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第十二話 シュガイン家で浮かびます

 少し明るめのエピソードにしてみました。

 アイシャの話を聞き終わった。

 個人的にはエドガーの気持ちも解らんではないが、殴るような事はしちゃいけない。

 ましてや、女性の顔を殴るのは厳禁だ。顔は女性の命だからな。

 だが、名前も分かった。後はエドガーの家を調べるだけだが…。


「ありがとうアイシャ、状況は良く理解したよ」

「いえ…」

「父さん、シュガイン家が何処にあるか知ってる?」

「お前…。まさか、殴りこみに行くんじゃないだろうな?」

「そんな事しないよ、きちんとミーナに謝らせるだけだよ。穏便にね」

「そうか…。分かった。では明日、俺と一緒にシュガイン家に向かおう。ミーナも一緒だ」

「うん、分かった」


 この後、ライアスがアイシャを自宅まで送り届けた。

 流石に夕刻だ、6歳の少女一人では不安だからな。

 今日はもう鱈腹食べたので、夕食は無しになった。

 俺も、これ以上は腹に収まらない。

 時間が空いたので、俺は早速浮遊魔法の練習を開始した。

 時間を忘れるといけないので、魔道具と化した時計を持って、我が家の中庭にある訓練施設へと潜る。

 ミーナも見学したいと言っていたので、一緒に連れてきた。

 さてと、先ずはエナジーハンドを形状変化させてみる。

 俺はエナジーハンドを視覚効果無しで2個生成する。

 老人妖精は、魔粒子を纏うと言っていたので、そのエナジーハンドを、俺のイメージで薄く衣状に変形させてみると…。

 段々とエナジーハンドが薄く平たくなり始める。

 ミーナは興味津々な様子で見入っている。

 最大まで薄くしたら、今度はその…。ええい! 言い難い! 新名称を付ける!

 …良し! [エナジーフロート]だ! 失礼…。

 今度はそのエナジーフロートを、俺の体全身に纏わせるようにする。

 …うむ、俺の全身を覆ったようだ。

 今度はその形状を維持したままコントロールを開始する。

 始めてやる事だ、慎重に慎重に…。

 すると、俺の体が段々と浮かび上がってきた。

 これはしめた! と思い、形状を維持したまま、今度はゆっくり前方に向かって移動してみる。

 おお! 飛んでる! 俺は今! 空を飛んでいるぞ!!


「わあぁおぉ! 兄さん飛んでる! 飛んでるよ!!」

「おう! 今俺は飛んでるぞ!」


 ミーナは軽くジャンプしながら大はしゃぎだ。

 俺だってはしゃぎたいよ!


「よーし! 見てろよミーナ! 今度は少し速度を上げるぞ!」

「うん! ワクワクするねー!」


 実はちょっと怖いけどな。

 さて、速度を上げるか…。

 慎重に、感覚的に1%刻みで速度を上げていく…。

 俺の体に段々とGが掛かるのが分かる。

 体感的に、現在は時速30キロ程だろう。

 更に速度を上げてみるか…。怖いけど…。

 すると、俺の体に更にGが掛かる。

 体内魔力の消費量も、速度に準じて増していくようだ。

 現在時速60キロと言ったところである。

 高速戦闘の訓練をやっておいて助かったと身にしみて分かる。

 もし、高速戦闘の訓練をやっていなかったら、俺は今頃壁にぶつかっていただろう。

 しかしだ、何故今まで、この魔粒子の振る舞いに気が付かなかったのか? 自分の想像力を疑ってしまう。

 体内魔力の消費量的には、視覚効果付きのエナジーハンドの3分の1程のようだ。

 速度を更に上げるとどうなるかは分からないが、現在の速度ならその程度で済むと分かったのは発見だろう。


「兄さん速い速い! 体内魔力は大丈夫?」

「ああ! まだ大丈夫だ! そうだ! ミーナ、そこでジッとしてろ」

「ん?」


 俺は急旋回し、突っ立ているミーナをそのまま抱きかかえる。

 ミーナは最初ビックリしていた様子だったが、直ぐに速度に慣れたようで、俺の腕の中で大はしゃぎだ。

 因みに、お姫様抱っこである。


「わあぁぁ! 兄さんはやっぱり凄いね! わたしも将来出来るかな?」

「ミーナならきっと出来るさ!」

「うん! わたし! もっと頑張るね!」


 俺は最大の笑顔で返事をし、その後も30分程ミーナをお姫様抱っこしながら、訓練施設内を飛び回った。

 まだ時間があるようだったので、ミーナに属性魔法の練習と、補助魔法の練習をさせる。

 ミーナの魔結晶は青だ、攻撃魔法にブーストは掛からないが、その威力は6歳とは思えない程だ。

 補助魔法に関しては、障壁の硬さがリディス並みに硬い、まだ6歳なのに…。どうして?

