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第十八話 月と太陽 前編

 セームの家に泊まった朝、ふと右半身に違和感があった。

 そっと布団を捲ると、そこには髪を下ろしたセームが俺に抱きついて寝ているのが見える。


 「なんで?」


 驚きで口から出た言葉に、モゾモゾとセームが反応する。

 「シャインあったかーい……」


 起こさないようにじっと待っていると、セームは再び可愛い寝息を立て始めた。


 少し待ってからゆっくりとセームの腕を退けて布団から出る。

 その後息苦しくならないように、下から掛け布団を引っ張って顔に掛からないようにしてから部屋を出た。


 リビングに向かうとセナさんが朝食に準備をしている。


 「おはようございます」

 「あぁ、おはようクリスくん。よく眠れたかい?」


 「はい。起きたらセームが居て、びっくりしましたけどね」

 「あははは、セームベルはやっぱりクリスくんのところに潜り込んだのね」

 セナさんは手を口元に持っていき、嬉しそうに笑った。


 「知ってたんですか?」

 「いや知らなかったけど、昨日お風呂でクリスさんと一緒に寝るって言ってたから」


 「そうだったんですね。でもセームって俺達より先に寝ませんでした?」

 「部屋に籠って待ってたか、客室に最初から潜んでいたかどっちかじゃないかな?」


 「言ってくれれば一緒に寝たのに」


 俺の独り言にセナさんがクスクスと笑う。


 そうこうしていると、セームが目を擦りながらリビングに入ってきた。


 「おはよう……ママ」

 「おはようセームベル」

 「おはよ」


 「えっ、あっ、おはようございます、クリスさ……ん。ごめんなさい顔洗ってきます!」

 そう言いセームはリビングに入って早々、洗面台に駆け出した。


 「いつもあんな感じなんですか?」

 「いや、そんな事ないわよ? 普段はもっとしっかりしてるから。あ、もしかしてクリスくんが居るからかしら?」


 「いやもしそうなら、普通は居るからしっかりすると思うんですけど」

 「んー、セームベルの場合逆に気が緩んじゃう……とか?」

 

 その後戻ってきたセームは、昨日と同じようにツインテールに結んでいた。

 昨日と違うのは、結び目に白いリボンが付けられている点だ。


 小さな輪っかを付けた蝶々結びで、垂れ下がる髪と同じ長さのリボンの端っこがテールと一緒に揺れる様は、セームの可愛らしさをさらに引き立てている。




 「知らない間に呼び方変わってるし、ママまでクリスさんの事好きになっちゃったのかな?」

 「ははは、人としては好かれてると思うけど、男女間では大丈夫だと思うよ」

 確かに呼び方が”さん”から”くん”に変わったのは少し驚いたけど、セナさんからさん付けで呼ばれるのは違和感があったから、正直助かる。


 朝食を済ませたあと俺とセームは、村の外に出て森の中を散策していた。

 目的はセナさんから、”サバイバルモンキー”というモンスターの討伐依頼を受けたからだ。


 必要な素材は爪と毛皮の2種類で数は何体か倒して手に入るだけ、との事だったので戦闘経験を積ませるついでにと言った所だろうか。


 しかし、森に入ってから2時間ほどが経ち、その間に数十回とモンスターに遭遇したが、まだ一度もサバイバルモンキーには会っていない。


 出発前に調べた図書の情報によると、サバイバルモンキーは最大でも50cmと小さく。基本的に木の上部を移動しているようで、見上げて探そうにも太陽の光で眩しくて捜索が難航している。

