第12話 灰の人
そこは灰色の岩石地帯だった。
周りを高い岩山に挟まれた、山のくぼみのような場所に転送されたようだ。
俺の村がある赤の国の岩は赤系の色なので、こんな色の岩を見ることはほとんどない。地面の砂利も灰色で、辺り一面灰色の景色が広がっていた。
「なんか、違う世界に来たみたいだな」
俺は岩を撫でる。
さわり心地は馴染みのある赤岩と同じだが、ひんやりとしていて気持ちがいい。
などと関心していると、近くにある大きな岩の後ろから人が出てきた。
その人たちを見て、驚愕した。
そこにいたのは、灰色の髪と瞳を持つ人たちだった。
「は、灰の人!?」
ダートが叫んだ。
俺と同じく、かなり驚いているようだ。
だがそう呼ばれたとたん、彼らの表情が一瞬にして曇った。
「す、すみません……」とダートはすぐに頭を下げたが、明らかに空気が悪くなった。
彼らは怪訝そうな顔で俺たち四人を見た。
「オイ、『灰の人』とはなんだ?」
魔王はダートに意味を尋ねる。
ダートは本人たちを目の前にして言っていいものかと迷いながらも、小声で魔王に説明した。
「彼らのように灰色の髪と瞳を持つ人のことを、世間では『灰の人』と呼んでいます。あまり、いい響きの名前ではないのには理由がありまして……」
ダートはちらっと彼らを見る。
「灰色というのが、魔王を連想させる色だと、多くの人が考えているからです」
「そうなのか?」
魔王は初耳だと言うように、目をパチクリさせた。
「はい。魔王に襲われた街や村は、建物の倒壊などで燃えることが多いのですが、魔王が去った後の街は燃えかすだらけの場所となり、すべてが灰色に見えるんです。そのことから、みな灰色を忌み嫌うようになり、灰色の人々は差別を受けるようになりました。魔王の手下ではないかと噂する人もいて……。今は、人目につかない場所で、ひっそり暮らしていると言われています」
「オレの手下はこんなやつらではないぞ」
魔王はそう呟くと、彼らをジロジロと見た。
その視線に気づき、彼らのうちの一人が魔王へ声をかけた。
「あなたも、この灰色を気持ち悪いと思うかい?」
悲しみに満ちた目だった。
差別の適度なんて比べるものじゃないが、おそらく俺なんかよりもっと辛い思いをしているはずだ。
にしてもよりによって魔王に聞くとは。
「フン。くだらないな」
魔王が鼻で笑った。嫌な予感がしてダートも俺も顔を強張らせる。何を言うつもりだ?
「オレにとって、オマエたちの色などどうでもいいことだ。灰色だろうが、緑だろうが赤だろうが、オレから見れば、みな同じだ。その程度のこと、オレにとってはなんの問題もないことだ」
魔王は腕を組み、フフンと偉そうに言ってみせた。リレットの言葉にかなり影響を受けているようだ。
彼らは魔王の意外な言葉に目を丸くしたが、次第に表情が和らいでいった。
「あたはどうやら、変わったお方のようだ。ありがとうございます」
思いがけない感謝の言葉に、魔王はキョトンとした。
「なぜ礼を言われたんだ」
魔王は彼らをけなしたつもりだったようだが、彼らはそうは受け取らなかった。
「オマエたちこそ、オレを怖いと思わないのか?」
「あなたを? どうして?」
「どうして? オレはま」
「あーー!」
魔王が名乗りそうになったので、ダートが大声を上げて遮った。
みんなの視線がダートに注がれる。
「オイ、オマエ。なんなんだいきなり」
魔王は変なものでも見たかのように眉をひそめた。
「え、ええっとですね……」
ダートは必死に言い訳を考えていた。
俺もなんとか助け舟を出そうと言葉を探していると、ふと、あるものが目に入って、心臓が止まりそうになった。
「お、おい。あの、岩山の影にいる人って……」
俺は震える手でそちらを指差す。
そこにいたのは、黒髪黒目の、年老いた女性だった。
「黒髪黒目だと!? 他にもいるのか!?」
魔王もかなり驚いていたが、一番驚いていたのは、ダートだった。
「そんな、まさか、魔王!?」
ダートは自身の隣に魔王がいることを忘れたかのように、その老婆に向かって叫んだ。
ダートの顔は真っ青になり、血の気が引いていった。
「ダーさん、落ち着いて。違うよ」
リレットが静かに声をかけ、震えるダートの腕を掴んだ。
「で、でも……」
ダートの息づかいは荒く、怯えていた。瞳が揺れ、今にも泣き出しそうだった。
「大丈夫だよ。大丈夫」
リレットは優しく、そして少し悲しそうに笑いかけた。
リレットになだめられ、ダートは少しずつ落ち着きを取り戻していった。
「その人は黒じゃないよ、似てるだけだよ」
リレットがそういうと、老婆は影からゆっくりとでてきた。
彼女が近くに来て、ようやくわかった。
確かに、黒ではない。
とても暗い青色、といった感じだろうか。黒と青を足したような色だ。昔、同じような色を見たことがあるが、なんて名前の色なのかは未だに知らない。
「も、申し訳ございません!! なんて失礼な態度を!!」
ダートは彼女に頭を下げた。
先程の青白い顔から一転、恥ずかしさで顔を真っ赤にしていた。
「俺も、悪かった。早とちりして」
俺も頭を下げた。
もとはといえば、俺の勘違いが原因だ。
「よくあることなんですよ。気にしないで。顔をあげてください」
老婆の声は優しかった。
よくあること、と言われると、なんとも悲しい気持ちになる。
風が吹き、彼女の髪が揺れる。深く暗い色の髪と瞳、無地の薄黄色のワンピースを着ている。杖を持っているので、足が悪いのかもしれない。
「はじめまして。レーネといいます」
レーネが俺に手を出したので、握手をした。その手を握ると、あたたかい温もりが全身を駆け巡った気がした。
「温かいでしょう? こんな見た目だから、とても冷たい人間だと思われることが多いんですよ」
レーネはふふっと笑って手をおろした。
俺の体はまだ温もりに包まれていた。
「私のような髪と瞳の人間はね、しょっちゅう魔王だと間違われるんです。同族には、そのせいで殺された人がたくさんいるんですよ」
そんな理由で殺されるなんて、たまったもんじゃないな。
「私は故郷を魔王に滅ぼされてから、この村にお世話になっているんです。みんな死んでしまったから」
魔王に、と言われ、俺はドキッとした。
まさに今、その張本人がここにいるのだ。
これを聞いて、魔王は何を思うのだろうか。
俺は横目で魔王を見る。
すると、魔王はレーネに話しかけた。
「オイ、オマエの村がなくなったのは、いつの話だ?」
「二年と少し前のことです」
「二年と少し……」
魔王は口を閉ざし、顎に手を当て何やら考えはじめた。
その間に、レーネはダートとリレットと話をしていた。
「こんな色の人間、見た覚えはないぞ」
隣にいた俺にしか聞こえないような声で、魔王はポツリと呟いた。