 ミーナの攻撃魔法を、俺の障壁で受けてみた。

 その結果、俺の障壁に僅かながらヒビが入っていた。どんだけ威力あるの?

 ミーナの障壁の硬さも実験してみた。

 俺が超弱めに風属性の攻撃魔法を行使してみると…。まったく通じなかった。

 ギン! と言う甲高い音を立てて綺麗に弾かれてしまった。

 我が妹ながら実に恐ろしい、喧嘩で魔法を行使しないように言っておいて良かったと心底思った。

 そんな事を色々やっていると、夜の9時を過ぎていた。

 この世界の人々の朝は非常に早い、この時間には寝付かなくて、翌日キツイ思いをする。

 俺とミーナは訓練を止め、中庭の訓練室からでる。

 中から出ると、外はもう真っ暗だった。

 中に入る前は夕暮れだったんだけどな。

 家の中が蝋燭の明かりで照っているだけだった。

 中庭から家に入ると、ライアスとマルナが楽しそうにお茶をしていた。


「父さん、母さん、俺達はそろそろ風呂に入って寝るね」

「そうか、その顔は何かまた発見したのか?」

「うん、浮遊魔法を出来るようになったよ」

「え? 空を飛んだの?」

「そうだよ母さん! 兄さんは凄いのよ!」

「ダインなら、何でも有りだろうな」


 何でもは流石に言い過ぎだと思いますよ?

 まぁ、そんな家族の会話をし、俺は少し風呂でさっぱりする。

 ミーナはマルナと一緒に風呂に入るようだ。

 風呂のお湯はそこそこ熱めにしてあった。良い湯でした。

 さっぱりし、夜10時前には就寝しようと思ったが。少しだけ羊皮紙に今日の浮遊魔法の結果を記入して、今度こそ寝た。


 そして翌日。

 今日は俺とマルナで朝食を準備した。

 俺はまだ、マルナのスープの味を完全には再現出来ない。

 マルナ曰く、ちょっとしたコツがあるようで、俺もその味を出せるよう修行中だ。

 料理は奥が深いと言う事を改めて実感した。

 家族4人で楽しく朝食を頂く。

 今日はシュガイン家に向かう用事を入れているので、朝の訓練は中止だ。

 マルナは俺の浮遊魔法が見たかったようだが、それは帰ってきてから見せると言っておいた。少し残念そうな顔をしていた。


「ではマルナ、俺達はシュガイン家に行ってくる」

「いってらっしゃい。ダイン、帰って来たら空飛んでね」

「分かったよ、それじゃ、行ってきます」

「母さん、行ってきます!」

「はい、気を付けてね」


 そして俺達はシュガイン家に向かった。

 道中はあまり会話が弾まなかった。

 それもそうだろう、これから行く家は、妹を殴った男児が居る家なのだから。

 ミーナは移動中、少し不安そうな顔をしていた。

 ライアスは何時も通りの顔をしているが、内心は複雑だろう。

 俺だってそうだ、穏便に謝罪させる手順は考えてあるとは言え、感情が爆発しないとは限らない。

 出来る限り、心を平静に保たねばならない。

 そんな重苦しい雰囲気がしばらく続き、シュガイン家の前にやって来た。

 始めに、ライアスが玄関をノックする。

 午前10時頃だ、まだ誰か中に居る筈…。


「シュガイン家の方は何方かご在宅か?」


 すると、足音が二つ聞こえてきた。

 そして扉が開かれる。

 そこに立っているのはマルーノの成人女性1人と、マルーノの男児1人だった。

 恐らく…。いや、この子がエドガーなんだろう。


「あら、どちら様かしら?」

「俺の名前はライアス・リヴォース、そちらの息子さんに殴られた娘の父親だ」

「ああ! その節はすみません…。私はイール・シュガインと申します。これ! あんたも挨拶おし!」


 イールと名乗った成人女性は、子供のマルーノに軽く拳骨を入れていた。

 親の影響か? それで暴力的になったのか?


