ってたところだったし」


「ううん、全然怒ってない……怒ってないけど……。うん、とりあえず朝の事は忘れて、今日は一緒に頑張ろうね」

 エリアは俺に近付いてきて、右手を伸ばしてきた。

「あぁ」

 俺はその手を取り握手する。


 手を離したエリアは満足そうに階段を駆け上がっていく。

 俺はそれを見送ったあと、歩き出そうとした瞬間「ねえ!」と階段から顔を出すエリアに呼び止められた。


「どうした?」

「着替えたらそこで待ってて、一緒に行きたいから」


 特に断る理由もない、というよりどこから裏庭に行けばいいか分からなかったため快く承諾する。


 返答を聞いたエリアは俺に手を振るとドタドタと駆け足で部屋に入っていった。


 部屋に戻った俺は師匠と修行する時に着ていた、トレーニングウェアとジャージのような動きやすいパンツに着替える。


 部屋を出てエリアに言われた通り階段のそばで待っていると、エリアが2階の廊下を駆ける音が聞こえてきた。


「ごめんクリス、お待たせー」

「俺もさっき来たばっかだから大丈夫だ」


 エリアは上に真っ白なTシャツ、下に水色に白い縦線が2本入った短パンを履いており、Tシャツの裾を結んでへそ出ししていた。

 髪は結んだ裾とは反対側にサイドテールにしていて可愛らしい。


「どうしたの?じっと見て」

「いや、可愛いなと思って」


 特に誤魔化すことなく素直にそう伝えると、エリアは頬を赤く染めた。

「……クリスってそういう事平気で言うよね。でも……その、ありがとう」

「あ、あぁ。義妹(いもうと)に褒める時は素直に褒めるって言い聞かされててつい、な」


「ほ、ほら。早く行こ!」

 微妙に甘くなった雰囲気のままエリアに手を引かれ、廊下の奥の扉を2枚抜けて裏庭へと出る。


「やっぱりキッチン横の扉から出られたんだな」

「うん、だから玄関から真っ直ぐ裏庭に行くことができるんだ」


 裏庭に出て周りを見回すが、ナナの姿がない。


 しばらく待っていると。

「すまない、待たせたかな?」

 アルデライトさんの声が後ろから聞こえ、エリアと共に振り返る。


 そこにはいつもと変わらず和服姿のアルデライト(ナナ)が居た。

 ナナはそのまま俺とエリアの間を抜けて、真っ直ぐ歩いていく。


「お父さん、森に入るの?」

「あぁ、と言ってもすぐそこだけどね」


 そう言いながらナナは家を囲んでいる木製の柵に手を付き、扉を開けた。

「ここ扉になってたんだ」

 エリアもどうやら1箇所だけ扉になっていた事を知らなかったようだ。


 森の中に入っているナナの後を追いかけていくと、前方に建物が見えてきた。


「アルデライトさん、ここは?」

「ここはアルデ、じゃなかった私とエリナが使っていた鍛錬用の道場だよ」


「エリアは……知ってるわけないか」

「うん、私も初めて来た。家の裏手にこんなところがあったのね」


 エリアは俺とナナを置いて道場に駆け出した。


 道場の壁は焦げ茶色の木製、天井は深緑色に塗られており森の中に溶け込んでいる。


「森の中のせいか空気が澄んでるな」

「いいところだろう」

 ナナが腕を組んで誇らしげに言う。


 ナナは懐から鍵を取り出し、道場の扉に付いた南京錠を外す。


「2人で開けてみなさい」

「わかった、クリス」

「あぁ。じゃあ俺は右の扉をやるから、エリアは左側を頼む」

 エリアは人差し指と親指をくっ付けて丸を作ると、足速に扉の取ってを掴んだ。


 扉はスライド式になっており、俺とエリアで左右にそれぞれ引っ張って扉を開ける。

 しかし長年放置されていた影響か、扉が重くて数ミリずつしか開かない。


「くっそ、重たっ」

「うーん、動かないー」


 動き出してしまえば後は軽いもので、俺は腕に疲労感は残ったものの何とかこじ開けることができた。


「エリア、そっちはどうだ?」

 扉を完全に押し込んだ俺は、手をはたきエリアの方に振り返る。


 エリアは全身を使って扉を押しているが動く気配がない。

「俺も手伝う」

「うん、ありがと」


 疲労感のせいか俺が開けた方より重たく感じたが、何とかエリアと一緒に扉を押し込み、入口が開放された。


「2人共ご苦労」

 ナナは肩で息をしている俺達の横を素通りして、中に入っていく。


 俺とエリアは一度顔を見合わせ、ナナの後を追い掛ける。

 道場内は黒いカーテンが閉められており、灯りがないと何も見えず、奥に入って行ったナナもどこにいるのか分からなかった。


 手で周囲の様子を確認しながら奥へ進んでいくと、バタンッと大きな音を立てて入ってきた扉が閉まった。


「きゃっ、急にどうしたの!?」


 扉が閉まるとさらに何があるか見えないな。


 俺は一度歩みを止めて周囲を警戒し始める。

「アルデライトさん、これはなんの真似ですか?」


「安心してくれ、この道場の中には私達以外は居ない」

「という事は、これも修行の一貫ですか?」


「その通り、カーテンを閉めればこの道場内は一切光が入らないから、いくら待っても目は慣れてこないぞ」


 状況から察するにこの状態で何かするんだろうけど、一体何をさせるつもりだ?