 と言っても特別希少なモンスターではないため、知らぬ間に自分達の真上を通ってる可能性はある。


 そう思った俺はセームに頼んで木の上から捜索してもらったが、なかなか見つからず一旦木陰で休むことにした。


 「はいセーム」

 お茶を注いだ木製のコップをセームに差し出す。


 「ありがとうございます」

 コップを受け取ったセームは一気に飲み干した。


 「ふう……なかなか見つかりませんね」

 「そうだな、ウィンダがいれば索敵スキルで探したり出来たんだろうけど、俺達は持ってないしな」


 「スキルポイント余ってないんですか?」

 「あるけど、素敵スキルを覚えられる条件を満たしてないから無理だな」


 「条件ですか……それなら仕方ないですね」


 一部のスキルには、取得するのに条件が課せられているものがある。

 その中でも索敵スキルの取得条件は魔力量5,000以上だ。


 魔力量が最近4,000を超えたばかりの俺や魔力量が元々少ない武闘家に転身したセームでは習得することが出来ないのだ。


 「とりあえず、もう少し休んだら探しに行こうか」

 「はい!」


 「ところで俺達は普通に村の外に来てるけど、砂化の儀式はいつやるの?」

 「儀式は基本的に夕方から夜に掛けて行うので、まだまだ大丈夫ですよ」


 「あ、そうなんだ。ならしばらく気にしなくてもいいな」


 俺達は朝食後すぐに出てきてるため、まだ日が高く10時過ぎと言ったところだろう。


 セームも強くなろうと必死ではあるけど、昨日に比べて無鉄砲な動きは見受けられない。

 元冒険者のセナさんから聞いたのか、立ち回りが昨日とは比べ物にならないぐらい成長している。


 それに表情からも無理をしてるとは到底考えにくいほど、真っ直ぐな視線を感じた。


 「それじゃあ次は、西の方に行ってみようか」

 「はい! わかりました」



 

