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「……え?」
「昔からずっと不思議だった。母さんのその異常な若さ。会う人全員が、最初は本当に高校生だと錯覚するじゃないか」
「それは……」紬は言葉を選びながら答えた。「うちの家系はみんな若作りな顔立ちなのよ。私だけじゃなくて、おじいちゃんやおばあちゃんだって、四十代にしか見えないでしょ?……急にどうしてそんなこと聞くの?」
幻は改めて思い返してみた。確かに祖父母も、年齢にそぐわないほど若々しかった。
「本当は、」幻は言った。「二人とも本当に四十代なんじゃないのか?」
「何を言ってるのよ、さっきから。それより幻、話を逸らさないで母さんの質問に答えて。一体、学校で何があったの?」
幻は昂ぶる気持ちを鎮めるように溜息を吐き、答えた。
「石原奏汰っていう人に会ったんだ」
「えっ!?」紬が目を見開いた。「あの人、接近禁止命令を破って、ついに……」
「やっぱり、知ってる人なんだな」
「あの人、何か言った? もしかして、幻に何か酷いことを……」
「だから、知ってる人なのかって訊いてるだろ」
「……うん」
紬は頷くと、姿勢を正して座り直した。
「幻、ごめんね。今まで隠していて。あの人はね、幻のお父さんなのよ。実は、生きていたの。子供の頃に事故で死んだって教えたのは、嘘。彼と私は離婚したんだけど、別れ方があまりにも酷かったから……。だから、いないことにした方が幻のためだと思って、ずっと隠していたの」
「……」
「あの人に何を言われたの? 一緒に暮らそうとか、そういう話?」
「いや」
「じゃあ、何を……」
「俺が、『偽物』だって」
電車の中で感じた目眩が再び襲ってきたが、幻は耐えて言葉を絞り出した。
「俺は偽物で、この世界も全部偽物で……ここはただ、母さんの夢に過ぎないんだって」
「な、なんて……」紬は困ったように苦笑した。「あの人、そんなこと言ったの? おかしいわね。変な冗談を言う人じゃなかったのに……。見ないうちに性格が変わっちゃったのかしら。いい?幻、よく聞いて。これからはあの人が近づいてきたら、すぐに逃げるのよ。目も合わせないで、その場で警察に通報しなさい。わかった?」
「通報する前に来てたよ、警察は」
「……え?」
「校内で銃まで撃ちやがって、そのせいで大騒ぎになったんだ。知らなかった?」
「知らない……。聞いてないわよ、そんな話」
紬は強張った笑みを浮かべた。
「さっきから何よ。もしかしてジョーク? 珍しいわね、幻がそんな冗談を言ってくれるなんて。全然面白くないけど……」
「冗談じゃない」
幻は淡々と、けれど鋭く言った。
「本当に学校で起きた出来事なんだよ。とにかく、俺は石原奏汰の話を信じることにした。あの人の話じゃ、現実の母さんは今、昏睡状態で死にかけてる。だから母さんを目覚めさせてくれって頼まれたんだ。だから母さん、もういい加減、この夢から目を覚ましてくれ」
紬はぽかんとした顔をした後、ゆっくりと、何度も首を横に振った。
「夢って……何言ってるのよ、幻。そんなわけないじゃない」
彼女が幻の手に触れようとした瞬間、幻は反射的にその手を跳ね除けた。
「触るな!」
思わず大声が出る。
「なあ、母さん。ここが母さんの夢の中だとしたら、俺は一体何なんだ? ただ母さんが作り出した、ままごとのおもちゃか何かなのか?」
「何の話か、さっぱり……」紬の瞳が不安げに揺れた。「幻、さっきから一体何を言ってるの?そんな変な話はやめて。母さん、ついていけないから」
「嘘だ。本当は全部知ってるくせに、知らないふりをしてるだけなんだろ? ここが夢だって分かっていて、俺をずっと騙し続けてきたんだろ!」
「違う……。私は本当に、幻が何を言っているのか理解できないの。だからもう、こんな話はやめよう? あの人はもう二度と幻に近づけないようにするから……」