「そうだな。まず2人にはこの暗闇の中で、声だけを頼りに出会ってもらおう」

 ナナは「始め!」と同時に手を叩いた。


「クリスー、どこにいるのー」

「俺はここだー」


 お互い声を出し合っても、閉鎖空間な上道場内の構造も分からないから近付きようがないな。


 音が反響してエリアの居場所が特定出来ず、次の手段を考えているとエリアが再び声を発した。


「クリスー、少し声を落として私の名前を呼んでみて」

「え?」


「いいから早くー」

「わ、わかったー」


 俺は訳も分からないまま「エリア」と呟く。


 流石に聞こえなかったかと思い声を出そうとした瞬間。

 ダダダダダッと駆け寄って来る足音が段々と大きくなっていく。


「クリス居たー!」

「エリアどうし……ぐふっ」


 俺に向かって走り込んできたエリアに抱き着かれて、床に店頭した。

「痛ってぇ、大丈夫かエリア」

「へへへ、私は大丈夫」


 真っ暗で姿は見えないが、目の前からエリアの声が聞こえてくる。


「ふむ、合格だな」

「うお、いつの間に」

 スッと隣に現れたナナに驚いた。


「さて一度カーテンを開けようか」

 微かに漏れている光を頼りに、手分けしてカーテンを開けていく。


 全てのカーテンを開け放ち道場内に視線を戻すと、すぐにその違和感に気付いた。

「この道場、こんなに広かったっけ?」

「言われてみれば、確かに広いわね」


「一番わかりやすいのは出入口の横、入る時入口の隣はそんなに広くなかったはず。木で隠れていたって事もないだろうし」

「正解だクリスくん、この道場内は魔法によって空間が広げられている。外見との差は約5倍、この魔法はこの国の女王様が施してくれたものだ」


 ナナが説明する中窓に近付いて外を確認するが、周りは木ばかりで違和感は特になかったが、外から改めて見てみると扉を押し込んだ壁以外無い。

「凄いな、これ」


 道場内に戻ると、ナナが奥の部屋から上半身だけの木製の人形を運んでいため、ナナに駆け駆け寄った。

「アルデライトさん、これは?」


「こいつは鍛錬用の木偶人形だ」

「へー、剣と盾が付いてるわね」


 エリアが木偶人形の周りをくるくると回りながら見ている。


「じゃあ1人ずつこの木偶人形に攻撃を行ってもらう。攻撃方法は通常攻撃ならなんでもいい、とにかくこの木偶人形にスキルなしで10回攻撃を当ててみてくれ」

 ナナが木偶人形を下ろして離れた。


「じゃあ私からやるけどいいよね?クリス」

「あぁ、いいぞ」


 エリアは槍を具現化させ、クルクルとその場で肩慣らしのように槍を振り回す。


「よし、それじゃあいくね」

 エリアは槍の刃を右下に構え、右手と背中で支える。


 目を閉じ一度呼吸した後、見開いたのと同時に走り出す。


「はあぁ!」

 突進の勢いに乗りながら下がった右手を左上に振り上げ、左逆袈裟斬りで木偶人形に攻撃し、8の字を描く様に手首を回し左下から逆袈裟斬りで切り上げる。


 腕を下げ、右手と腰で横向きに固定した槍を身体と一緒に時計回りで回り、そのまま回転斬りを3回当てた。


「よっ!」


 回転斬りの勢いのままさらに回ると足元から真上に切り上げ、木偶人形を自分の身長より高く持ち上げる。


「たぁ!」

 槍を長く持ち、右手だけで木偶人形の4連続の突き攻撃を当ててフィニッシュ。


 突き攻撃で飛ばされた木偶人形が床にぶつかり、道場内に少し高い衝突音が響いた。


 音が止むとナナが隣で拍手する。

「うむ、見事だ」

「やったー! ありがとお父さん」


 エリアが飛んで喜んだ。

「ねぇねぇ、クリスはどうだった?」

「全身を上手く使ってるな、と思った……かな」


「そかそか、ありがと」

「では次、クリスくん」


「……はい」

 ナナが木偶人形を初期位置に置き直して離れる。


