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第3話

クレーンゲームを回り込んで入り口付近に来ると、2人の足は自然と止まった。

目の前に真っ白な空間が広がっていたのだ。境目が分からない。どこまでが床で、どこからが空間なのかも曖昧だったゲームセンターの前にあったはずのエスカレーターも無ければ、向かい側の店もない。

床の色が徐々に抜けていって、やがて何もない空間の一部になっていた。

「何コレ……」

ほんの少しの安心も、なんとかなるかもしれないという期待も、全てこの空間に吸い込まれていくようだった。

「……ねえ、ここってやっぱり現実じゃない…よね…?なんか、都市伝説みたい……異世界とか…」

都市伝説、と聞いて、智花はきさらぎ駅のことを思い出した。行けば帰って来られない駅…。

智花は自分の呼吸が浅くなるのを感じた。足がすくみ、目の前の空間が迫ってくるようだ。

「ともちゃん、一回向こうに戻る?この先、行ったら帰って来れなそうだし…」

はっと我に返って亜咲美の顔を見る。

「う、うん…そうだね」

2人は同時に踵を返した。早足でゲーム台の間をぬけ、結局最初の場所へ戻った。

出発した時とは違う、暗い空気が漂う。

先に口を開いたのは亜咲美だった。

「あれ、なんだと思う?」

「…分からないけど、入るのはちょっと怖いかも」

亜咲美も同意するように頷き、後ろのクレーンゲームに背中を預けた。

「どうしよ、外出れないよ…」

智花は目を伏せ、彼女の背後のゲームを見た。ピラミッド型のお菓子。ラベルも文字も反転している。

余計に胸がざわつき、智花はもう一度亜咲美に目を戻した。

亜咲美はバッグを前に持ち、智花を見つめ返した。その瞳が不安げに揺れている。

「帰れるかな?」

「帰れるよ、たぶん」智花が曖昧に返事をする。

「うん、早く帰りたい…」

そう呟いた瞬間、亜咲美の体がぐらりと後ろへ傾いた。

背中がクレーンゲームのガラスにめり込んで消えていた。

智花の体が強張った。だが、すぐにここへ来た現象と同じだと理解する。

手を伸ばして亜咲美の腕を掴んだ。

「えっ?えっ?なに?ともちゃん…!」

亜咲美は混乱した様子で足をバタつかせ身じろぎをしている。

智花が何か答える前に、2人は凄まじい力でガラスの中に引き摺り込まれた。


体が宙に投げ出される感覚があり、ついで硬い地面に激突した。

「いったぁ…!」

耳元で亜咲美のうめき声がする。智花はゆっくりと目を開けた。

周囲を確認する前に、自分が亜咲美の上に乗っていることに気づいて慌てて起き上がる。

「ごっごめん!あさみちゃん大丈夫…!?」

カバンを持って、半ば転けるように上から退いた。

「全然だいじょうぶ…ともちゃんは?」

彼女は手で軽く髪を整えて苦笑した。

「よかった………私も大丈夫」

亜咲美がピンピンしているのを確認して、智花は辺りを見渡す。

そこはまたゲームセンターの中だったが、今度は「普通」だった。

クレーンゲームもユーフォーキャッチャーの配置が元に戻っている。床のタイルの向きも、景品の文字も。そして何より、ゲーム音に混じって人の話し声が聞こえた。

亜咲美と智花は顔を見合わせ、どちらともなく声のする方へ歩き出した。

1つのゲーム台の前で止まり、慎重に頭だけ覗かせた。

まばらだが人がいる。それを見た瞬間、智花は体の力が抜けそうになった。

「人がいる!よかった…!」

亜咲美が体を出す。智花もそれに続いたが、亜咲美のそばを離れなかった。

「ねえ、でも本当に…?元の世界に戻ってきたのかな…?」

「う〜ん…ひとまず、今度こそ外に出られるかやってみようよ。私、もう大丈夫な気がする」

ついさっきまでとは違い、自信のある表情で入口の方向を見ている。

そんな彼女を見て、智花も入口へ顔を向けた。

足を進めるにつれて人のざわめきが大きくなる。クレーンゲームを回り込んでゲームセンターを出た。

向かい側には店があり、その手前にエスカレーターがある。

店の中では店員が客の対応をしており、エスカレーターは一定の速度で人を運んでいる。その全てを、ショッピングセンターの明るい照明が照らしていた。

亜咲美にはそれで十分だったが、智花の胸にはまだ不安がくすぶっていた。


彼女が本当に安心したのは、スマホがつながった時だった。

ショッピングセンターを出てすぐにベンチがある。二人はそこに並んで座っていた。西の空がピンク色に染まり、それを覆い尽くすように夜空が上に広がっていた。

智花はスマホを握って、せわしなく行き交う車や人を目に映した。六月のまだひんやりした空気を、肺いっぱいに吸い込んだ。

「スマホつながったね」

亜咲美の声に、手の中のスマホへ目を落とす。「圏外」の文字は消え、どのアプリも時間はかかるがきちんと開くことができた。

「ね、よかった…安心した」

「私も。スマホないだけで結構心細いよね」

智花は頷いてSNSのアイコンをタップする。ホームに様々な人の投稿がある。軽く指でスクロールした。

「ともちゃん、SNSやってるの?交換しようよ」

「えっ?いいけど…なんにも投稿してないよ、見てるだけだから…」

「いーよいーよ、交換しよ!」

亜咲美のスマホは、すでに「友達追加」の画面を開いている。

「うん…」

智花も真似をして同じ画面にする。

「ちょっといい?ここ押して…」

亜咲美が横から覗き込んで、智花のスマホを操作する。

気がついたら「友達」の欄に亜咲美のアカウントが入っていた。

「あ、ありがとう」

「うん。ねえ、ともちゃんって明日もゲームセンターいる?」

「明日っていうか…基本はいるけど…」

亜咲美は小さく「やった」と呟いた。

「私、あんまりゲームセンターきてくれる友達いなくってさ…。ともちゃん見つけたら、一緒にゲームやってもいい?」

「えっ…」

言葉に詰まった。スマホに目を落とす。

正直、智花はゲームセンターから距離を置こうと思っていた。あの不気味な空間が頭の中に浮かぶ。

亜咲美が真っ直ぐ自分を見ているのが分かる。断った時、彼女はどんな反応をするのだろうか?智花の中はそればかりになる。

なにより、智花はこの沈黙が耐え難かった。

「…いいよ」

「やったー!ありがとうともちゃんっ」

亜咲美はもう一度辺りの景色に目をやると、バックを肩にかけて立ち上がる。胸の横で手を振った。智花も手を振りかえす。

「でももう暗いし、私帰るね。ばいばい、またね!」

「うん、またね」

彼女が去った後、智花も腰を上げた。

ふとショッピングセンターを振り返ると、少しだけゲームセンターがの覗いている。そこから見えたクレーンゲームのガラスがほんの少し波打って見えた。

智花は反射的に目を逸らして、足を早めた。

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