「俺は…。エドガーです…」


 この子がエドガーか…。いかにも悪ガキな感じがする。

 あ、ミーナと目が合ったみたいだな、伐の悪そうな顔をしている。


「ではライアスさん、立ち話もなんですし、中へどうぞ」


 俺達は家の中に通される。

 家の中には、大きな魚の頭蓋が幾つか飾られている。父親は漁師なのだろうか?

 家の中を少し進み、居間に案内された。

 イールさんがお茶の準備をしている。

 椅子は4つだったので、俺は浮遊魔法の練習がてら、座るのを断り、エナジーフロートを足だけに纏う。

 そして地面から少しだけ浮いて、ミーナの直ぐ後ろにてイールさんの到着を待つ。

 ミーナの目の前に、エドガーがふんぞり返って座っている。腹が立ちそうだが、気合で抑える。

 ミーナの左横にライアスが座っている。

 ライアスは無表情だが、内心はイライラしているのだろう、長年家族をやってきているのだ、雰囲気で分かる。

 しばらく沈黙が続き、イールさんが紅茶を持ってやってきた。良い香りだ、心が静まるのを感じる。


「すみません、高級なものではありませんが、どうぞ…」

「いや、お構いなく」

「あの…、あなたは座らないの?」

「俺はこのままで大丈夫ですよ、気にしないでください」


 イールさんの頭の中はクエスチョンマークでいっぱいだろうが、俺的にはこのままが実に宜しいのだ。体内魔力の鍛錬にもなるしな。


「これ! エドガー! きちんとなさい! 失礼でしょ!」


 と言って、イールさんはまたしても拳骨を繰り出す。


「いってーな! ちゃんとすれば良いんだろうが!」

「まったくこの子は…。すみません、教育不足で…。娘さんは大丈夫ですか?」

「うむ、顔の赤みも既に引いている。跡が残らなかったから良しとしたいが…。謝罪はしてもらう」


 ライアスはそう言って、エドガーに威圧を掛ける。

 うお! ライアスの威圧に耐えているぞ!

 なんてメンタルの強い子なのか!


「こら! ちゃんと謝りなさい!」


 あぁ~、またしても拳骨だ…。

 これじゃ、子供は拗ねる一方だよ?

 あ~あ、しかもエドガーは涙目じゃないか…。

 仕方が無い…。早くも最終兵器を投入せねば。


「イールさん、そこまでにしてもらえますか? 俺に良い考えがあるので」

「あなたは?」

「俺は、妹のミルフィーナの兄で、ダインと言います。エドガー、魔法を使ってみたいか?」

「ちっ! 魔法なんざ出来なくてもな! 食っていけるんだよ!」


 なんという屁理屈! これはもう荒療治しか無いな。暴力は振るわないよ? ホントだよ?

 俺は魔力球5個を一瞬で作り出し、エドガーの周囲を取り囲んでやった。

 それを見たイールさんは焦ったような顔をしたが、俺は手で制した。

 俺の魔力球を見て、エドガーが泣きそうな顔になっている。

 ま、ここまでは俺の予想通りだが…。ライアスが不安そうに俺を見ている。安心せよライアス、危害は加えない。


「さてエドガー、この黒い魔力球は俺の魔結晶の色と同じだ。つまりお前は今、最大の危機に瀕している。これから助かる術は二つある。俺の妹に謝るか、俺に平伏すかだ! さぁ、どっちにする?」


 エドガーは今にも泣きそうな顔をしている。

 無理も無かろう、黒の魔結晶に纏わる伝承や伝説では、超常的な力を持っていると書かれている。

 その力が今現在、目の前に顕現しているのだ。怯えない子供は居ないだろう。

 そして俺は今、エナジーフロートを全身に纏い、彼の目の前に胡坐をかいて浮かんでいる。

 ライアスは口をあんぐり空け、目を丸くしている。実に器用だ、何時見ても面白い。

 イールさんは口をパクパクさせながら冷や汗を掻いている。脅し過ぎたかな?

 おっと、エドガー君が椅子から降りて、ミーナの横に移動したぞ!


「ミルフィーナ…。その…。殴って悪かった! ごめんなさい!」


 それを聞いたミーナは、パァっと明るい顔になる。

 俺が何時も見る、明るい顔のミーナだ。

 ミーナも椅子から降りて、エドガーに向き合う。


「良いよ、許してあげる。その代わり、魔力球の作り方をちゃんと教えさせてね」


 ミーナは右手を出して、握手を所望している。

 エドガーの反応は…?