 さて、どうしようか。

 俺の得意なのは大剣だが、大剣は連撃向きの武器じゃない。

 一撃一撃大ダメージを取る瞬間火力が売りの武器だ。


 でもナナの指定は十連撃……となるとやはり太刀を使うしかないか。


 俺は太刀を具現化して、両手で前に構える。


「すぅー、はぁー……行きます」


 刃先を人形の方に向けたまま、右肩に近付けて突き攻撃を構えた。


 一呼吸置いたあと、人形に向かって走り出す。


「はあー!」

 人形に近付いて来たところで左手を離し、右手をめいいっぱい伸ばし人形の胸中に突き刺す。

 そのまま上に両手で切り上げ太刀を抜くと、右上から左下に向かって左袈裟斬りと袈裟斬りでクロスに切り付ける。

 続けて左手を離し、刃の向きと角度を替えて右下から左上に逆袈裟斬りと左逆袈裟斬りで浅めのクロスを右手で描く。


 開いた勢いのまま、刃先が床に着かないように腕を回し下から切り上げると少し持ち上がった。

 十字架を描く様に左から横薙ぎで追加攻撃すると人形が反動で後ろに下がったため、身体を回し居合切りを構えて走り出す。


「はあっ」


 人形に近付きつつ太刀を左下から右上に逆袈裟斬りで切り上げながら走り抜ける。


「はぁ……」

 一度呼吸を整えて、太刀を消滅させると打ち上げた人形が落ちてきて、場内に鈍い音が鳴り響いた。


「さすがクリスくん……素晴らしい攻撃だった」

「んね、めちゃくちゃカッコ良かった」


 ナナとエリアから賞賛の声と拍手の音が響く。


「さて、2人の攻撃を見せてもらったが、まずエリア」

「私?」


「エリアは今まで大型のドラゴンばかり相手にしていたせいか、動きが大きかったり、攻撃範囲が広かったりで人形相手では大振りに見えた。ドラゴンと戦えるのはエリアの強みだが、この先強くなりたいのなら、もう少しサイズの小さいモンスターも相手した方がいいだろう」


「わかった、ありがとうお父さん」


「うむ、続いてクリスくんだが。正直ここまで戦えるとは思ってなかった」

「ありがとうございます」


「君はエリアと違って誰かに教わったのだろう」

「よくわかりましたね」


「君の動きには明確な”型”があるのを私は感じた。自分では崩しているつもりなのだろうが、身に付けた”型”が時折クリスくんの自由な動きを邪魔している」


 確かに俺は師匠から教わった構え方や攻撃方法がある、かなり自己流にアレンジしたはずだったんだけどな。それでもたった1回で見抜いたのは驚いた。


「だがそんな型も君を手助けしている部分があるな。それは敵との距離感だ」

「どういうこと?」

 エリアが人差し指を顎に当てて首を傾げる。


「エリアは今までドラゴンを相手にしてた上に、戦闘も独学で学んでいるから攻撃する場所がバラバラなんだ。一方クリスくんは攻撃をする場所が固定されている。特に今回のような人形相手だと特にその能力が見えやすい」


 ナナは倒れたままの人形を起こして、人形の頭部に手を置いた。


 手から人形に魔力を送ると、人形の至る所に赤と青の傷が浮かび始める。


「これを見てくれ。青がエリアが攻撃した場所で赤がクリスくんが攻撃した場所だ」

「あっ」


 エリアはその人形の傷跡を見て何かに気が付いたようだ。


「私の攻撃は全身に付いてるのに、クリスの攻撃は全部胸の辺りに集中してる!」

「その通り、クリスくんの攻撃は全て1番ダメージが入りやすい胸部周辺に集中している。これはクリスくんの強さと経験を表している代物だよ」


 エリアは木偶人形に近付き赤と青の傷跡を交互に見比べ始めた。


「んー、私とクリスの違いってなんだろう?」

「それを調べて、真似して、工夫するのも修行の一環だよ。さぁ本格的な修行を始めようか――。」

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