「俺は本当の人間じゃなかった……」
声に涙が混じり始める。
「俺の人生も、思い出も、全部偽物だったんだ」
「違うってば! 幻、あなたは『本当』よ」
紬が必死に、言葉を詰まらせながら訴えた。
「あなたは……幻は、確かにここにいる。ちゃんと生きている。だからもう……」
「母さんの頭の中でしか生きてないんだろ!」
幻はかっと叫んだ。
「俺は生きてない。いるだけだ。俺はただの、母さんの妄想に過ぎないんだよ!」
ショックに打ち抜かれた紬の顔を見ながら、幻の昂ぶりは徐々に引いていった。
そして、震える声でぽつりと吐き出した。
「こんなことなら……いっそ、生まれてこなければよかった」
「……」
口にした瞬間、激しい後悔に襲われたが、言葉を取り消すことはできなかった。
幻が紬の顔を盗み見ると、思わず息を呑んだ。彼女の顔色は急速に土気色へと変わり、呼吸が激しく乱れ始めていたのだ。
「……母さん?」
紬の息が絶え絶えになると、幻は椅子を蹴って彼女の元へ駆け寄った。
「母さん。どうしたの?」
紬の呼吸に、次第に濁った呻きが混じり始める。まるで、今にも生命の灯が消え入りそうだった。
幻は早速救急車を呼んだ。すると、通報から一分もしないうちに救急車が到着し、救急隊員たちが担架を抱えて家の中へと飛び込んできた。彼らは迅速に紬を収容し、幻もまた保護者として同乗した。
救急外来に運び込まれるなり、紬は医師や看護師たちに囲まれた。
彼女は搬送中にすでに意識を失っていた。医療スタッフが慌ただしく動き回る中、ベッドサイドモニターが接続される。
直後、ピーという単調な電子音が幻の耳を突き刺した。
「母さん……」
あまりに唐突だった。
幻はどこか浮世離れした感覚のまま、ふらふらと紬に近づこうとした。だが医療スタッフに制止され、除細動器が運び込まれる。
医師が心臓に電気ショックを与え始めた。紬の上半身が機械の衝撃で跳ね上がり、そして力なく落ちる。
それを何度も繰り返したが、モニターの水平な直線が波打つことはなく、やがてスタッフたちはその手を止めた。
幻は彼らの沈痛な表情を見渡し、茫然と尋ねた。
「……死んだんですか?」
声が小さすぎたのか、誰も答えなかった。代わりに看護師が紬から酸素マスクを取り外し、静かに白い布を彼女の顔に被せた。
その儚すぎる最期を目の当たりにして、幻は悟った。ここが夢か現実か、自分が本物か偽物か、そんなことはもはや重要ではなかった。
母を愛する気持ちだけは、彼の中に確かに存在していた。
たとえこの感情さえも操作されたものだとしても、構わなかった。
幻は紬の傍らにひざまずき、彼女の手を握った。体温はすでに失われ始めていた。
「母さん、ごめん……」
幻は囁いた。
「俺が悪かった。言い過ぎた。ごめん……ごめんなさい。だから……」
目を覚まして、と言おうとして、ハッと我に返る。
考えれば、紬は今、ここで目を覚ますべきではなかったのだ。この偽物の世界で死に、現実のあちら側で目を覚まさなければならない。
視界が急激に滲む。
袖で拭おうとすると、布地がすぐに濡れた。幻の記憶にある限り、それは人生で初めての涙だった。
涙腺なんて枯れていると思っていたが、自分にも泣く資格があったのだと気づき、微かな安堵を覚えた。
そして何より、母がこの「悪夢」から逃れられたことに、深く安堵した。
もちろん、このまま自分が消滅してしまうかもしれない恐怖はある。けれど、母が「本当に」死んでしまうことに比べれば、耐えられないことではなかった。
母を助けるためなら、自分はどうなってもいい。
いや、そう思える自分でありたいと、幻は誓った。
「大丈夫。これで、全部うまくいくはずだ」
溢れ出しそうな疑念を抑え込み、幻は無理に微笑みながら、自分に言い聞かせるように繰り返した。
「……きっと、これでよかったんだ」