 村の西側にやってきた俺たちは、地上と木の上からサバイバルモンキーの捜索を始める。


 だが、やはり木の上を移動しているサバイバルモンキーを、地上から探すのは少々無理があった。


 「やっぱり居ないな」


 立ち止まり何か物音がしないか目を閉じて、耳に全神経を集中させる。


 しかし聞こえてくるのは、木々が風に揺られて靡く音ばかりでそれ以外の音は一つも感じられなかった。


 再び目を開けると、丁度木の上からセームの声が聞こえる。


 「クリスさん! 居ました!」

 「お、やっとか!」


 「はい! 上から追いかけるので、クリスさんは下で待機しててください」

 「了解、深追いはしなくていいからな!」


 セームは軽く頷くと、再び木に登っていく。


 しばらく下で待っていると、遠くの方から微かに「キー、キー」とそれっぽい鳴き声が聞こえてきた。


 俺はすかさず太刀を具現化して、サバイバルモンキーに気づかれないように進行方向に木陰に息を潜める。


 徐々に鳴き声や木から木へ飛び移る足音が大きくなっていく。


 俺はその場にしゃがみ込みそっと顔を出すと、遠方からサバイバルモンキーと思われる全身が緑色の毛で覆われたモンスターと、その後ろを追いかけるセームの姿が見えた。


 俺は持っていた太刀を地面に突き刺し、代わりに投擲用ナイフを具現化する。


 サバイバルモンキーは5体、セナさんから貰った投擲用ナイフは8本、当てたところ次第で2,3体は仕留められそうだな。


 サバイバルモンキーから見えないように立ち上がり、近づいて来たタイミングで姿を見せる。


 すると突然現れた俺にびっくりしたサバイバルモンキーはお互いに頭をぶつけてしまい地面に落下してきた。


 再び木の上に視線を向けると、臨戦体制に入ったサバイバルモンキーの1体が、白くて長い爪を立ててこちらを睨んでいた。


 もう1体は下に落ちた仲間と俺を交互に見ながら助けるタイミングを見計らっている。


 ―――「投擲」―――


 俺は具現化したナイフを、後ろで下の様子を伺っているサバイバルモンキーに向かって投げる。


 しかし、爪を立てていたサバイバルモンキーが全身を広げて庇い、ナイフが左腹部に刺さってそのまま地面に落ちてきた。


 丁度その時、下で気絶していたサバイバルモンキー達が目を覚まし、ナイフが刺さったサバイバルモンキーを守るように腕を組み始める。


 「すげぇ、そんなことできるのか」

 と感心したが、俺は上に居たはずのセームが居なくなっていることに気付いた。


 「……すごいけどそんな所に固まってていいのか?」

 「キキー?」


 ―――「天空かかと落とし!」―――


 4体のサバイバルモンキーがいる真上から、攻撃スキルでセームが降りてくる。


 それはまるで隕石が落ちたような衝撃波が周囲に広がり、砂埃を舞いあげ、木々の葉をザザザーッと揺らす。


 その後、立ち込める砂埃の中からセームが飛び出し、隣に降り立った。


 「ナイス、セーム」

 「ありがとうございます」


 念の為太刀を構えて警戒すると、案の定砂埃の中から倒しきれなかったサバイバルモンキーが、セームに向かって突進してきた。


 同時に上に居たサバイバルモンキーも、上から飛びかかって来る。


 俺は構えた太刀を、腰付近に持っていき瞬時に居合切り体制に入った。

 体制を維持したまま右足を一歩前に出し、真っ直ぐ突進してきたサバイバルモンキーに逆袈裟斬り(ぎゃくけさぎり)で攻撃する。

 間髪入れずに左足を少し前に出して両手で太刀を頭上に構えた。


 少し顔をあげると丁度目の前に、上から飛びかかってきたサバイバルモンキーが視界に入り、真っ直ぐ太刀を振り下ろす。

「キキャー」


 サバイバルモンキーは濁った高い悲鳴を上げ、バサンッと砂になった。

 「クリスさん! さすがです!」

 「危なかったな、怪我は無いか?」


 「大丈夫です」


 舞い上がっていた砂埃が無くなり、セームが天空かかと落としで攻撃した場所には、大きなクレーターと砂山が3つ出来上がっていた。


 「よし、五体とも討伐できたな」

 「やりましたねクリスさん!」


 俺とセームは手分けしてドロップアイテムを回収する。


 手に入れた素材は毛皮が4枚と爪が5本、さらに火打ち石が2つだ。


 この火打ち石は道端や店などで手に入る道具扱いの物とは違い、モンスター素材として武器や防具の加工に使うことができる代物である。


 ドロップアイテムを魔力化すると、タイミングよくセームのお腹が鳴った。

 「あっ」

 セームは耳まで顔を赤く染め上げ、恥ずかしそうにお腹を抑える。


 「一度戻るか、丁度お昼ぐらいだろし、俺もお腹空いた」

 「はい」


 村に入るとやはり雰囲気は変わり映えせず、遠目から俺達を見てヒソヒソと話す村人ばかりだ。


 村の外ならセームは俺に話しかけてくるが、村に入った途端パタリと話さなくなってしまう。


 やはりセームにも思うところがあるのか、それともわざと静かにする事で、盗み聞きしようと思ってるのか……。


 どちらにしても特にセームが触れてこないため俺も気にしてはいない。

 だが正直居心地は良くない。


 まぁこれもここを離れるまでの辛抱だな。


 家に戻ると、既にセナさんがお昼ご飯を用意してくれていた。


 「おかえりなさい、セームベル、クリスくん」

 「ただいま」

 「ただいま戻りました」


 「肝心のサバイバルモンキーは倒せたかしら?」

 「はい、セームのおかげで出会った5体全て倒しました」


 「あらすごいじゃないセームベル」

 「えへへ、ありがとママ」

 セナさんがセームの頭を撫でると、すごく嬉しそうな表情浮かべた。


 「でも5体も倒せたのは、クリスさんが下で待機してくれたからですよ」

 「いや、俺がやったのは仕留めきれなかったヤツと飛び降りてきたヤツの計2体、3体まとめて一撃で倒したのはセームなんだから、セームの実力だよ」


 「そんなことないですよ。私1人だったらあそこで4体同時に攻撃出来なかったですし」

 「別に4体同時じゃなくても、セームなら……」

 と言いかけたその時、セームが椅子がひっくり返るほど力強く立ち上がった。


 「もう!どうしてクリスさんはそんなに謙遜するんですか!」

 「いや、謙遜も何も思ってることを言っただけで」


 「いいですか! クリスさんはすごい人なんです! それをクリスさん自信が自覚してください!」

 俺がセームの勢いに圧倒されていると、セナさんが突然笑い出した。


 「ふふふ、あははは。もう笑っちゃうわあなた達。昔の私と旦那を見てるようで」

 「……そんなに似てるの?」


 セナさんの大笑いに冷静になったのか、セームは倒れた椅子を起こして座り直す。


 「ええ、お互いがお互いを褒める所もそっくり。一緒にクエストに行った子からまるで月と太陽みたいだねって言われたこともあったかしらね」

 「「月と太陽?」」


 俺もセームもあまりピンと来ておらず、テーブル越しに顔を見合せたのだった。

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