「え! 良いのか? 俺はお前を殴ったんだぞ? しかも顔だ、跡が残るかもしれないんだぞ!?」

「もう跡は殆ど消えたよ。ね、だから握手!」

「あぁ…。すまねー。悪かった…」


 エドガーは顔を真っ赤にしながら、ミーナと仲直りの握手をした。

 さてと、仲直り出来た所で、魔力球のコツを教えてやろう。俺とミーナの二人でな。


「イールさん、この家に中庭は有りますか? 裏庭でも良いですよ」


 俺の呼びかけにイールさんが再起動を果たす。


「え、ええ。裏庭だったらあります…」


 あれ? 何故か知らないが敬語になってませんか? 俺の黒い魔力球と、エナジーフロートのせいかな?

 ま、練習も兼ねて、このままの状態で移動しよう。

 プルプルと小刻みに震えながら、裏庭の方角を指差すイールさん。やっぱり脅かし過ぎたかな?

 俺は空中で胡坐をかいたまま、魔力球を俺の周りで回転させながら裏庭に到着する。

 案内してくれたのはエドガーだ。終始俺を気にしていたが、俺は全く気にしていない。

 到着と同時に、俺はエドガーに魔結晶の色を聞いてみた。


「エドガーよ! 魔結晶の色を申せ!」

「は、はい! 黄色であります!」


 直立し、綺麗に手を横にビシっと付けたポーズでそう言っていた。

 なるほど、黄だと少々魔法は苦手だろうが、モーゼル医師はちゃんと魔法を使っている。

 と言う事は、イメージを明確に持てない、もしくは出来ないとなる。

 心の問題もあるんだろうが、今のエドガーなら出来そうだな。


「ミーナよ! エドガーにコツを伝授してやれ!」

「仰せのままに! 魔王様!」

「うむ!!」


 と言う兄妹の冗談が終わり、エドガーにコツを教え始めるミーナ。

 個人的には、怖くないのか? と思うが、ミーナが本気を出せば、同い年の男の子位は軽くあしらえるだろう。

 そう言う心の余裕があるのかもしれないが、妹は非常に強い、見ていて感心する。

 実の妹ながら、本当に6歳か? とたまに思う事もあるしな。

 お? コツを伝授したようだ、さてどうなるか…。


「エドガー君、ゆっくりだよ、絶対に焦らないでね」

「う、うん!」


 エドガーが集中し始めてしばし、ついに魔粒子を収束し始めた。

 黄色い魔粒子を少しずつではあるものの、確実に魔法を行使している証だ。

 俺は心の中で、エドガー頑張れ! とエールを贈る。

 そしてついに…!


「で、出来た!」

「やったね! でも直ぐに消してね、じゃないと気絶しちゃうよ?」

「うん!」


 おお! 出来たようだな、そして直ぐに消せている。


「エドガーよ! 良くやった! これからは我配下となり! ミーナに尽くすのだ!」

「は、はいぃ!」


 ま、冗談はココまでにしておこう、これ以上はエドガーが可哀想だ。


「あはは! 兄さんまだやってる~!」


 これこれミーナよ、そんなに笑わないでくれ。


「気分だよ、気分。ま、エドガー。これからはミーナと仲良くするんだぞ?」

「はい!」


 直立し、綺麗に手を横にビシっと付けたポーズだったが、一件落着で良いよね?

 俺はエナジーフロートと魔力球を解除し、地に降り立つ。

 この後、もう一度エドガーが魔力球を作った後、彼は体内魔力が尽きそうになったのだろう、息を荒くしていた。

 俺はエナジーハンドを使い、彼の体を支えてやる。

 そのまま、居間に移動し、イールさんに色々事情の説明をした。

 イールさんは終始驚いた顔のまま俺とミーナの話を聞いていたが、そんなのはお構いなく説明を続けた。

 会話の最中に知ったんだが、やっぱりイールさんはエドガーの母親だった。

 話し終える頃には丁度お昼だったので、俺達3人は帰宅した。

 エドガーもミーナと少しは仲良くなれたようで何よりだ。

 今後は絶対に暴力を振るわないように! と、すこし厳しめに言い含めておいた。

 その帰り道、俺達3人はアイシャにばったり出会った。

 魔王様ごっこは個人的に気に入っています。

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